托卵平民娘は悪事を企(托卵)んでる。婚約破棄?愚かすぎる王子は自滅しました。

ふわふわ

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第1章 婚約破棄の茶番

セクション1 「真実の愛に目覚めた」

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 大広間に響き渡る楽団の旋律は、王国の繁栄を象徴するかのように華やかで、天井から吊るされた水晶のシャンデリアは無数の光を反射し、場を夢幻のように飾り立てていた。
 王家主催の舞踏会は、毎年の恒例とはいえ、今年は特別な意味を持っていた。

 なぜなら――この場には、王国の未来を担う婚約者同士が並び立ち、社交界にその絆を正式に示すはずだったからだ。

 王子アレックスと、ローソン辺境伯令嬢ファミマリア・ド・ローソン。
 王国の盾たる辺境伯領と、王家を結ぶ強固な縁組。それは誰が見ても、この国の安定を保証するはずの政略婚約だった。

 ――はずだった。

「――私は、真実の愛に目覚めた!」

 アレックス王子の大声が響いた瞬間、楽団の手が止まった。
 管楽器の澄んだ音も、弦楽器の軽やかな音も、すべて途切れる。
 会場にいた百人を超える貴族たちの視線が、一斉に彼へ注がれた。

「運命の相手を見つけたのだ! だから、ここで宣言しよう……私は、ファミマリア・ド・ローソンとの婚約を破棄する!」

 ――ざわっ。

 誰もが思わず息を呑んだ。
 次の瞬間、広間の空気が波紋のように揺れ、ざわめきが広がった。

「な、なんだと……?」
「婚約破棄……今ここで……?」
「ローソン辺境伯家を敵に回す気か、殿下は」

 貴族たちの囁きはすぐに恐怖と嘲笑を含み、広間の隅々にまで広がっていく。
 だが、当の王子アレックスは気づいていない。
 その瞳は隣に立つ少女――平民の娘、エリザベスに向けられ、熱に浮かされたように輝いていた。

 エリザベスは質素なドレスを着ていたが、顔立ちは可憐で、純朴さを演出する仕草も心得ている。
 だが、ここにいる誰もが理解していた。
 ――この場に、平民の娘が「婚約者の座を奪う存在」として立っていること自体が、すでに前代未聞の不祥事であると。

「運命の相手は、このエリザベスだ! 彼女こそが、私の真実の愛だ!」

 アレックス王子は自信満々に宣言した。
 声は高らかで、誇りに満ちている――少なくとも本人だけはそう思っているのだろう。
 だがその実、彼が口にした言葉は、王国の政略と均衡を根底から揺るがすものであった。

「……」

 視線が集まる中、ファミマリア・ド・ローソンは、ただ静かにワイングラスを手にしていた。
 真紅のドレスに身を包み、月光のように冷たい瞳を輝かせて。
 彼女は表情ひとつ動かさない。狼狽も、怒りも、驚きも――まるで舞台に立つ役者のように、完璧な無表情を保っていた。

 だが、その胸の奥底では、別の感情が燃えていた。

(……ああ、やはり。
 この男は愚かだと、ずっと思っておりましたけれど。
 まさかここまで堂々と、自らの愚かさを晒すとは――)

 ファミマリアの瞳は氷のように冷たい。
 だがその口元には、わずかな笑みが浮かんでいた。
 それは優雅な令嬢の微笑みではなく、獲物を狩る猛禽の笑み。

 広間はざわめき続けていた。
 貴族たちは動揺し、困惑し、ある者は声を潜めて呟く。

「ローソン辺境伯領は国境の盾だぞ……!」
「そんな家を蔑ろにすれば、帝国との均衡が……」
「殿下は気づいておられないのか……?」

 しかし、王子アレックスは耳を貸さない。
 彼にとって、この瞬間は「自らが愛を貫いた英雄的行為」なのだ。
 傍から見れば――ただの喜劇にすぎないとしても。

(――なるほど。
 ここからが、わたくしの舞台というわけですわね)

 ファミマリアは静かにグラスを置き、背筋を伸ばした。
 彼女の周囲の空気が、すっと引き締まる。
 まるで冷たい風が吹き込んだかのように、近くの貴族たちが思わず身を引いた。

 愚かな王子の口から放たれた一言は――国家の均衡を崩す第一歩。
 そして同時に、ファミマリア自身の逆襲劇の幕開けでもあった。

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