オーバーライド          THE FICTIONAL WORLD

星野響

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Introduction

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 極限まで照明を落とした小部屋を、巨大な液晶画面群から発せられた無機質な光が浮き彫りにしている。何が何だったのか詳しくは思い出せない多種多様な電子器具。そのただ中で埋もれるようにうずくまる金属イスにさらに埋もれるようにして、私は不定期に移り変わる数々雑多な映像群を見つめ続ける。
 走査線が描き出すもの。
 窓から指した朝日に伸びをする者、通勤のため乗車率百二十パーセントの列車に体をねじりこむ者、パソコンとにらめっこする者、買い物をする者、料理をする者、目覚ましをセットして床につく者。
 人、人、人……。
 しばらくして、ただ見ていることに飽きて、コードで右半分が埋もれた小型冷蔵庫から缶入りの飲料を取り出す。中身を冷蔵庫の上に乗っていたタンブラーに移し替える。
 六十分の一秒の感覚でめまぐるしく点滅する走査線は、私が腕を目一杯広げてもカバーできないの液晶画面を介して大小三十以上の映像を同時に提供する。それらすべてが、せっかちな誰かが早送りボタンを押してしまったように小刻みだ。
 鶏の声で目を覚ました者、遠方から村まで水を入れた容器を頭に乗せて歩く者、家畜に飼料を与える者、炎天下の農作業で泥だらけの手で汗を拭う者、炊事のため火を炊くもの、くたびれて床の上で眠りに落ちてしまった者。
 人、人、人、人……。
 定位置の席に戻り、タンブラーに注がれた液体を覗き込む。ピンク色をしているはずのそれは、前、右、左の三方向から浴びせられる映像のフラッシュにより暗い深海色に染まっている。得体の知れなくなったそれをあおると、それでも果実の味と炭酸のシュワシュワ感が喉を通り抜けた。
 いくつにも分割された画面には不定期に映すものを変え、私の視覚野のニューロンを高速で反応させる。目が疲れる。
 始発の列車の騒音で叩き起こされた者、パンを口に加えたまま自転車で一路学校へ向かう者、授業を眠そうな目をして聞く者、グラウンドで味方のパスを求める者、弁当を友達とワイワイ言いながら食べる者、スマホをいじる者、目をこすりながらSNSに深夜まで興じる者。
 人、人、人、人、ヒト……。
 ガギン!
 金属製のタンブラーを金属製の机に叩きつける。火花が出たのではないかというほどの衝撃音がモニタに反響し、消えた。
 うんざりだった。ヒトを液晶越しに監視しているだけのこの仕事が、ヒト自体が。
 ヒト――ヒューマンユニットたちはどうして気がつかないのだろう。運命のときはもうすぐそこにまで迫っているのに、彼らはあまりにも能天気にこれまで通りの日常を送り続けている。見ているこっちがイライラし、少しだけ羨ましくもなるほどに。
 「あぁっ」
 苛立った自分の声が、仕事部屋の天井にぶち当たって跳ね返ってくる。
 けれど、彼らヒューマンユニットに、運命を知れそして苦悩せよ、と言うのも無理で酷な話なのだろう。プログラムはプログラムらしく、電子で構成された世界に真実性を疑うことなく生きることが精一杯なのだから。これまでのゲームやアプリケーションの中で、果たしてどれだけのNPCが「ここは現実なのだろうか」とプレイヤーに疑問をぶつけたことがあったか。
 この画面の向こうに世界中の怪物か何かでも倒しまくる主人公がいたら、監視者である私にとってもeスポーツを観戦しているようで退屈さも少しはマシなのだろうが、そうはいかない。
 現実と相違ないほどの高画質高クオリティのオブジェクトを配置したデータベース上に多数のヒューマンユニットを配列したのは、なにも娯楽のためというわけではないらしい。大したシステム操作権限も持ち合わせない雇われプログラマーに詳しいことは知らされていないが。
 しかし、数少ない知識によれば、自分はいつの日か、上からのゴーサインが出たとき、とあるスイッチを押さなければいけないこと。私の、最も重要で、最後の任務だという。
 それが終わったら、また自室に塞ぎこむ昔の生活に逆戻りだそうだ。もっとも、いい加減ヒューマンユニットばかりと顔を合わせるのには飽き飽きしてきたところだが。
 懐は暖かくなっても、結局この仕事はちっとも心を温めてはくれない。出会うのは、プログラムとモニタ越しの自分のうつむいた顔だけ。変化といえば、モニタ越しに見える青い星が急激に姿を変え続けているということ。内部での科学技術の発展は目まぐるしいようだ。
 なぜかこの管理職は定員が一名と、かなりの狭き門だった。そんなオンリーワンな役職がただの引き籠もりに任される理由がわからない。しかも雇い主は国で、こんな私は公務員ときた。
 なんだか全部が全部バカっぽくなって、私は一人で笑う。笑ったって一人。
 笑って、笑って、笑いすぎた。しゃっくりが止まらなくなる。しゃっくりをしたって一人。
 ため息が出た。
 私、何してんだろ。
 わけがわからなくなって背もたれに全体重をあずけたとき、背後で何らかの機会が作動する音が聞こえた。私が操作したわけではない。今は機械をいじくるような気分ではない。この部屋にあるもので、外部からの遠隔操作ができるものといえば……
『どうですか、そちらの方は』
 投影機から浮かび上がったホログラムの男は、肘掛け椅子ごと回転した私の様子をひと目見て「変わりなさそうだな、随分と退屈そうだ」と苦笑した。
 のんびりとした口調に無性に腹がたった私は「そうでもないですよ、なにせ百倍速で仮想世界を回しているんですから、内部の様子はコロコロ変わりますよ」と理由もなく正論をぶつけてみた。
『もちろんわかっているとも。僕を誰だと思っているんだね』
 それに男は眼鏡のブリッジを押し上げながら真面目に答える。
『この装置にはターボシステム、つまり時間加速要素が組み込まれているからね。今は君が監視をしやすいように百倍にとどめているけど、僕がその気になりさえすれば一千倍にまで加速を巻き上げることもできるんだから』
 ふん、なにが監視をしやすいようにだ、こっちの苦労なんてこれっぽっちも知らないくせに。百倍もの速さで動く人間の姿を追うことができる私の動体視力を褒めてほしいものだ。心の中では片目の下瞼を人差し指で引っ張って舌を出してやったものの、上司相手に本当にそんなことをしたらせっかく得た高収入の仕事がパーになってしまうから、実際に行った感情表現はツンとするという可愛いものにとどめておいた。
「それで、わかりきった現状確認と自慢をするためにここに姿を現したわけじゃありませんよね、御堂さん」
 日本国総務省官僚の御堂は、やれやれと肩をすくめてみせる。
『君は相変わらず敏いな。まあ、その頭の回転を買ってこの役職に抜擢したんだけどね』
 そこで御堂は一歩進み出た。ホログラムのため、足音はない。代わりに投影機が投射角を変える音が静かに重厚な沈黙を作り上げる。
『君には、殺してほしいヒトがいるんだ』
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