ドッペルツィマー ~影武者の反乱~

空松蓮司

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第30話 たった一人の決戦 その③

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 オスプレイという兄は、繊細で俺が暴言を吐くとすぐに落ち込む。
 シグネットという妹は、ああ見えて恐怖に弱く、周囲が真っ暗闇になると泣いてしまう。

 暴言如きでなぜ落ち込む? 暗いだけでなぜ泣く? 理解ができない。

 クレインという弟は、常に誰かの愛情に飢えている。
 カルラという弟は、自分はどうでもいい癖に他人が傷つくと酷く悲しむ。

 愛情なんて必要じゃない。他人なんてどうでもいい。理解ができない。

 カナリアという妹は、いつも自分の価値に不安を抱いている。
 パフィンという妹は、他者の顔色が気になって仕方がないようだ。
 アルバトロスという弟は、一人ぼっちになると寂しくて泣いてしまう。
 ハクという弟は、誰かの『理解』を求めている。

 俺はアイツらが理解できない。
 俺には、アイツらが持つような『弱さ』が無いから。
 アイツらは弱い。俺は強い。だから俺はアイツらを見下している。
 なのに――
 どうしてアイツらの笑顔を見ると、俺は嬉しいのだろう。
 どうしてアイツらが泣くと、俺は悲しいのだろう。

 俺はアイツらに何の価値も感じていないはずなのに。
 なのにどうして――


……答えなんて、本当はもうわかっている。


 ---


「アイツらは弱いさ」


 俺は死力を振り絞る。
 少しでも、アイツらの道を切り開くために……!

「すぐ泣くし、すぐ落ち込む。まったく、何度アイツらを泣き止ませたことか、励ましたことか。苦労ばかり掛けてくる、本当に厄介な存在だ……」
「そう。あなたはそういう人間だ。変に常人ぶるのはやめなさい。あなたは……彼らに愛情など感じていない」
「馬鹿なことを言うな。俺はな」

 俺は口角を上げ、笑う。


「俺はアイツらのそんな『弱さ』が……俺には無い『弱さ』が……どうしようもなく、愛おしいんだよ……!!」


 地鳴りが響く。
 俺の奥の手が発動する。

「これは……!?」

 俺と先生の足もとの地面が、落ちる。

「落とし穴!?」
「本当は俺の斬撃で起動させるつもりだったんだがな。お前が地面を重くしてくれたおかげで手間が省けた」

 俺と先生は地下5メートルに落ちる。
 落とし穴には大量のタルが敷き詰めてある。俺は樽を影で斬り裂き、中身を飛び出させる。
 樽から飛び出たのは、大量の白い粉。粉塵。

「島の作物を俺の斬撃で削り、作った可燃性の粉塵さ」

 斬撃に巻き上げられ、落とし穴に粉塵が満ちる。

「ここなら風もない。火を起こせば粉から粉へ火炎が伝播し、爆発が起きる」
「あなたが火を起こすよりも前に脱出するだけですよ」
「ここに俺が居るのにか?」
「!?」
「俺は陽氣を絶ち、生身で爆撃を受ける。そうなれば肉体は弾け飛ぶだろうな」

 そうなれば王卵は起動できない。だから先生は俺を見捨てられない。

「馬鹿なことを!! そんなことをしてあなたに何の得があるのです!!!」
「俺は……家族を、守る!!!」

 左手でポケットを探り、火打ち石を出す。するとすぐさま先生は距離を詰め、俺の左肩を叩き切った。

「残念。ここまでです」

 先生の刀が、俺の胸を、心臓を貫く。
 痛みは無かった。ただ死ぬんだな、という実感が脳を貫いた。

「……アンタがな」

 俺は先生の刀に、影を這わせる。

――キン。

 斬撃が先生の刀に走り、火花を生み出した。火花は粉塵に伝播し、爆発を起こす。
 爆炎が、落とし穴に満ちる。

 ◆◆◆


 ワッグテールの自爆は発動した。
 だが、先生は生きていた。

「やって……くれましたね」

 先生はワッグテールの遺体を背負い、落とし穴から脱出していた。
 目の前では巨大な煙が起こっている。

「ギリギリだった……ギリギリで、影で私もワッグテールも囲うことができた……だけど」

 失ったモノは大きい。
 片目と、大量の陽氣を失ってしまった。
 後者はまだ取り戻せるが、前者はもう……。
 先生は煙ごと落とし穴を埋めた後、ワッグテールの遺体を抱え、湖に行き、湖にワッグテールを落とす。

「……卒業おめでとう。ワッグテール」

 黒い手に掴まれ、黒い卵――王卵にワッグテールは引きずり込まれていく。
 泥に沈むように、王卵に呑まれていく。
 途端に、王卵は膨張を始めた。

「さて、卒業式を始めましょうか」
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