ドッペルツィマー ~影武者の反乱~

空松蓮司

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第36話 王乱⑤

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 まばたきをすると、レインの体温は腕から消えていて、レインの姿は無くなっていた。
 涙は流さない。アイツの願い……カナリアを救うまでは、涙は流さない。

「おい、居るんだろ。ホルス」
『はいはーい、いますよ~』

 ホルスが姿を現す。
 前に会った時と違い、翼が四枚増えている。
 左側が五枚になって、右側が二枚になっている。

「……!」

 あくまで、あくまで予想だが、コイツの翼の数は死んだ影武者ドッペルの数に比例している。
 そして、右側が女性の死亡者の数、左側が男性側の死亡者の数……のような気がする。だとするならば……!!
 

『我の姿に驚いたかい? 吸収が進んだことで我も成長したんだよ』
「第1王子と第6王子の決闘は……どうなった?」

 俺の問いに対し、ホルスは口角を上げて、

『いま終わったところさ。おめでとうカルラドッペル! お前が優勝だ』
「……なにを、言ってやがる……?」

 ホルスが指をパチン、と鳴らすと、光で出来た階段が空に向かってできた。階段の先の空間には穴が空いていて、穴の先には影武者教室ドッペルツィマーが見える。

『第1王子と第6王子は相討ちさ。二人で同時に致命傷を受けた』
「馬鹿言うな!! ふざけっ!! ふざけたことを……!!」

 興奮でうまく舌が回らない。
 俺はホルスから視線を外し、三つ目の塔、オスプレイとカナリアが居る塔へ足を向け、走り出す。

『あーあ、無駄なのに』

 馬鹿にした声でホルスは言った。


 --- 


 塔の中に入る。
 螺旋階段を下る。

「オスプレイ……?」

 まず目に入ったのは腹から大量の血を流すオスプレイ。すでに体は微動だにせず、触らずとも生命活動が終わっていることはわかった。胸には剣が刺さっている。

「ちっ!!」

 オスプレイから目を背け、カナリアを探す。

「……ソル。よかったぁ、無事だったんだね」

 背後から、声が聞こえた。

「カナリア!!」

 元気そうな声だ。
 なんだよ、やっぱアイツの虚言だったんじゃねぇか!
 声の方を振り返る。

「カナリア、お前も無事――」

 カナリアの脇腹からは、大量の血が滴っていた。
 それなのにカナリアは満面の笑みで、

「……また会えて、本当に……良かったよ、ソル」

 カナリアはそう言って、膝を落とした。

「カナリアッ!!!」

 駆け寄り、肩を揺らす。

「しっかりしろ! おい!! ――ちっくしょうが!!!」

 俺はカナリアの肩と膝を抱き、立ち上がる。

「耐えろ! もう外への道は開かれてるんだ。あともう少し耐えれば、二人で外に出れるから……!」
「いっぱい……いっぱいね、オスプレイと話し合ったんだ。どうすればいいか、ってさ」

 螺旋階段に足を掛け、上る。

「……でも話し合いの途中でね、私のお腹の傷に……オスプレイが気づいちゃったの。下の階で、私が魔獣に付けられた傷に……」
「喋るな……」
「手でも隠せないぐらい、血が溢れて……オスプレイは私の血に気づくと、すぐに自分で自分を刺したの……『早くここから脱出しろ』、『いつまでも愛している』って、笑顔で言い残してさ……」

 オスプレイ……。

「せっかく、オスプレイが私を助けてくれようとしてくれたのに……ダメ、みたい。もう……体に力が入らないんだ。傷みも、無いんだ」

 カナリアの体から、体温が――

「ごめんね……もう、君の傍には……」
「海に行くんだろ! 海の水がどんな味か、知らないまま死ぬ気か!? ふざけるな!! 絶対、俺がお前を助ける、助けるんだよ!!」

 これまでの戦いで体はボロボロだ。
 それでも力を振り絞り、螺旋階段を上り切る。

「海に連れて行ってやる! 一緒に行こう! みんなで!!」
「ねぇ、聞かせてよ。私の名前……もう、決めたんでしょ?」
「外に出たら――」
「いま、聞かせて」

 ふとカナリアの顔に目をやると、カナリアはニッコリと笑顔を浮かべていた。
 その笑顔はどこか諦めの表情に見えて……。

「“シレナ”だ……お前の名前は、シレナだよ」
「シレナ……それって」
「古代語で、人魚って意味だよ。人魚は、海を自由に泳ぐんだ。それにな、人魚って声が美しいんだよ。お前にピッタリじゃないか……」

 カナリア――シレナは、一筋の涙を流す。
 同時に、俺の足は光の階段に乗った。

「すっごく、良い名前だなぁ」

 シレナの体が、ずし……と重くなる。

「待て! あと少し、あと少しなんだ! シレナ!!」
「ありがとね……ソル、最後に……最後に私を、人間ホンモノにしてくれて……」
「……お前」

 コイツはいつも自由奔放で、自分が影武者ドッペルだとか、そういうことに無頓着に見えた。
 けれど、違ったんだ。本当はコイツが一番、影武者ドッペルという事実にコンプレックスを抱いていたんじゃないのか。だから名前も――

「……私たちは、偽物なんかじゃ……ないよね」

 俺は何も、コイツのことを理解してなかった……!

「あ~、凄いよソル……レイン……一面、海だ……誰もいない。泳ぎ放題だよ……」

 シレナの目は真っ暗で、
 もう、現実を映してはいなかった。

「……ほらソル、こっちに来て、海の水飲んでみなよ……ね? 私の言った通りでしょ……?」

 外に繋がる穴まで、あと数段――


「とっても、甘い、ね」


 シレナの体は黒い泥となり、俺の腕から零れ落ちて行った。


 ---


 穴から外に出る。
 空っぽの教室。主人のいない机と椅子が並ぶ。先生の姿はない。
 手には剣がある。王卵から出ても消えるわけじゃないみたいだ。
 振り返ると、王卵に繋がる穴はもう無くなっていた。

「……」

 学校から外に出る。
 学校に影が掛かっていたので空を見上げると、真っ黒で巨大な卵が空に浮かんでいた。王卵とまったく同じ形だ。王卵が影武者ドッペルを吸収し、成長した姿なのだろうか。……どうでもいいか。

「クケー!!」

 石で造られた鳥、ガーゴイルが表には居た。

「あぁ?」

 俺は手に持った剣を振りかぶる。するとガーゴイルは怒号と共に襲い掛かってきた。
 前までの俺とは違う。肉体も、精神も。
 以前は負けた相手、だが今回は負ける気がしない。

 三回、剣を振るう。ガーゴイルの首と、両の翼を断ち斬った。

 ガーゴイルを始末すると、突然風景が入れ替わり、俺はいつか見た湖の前に立っていた。俺の……精神の世界に来ていた。

『覚悟はできたかな? ソル』

 大剣の上から彼女は聞いてくる。

「俺も、アイツらも、本物だったんだ。影武者ドッペルじゃない……俺たちは、人間だった」
『でも世の中は君たちの存在を認めないだろう。偽物だと、贋作だと、あざけるだろうね』
「わかってるさ。だから、もう決めたよ」

 俺たちが本物だと、証明する道は一つ。


「俺の、未来は……」

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