極道の男に恋をした夜

micha

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扉を叩き壊そうとしていた下卑た男たちの罵声が消え、代わりに響いたのは、肉が潰れる鈍い音と、短い断末魔だった。
部屋の中に閉じこもるひまりは、ペーパーナイフを握りしめたまま、ガタガタと震える膝を抱えていた。外で何が起きているのかは分からない。ただ、圧倒的な「死」の気配がドア一枚隔てた向こう側に満ちていることだけは、肌がビリビリとするほど伝わってきた。
やがて、静寂が訪れた。
あまりにも急な静けさに、ひまりは呼吸をすることさえ忘れて、歪んだドアの隙間を見つめる。
トントン、と。
先ほどまでの暴虐な音とは正反対の、控えめで、どこか戸惑うようなノックが三回。
「……ひまり。俺だ、開けろ」
その声を聞いた瞬間、ひまりの目から熱い涙が溢れ出した。張り詰めていた糸が切れ、握りしめていたナイフが絨毯の上に音もなく落ちる。
「げん、さん……?」
「あぁ、俺だ。遅くなって悪かった。もう、誰もいねえよ」
ひまりはおぼつかない足取りでドアへ向かい、震える手で閂(かんぬき)を外した。
ゆっくりと開いた扉の先に立っていたのは、返り血でシャツの白を真っ赤に染め、肩で荒い息をついている厳だった。
その手には、まだ抜き身のドスが握られていたが、ひまりの姿を認めた瞬間、彼はそれを床へ放り捨てた。厳の瞳に宿っていた、敵を屠るための獣のような光が、みるみるうちに痛々しいほどの後悔と慈愛に塗り替えられていく。
「厳さん……っ!」
ひまりがその胸に飛び込むと、厳は一瞬、血で汚れた自分の体を見て躊躇した。だが、ひまりが構わずにしがみつくと、彼は諦めたようにその細い体を強く、壊れるほど強く抱きしめた。
「怖かったよ……すごく、怖かった……っ」
「……分かってる。すまねえ、ひまり。俺のそばにいるってのは、こういうことだ。……嫌になったか。こんな血生臭い世界、もうたくさんだと思ったか」
厳の声は、これまでに聞いたことがないほど弱々しく震えていた。ひまりを救い出した安堵よりも、彼女をこの地獄に巻き込んでしまったという罪悪感が、この強い男を打ちのめしていた。
ひまりは顔を上げ、血の匂いが漂う厳の頬にそっと手を添えた。
「……思いませんでした。厳さんが、助けに来てくれるって信じてたから。私……厳さんの隣にいるって、決めたんです」
その言葉に、厳は耐えきれないようにひまりの肩に顔を埋め、深く息を吐いた。
「……お前は、本当に……。俺には、もったいねえくらいの女だ」
外では宇佐美や松岡が事後処理に走り回る音が聞こえる。けれど、この壊れかけた部屋の中だけは、二人だけの時間が静かに流れていた。厳はひまりを離そうとせず、ただその温もりを確かめるように
それは、嵐の後の、あまりにも切実で静かな愛の確認だった。
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