勇気を出してよ皆友くん!

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第4話 竜胆凛華は優しい。

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 キ~ン、コ~ン、カ~ン、コ~ン。

「――起立」

 チャイムと同時に日直の号令が始まる。
 午前の授業が終わったことで、生徒たちは解放感に包まれていた。
 そんな中、俺にちらりと目配せしてくる竜胆。

(……先に行ってるぞ)
(OK。直ぐに行くから)

 アイコンタクトを交わし、俺は一足先に席を立ち教室を出た。
 向かうのは1階の空き教室。
 昼休みになると俺たちはここで昼食を食べていた。
 同時に今のところ唯一、学校内で竜胆と会話をする場所だ。
 先に到着した俺は、片付けられている机と椅子を並べると、持ってきた文庫本を広げた。
 それから十分後くらい経った頃――ガラガラと、教室の扉が開かれる。

「はぁ……はぁ……ご、ごめん、お待たせ」

 俺が到着してから、数分後……走ってきたのか竜胆は息を切らせながら教室に入ってきた。

「そんなに慌てなくても良かったのに。
 というか、わざわざ俺の分の弁当まで作るの大変じゃないか?」
「ぜ~んぜん。
 このくらいなら手間なら変わんないよ。
 それにこれはあの時のお礼だから、あたしの気が済むまでこのくらいのはことはさせてほしいの」

 そう言って、竜胆は弁当箱を机の上に置いた。

「こっちがキミの分ね」

 二つ出された弁当箱――大きいのが俺のほうだ。

「はい、これお箸ね」
「ああ……それじゃいただきます」
「召し上がれ」

 何故か嬉しそうな竜胆の声を聞きながら、俺は弁当箱を開いた。
 一段目はおかずで、肉や野菜がバランス良く色とりどりに並んでいた。
 二段目は鳥そぼろが掛けられたご飯だ。
 早朝は学校へ行く準備で忙しいはずなのに、かなり手が込んでいる。
 竜胆は自分の弁当の蓋を開くことなく、俺のことをじ~っと見ていた。
 多分、食べるのを待っているのだろう。
 俺は箸でからあげを掴み口に運んだ。

「どう……かな?」

 正面に座る少女が、うずうずと期待に満ちた顔で笑う。
 どうやら褒めてほしいようだ。

「美味いよ。ほんとに」

 学園一の美少女が家庭的で実は料理上手。
 こんなの出来過ぎてると思うが、恐ろしいことに現実だ。
 要領良くなんでもこなせるのは才能もあるが、努力によるところも大きいだろう。
 
「そ、そう……美味しいって思ってくれてるんだ」

 素直な言葉を口にすると、竜胆は頬を緩ませ照れくさそうに視線を下げた。

「なぁ、竜胆……もう十分、感謝の気持ちは伝わってる。
 だから、これで終わりでいいんじゃないか?
 俺みたいなぼっちと関わってても、竜胆にとってはメリットはないだろ?」
「あるよ!
 皆友くんといるの……あたしが楽しいから」

 眩しいくらいの笑顔を向けられた。
 それは間違いなく竜胆の本心からの言葉で、そう言われては俺は何も言い返せなくなった。
 ここで拒絶すれば俺たちの関係は簡単に終わる。
 でも、それはできなかった。
 これ以上の拒絶は彼女を傷付けることになると思ったから。

(……本当に……最悪だ)

 俺はなんて弱い人間なのだろう。
 自分が傷付くだけではなく、他人の心を傷付けるのも怖い。

「……皆友くんってさ……友達、いないよね?」
「本人にそれ言うか?
 まぁ……ぼっちだけどさ」

 望んでいてそうなったとしても、直接言われると少し切ない。

「友達……作ればいいのに。
 本当はすごいじゃん、皆友くんってさ」

 あの日、竜胆を助けたことで、俺は随分と過分な評価をされていた。

「絶対、人気者になれると思うな」
「人気者になってどうする? 面倒なだけだろ?」
「どうして? 人気者のほうが、学校だって楽しいじゃん!」

 おそらく竜胆は、人気者は誰からも好かれると思っているのだろう。
 だが、必ずしもそうであるとは限らない。
 人には心があって、それは恨み辛み妬みの悪感情を生み出す。
 だから、竜胆のように目立つ存在は羨望の眼差しを受ける一方で、自身の知らぬところで、誰かの不評を買ってしまう。

「少し前から思ってたけどさ、皆友くんってちょっと捻《 ひね》くれてる」
「かもな」

 否定はしない。
 それに竜胆の意見にも一定の理解はあるつもりだ。
 もし人気者でいることで、何事もなく楽しく過ごせるのなら、それが一番いいだろう。
 本当にコミュニケーション能力が高い人間は、嫌いな人間とも上手くやれる力を持っているかもしれないから。

「ご馳走さん」
「うん……はい、これデザートね」

 デザートはフルーツの詰め合わせだ。
 リンゴは兎にしてあって、とても女の子らしい。
 手間暇掛けているのが一目でわかった。

「食後のお茶もどうぞ」

 続けて竜胆は水筒を出して、それにお茶を注いでくれる。
 そんな幸せそうな、嬉しそうな顔で俺を見ないでほしい。
 思わずそう口にしそうになった。
 至れり尽くせりだ。
 俺なんかと関わって、何が楽しいのだろうか。
 いや、楽しいというのは建前で本当に竜胆は義理堅くて、感謝の気持ちを向けてくれているだけなのだろう。

「竜胆は、女子力高すぎ女子だな」
「それ褒めてるの?」

 首を傾げる竜胆に、俺は頷き返す。

「なら……ご褒美くれる?」

 竜胆はおねだりする子供みたいに、上目遣いで俺を見た。

「……まぁ、俺ができることなら」
「なら……ナデてよ」
「は?」
「だからご褒美くれるなら、頭……ナデてほしいな」

 突然、何を言ってるんだこいつは……。
 そんな恥ずかしいことできるわけがない。

「そういうのは、恋人にしてもらえよ」
「……イジワル。いないの知ってるくせに」

 なにが意地悪なのか。
 そんな拗ねた顔をしないでほしい。

「せめて他のことにしてくれ」
「……なら、キスとか?」
「却下。
 難易度が上がってるだろ。
 あまりからかうな」

 いや、ジト目を向けるな。
 無理なものは無理なのだから。

「むぅ……直ぐには思いつかなそう。
 ご褒美の件は考えておくから」

 ニッと笑いながら、竜胆はリンゴを口に運ぶ。
 一体、何を頼まれるのだろうか。
 こうして昼休みは穏やかに過ぎて……。

「ご馳走様。
 竜胆、そろそろ昼休みが終わる。先に戻ってくれ」
「今日も別々? 一緒でもいいじゃん」
「それは無理だ」

 互いの為にならない。
 というか、こいつは自分の立場をもう少し考えてほしい。

「皆友くんって、照れ屋なの?」
「そうかもな」
「ふ~ん……。
 ま、何かあったらいつでも頼ってよね。
 クラスの中でなら、あたしがキミを守ってあげるからさ」

 それもあの日のお礼ということだろうか?
 竜胆に助けてもらうつもりも、守ってもらうつもりもないけど……それでも、彼女の優しさを俺は純粋に嬉しく感じていた。
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