勇気を出してよ皆友くん!

スフレ

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第12話 え? なんだって?

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 そして店内の様子を探る。
 すると騒がしいグループの存在が直ぐに目に入った。

(……やっぱ間違いないわな)

 あの時、竜胆に絡んできた不良たちだ。
 話に夢中でまだ俺たちには気付いていないらしい。
 相手は男子三人に女子三人。
 この状況で変にちょっかいを出してくることはないだろう。
 だが、万一ということもある。
 さっきの竜胆の様子を見てしまった以上は……何事もなく穏便に済ませたい。
 一番いいのは、この場にいることを知られずに去ってしまうことだろう。

(……タイミングを見計らって竜胆を更衣室から連れ出して、この店を出るか? それとも、あいつらが出ていくのを待つか?)

 様子を窺っていると。

「あ、この服めっちゃ良くな~い?」
「いいね。
 それ麗子にマジで似合うと思う~」
「うん。
 すっごく可愛いくて、ちょっとセクシー?」
「大胆過ぎる? ……史一《 ふみひと》、男子の目から見て、こういうのどう思う?」

 麗子と呼ばれた茶髪の女子が、不良のリーダーに声を掛けていた。

「……あん?」

 その返事、愛想なさすぎるだろ、史一。
 あと、厳ついこともあって顔が怖い。
 だが全くそんなこと気にせずに、茶髪の女子は強面の男に迫っていく。

(……この流れだと試着しようとするだろうな)

 そうなると、竜胆にはまだ試着室に居てもらう必要がある。
 今出て来られてはあいつらと顔を合わすことになるからだ。
 だが……ずっと試着室にいては、また店員に心配されるだろう。

(……注目を浴びず、あいつらをこちらに来ないように誘導する必要がある)

 なら――すべきことは決まっている。
 俺はタイミングを見て、行動を起こした。

「史一が可愛いって思ってくれるなら、試着してみようと思うんだけど~」
「いんじゃね?」
「ほんと? じゃあ着てみよっかな
 お姉さん試着したいんですけど~」
「はい。ではご案内……あ、申し訳ありません」

 二つの試着室のカーテンが閉まっているのを確認して、店員は茶髪の少女に頭を下げた。

「え? なんで謝るん?」
「現在、全て試着室が利用中のようです。
 直ぐにご利用可能になるかと思いますので、それまで店内でお待ちください」
「あ~そうなんだ。
 じゃあ使えるようになったら、教えてください」
「かしこまりました」

 そして、少女たちは再び店内の物色を始めた。

(……なんとか勘違いしてくれたか)

 この店の試着室は未使用の場合はカーテンが開いている。
 つまりカーテンの開閉で、使用と未使用を判断していたのだろう。
 だから俺は、全ての試着室のカーテンを閉めた。
 竜胆のいる試着室から注意を逸らす為に。

(……店を出るなら今だな)

 俺は竜胆の入っている試着室の前まで移動した。

「店員さん……すみません。
 試着させてもらってる服なんですけど、また後で買いにきます。
 ちょっと急ぎの用事ができてしまって」
「あ、そうでしたか。
 では試着していた服に関してはこちらで片付けておきますので」
「ありがとうございます」

 試着室の近くにいた従業員に伝える。
 そして、

「竜胆、今なら大丈夫だ。
 出て来られるか?」
「う、うん」

 俺の声を聴いて、竜胆が試着室から出てきた。

「……店、今のうちに出るぞ」
「うん……」

 俺は不安そうな少女の手を掴むと、周囲の様子を伺いながら出口に向かい足を進めた。 勿論、竜胆の姿は見られないように細心の注意を払って。

「――ありがとうございました」

 俺たちが出ていく直前、店員の声が響いた。
 素晴らしいマニュアル接客。
 気付かないでいてくれるのが一番良かったのだが……もう店を出てしまえば関係ない。 仮に今、あいつらが俺たちの後ろ姿を見たとしても――わざわざ追ってくる可能性は低いが……念の為、用心しておくべきか。

「もう少しここから離れるぞ」
「うん……ごめん、皆友くん。
 あたしのせいで……」

 ぎゅっと手を握り、俺の顔を窺ってくる竜胆。
 その不安そうな顔を見ていたら、なんだか胸が苦しくなってくる。
 こいつに俺は、こんな顔をしてほしくなかったから。

「謝ることじゃないだろ?
 その……元気、出せよな。
 竜胆は……笑ってるほうがいい」
「……ありがと。
 皆友くんってやっぱ……優しい」

 竜胆が小さな笑みを浮かべた。
 ただそれだけのことなのに、俺の苦しかった気持ちがどこかに消えて、優しさに満たされていく感じがした。

「ねぇ……皆友くん?」
「うん?」

 歩きながら竜胆が声を掛けてきた。

「さっき、あたしは笑ってるほうがいいって言ってくれたよね?」
「あ、ああ」

 自分で言ったことなのに、改めて言われると動揺してしまう。

「皆友くんが……ずっと傍にいてくれたら、ずっと笑顔でいられるんだけどな」
「っ……」
「責任……取ってくれる?」
「なんの責任だ!?」
「もちろん、あたしに笑顔でいてほしいって言った責任」

 言葉には責任が伴う。
 竜胆に笑顔でいてほしいと願うなら、俺にできることはすべきだろう。
 でも……これから先、ずっと一緒にいてやるなんて、そんな保証はできない。
 だから、

「……卒業までの三年間でいいなら、できる限り、お前の傍にいる」
「ほんと? あたしが会いたいって言ったら、会いに来てくれる?」

 竜胆の甘えるような声音に心拍数が上がっていく。

「……努力する」
「ぎゅってして欲しいって言ったら、してくれる?」
「そ、そういうのは、恋人ができたらしてもらえ」
「でも……さっきは試着室でしてくれたじゃん」

 言われて、我ながら大胆な行動をしたものだと気付く。

「あ、あれは……竜胆を少しでも安心させたかったら……」
「あんなことしても、恋人じゃないんだ?
 あたしは……嬉しかったよ?」
「――っ」

 段々と俺の鼓動が早まっていく。
 全身に熱が帯びていく。

「……」
「……」

 無言で、俺たちは歩いて行く。
 これだけ竜胆は踏み込んで来るのに、最後の言葉は口にしない。
 きっと……俺のほうから竜胆の心に踏み込んでくるのを待っているのだろう。
 二人の関係を決定付ける一言を。
 でも、俺はそれを口にすることはできなくて、

「……今日はもう、帰る、か」

 無言の後に必死に振り絞った言葉はこれだ。

「……そう、だね」

 竜胆が返事をする。
 その後に聞こえた「……意気地なし」という小さな声。
 俺はその言葉に対して、聞こえないふりをすることしかできなかった。
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