勇気を出してよ皆友くん!

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第36話 誤魔化しきれない気持ち

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 脱衣室で服を脱ぎ、俺は風呂場に入った。
 シャワーヘッドを手に取り、温度を調整してお湯を出す。
 心地よいと感じる適温にしてから、俺はシャワーを浴びた。

(……はぁ)

 全身が温かくなっていく感覚が気持ちいい。
 汗を流していると、身体の疲れが取れていくようだった。
 ゆっくりとシャワーを浴びながら、シャンプーを出して頭を洗う。
 両手でごしごしと乱雑に洗って、泡を流していると。

「……皆友くん」
「?」

 気のせいだろうか?
 竜胆の声が聞こえた気がした。

「皆友くん、いる、よね?」
「は……?」

 気のせいじゃない、のか!?

「竜胆?」
「うん……入る、から」

 返事が聞こえたかと思うと、浴室の扉がゆっくりと開く。
 俺は慌ててタオルを取って腰に巻いた。
 そのタイミングで、

「……お邪魔、します」

 竜胆が浴室に入ってきた。
 しかも、

「お前、その格好は……!?」

 バスタオル一枚という姿で。

「は、恥ずかしいから、あまり見ないで……」
「す――すまない!」

 俺は慌てて背中を向けた。
 が、竜胆は抜群にスタイルが良く、バスタオルからはみ出していた二つの豊満な果実が、しっかりと俺の目に焼き付いてしまっている。

「って、なんでお前がここに!?」
「背中……流してあげたいと思って」
「……――はぁっ!?」

 最初、竜胆の言葉の意味が理解できなかった。

「どうして急にそんな!?」
「これも、お礼……だから」
「お礼って……だとしても、バスタオル一枚で男の前に出るのは……」
「い、言っとくけど、誰にでもこんなことするわけじゃないから!
 皆友くんに……だけだから」

 俺にだけ――その言葉の破壊力に視界がグラッと揺れた。
 頭を打ち抜かれたような衝撃が走り、胸の鼓動が強くなっていく。

「あたし……これでも勇気、出してるんだよ……」
「っ!?」

 直後、背中に柔らかい感触が伝わってきた。
 バスタオルの上からでもはっきりとわかる。
 背中越しに感じる温もりは、竜胆のもので……。

「あたしに背中流されても、嬉しくない?」
「そ、そんなことは……」

 聞こえてきたのは、心細そうな声だった。
 竜胆の身体は微かに震えている。 
 勇気を出した結果――相手に受け入れてもらえなかったとしたら。
 きっと竜胆の心の中にそんな不安があるのだろう。
 この行動を起こすのに、どれだけ勇気が必要だったのだろうか?
 俺の為に、こんなに頑張ってくれている竜胆の頼みを断れるわけがない。

「なら、お背中、流させて、ください……」

 不安からなのか、敬語でお願いされてしまった。

「……わかった。
 頼んでもいいか?」
「――うん!」

 俺が答えると、竜胆の声が途端に明るくなった。

「座ればいいか?」
「あ、お、お願い」

 立ったままだと流石に落ち着かない。
 俺はバスチェアに腰を下ろす。

「ボディソープ、借りるね」
「ああ」

 タオルを泡立てる音が聞こえてきた。
 未だに振り向くことができないので、音くらいでしか状況がわからない。
 
「じゃあ、洗い始めるね」

 宣言のままに、竜胆は泡でぬるっとしているタオルを背中に押し付けて、上下に動かした。

「痛くない?」
「優しすぎるくらいだから、もっと強くてもいいぞ?」
「わかった」

 ごしごし――と、竜胆が力を入れて背中を洗ってくれている。

「……この、くらい?」

 少し疲れたのか竜胆の口から吐息が漏れた。

「ちょうどいい感じで、気持ちいいよ」
「ほんと? 嬉しい。
 ……ねぇ、皆友くんってさ、普段から鍛えてるの?」
「どうしてだ?」
「……身体、すごく筋肉質だから」

 一般的な高校生の基準からすれば、相当絞り込まれているように見えるかもしれない。

「格闘技、やってたりとか?」

 俺が不良と争っているのを見たからこその考えだろう。

「……まぁ、そこそこ運動はしてたかな」

 嘘はついていない。
 昔からそれなりに身体を動かしていたのは事実だ。

「だから、こんなに逞《 たくま》しいんだね……」
「そんな風に言われると、少し照れるが……」
「ご、ごめん」

 照れ隠しするように、竜胆は背中を洗ってくれている手を早く動かした。

「いや、あまり気にしないでくれ。
 照れはするが……竜胆に逞しいって思われるのは、俺も悪い気はしない」
「そ、そっか……。
 皆友くんって普段はそんなことないのに、実はすごく男らしいっていうか……力強くて、やっぱり、カッコいいなって……」

 そこまではっきり言われると、かなり恥ずかしい。
 何も言うことができずにいると、身体の洗う音が浴室に響く。

「ねぇ……皆友くん」
「うん?」
「こんなことでお礼に、なってるかな?」
「十分なくらいだ」

 これは俺の本心だ。
 だが、竜胆の望む返事は違ったのか、会話が止まってしまった。

「竜胆、どうかしたのか?」
「……あたしは、皆友くんに本当に感謝してる」

 その想いは伝わっている。
 こうしてお礼もしてくれているし、言葉も伝えてくれている。
 俺にはそれだけで十分すぎるくらいだ。

「だから、あたしに出来ることがあったら、なんでも言ってほしい」
「わかった。
 その時は頼らせてもらうよ」
「うん……」

 小さく応えて……。

「そろそろ泡、流すね」

 竜胆が背中を流してくれた。

「ありがとな」
「良かったら、頭も洗ってあげようか?」
「いや、そっちはもう済ませてあるから」
「……もっと何かしてあげたかったのに……」

 小声だったけど、確かに聞こえた。
 ちょっとだけ拗ねたような竜胆の声。

「ねぇ……皆友くん」
「うん? ――っ」

 ぎゅ――と、後ろから抱きしめられた。
 先程のように触れる程度ではない。
 自分の気持ちを伝えるように、力強く。
 ドキドキと、竜胆の鼓動の音が伝わってきていた。

「あたしを助けてくれて、救ってくれて……ありがとう」

 竜胆が助かったのも、救われたのも、俺の力だけじゃない。
 彼女自身の努力の結果――立ち向かう覚悟と勇気を持ったからだ。
 だが、今だけは彼女の感謝の言葉を素直に受け止めておこう。

「俺は、自分がしたいことをしただけだから」
「ず、ずるいよ……そんなこと言われたら、あたし……皆友くんのこと、もっと……」

 この行動には、彼女がもう一つ俺に伝えたいことがあった。
 俺はそれを明確に理解してしまった。
 それは疑いようのない明らかな好意だ。
 あまりにも積極的な竜胆の行動に、俺は自分の気持ちを誤魔化しきれなくなって、胸が熱くなっていくのを感じていた。
 だが、俺たちの関係を進める為に必要な最後の言葉が出てこない。

「そ、それじゃ、あたし、行くね」
「り、竜胆――」

 間が持たなくなって竜胆が立ち上がったのと、俺が振り返り声を掛けたのが同時だった。
 瞬間――

「ひゃ……!?」
「え?」

 短い悲鳴。

「――っと!?」

 慌てて立ち上がったせいで、足を滑らせた竜胆を俺は咄嗟に抱きしめた。
 が――気持ちがいいくらい柔らかな二つの感触が、両手に広がった。

「あっ!?」
「んっ!?」

 後ろから手を回すように抱き支えたせいで、俺は竜胆の胸元に触れてしまっていて――。

「――すまん!」
「だ、大丈夫!」

 慌てて手を離す。
 決してわざとではない。
 不可抗力だ。
 が、起こってしまった事実は変わらない。

「あ、あたし、そそっかしくてごめん。
 皆友くんが、助けてくれたのはわかってるから」
「そう思ってくれると助かる……」
「うん――そ、それじゃ、あたし行くね」

 それだけ言って、竜胆は逃げるように浴室から出て行った。
 全身が熱くなっているのは、明らかにシャワーのせいだけではない。

(……風呂から出たら、どんな顔で竜胆と話せばいいんだ……!)

 真剣に悩みながら。
 俺は気持ちを落ち着けるのに、暫く時間が必要になるのだった。
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