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第40話 勇気を出してよ皆友くん
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※
二人の少女の和解を見届けて、その場を離れた。
竜胆の背中を押した時点で役割は果たした。
これから彼女たちは、互いの時間を埋める為に色々な話をするだろう。
なら今だけは二人きりにしてやりたい。
俺がいては話しづらいこともあるだろうから。
※
そして日が暮れた頃。
「……お待たせ」
診療所から竜胆が出てきた。
「もういいのか?」
「うん。
話したいことはいっぱいあるけど、また会いたい時に会えるから」
その言葉は、二人の関係が大きく前進した証だろう。
「竜胆、良かったな」
「……うん。
勇気、出して良かった……梨衣奈に会えて、また話が出来て……元気な姿が見られて、本当に……」
また竜胆の目に涙が浮かぶ。
もちろん、それは悲しみではないだろう。
彼女の微笑みがその証だ。
「皆友くん……あたしの背中、押してくれてありがとう」
「竜胆の力になれたなら良かった」
「……力になれたどころか、皆友くんはあたしの恩人だよ」
「それは大袈裟だよ」
そう言って苦笑を返して、
「立ち話もなんだし、行くか?」
「だね」
頷く竜胆を見て、俺たちは歩き出した。
彼女が隣に並ぶとそっと俺の手に触れる。
それは竜胆から手を繋ぎたいという合図だとわかった。
応じるように彼女の手を握り指を絡める。
互いの温度が心にまで浸透していくように、幸せが胸に広がっていった。
それから暫くの間、俺たちの間に会話はなかった。
だが、気まずさや不快感はない。
無言でいては間がもたないのが普通のはずだからこそ、それを共有できるというのは理想的な関係なのかもしれない。
そして、
「……あのね」
「うん?」
駅までもう直ぐというところで、竜胆が口を開いた。
「……梨衣奈に……皆友くんのこと、聞かれちゃって……」
「俺のこと?」
「凛華の彼氏なのって……」
「そ、そうか……」
竜胆はなんて答えたのだろうか?
恋人、友人、知人――他の何かだろうか?
「恋人って、伝えちゃった」
心臓が跳ねた。
嫌なのではない。
竜胆がそう思ってくれていたことが……嬉しかったのだと思う。
「う~そ」
悪戯っぽく笑って、竜胆は手を離して駆け出した。
そして、少し先で振り返って。
「まだ恋人にはなれてないけど……あなたはあたしの、大切な人――そういうふうに、答えたの」
まだ――という言葉の意味。
これから先、変わっていきたいということ。
その竜胆の想いが胸を打つ。
「皆友くんは、あたしのこと……どう思ってる?」
竜胆は真っ直ぐに俺を見つめた。
胸に当てた手が微かに震えている。
「俺は……」
これまでにないくらい、竜胆が俺に踏み込んでくる。
でも、言葉を返せない。
「何も……答えてくれないの?」
伝えたい想いがあるはずなのに……心のどこかで、その言葉を伝えてしまっていいのか? 今のままの関係でいたほうが互いにとって幸せなんじゃないか?
もし今よりも深い関係を持った時――俺たちの関係が壊れるようなことがあったなら……恐怖にも近い過去のトラウマが、胸に溢れる想いを、急速に封じ込めていく。
「……だったら、あたしはもう……待つのをやめる」
「え……?」
全身の血の気が引いていくのがわかった。
これまでにも、竜胆の好意は感じ取れていた。
彼女はずっと待ってくれていた。
でも、自分の気持ちを伝えられないような『誰よりも弱い人間』を待つのは、もう我慢の限界だったのだろう。
それは仕方のないことだ。
だけど――彼女が俺から離れていってしまう。
考えるだけで、恐怖に近い感情に身体が竦む。
「あたしは……このままじゃ、イヤだから」
「そう……だよな……」
なんとか声を振り絞り答える。
本当はこんなことを言いたいんじゃない。
伝えなくちゃならないことは他にあるはずなのに……俺は竜胆の視線から逃げるように、顔を伏せた。
(……情けないな)
自分でも恥ずかしくなるくらいだ。
俺はまま、傷付くことの怖さに一生……脅え続けることになる。
竜胆を失ってしまったことを後悔することになる。
それが嫌《 いや》なら――
(……俺はいつ――勇気を出すことができるのだろう)
前に進む勇気を。
もう一歩だけ前に踏み出す勇気を持ちたいのに――俺は、
「……」
何も口にすることができなくて――。
(……俺は)
何かが渦を巻くように葛藤が続く。
感情が爆発してしまいそうなほど震えている。
「皆友くん……」
名前を呼ばれた。
そして、一歩、また一歩、近付いてくる彼女の足元が見えた。
「こっちを向いてほしい」
言われて俺は、今も視線を伏せ続けていたことに気付く。
「……意気地なし」
前にも言われたその言葉と共に、竜胆の手が俺の頬に触れた。
少しだけ力が込められて、伏せっぱなしだった俺の顔を上げさせる。
「だからもう待ってあげない」
彼女が俺を直視する。
決意が秘められたような力強い眼差しから、俺は逃れられなくなっていて、
「あたしは――皆友くんが好きです」
伝えられた言葉に、思わず目を見開く。
微かに塗れた瞳。
震える唇。
俺の頬に触れた手が、少しずつ汗を帯びていく。
「この世界中で誰よりも……あなたが好きです」
俺から目を逸らすことなく、彼女は口にする。
心が弾けてしまいそうなほど、熱く震え続ける。
「……答え、聞かせてよ」
それは竜胆がくれた切っ掛け。
俺が一歩を踏み出す為に必要だった言葉と想い。
本当に……どれだけ沢山の勇気が必要だったのだろう。
「あたしは、勇気を出したよ」
そして竜胆は頬に触れていた手を、俺の胸元に移した。
まるで心に触れるみたいに。
俺に――もう一歩を踏み出せと言うみたいに。
「だから今度はあなたが――勇気を出してよ、皆友くん」
胸が熱くなる。
抑圧された想いが爆発していく。
竜胆を愛おしいと思う気持ちが溢れて止まらなくなって――。
「俺も同じ気持ちだ」
傷付くことが怖いなんて、もうどうでもよくなっていた。
だって、 彼女を無くしてしまう痛みと比べたら――そんなことは、ちっぽけなものだとわかったから。
「俺は竜胆凛華が好きだ」
「うん……」
互いの想いを確認する。
そしてまだ竜胆が口にしていない最後の言葉を、彼女が俺の為に取っておいてくれた二人の関係を前進させる一言だけは、俺の口から伝える。
「お前のこと一生大切にするから……――俺と付き合ってくれ」
頷く彼女の瞳から涙が零れる。
「……うん!」
多分、俺はこの瞬間を生涯忘れることはないだろう。
だってこの時の竜胆は、これまで見てきた中で一番、可愛くて綺麗で――心から愛しいと思えるような、俺にとっての宝物になるような、満面の笑顔を見せてくれたのだから。
二人の少女の和解を見届けて、その場を離れた。
竜胆の背中を押した時点で役割は果たした。
これから彼女たちは、互いの時間を埋める為に色々な話をするだろう。
なら今だけは二人きりにしてやりたい。
俺がいては話しづらいこともあるだろうから。
※
そして日が暮れた頃。
「……お待たせ」
診療所から竜胆が出てきた。
「もういいのか?」
「うん。
話したいことはいっぱいあるけど、また会いたい時に会えるから」
その言葉は、二人の関係が大きく前進した証だろう。
「竜胆、良かったな」
「……うん。
勇気、出して良かった……梨衣奈に会えて、また話が出来て……元気な姿が見られて、本当に……」
また竜胆の目に涙が浮かぶ。
もちろん、それは悲しみではないだろう。
彼女の微笑みがその証だ。
「皆友くん……あたしの背中、押してくれてありがとう」
「竜胆の力になれたなら良かった」
「……力になれたどころか、皆友くんはあたしの恩人だよ」
「それは大袈裟だよ」
そう言って苦笑を返して、
「立ち話もなんだし、行くか?」
「だね」
頷く竜胆を見て、俺たちは歩き出した。
彼女が隣に並ぶとそっと俺の手に触れる。
それは竜胆から手を繋ぎたいという合図だとわかった。
応じるように彼女の手を握り指を絡める。
互いの温度が心にまで浸透していくように、幸せが胸に広がっていった。
それから暫くの間、俺たちの間に会話はなかった。
だが、気まずさや不快感はない。
無言でいては間がもたないのが普通のはずだからこそ、それを共有できるというのは理想的な関係なのかもしれない。
そして、
「……あのね」
「うん?」
駅までもう直ぐというところで、竜胆が口を開いた。
「……梨衣奈に……皆友くんのこと、聞かれちゃって……」
「俺のこと?」
「凛華の彼氏なのって……」
「そ、そうか……」
竜胆はなんて答えたのだろうか?
恋人、友人、知人――他の何かだろうか?
「恋人って、伝えちゃった」
心臓が跳ねた。
嫌なのではない。
竜胆がそう思ってくれていたことが……嬉しかったのだと思う。
「う~そ」
悪戯っぽく笑って、竜胆は手を離して駆け出した。
そして、少し先で振り返って。
「まだ恋人にはなれてないけど……あなたはあたしの、大切な人――そういうふうに、答えたの」
まだ――という言葉の意味。
これから先、変わっていきたいということ。
その竜胆の想いが胸を打つ。
「皆友くんは、あたしのこと……どう思ってる?」
竜胆は真っ直ぐに俺を見つめた。
胸に当てた手が微かに震えている。
「俺は……」
これまでにないくらい、竜胆が俺に踏み込んでくる。
でも、言葉を返せない。
「何も……答えてくれないの?」
伝えたい想いがあるはずなのに……心のどこかで、その言葉を伝えてしまっていいのか? 今のままの関係でいたほうが互いにとって幸せなんじゃないか?
もし今よりも深い関係を持った時――俺たちの関係が壊れるようなことがあったなら……恐怖にも近い過去のトラウマが、胸に溢れる想いを、急速に封じ込めていく。
「……だったら、あたしはもう……待つのをやめる」
「え……?」
全身の血の気が引いていくのがわかった。
これまでにも、竜胆の好意は感じ取れていた。
彼女はずっと待ってくれていた。
でも、自分の気持ちを伝えられないような『誰よりも弱い人間』を待つのは、もう我慢の限界だったのだろう。
それは仕方のないことだ。
だけど――彼女が俺から離れていってしまう。
考えるだけで、恐怖に近い感情に身体が竦む。
「あたしは……このままじゃ、イヤだから」
「そう……だよな……」
なんとか声を振り絞り答える。
本当はこんなことを言いたいんじゃない。
伝えなくちゃならないことは他にあるはずなのに……俺は竜胆の視線から逃げるように、顔を伏せた。
(……情けないな)
自分でも恥ずかしくなるくらいだ。
俺はまま、傷付くことの怖さに一生……脅え続けることになる。
竜胆を失ってしまったことを後悔することになる。
それが嫌《 いや》なら――
(……俺はいつ――勇気を出すことができるのだろう)
前に進む勇気を。
もう一歩だけ前に踏み出す勇気を持ちたいのに――俺は、
「……」
何も口にすることができなくて――。
(……俺は)
何かが渦を巻くように葛藤が続く。
感情が爆発してしまいそうなほど震えている。
「皆友くん……」
名前を呼ばれた。
そして、一歩、また一歩、近付いてくる彼女の足元が見えた。
「こっちを向いてほしい」
言われて俺は、今も視線を伏せ続けていたことに気付く。
「……意気地なし」
前にも言われたその言葉と共に、竜胆の手が俺の頬に触れた。
少しだけ力が込められて、伏せっぱなしだった俺の顔を上げさせる。
「だからもう待ってあげない」
彼女が俺を直視する。
決意が秘められたような力強い眼差しから、俺は逃れられなくなっていて、
「あたしは――皆友くんが好きです」
伝えられた言葉に、思わず目を見開く。
微かに塗れた瞳。
震える唇。
俺の頬に触れた手が、少しずつ汗を帯びていく。
「この世界中で誰よりも……あなたが好きです」
俺から目を逸らすことなく、彼女は口にする。
心が弾けてしまいそうなほど、熱く震え続ける。
「……答え、聞かせてよ」
それは竜胆がくれた切っ掛け。
俺が一歩を踏み出す為に必要だった言葉と想い。
本当に……どれだけ沢山の勇気が必要だったのだろう。
「あたしは、勇気を出したよ」
そして竜胆は頬に触れていた手を、俺の胸元に移した。
まるで心に触れるみたいに。
俺に――もう一歩を踏み出せと言うみたいに。
「だから今度はあなたが――勇気を出してよ、皆友くん」
胸が熱くなる。
抑圧された想いが爆発していく。
竜胆を愛おしいと思う気持ちが溢れて止まらなくなって――。
「俺も同じ気持ちだ」
傷付くことが怖いなんて、もうどうでもよくなっていた。
だって、 彼女を無くしてしまう痛みと比べたら――そんなことは、ちっぽけなものだとわかったから。
「俺は竜胆凛華が好きだ」
「うん……」
互いの想いを確認する。
そしてまだ竜胆が口にしていない最後の言葉を、彼女が俺の為に取っておいてくれた二人の関係を前進させる一言だけは、俺の口から伝える。
「お前のこと一生大切にするから……――俺と付き合ってくれ」
頷く彼女の瞳から涙が零れる。
「……うん!」
多分、俺はこの瞬間を生涯忘れることはないだろう。
だってこの時の竜胆は、これまで見てきた中で一番、可愛くて綺麗で――心から愛しいと思えるような、俺にとっての宝物になるような、満面の笑顔を見せてくれたのだから。
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