勇気を出してよ皆友くん!

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第39話 少女たちの未来

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 電車に揺られて二時間。
 駅を降りてから三十分ほどかけて移動して、俺たちは目的地に到着した。
 自然溢れる敷地に建っているのは――心理ケアセンターという福祉施設らしい。

「中に入るか?」
「そう、だね」

 ここにいるのは……竜胆が会いたかった少女。
 中学時代を共に過ごした親友であり、竜胆の心に深い傷を残したトラウマでもある相手。
 俺は詳しい事情を聞いているわけではないが、その少女は今、この施設に通いながら日々の生活を送っているらしい。
 それがどういうことなのかは容易に想像が付いてしまう。
 消えない心の痛みに今も、少女は苦しんでいるのだろう。

「よし……」

 深呼吸して緊張を打ち消し、決意を秘めた表情を見せる竜胆。
 そして、

「行こ――っ」

 足を進めようとしたはずの少女は、言葉とは裏腹に立ち止まった。
 施設の扉から一人の女の子が出てきたからだ。

(……そうか)

 多分、この子が竜胆の親友だった少女なのだろう。

「……梨衣奈《りいな》」

 竜胆の声に反応して、扉から出てきた理崎梨衣奈は足を止めた。

「りん……か……」

 そして、声を詰まらせながら竜胆の名前を呼ぶ。
 互いに連絡を取り合って、会うことを決めていたはずなのに、二人の少女の顔には戸惑いの色が浮かんでいた。
 どちらも一歩を踏み出す勇気が出せないのだろう。
 だからこそ、この場で俺ができる最後のお節介をさせてもらう。

「――行ってこい」
「ぁ……」

 俺は竜胆の背中を押す。
 それが切っ掛けとなり、彼女は一歩を踏み出した。
 そしてもう一歩、また一歩と足を進める。
 二人の距離が近付くにつれて、理崎もまた前に進み出した。
 その足は徐々に早くなっていって――二人の距離が縮まって、手を伸ばせば届く距離まで歩み寄っていた。

「……梨衣奈……久しぶり、だね……」

 最初に声を掛けたのは竜胆だ。
 その声は震えていた。
 二人の距離は近くても、心の距離はまだ遠い。
 だけど、それでもきっとやり直すことはできるはずだ。

「……あのね……梨衣奈、あたし……ずっと――」
 
 竜胆が何かを伝えようとした。
 でも、その瞬間――

「凛華……ごめん、なさい。
 ごめんなさい……」

 理崎は力なくその場に崩れ落ちていく。
 そして泣きながら謝罪の言葉を口にして、跪くように竜胆に頭を下げた。

「梨衣奈!? やめてよ、顔を上げて……」
「わたしは……凛華を傷付けた……」

 二人に何があったのか。
 俺は竜胆から話を聞いている。
 イジメを受けて耐え切れなくなった理崎が、竜胆を裏切りイジメの標的として差し出したことも含めて。

「ずっと、ずっと、謝りたかった……だけど、凛華に会うのが怖くて……わたしのこと、きっと恨んでるからって……」
「違う、悪いのは梨衣奈じゃないよ」

 竜胆と同じように、理崎もずっと悩み苦しんでいたのだろう。
 イジメられたことで見えてしまった自分の弱さや、それが原因で竜胆を傷付けることになったしまったことを。
 だが、イジメられ続けて精神的に限界を超えていた彼女たちを思えば、安易に責められることではない。

「……あたしも同じだよ。
 梨衣奈と会うのがずっと怖かった……あたしは結局、何もしてあげられなかったから」

 言いながら竜胆も膝を突いた。
 そして、親友だった少女を抱きしめる。

「……凛華はわたしをいっぱい助けてくれたよ。
 凛華がいなかったら、わたしはとっくに……ダメになってた」
「でも、あたしがいなくなったから……梨衣奈を追い詰めることになった」

 今まで貯め続けていた後悔と懺悔。
 二人は抱えていた想いを吐き出し続ける。

「なんでそんなに優しくするの? あたしあんなに酷いことしたんだよ?
 もっと責められると思ってた。
 何を言われても、受け入れなくちゃって……思ってたのに……」
「そんなこと、できないよ……」
「もっとわたしを責めてよ。
 怒ってよ……親友を裏切るなんて最低だって――お前のこと恨んでるって言ってよ。
 その方が優しくされるよりも、ずっと良かった……」

 感情を溢れさせながら、少女たちは涙を流し続ける。
 二人が傷付く必要なんてなかった。
 でも、環境が原因でそうせざるを得ない状況が生まれてしまった。

「最低だなんて思ってない。
 梨衣奈を恨んだことなんて一度もない……あたしは傷付いたし、悲しかったよ。
 だけど……梨衣奈も同じくらい……ううん、それ以上に辛かったの、わかってるから」
「っ……ぅ……」

 理崎の口から、嗚咽が漏れた。

「ねぇ……梨衣奈……あたしたちは、どうしたらよかったんだろうね。
 もっと二人が強かったら、上手く生きることが出来ていたら、イジメは起こらなかったのかな?
 あたしたちの関係が、壊れることもなかったのかな……」
「そんなの、わかんない……わかんないよ……」

 それはもう過ぎてしまった過去だ。
 考えたところで、意味なんてないのかもしれない。
 だけど、考えてしまう。
 生きていれば後悔のほうが多くて。
 誰にだって、やり直したいと考えたことはあるはずだから。

「そうだよね。
 もしそれが今になってわかるなら……きっと、あたしたちこんな不器用な生き方してないよね」

 本来、どうすべきだったのだろうか?。
 選択肢はいくつもあったはずだ。
 二人で協力して立ち向かうか。
 いっそのこと、逃げてしまうか。
 一度切りの人生で、何が正解だったのかなんて試すことはできない。

「あたしは、あたしたちは、後悔ばかりしてきた。
 だけどね梨衣奈……あたし、最悪の後悔だけはしなくて済んだよ」

 二人にとって、過去の出来事は癒えることのないトラウマになっている。
 それでも、竜胆が言うように今が最悪ではない。

「だって、梨衣奈が生きててくれたから」
「っ……」

 理崎の身体が小さく震えたのがわかった。
 唇を噛み締めて嗚咽を抑える。

「辛かったよね、悲しかったよね……いっぱい後悔したよね。
 気持ち、全部わかるなんて言えないけど、あたしも同じだから、梨衣奈がどれだけがんばって生きてきたか、わかるよ……」
「っ……ぅ……」

 次第に抑えきれなくなった感情を爆発させるみたいに、

「だから梨衣奈――生きてくれて、ありがとう」
「うぅ……ぐすっ……うあぁぁぁっ……ごめん、ごめん……凛華ぁ……」

 今まで我慢してきた心の声を爆発させて、理崎は声を上げて泣き続けた。

「もう、そんなに泣かないでよ……」

 離ればなれになっていた二人の心の距離が縮まっていく。

「あたしまで、涙……出てきちゃうじゃん……」

 これからの二人の未来がどうなっていくのかはわからない。
 過去のような関係を取り戻すのは難しいだろう。
 でも、失ってしまった過去を取り戻すことはできなくても、これからの未来を築いていける。
 少なくとも俺はそう信じてる。
 痛みを乗り越えて、互いを許し合う強さを持つことができた二人の少女が、これまでの涙を笑顔に変えていけますようにと……。
 傷付き頑張ってきた分も幸せな未来が待っていますようにと――俺は心から、そう願うのだった。
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