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第二百五十五話

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「A班は水魔法使いと回復魔法使いで二人一組、消防隊の回りきれない場所の消防に回ってもらいます。でB班、近接系の方は三人一組で怪我人の救出と運搬を。C班、攻撃魔法組は協会の仕事を手伝ってもらいます。その他、ユニークスキル等で他の役割を担える方は私へ連絡を」

 個人で素早く動き回れる探索者は、もちろんレベルによっての差はあるもののとても小回りが利く。
 消防と警察が手を回せない場所であろうとも、その優れた身体能力ならば容易に踏み込むことが出来る。
 まあ正直に言ってしまうとマニュアル通りのチーム分けなんだけど。

 C班が訓練所の奥へ駆けていく。
 
 避難者も手伝っているとはいえ、大型のテントなどを貼ることを考えれば物足りない。
 地震程度では怪我をせず、魔法使いタイプのステータスをしていても、一般人とは比べ物にならない探索者は百人力だ。
 彼らが向かって数秒、すぐに歓声が上がった。

「カナリア、消防や警察との連絡は?」
「うむ。私が音頭を取ろう、無線を配れ」

 組み分けたチームへ一つずつ無線と地図を配ったと同時、カナリアが拡声器を片手に声を張る。

「聞け! これより私が無線で貴様らへの指示を出す! A班所属の魔法使いは右から数字の1、2、3を、B班はギリシア文字のα、β、γと割り振っていく! 各自自分のチーム番号を覚えろ……よし、ではこれより救助活動を開始する、散開!」

 威勢のいい声と共に探索者達が分かれていく。
 即興でカナリアを中心に据えたが、やはり彼女は自分で言うだけあって頭がいい。てきぱきと細かいチーム分けなどを終え、あっという間に行動を開始してしまった。

 よし、まずはこれで良いだろう。

「貴様はどうするつもりだ」
「私は他の人とレベルがかけ離れてる、誰かと行動しても足枷にしかならない。私一人で行動するつもり」
「そうか。全てを解明するにはあまりに時間が足りぬ、だが……」

 ぐい、と彼女が顎をしゃくった。

 町を大きく超えたさらに先、天を突く巨大な蒼の塔『碧空』。

「ん……? あれは……!?」

 見慣れているはずの塔に起こった不気味な変化に目を疑う。

 巨大な花だ。
 巨大な蒼の花が開くかのように、ゆっくりと碧空の周囲を舞う六つの蒼い塔。
 ふわり、ふわりと漂っては、時々奇妙な無数の線による交わりを周囲へ発散し、再び浮遊を再開する。

 苦痛に呻き、恐怖に人々の叫び声が木霊するこの町、いや、日本各地とは裏腹に、かの大輪は不気味なほど優雅であった。

「これは、プレートや断層による一般的な地震ではない……想像以上に時間が残されていなかったようだ、準備しておけ」



 地震が止まって二時間。
 漸く繋がった協会本部からの連絡曰く、震源はカナリアの予想通り碧空。しかしながら普通の地震とは異なり、震源からいくら離れた場所であっても震度が全く変わらなかったらしい。
 出来るのなら今すぐにでもあちらへ飛び出したいところだが、怪我人が想像以上に多くて困った。

「よっと……」
「あ、ありがとうございますっ!」

 倒壊した家屋の下、手足を潰された女性を、コンクリートを弾き飛ばして救い出す。
 横で必死に助けようと無理やり掘っていたのだろう、指先が真っ赤に染まった男性が何度も頭を下げる。

 ひどい有様だ。
 足には鉄の棒が突き刺さり、顔色は当然良いものでもない。
 自分の身体は結構抉れた肉だったり、黄色い脂肪だったり見慣れている物だが、痛みに顔を歪める他人のそれはまた別物であった。

 苦しむ顔が見ていられず少し顔を背けてしまう。

 探索者以外にポーションは効かない。
 協会の箱からいくらか持ちだして来たのが余っているにもかかわらず、こういう時に使えないことが苛立たしい。

『B班のαが一番近い、今から向かわせる。貴様は次の地点へ移動しろ』
「分かった」

 地図を広げ次の場所を探すが、そういえばその前に言うことがあったと思い出す。

 以前支部長代理になる時読んだ本に、緊急時の救助方法などが書かれていた。
 その中の一文で、手足などが重いものに潰されたまま……大体二時間ぐらいだったかな? の人を助け出すと、なんか老廃物的なのがグワーッと流れて体調が悪化したり、死んでしまうことがあるとあった。

 えーっと、確か名前は……

「なんだっけ……クラ……クラ……クラッカー症候群? ビスケットだっけ?」
『クラッシュ症候群、だ』
「そう、それ。クラッシュ症候群って言って、二時間以上挟まれているとなんかいきなり体調が悪くなることがあるらしいので、避難所に着いたら必ず救急隊員さんに挟まれてた事を伝えてください」

 男性がコクコクと頷いたのを確認し、その場を離脱。
 崩れた家の屋根を伝って高速移動を開始する。

 本当に、酷い有様だ。
 この世の終わりをキャンバスへ叩きつけてみれば、きっとこういうものが描かれるのだろう。
 地震の原因が原因なので、津波などが起こらないことだけが救いかもしれない。

 昨日までは……いや、つい数時間前までは普通の、大して目を惹く物もない町だったのに……残骸、残骸、残骸。
 さっきまで家だったものが辺り一面に転がり、もはや地図すら大して役に立たないような無残な姿になっている。
 どうにか一部残った道路や構造物から地図と照らし合わせ移動するしかない。

 琉希は、ママや剣崎さんは無事だろうか。

 分かっている。
 探索者だろうと一般人だろうと、救助活動などに参加している人のほとんどが個人の感情を捨て、大多数の救助を優先しているのだ。

 指揮を執っている私が私事を優先しては全てが崩壊する。

『よし、そこから小学校のコートは見えるか?』
「うん」
『それの……』

 魔蝕でモンスターになってから妙に鋭敏になった、無線とは逆の耳が何かを聞き取った。
 風鳴やサイレンの音に混じる、どこかで聞いたことのある声。

「ちょっと待って、何か……」

 ――聞こえる。

 声の主はすぐに表れた、なんかこげ茶色で冗談みたいに大きく平たい物と一緒に。
 琉希だ、こちらからでも見える程ブンブン手を振っている。

「おーい、フォリアちゃーん!」
「琉希……なにそれ」
「ん? ああこれですか?」

 琉希の後ろには彼女の母親である椿さんや私のママ、剣崎さんに見知らぬ人と色々乗っかっていたが、それより彼女たちが乗っかっている謎の物体の方が気になって仕方ない。
 厚さは大体長いコップ一個分くらい、長さはもう測りきれない。数件の家を覆ってなお余るほどのとんでもない面積だ。
 その表面には草が生えてるし、蟻がてくてく歩いてるし、石が転がっている。

 彼女はぺちぺちと床を叩き、目の前に生えてたたんぽぽを引っこ抜いてにっこり満面の笑みを浮かべた。

「地面です。SP限界までユニークスキルに突っ込んでみたら、なんか範囲指定で何でも持ち上げられるようになったので、ちょっと大きめに切り取って移動式の床にしてみました。本当はもっと出来るんですけど、抉っても大丈夫そうな場所が無かったので……」
「そうなんだ……」
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