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第31話

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 殻の中へ閉じこもったと思えば、小刻みに揺れだすハリツムリ。
 何をしているんだ。
 死を悟って絶望した? モンスターが? まさかそんなわけはあるまい。
 ぬぐい切れない奇妙な違和感、何かを見逃している気がする。

 いや、大丈夫だ。
 確実に酸は効いていたし、勝利へ近づいている。 どうせ私の打撃はまともにダメージを与えられないし、それならこの隙にピンクナメクジ共の殲滅に取り掛かろう。

 適当に横にいた奴を蹴り飛ばし、口元へカリバーを宛がう。
 せり上がってきた粘液はそのまま目の前のカリバーへ、そしてそのまま自身の顔面へと返品された。 私自身半分は倒していて、先ほどの二次被害でも相当数減っている、これで後は消化試合を……

『あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛……』

 またか、慌てて耳をふさぐ。
 葉がビリビリと揺れ、波がさざめき沼をかき回す。 殻に入っているせいだろう、少し籠った声のピンクナメクジ招集。

 叫びに呼応するように、にょきにょきにょきと相も変わらずピンクの目玉が生え、ゆっくりゆっくりとこちらへ近づいてくる。
 まあいい、どうせハリツムリはもうすぐに死ぬんだ。
 呼んでくれたナメクジ共は、レベル上げのえさにでもなってもらおう。 

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結城 フォリア 15歳
LV 77

HP 96/162 MP 268/375 

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 大量のナメクジのおかげで、レベル自体もこの挑戦前から相当上がっている。
 結果論ではあるが、ハリツムリはステータスと比べてそこまで苦戦することもなかった。 

 カリバーを担ぎ上げ、揺れる葉の上を闊歩。
 葉の上に上がってこようとした奴を優先し、丁寧に顔を張り飛ばす。
 無機質な電子音と、無感情にレベルアップを告げる声、そして私がカリバーを叩きつける水音だけが交互に響いた。

 それにしても酷い揺れだ、酸で葉っぱがボロボロにでもなったのだろうか。 

「うわっ……と、と……!?」

 ひときわ大きな揺れの後、再度響くハリツムリの絶叫。
 これで三度目、もう招集は使えまい。 

 シャラ……

 ひときわ強烈な揺れ。
 それは葉だけでなく、ど真ん中に鎮座するハリツムリも同じで、殻に籠ったまま大きくガタガタと揺れていた。

 にわかに鼓膜を叩く、不吉な金属音。
 違和感が次第に膨らみ、不気味な焦燥感となって喉元を焼く。
 まただ。何か、何かがおかしい。何かを見逃しているのに、それが何なのかがわからない。

 私は何を見逃している……?

 ふと思い浮かんだのは、ハリツムリの名前。

『メタルホイールスネイル』

 メタルはいいだろう、金属的なアレだ。
 ホイールは輪っか? だろうし、スネイルはまあ、多分カタツムリだとかそんな感じの意味じゃないか。
 いや待てよ、なんでホイールなんだ?

 見た目からして針まみれだし、ニードルとかじゃないのか。

 小さな疑問、その答えはすぐに返ってきた。

「……!?」

 私の目に飛び込んできたのは、自身が閉じこもった殻を回転させ、バカみたいな勢いで突っ込んでくるハリツムリ。
 その背中には先ほど融かされたはずなのに、堂々と天を穿つ巨大な針。
 しかも先刻とは異なり、本体の肉にも生えていたように無数の針が、殻の周りへびっしりと生えている。

 ああ、なるほど。
 誰がハリツムリはナメクジを呼ぶことしか出来ないって言ったんだ!
 さっきの絶叫はナメクジを呼ぶものじゃなく、これを生やすためだったんだ!


「す……『ステップ』! 『ストライク』! 『ステップ』!」

 一直線にこちらへ突っ込んでくる化け物を避けるため、即座にストライク走法で距離をとる。
 ミチミチと脹脛が悲鳴を上げ、これ以上使えば以前と同じく大怪我に繋がるぞと、全身が私に告げた。
 殻に籠りゆらゆらと揺れていたのは、葉の振動を受けていたらではない。
 ハリツムリが自ら体を揺らして、殻を動かそうとしていたから。むしろ葉は逆、揺らされている側であった。
 ホイール輪っかだなんて冗談はやめてほしい、何もかもを踏み潰すその姿は戦車だ。

 こうなればもう敵も味方も関係ない。

 私の背後をぴったりと追い続け、何もかもを破壊しつくす暴虐の化身へと変わったハリツムリは、その道中にいる蠢くナメクジたちを次々に貫き、踏みつぶし、肉塊へと変えていった。

『合計、レベルが3上昇しました』

 何もしていない、ただナメクジたちの間をすり抜け走っているだけなのに、後ろでどんどん踏みつぶされていくせいでレベルが勝手に上がる。

 酸が吹き出しその身に塗れ、白煙が吹き出した。 が、関係ない。
 融けた針の奥から更に針が生まれ、必死に抵抗するナメクジたちを食らい尽くす。
 むしろ酸の力も得て、葉の上に無数の穴を生み出していった。

「はぁっ、冗談はっ、はぁ、よしてほしいっ!」

『合計、レベルが3上昇しました』

 逃げるほどに私とあいつの距離は縮まり、たなびく服を回転する針が切り裂く。

 このままだと追いつかれる、距離を取らないと……!


「『ステップ』! 『ストライク』! 『ステッ……!?」


 視界が後ろに溶け、距離が生まれた瞬間だった。 突然膝から力が抜け、世界がゆっくりと色を失っていく。

 やってしまった。

 自殺ダッシュ、名の通り使い過ぎれば死へ一直線。
 地面に身を叩きつけ、転がる。
 致命的な失敗を理解した瞬間、私の背後へあまりに刺激的な影が訪れた。


 全身の痛みに耐えて身を持ち上げ、後ろから迫ってくる絶望に息をのむ。

  轢くのは一瞬だ。転がっているナメクジの様に急所を外し、一撃では死なない可能性もあった。
 だから、確実に殺すのなら殻に籠って潰すのではなく、己の足に生えた針で刺し殺す方がいいと判断したのだろう。
 身を隠していた殻から飛び出し、布団の様に私を覆おうと広がるハリツムリ。

「……っ! 『ストライク』ッ!」

 ギチィッ!

 咄嗟に飛び出た怒号。
 衝撃に耐えきれず、情けなく尻餅をつく。

 目の前数センチの所まで針が迫り、力が抜ければこのまま死ぬと分かった。

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種族 メタルホイールスネイル
名前 クレイス
LV 60

HP 142/1360 MP 0/557

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 鑑定が指し示すのは、酸により刻一刻と減っていく、既に死を間近にしたハリツムリの姿。
 だがこれだけHPがあれば、私を叩き潰し殺すのには何の支障もない。

 ふと、力が抜けた。

 三秒。

 クールタイムでもあり、スキルの導きが続く時間が過ぎたのだ。

「ああぁ……!」

 スキルの効果がなくなれば当然、ゆっくりと私を押し潰す巨体。
 頬へゆっくりと針が沈み込み、ねっとりとした血が首筋へ垂れていく。
 針の先から垂れた粘液が頬を掠め、やけどの跡を残す。

 何もかもが痛いはずなのに、溢れんばかりに湧き出すアドレナリンのせいだろうか、何も感じない。

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結城 フォリア 15歳
LV 84

HP 67/176 MP 257/410

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 視界の端に開かれたステータスが、じりじりとHPの減少を伝えた。
 勿論減少速度も、そして現在のHPもカタツムリ以下なので、このまま耐えきるのも不可能。 

「『スキル累乗』対象変更っ、『ストライク』ッ! ……ぁあああっ! 『ストライク』ッ!」

 カリバーが輝き、虎の子である『累乗ストライク』をその足へと叩き込んだ。
 衝撃を受け揺れるも、しかし私から退くまでには至らない。

 そしてカリバーが点滅し、ふっと力が抜ける。

 ストライクを撃つたび、にわかに状況が好転したかのように見える。
 しかし力を切らすたび、ゆっくり、そしてより深く針が肉へ突き刺さっていくのを、私は頬の感触から理解していた。

 死ぬのか、私は。
 まだ何もできていないのに、まだやることがたくさんあるのに。

 遂に足が完全に踏みつぶされ、忘れかけていた激痛が脳天を横殴りにした。

 喉から悲鳴が絞り出される。くそっ、私は……!

『レベルが上昇しました』

 視界の端でナメクジが溶け、レベルが上がる。
 今更上がったところで、どうしろっていうんだ。

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結城 フォリア 15歳
LV 85

HP 23/178 MP 71/415
物攻 175 魔攻 0
耐久 515 俊敏 554
知力 85 運 0
SP 100

スキル累乗LV1→LV2
必要SP:100


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どうしろって……こうするしか無いじゃないか……!

『スキル累乗がLV2へ上昇しました』

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スキル累乗 LV2

パッシブ、アクティブスキルに関わらず
任意のスキルを重ね掛けすることが出来る

現在可能回数2

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「……ぁ、ぁぁぁぁあああああああっ! いったいんだよぉぉぉぉおっ! 『ストライク』ッ!」

 ドンッ!

 怒りと恐怖がごちゃ混ぜになった新たな『累乗ストライク』は、巨大な肉布団をめくりあげた。

 最後の一押しになったのだろう。
 叩きあげられたハリツムリは、再度私へ覆いかぶさる前にHPを失い、光となって消えていった。
 胸元にコロンと転がったのは、きらきらと中に星の見える、透明なハリツムリの魔石。

 遠くなる意識をどうにかつかんで、『スキル累乗』を『経験値上昇』へ、そしてポケットの中に入っていた最低品質のポーションを無理やり飲み込む。

 多分これ飲まないで気絶すると、出血多量で死ぬ気がする。

 鳴り響くレベルアップ音を聞きながら、ハリツムリの魔石を胸に抱き、狭まる視界へ手を伸ばす。


 ああ

 ケーキたべたい……
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