紅~いつもの街灯の下で

いっき

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紅&克也編~1~

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 放課後、塾の帰り道。
 克也の足は「ペットショップ アーサー」の前で止まっていた。
 『ペットショップ寄って行きなよ』……前日、そう自分に言ってくれた紅の溢れんばかりの笑顔が頭に浮かぶ。だけれども……その日、あんなに不甲斐ない所を彼女に見せてしまって、助けてもらって。何だか恥ずかしくって、合わせる顔がない。
 そんな葛藤が胸の中で燻って、足が進まずにグズグズとしていた。
(やっぱり……帰ろう)
 情けない自分に深く溜息を吐いて、店に背を向けて帰ろうとした時だった。

「いらっしゃいませ!」
 背後から大きな、だけれど美しい声を掛けられて。驚いて振り返ると……学校では決して見ることのない、紅の満面の笑顔が目に入った。『ペットショップ アーサー』と書かれたエプロンを下げた彼女はやはり可愛いくて……その透き通った瞳に吸い込まれそうになった。
「ちょっと、そこのお兄さん! 何を、ぼんやりしているの。早く、いらっしゃいって。ウサギもリスも、みんな待ってるわよ」
「ちょ、ちょっと、恥ずかしいって」
 学校とはキャラ変わってるし……。
 克也はカァっと顔を火照らせながら、徐々にヒートアップする彼女と一緒に店に入った。

「ほら、このハムちゃん。可愛いでしょ? 私の一番のお気に入りなんだ」
 ケージの前でハムスターを掌に乗せる彼女はまるで、天使のようで。その笑顔に見惚れる克也の掌にそっと、ぬいぐるみみたいに温かい、その小さな小動物を乗せてくれた。

「ほら、ね! 両手を使って顔を洗うの。すっごく、可愛くない?」
 掌にハムスターを乗せてしゃがんでいる克也に、同じくしゃがんだ紅が輝くような笑顔で話しかける。背中に筋のような模様があるジャンガリアンハムスターで、毛繕いする姿は確かにいじらしい。
「うん。でも……」
 そんなに気に入ってしまったら、別れがツラくならない?
 そんな、口に出しても仕方のない疑問が浮かんだけれど……キラキラとはしゃぐ彼女が眩しくて。そんな言葉は心の内に、しまっておいた。

「わぁ、可愛い!」
 克也の掌にいるハムスターを見て、小学校低学年くらいの女の子が目を輝かせた。すると、紅は克也からそのハムスターを受け取り、店員さんの顔になる。
「そうでしょう? この子はとってもいい子で、可愛くて。人懐っこくて、すぐに懐いてくれるのよ」
 紅がにっこりと白い歯を見せる。
「そうなんだ! ねぇ、お姉さん。この子、男の子?」
「えぇ。この子は、ぼうやよ」
 紅の言葉に、少女の瞳はさらに、星が瞬くようにキラキラと輝いた。
「やった、そうなんだ! じゃあ、うちのルナのお婿さんに決まり! ねぇ、お父さん。私の誕生日プレゼント! この子でいいでしょ?」
 すると、少女の後ろにいた、父親と思われる優しそうな男性も、にっこりと頷いた。
「あぁ。ルナと一緒に、大事に飼ってやるんだぞ」
「やった! ねぇ、お姉さん。この子でお願いします」
「そっか、良かった。優しいお姉ちゃんに飼ってもらえて、この子も幸せね!」
 その小さな少女に、紅も優しく微笑んだ。

 別れはツラくないのかな?
 そう思って克也は紅を見たけれど……その微笑みはとっても幸せそうだった。


 克也はその日、結局、紅のバイト終わりまで付き合って、薄暗くなった帰り道を一緒に歩くことになった。薄暗いとは言ってもまだ七時にはなっておらず、初夏のこの時期にはまだ街灯もつかない程度には明るかった。
「ねぇ。本当に……良かったの?」
「何が?」
 克也の問いに、紅はきょとんとして尋ね返した。
「いや、だから……あのハムスター。紅のお気に入りだったんだろ? 買われていなくなって、寂しくとかは……」
「なぁんだ、そんなこと」
 克也の純朴な疑問に、紅はニッと白い歯を見せた。
「大丈夫だよ。あの子にとっては、きっとあの女の子に飼ってもらえるのが、一番幸せなんだから」
 そして、もう夕陽も沈んで藍色に染まってゆく西の空を見上げた。
「それに。ああいう女の子見てると、思い出すんだ。自分が子供の頃……私も、ハムスターが大好きで。掌に乗っけただけで、とても幸せだったからさ」
 そう呟く紅の横顔は薄暗い中でも白く、透き通っていて……彼女って、子供の時からすごく可愛かったんだろうな。そう思った。

「そういえば、紅って……」
「ん?」という声とともに自分の方を見る彼女に、克也の顔はまた、カァっと熱くなった。
「どうして、ペットショップでバイトしてんの? まぁ、うちの高校はバイトもオッケーだけど。大体みんな、バイトって言ったら飲食店で働いていると思うけど……」
 すると紅は美しい睫毛の目をそっと細めた。
「小学校の時からの夢だったから」
「夢?」
 紅も頬を紅色に染めて頷いた。
「私も……ハムスターを飼ってて。その時に、しょっ中寄ってたペットショップのお姉さんがとっても優しくて、素敵な人で。だから、私も……将来、そのお姉さんみたいに、子供達に動物の温もりを伝えられるようになりたいって思ってたんだ」
「そっか。そうなんだ……」
 頬を染めて幼い頃の夢を語る紅は可愛くて素直でとても綺麗で……。普段、学校で目にする彼女からは想像もつかなくて。克也の胸では心臓がドクンと跳ね上がり、ときめきが止まらなかった。
 だから……そのドキドキが漏れて彼女に伝わらないように。克也はそれきり、黙ってしまった。
「ていうか、そんなことより……」
 いつも別れる街灯が近付いて、紅は克也を睨んだ。
「あんた、河田なんかにいい様にやられてんなよ。あんな奴……口先だけの、馬鹿のヘタレなんだから」
「えっ……」
 まさか、紅の口から河田の悪口が飛び出すとは思わず、克也は目を丸くした。
「紅って、河田と同じグループじゃないの?」
「は? 同じグループ?」
「だって、いっつもあいつらとつるんでんじゃん」
 すると、彼女は向こうの街灯を見て少し考えて……呆れたように克也を見た。
「あぁ、それはきっと、親友の結奈の彼氏が斎藤だから。結奈が斎藤のグループの近くにいて、私は結奈について、何となくそばにいるだけよ」
「え……そうなの?」
 またも目を丸くする克也に、紅は苦笑いしながら頷いた。
「そうよ。第一、私は河田となんか、ろくに喋ったこともないんだから」
「そうなんだ……」
 意外だった。紅はクラスの中で一番目立つグループで、その仲間とは親しくしているんだと思ってた。
「だから! あんたを助けてやるのも、結構、勇気要ったんだからね」
「そっか、ごめん。本当に……」
 萎れる克也を見て、紅はチラッと舌を見せた。
「まぁ、これで……あの日の『借り』はチャラね」
「え、あ……」
 思い出した。あの日……勇気を振り絞って、男達を押しのけて紅を助けたこと。そして、紅とこうして普通に会話をして、今まで知らなかった彼女の一面を知ることができるのも、自分が勇気を振り絞ったからなのだ。

 克也はあの日のことを、こんなことでチャラにしたくはなかった。だから……街灯の下。
「紅!」
 自分の家へ向かおうとする紅を呼び止めて。振り返る彼女に、たどたどしく伝えた。
「今日はありがとう。助けてくれて……それと、明日からもずっと、ペットショップに。塾の帰り、寄っていいかな?」

 すると、紅はにっこりと満面の笑みを浮かべて。
「もちろん! また、明日ね。克也!」
 そう言って、手を振ってくれた。

 『克也』……さりげなく、本当にさりげなく、彼女が自分の名前を言ってくれた。
 そのことが、克也の心臓をドクンと揺らして。その胸は幸せなときめきで溢れていたのだった。

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