紅~いつもの街灯の下で

いっき

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結奈&晴人編

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「本当に……?」

 結奈からのメッセージを受け取った晴人は、心臓がバクバクと騒いでいた。

 昨晩、彼女と会って、普段見せない表情にドキッとした。何とも言えず辛く寂しそうな顔……儚げなほどに透き通る美しい顔が脳内に焼き付いていて。それを思い出すたびに、胸のドキドキは止まらなかったのだ。

 そして今日、家に突然に押しかけてきた彼女は自分の書いた小説を読んで面白いと言ってくれて……さらに明日から、同人誌のイベントの準備を手伝ってくれる。そのことは、晴人にとってすごく嬉しいことのはずだった。


 しかし……

(あいつ……斎藤の彼女なんだよな)

 そのことを思い出した彼の口から、思わず深い溜息が出る。

 そう。結奈には大輝という彼氏がいる。晴人は派手でチャラチャラしている彼のことが苦手で、アメフト部に所属しているということで、怖い印象を持っていた。変に結奈との距離が縮まって、それが彼に伝わりでもしたら……変な誤解を招きでもしたら。新学期からはクラス内での自分の居場所がなくなりかねない。それまで地味に無難にやり過ごしていた晴人は、そんな煩わしいことはごめんだった。

 それにきっと、結奈は自分のことなんて眼中にない。どうせ彼氏が合宿に行っている間の暇つぶし……今回のイベントが終わって大輝が帰って来たら、小説のことなんて全て忘れるのだろう。


 そんなことを考えていると、準備を手伝うなんていう結奈の申し出なんて断るのが正解な気もしたけれど。

 でも……晴人は自分の小説を読んでくれた直後の、彼女のキラキラと輝く瞳を思い出して。たとえ一瞬でも自分の作品のファンになってくれた人の言葉を、どうしても無下にすることはできなかったのだ。







 翌日。朝から結奈は、晴人の部屋に上がり込んできた。

「よ!遠藤。おっはよー!」

「う……うん。おはよう」

 快活な挨拶をする彼女に、晴人は歯切れの悪い返事をした。結奈の来ている青いワンピースは、普段着ている制服の何倍もお洒落で可愛くて……そんな彼女に変な気を起こしてしまわぬように、彼はすっと目を伏せた。

 しかし、彼女を案内した母親は、にやにやと変な笑いを浮かべていて……きっと、何か誤解してる。

 こいつはクラスメイトの彼女。僕のことなんて、全く眼中にないはずなんだ。

「では、結奈さん。ごゆっくり!」

 もう彼女を下の名前で呼んでいる母親は上機嫌でドアを閉めて……晴人は思わず、大きな溜息を吐きそうになった。



「ねぇ、遠藤。イベントの準備って、何してんの?パソコン画面なんか見て」

 結奈は晴人の前にあるデスクトップパソコンを、興味津々に眺めた。

「印刷屋に送信するデータの見直し……かな」

「へー。印刷屋に送信したら、本ができるんだ。どれどれ?」

 パソコン画面を覗き込む結奈の髪がふわっと流れて、爽やかな香りが鼻をついて……晴人はドキッとした。

 至近距離にある彼女の美しい顔は、晴人の鼓動を一秒毎に加速させる。だから、激しいその鼓動が彼女に聞こえないように……その数秒間、彼はグッと息を潜めた。


 すると、結奈はその長い髪をかき分けて、晴人に悪戯っぽい目を向けた。

「あー、あんた。ヤらしいこと考えてたな?」

「えっ……」

「だって、あんたの顔。トマトみたいに真っ赤じゃん」

「い……いや、そんなこと……」

 その言葉に晴人は真剣に慌てて……そんな彼に、結奈はクスッと笑った。

「表紙!」

「えっ?」

 結奈は『表紙データ』という名の、そのエクセルファイルを指差した。

「あんた、こんな殺風景なのでいくつもり?」

「うん。これしか持ってないし……」

 それは、公園のベンチの写真。でも、人っ子一人写ってないし、勿論、イラストも入っていなかった。もう一度それを見て、彼女は「はぁーっ」と溜息を吐いた。

「あんたねぇ……折角小説が面白いのに、その表紙がこれって、勿体ないとか思わないの?」

「うん……でも、人が写ってしまうと肖像権とかあるし、かと言って、僕に絵心もないし……」

 なるほど……本棚に並べられているハルトの作品は、どれもこれも、表紙が今イチなのばかりだった。それに気付いた結奈は、ポンと手を鳴らした。


「そうだ!私があんたの小説のイラストを担当するわ!」

「えっ、イラスト!?」

 思いがけない提案に、晴人は目を丸くした。

「そ!私があんたの……」

 結奈はその澄んだ瞳で真っ直ぐに彼を見つめた。

「絵師になってあげる!」

「絵師……」

「そうよ。嫌?」

 瞬時にはその意味を把握できていない様子の彼に、結奈は眉をひそめて……すると晴人は、慌てて笑顔になった。

「いや、全然、そんなことは……。嬉しいです!」

「キャハハ、何でそこで敬語!?あんた、ホント、意味分かんない!」

 結奈は晴人の口調にウケて、ケラケラ笑い始めた。


 結奈はもう完全に、普段、教室で見せる姿に戻っていた。それは晴人にとっては苦手なもののはずだったけれど。それに、彼女の真意も、どんな絵を描くのかさえも、彼には全く想像もつかなかったけれど……彼女の『絵師になる』という言葉の意味を徐々に理解するにつれて、晴人の胸には抑えられないほどの嬉しさが込み上げてきた。

 自分の作品のイラストを描いてくれる。それは、自分の書いた小説に命を吹き込んでもらえるに等しくて……そのイラストはきっと、何にも代えられない宝物になる。

 結奈は一人、バカ笑いしていたけれど。その隣で、晴人は胸の砂地がじんわりと温かく染み渡っていくかのような……そんな感激を覚えていたのだった。
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