紅~いつもの街灯の下で

いっき

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沙也加&充編

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 充が抱っこして連れて来たトラは、玄関先で本来の飼い主である凪を認めるとキラキラと目を輝かせた。
「ミャア、ミャア」
「トラ!」
 同じく目を輝かせる凪は、受け取ったトラをギュッと抱き締める。
「もう、離さないんだから!」
「ミャア」
 トラはそんな凪の頬を伝い落ちる涙をペロペロと舐めていたのだった。


 夕焼けで赤々と染まっていた西の空も、二人を公園まで送った時には薄らと紺色に変わり始めていた。
「じゃあな、トラ。もう、主人の元を離れるんじゃないぞ」
「ミャア……」
 充が別れを告げると、キジトラは切なそうな声を出して……その声に、思わず瞳が潤む。
「ねぇ、凪ちゃんに初くん。またトラに会いに行ってもいいかしら?」
 少し首を傾げて尋ねる沙也加に、二人は嬉しそうにうなずいた。
「うん、もちろん! 来て来て。お姉ちゃんも、お兄ちゃんも!」
「えっ、俺も?」
 意外そうに目を丸くする充に、幼い少女はにっこりと笑った。
「うん! お兄ちゃん、ありがとう! 今日までトラを見てくれていて。きっとトラもまた、お兄ちゃんに会いたがるから。絶対に来てあげてね」
「お……おぅ」
「約束だよ!」
 凪が小指を差し出すと、少し照れながら指切りをする。そんな充を、沙也加は眩しそうに見つめていた。
 トラを抱いた凪と初が仲良く帰路についた時には、すっかりと薄暗くなっていた。公園の入口にある街灯はぼんやりと灯り始めて、頬に感じる風も少し冷たい。
「ちょっと、寂しくなるわね」
 二人と一緒に帰ってゆくトラを見送りながら、沙也加はぼんやりと呟いた。
「ああ。しっかし、俺の部屋のキジトラグッズ、どうしてくれるんだよ。……ったく」
 充は照れ隠しに憎まれ口を叩いて。そんな彼に、沙也加はクスッと笑った。
「やっぱり……ミッツーって、優しいのね」
「へ、優しい? 何処がだよ。だって、俺は……」
「頼んだのが私だから、助けたって……昨日、言ってたよね。だから優しくないってこと?」
 沙也加がそう尋ねると、充は思わず言葉を詰まらせる。しかし彼女は、後ろ手に通学鞄を回して、悪戯っぽい笑顔を向けた。
「頼んだのが私じゃなくっても、助けてあげたと思うよ? ミッツーは、トラのこと」
「えっ、いや。違うよ。昨日、俺が言ったのは、そんな意味じゃなくて……」
「じゃあ、どんな意味だったの?」
 首を傾げて尋ねる沙也加。瞳はどこまでも澄みきっていて、充は意識を吸い込まれそうになって……だがしかし、今日の彼はその瞳から目を逸らさずに、真っ直ぐに沙也加を見詰めた。
「好き……なんだ、沙也加。お前のことが」
「えっ……」
「小学生の時から、ずっと」
 瞬間、時が止まった。見詰め合う二人は一言も発せず、僅かな風さえも感じなかった。
 沙也加の瞳は純に透き通っていて、充は意識を吸い込まれそうになる。初めて話した時、一目で恋に落ちた美しい瞳。しかしそれは、徐々に潤み、微かに滲んで……彼女はそっと柔らかく微笑んだ。
「驚いた。初めてで……こんなに真っ直ぐに、誰かに好きって言われたの」
「俺も。初めてだよ、告白なんてしたの」
 だって、それは充の初恋だったから。ずっと隠して、温めてきた想いだったから。
 沙也加はその想いを汲み取って。だがしかし、そっと静かに頭を下げた。
「でも、ごめんなさい。私……あなたの想いに応えることはできない」
「ああ……」
 そうだろうな、と充は思う。
 告白する前から分かっていた。俺はこいつには相応しくない。沙也加には自分なんかより、もっと優しくて真面目な奴の方がいいんだろうなって。でもやっぱり、自分の気持ちにけじめをつけたくて……これ以上、沙也加を困らせたくはなくて。せめて自分の気持ちを正直に打ち明けたのだった。
 それでもやはり、失恋したという事実は充の頭から一切の思考を奪って。一気に力が抜けたように、ぼぉっと俯いた。沙也加はそんな彼に、恐る恐るもう一度、話しかける。
「でも、ミッツー。お付き合いすることはできないけど……お友達にはなれないかな?」
「えっ?」
 お友達……?
 久しぶりに聞くその響きに、充は目を丸くした。だが、沙也加は頬を薄らと染めて話し始めた。
「だって、この間、初めてまともに話して……ミッツーっていつも悪ぶっているけど、実は優しいってことが分かって。でも急に酷いことをされて、すっごく怖くなって……だけれども、トラのことをちゃんと考えてくれてるあなたは、やっぱり優しいんだって分かった。そんなあなたとお友達として、もっとお話して仲良くなれたら素敵だなって思うの。……ダメかな?」
 やや上目遣いで尋ねる彼女に、充も頬を赤く染める。だがしかし、慣れない響きがツボにハマり、思わず吹き出した。
「何だよ、お友達って……小学生みたいなこと言うよな。俺は小学生の時からすでに、ダチのつもりだったのに」
「えっ、うそ! だって、一度も話してなかったじゃん」
「いや、話しただろ。お前が迷子になった時」
 慌ててツッコむ充に、沙也加はきっぱりと首を横に振る。
「あれは、私がミッツーだって気付かなかったから、話したに入らない!」
「それはただ、お前がぼんやりしてるだけだろ」
 初恋の彼女とそんな言い合いをするのも、初めてのことで。充の胸の中は段々と、ポカポカと温かくなっていった。
 ついこの間まではろくに話すこともなかった彼女と打ち解けて、沙也加の方も遠慮せずに思ったことを言ってくれる。そんなやりとりが嬉しくて、照れ臭くて、充はポリポリと頭を掻きながら話した。
「それじゃあさ、沙也加。『お友達』でいてくれるんなら……時々でいいんだ。勉強、教えてくんない?」
「えっ、勉強?」
「ああ」
 充はうなずいた。
「俺さ、やっぱ親に馬鹿にされたままじゃ悔しくて。医者になってやるために、こないだから、本気で勉強始めたんだ。でも、今の俺には教科書に何書いてあるのかすら、マジで分からなくて……でも俺のグループの奴らは誰も勉強できないし、どうしたもんかなって思ってたんだ」
 すると沙也加は、途端にぱぁっと目を輝かせた。
「本当に? すごいよ、ミッツー。お医者さんになるんだ……素敵! 私で良ければ、いくらでも協力するよ!」
「マジで? 教室で話し掛けてもビビったりしない?」
「どうして、ビビるの? だって、ミッツーでしょ?」
 不思議そうに首を傾げる純真な沙也加に、充はまた吹き出した。
「そうだな。『お友達』だから、ビビるわけないか」
 そう……目の前の彼女にはスクールカーストがどうとか、そんなことは関係ない。きっと、人の良い所を見つけたらとっても幸せになって、お友達になろうって思う。そんな小学生の頃から変わらない、優しくて純粋な、天使のような奴なんだ。
(でも……)
 そんな彼女と話しながら、充は思う。
(もっと真面目になって、本気で未来に向かって進むことができたら……俺もちょっとはこいつに相応しい男になれるのかな?)
 そんなことを考える彼の目には、ぼんやりと辺りを照らし出した街灯のように……穏やかな希望の光が灯り始めたのだった。
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