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四.ポッケのふくろ
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その部屋は、僕たちの想像していたお人形ハウスのあるような部屋とはちがい、代わりにモモンガ用の大きなケージがあった。ケージの中には、太い木の枝、小鳥用の木箱があり、巾着も一つぶら下げてあった。勉強机の上には、モモンガとツーショットの写真もある。
「木田涼子(りょうこ)、小学三年生」
僕たちは女の子を見る。
「自己紹介がまだだったでしょ」
僕は、はっとして言った。
「僕たちも、小学三年生なんだ。僕は、竹原洋介」
佐野君も、しどろもどろに言った。
「ぼ、僕は、佐野みつる」
一通りの自己紹介が終わって、涼子ちゃんは言った。
「モモンガのごはんだけど、あの子、ポッケは体は小さいんだけどもう生後二ヶ月。離乳は済んでいるから、ミルクはいらないわ。離乳前のモモンガだったら一日三回、スポイトでミルクをあげなきゃいけないの」
僕は、とりあえずほっとした。初めて飼うモモンガに、ミルクをあげる自信はない。
すると、そんな僕の心を読んだかのように、涼子ちゃんは言った。
「でも、ほっとするのはまだ早いわ。モモンガには、野菜や果物、ミルワームとかの虫、そしてこのペレットをバランスよくあげるの。ペレットは、しばらくはお湯でふやかして柔らかくすること。虫は、畑にいるコオロギとかも食べるよ」
佐野君は、虫と聞いて苦いものをかみつぶしたような顔をした。
「それに、離乳後のフクロモモンガは、なかなか人になつかないわ。最初から手乗りにするのは、無理だと思ったほうがいい。噛みつかれてもおびえないで、気長に、少しずつでないとなれてくれないのよ」
「噛みつかれるの?」
僕たちが不安な顔をすると、涼子ちゃんはくすっと笑って言った。
「ほら、そうやっておびえない。フクロモモンガはね、すごく怖がりで寂しがりな動物なの。うまれた時からお母さんのお腹のふくろの中で育てられてるから、ふくろの中が一番心地よくて安心して眠ってる。ポッケの『ふくろ』をいつでも首からぶら下げて、いっぱい愛情を注いであげたら心を開いてくれるし、一番の『親友』になれるわ」
涼子ちゃんは、
「私とこの子たちのように」
と言ってケージの中から口の開いた巾着を取り出した。
『ふくろ』と呼ばれる巾着の中から、二匹のフクロモモンガが眠そうな目を開けてこっちを見た。
「ふふ、起こしてごめん」
と言い、僕たちに小さな家族のしょうかいをした。
「この頭の黒いもようが少しはげてるのが、フウタ。男の子は、大人になったら頭がはげるの」
「え、ポッケもはげるの?」
「そうね、はげるわ。でも、フウタを見て分かるように、そんな所もかわいいのよ」
涼子ちゃんは、少し笑って言った。たしかに、頭のてっぺんがはげたモモンガも、それはそれで、とてもかわいい。
「それから、この少し小さい子はモモ。この二人が、ポッケたちの両親よ」
「モモンガが子供うんだんだ、すごい」
「モモは、子供を育てるのが上手で助かった。モモもフウタも赤ちゃんの時から飼い始めて、ミルクの世話大変だったんだから」
僕たちは、モモンガを赤ちゃんの時から育てあげた涼子ちゃんをすごいと思った。
「フウタは私の五才の誕生日、モモはクリスマスにお父さんにプレゼントしてもらったの。お父さんとお母さんも一緒に、必死で赤ちゃんの世話をしたのよ」
言いながら、涼子ちゃんは少し悲しそうな顔をした。
「あの頃は、お父さんとお母さんも仲良くて、すごく幸せだったなぁ」
涼子ちゃんのお父さんとお母さんは、今はほとんど口もきかないらしい。夏休み明けにはお母さんと一緒に東京へ引っ越し、別々に暮らすことになっているという。
涼子ちゃんが小さい頃、ペットショップは今より全然人気がなかったが、お父さんとお母さんはすごく仲が良かった。でも、小学生になったくらいからこのペットショップがすごく人気が出て、お父さんはお店のことばかりで涼子ちゃんとお母さんのことはほったらかしになった。だんだん、お父さんとお母さんは口をきかなくなっていった。夏休み明けからお母さんは東京で働くことになり、涼子ちゃんもついて行くことになったらしい。
「涼子ちゃんの気持ちは、考えてないの? いやだと言わないの?」
佐野君は、泣きそうな顔でそう言った。
「私がいやだと言っても、どうしようもないこともあるわ。それに、『いい子』でいないとお母さんにも『捨てられる』かも知れない」
僕たちは、涼子ちゃんがさっき一人で大きな目を赤くしていた理由が分かった気がした。お父さんにもお母さんにも気づかれないように大きな悲しみをせおっているのだ。
すると、まどから夕陽がさしてきたことに気づき、涼子ちゃんは言った。
「ごめん、つい話しこんじゃって。もう五時になったわ。早く帰って、ポッケにおいしいごはんを作ってあげてね」
僕たちは、何とも言えない気持ちで家を後にする。
「また分からないことがあったら、何でも聞きにきてね」
見送ってくれた涼子ちゃんの言葉が、悲しいほどに心強かった。
僕たちはまだ、お父さんとお母さんに守られている。モモンガの赤ちゃんが『ふくろ』の中にいるのと同じだ。
その家族が別々に暮らさなければならないなんて、どんな気持ちなのだろう。まだ『子供』の僕たちには、想像もつかなかった。
「木田涼子(りょうこ)、小学三年生」
僕たちは女の子を見る。
「自己紹介がまだだったでしょ」
僕は、はっとして言った。
「僕たちも、小学三年生なんだ。僕は、竹原洋介」
佐野君も、しどろもどろに言った。
「ぼ、僕は、佐野みつる」
一通りの自己紹介が終わって、涼子ちゃんは言った。
「モモンガのごはんだけど、あの子、ポッケは体は小さいんだけどもう生後二ヶ月。離乳は済んでいるから、ミルクはいらないわ。離乳前のモモンガだったら一日三回、スポイトでミルクをあげなきゃいけないの」
僕は、とりあえずほっとした。初めて飼うモモンガに、ミルクをあげる自信はない。
すると、そんな僕の心を読んだかのように、涼子ちゃんは言った。
「でも、ほっとするのはまだ早いわ。モモンガには、野菜や果物、ミルワームとかの虫、そしてこのペレットをバランスよくあげるの。ペレットは、しばらくはお湯でふやかして柔らかくすること。虫は、畑にいるコオロギとかも食べるよ」
佐野君は、虫と聞いて苦いものをかみつぶしたような顔をした。
「それに、離乳後のフクロモモンガは、なかなか人になつかないわ。最初から手乗りにするのは、無理だと思ったほうがいい。噛みつかれてもおびえないで、気長に、少しずつでないとなれてくれないのよ」
「噛みつかれるの?」
僕たちが不安な顔をすると、涼子ちゃんはくすっと笑って言った。
「ほら、そうやっておびえない。フクロモモンガはね、すごく怖がりで寂しがりな動物なの。うまれた時からお母さんのお腹のふくろの中で育てられてるから、ふくろの中が一番心地よくて安心して眠ってる。ポッケの『ふくろ』をいつでも首からぶら下げて、いっぱい愛情を注いであげたら心を開いてくれるし、一番の『親友』になれるわ」
涼子ちゃんは、
「私とこの子たちのように」
と言ってケージの中から口の開いた巾着を取り出した。
『ふくろ』と呼ばれる巾着の中から、二匹のフクロモモンガが眠そうな目を開けてこっちを見た。
「ふふ、起こしてごめん」
と言い、僕たちに小さな家族のしょうかいをした。
「この頭の黒いもようが少しはげてるのが、フウタ。男の子は、大人になったら頭がはげるの」
「え、ポッケもはげるの?」
「そうね、はげるわ。でも、フウタを見て分かるように、そんな所もかわいいのよ」
涼子ちゃんは、少し笑って言った。たしかに、頭のてっぺんがはげたモモンガも、それはそれで、とてもかわいい。
「それから、この少し小さい子はモモ。この二人が、ポッケたちの両親よ」
「モモンガが子供うんだんだ、すごい」
「モモは、子供を育てるのが上手で助かった。モモもフウタも赤ちゃんの時から飼い始めて、ミルクの世話大変だったんだから」
僕たちは、モモンガを赤ちゃんの時から育てあげた涼子ちゃんをすごいと思った。
「フウタは私の五才の誕生日、モモはクリスマスにお父さんにプレゼントしてもらったの。お父さんとお母さんも一緒に、必死で赤ちゃんの世話をしたのよ」
言いながら、涼子ちゃんは少し悲しそうな顔をした。
「あの頃は、お父さんとお母さんも仲良くて、すごく幸せだったなぁ」
涼子ちゃんのお父さんとお母さんは、今はほとんど口もきかないらしい。夏休み明けにはお母さんと一緒に東京へ引っ越し、別々に暮らすことになっているという。
涼子ちゃんが小さい頃、ペットショップは今より全然人気がなかったが、お父さんとお母さんはすごく仲が良かった。でも、小学生になったくらいからこのペットショップがすごく人気が出て、お父さんはお店のことばかりで涼子ちゃんとお母さんのことはほったらかしになった。だんだん、お父さんとお母さんは口をきかなくなっていった。夏休み明けからお母さんは東京で働くことになり、涼子ちゃんもついて行くことになったらしい。
「涼子ちゃんの気持ちは、考えてないの? いやだと言わないの?」
佐野君は、泣きそうな顔でそう言った。
「私がいやだと言っても、どうしようもないこともあるわ。それに、『いい子』でいないとお母さんにも『捨てられる』かも知れない」
僕たちは、涼子ちゃんがさっき一人で大きな目を赤くしていた理由が分かった気がした。お父さんにもお母さんにも気づかれないように大きな悲しみをせおっているのだ。
すると、まどから夕陽がさしてきたことに気づき、涼子ちゃんは言った。
「ごめん、つい話しこんじゃって。もう五時になったわ。早く帰って、ポッケにおいしいごはんを作ってあげてね」
僕たちは、何とも言えない気持ちで家を後にする。
「また分からないことがあったら、何でも聞きにきてね」
見送ってくれた涼子ちゃんの言葉が、悲しいほどに心強かった。
僕たちはまだ、お父さんとお母さんに守られている。モモンガの赤ちゃんが『ふくろ』の中にいるのと同じだ。
その家族が別々に暮らさなければならないなんて、どんな気持ちなのだろう。まだ『子供』の僕たちには、想像もつかなかった。
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