ポッケのふくろ

いっき

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五.悪戦苦闘

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 家に帰ると、お父さんが台所のお手伝いをしていた。僕のお父さんは、仕事から帰ったらいつもお母さんを手伝う。お母さんは、そんなお父さんが大好きだといつも言っている。
 僕も、大人になったらお父さんみたいになりたいといつも思ってるんだ。
「洋介、おかえり。お前が欲しがってた本、帰りに買ったんで、机の上に置いといたぞ。そんで、ポコのケージを見たら、巾着がつるしてあったんだけど……」
「ありがとう! 巾着は、ポッケのふくろだよ」
「ポッケのふくろ?」
「うん、フクロモモンガのポッケ。僕たちの新しい友達にもらったんだ」
 すると、お父さんはやわらかい笑顔になった。
「そうか、よかった。洋介、この頃、元気なかったから」
「えっ?」
「ポンがいなくなってからずっと元気なくて、お父さんもお母さんも、心配したんだぞ。新しい友達が二人もできて、よかったな!」
 そうか、お父さんとお母さんにも、心配させてしまってたんだ。
 僕は二人の心配をふきとばすくらいに、元気よく「うん!」と言った。

 僕たちは、お父さんとお母さんにも手伝ってもらって、ポッケのごはんを用意した。
 まず、もらったペレットをお湯でふかしてやわらかくし、ブロッコリーをゆでてりんごをこまかく切った。それらをお皿に乗せて僕の部屋へ行き、ポッケのふくろのそばに置いた。
「ほらポッケ、ごはんだよ」
言って、ふくろの中のポッケにりんごを一かけらやろうとした。
 すると、
「ギッギッギッギッギッ!」
 ふくろから、怒っているような声が聞こえた。初めて聞く、フクロモモンガの声だ。
 びっくりしていると、
「痛っ!」
 ポッケが僕の指を両手で持ち噛みついた。すぐに引っ込めると、指にじんわりと赤い血がにじんでいる。
「噛みつかれてもおびえないで、気長に少しずつでないとなれてくれない」
 涼子ちゃんの言葉を思い出し、僕と佐野君はため息をついた。
 とりあえず、ごはんはふくろのそばに置いたままにし、外も暗くなったので佐野君は家に帰った。
その日の夜中のこと。
「ワンワンワンッ!」
 犬のような鳴き声が僕の部屋に響きわたり、目が覚めた。声の主を探すと、やはりポッケのふくろだった。
 あわてた僕は、ふくろをケージから出し中を覗いてみた。すると、ふくろの口から勢いよくポッケが飛び出したのだ。
 ケージのすぐそばのかべにくっつき、よじ登る。
 僕はびっくりした。
 かべのポッケをつかもうとすると、
「痛いっ!」
 思い切り噛みつかれた。
 ポッケは僕の手をすり抜けると、さらによじ登りエアコンの上をくるくる回っている。
 僕は、あっけにとられて、ながめていた。しばらくすると回るのにもあきたのか、かべ伝いにカーテンにうつり、またワンワン鳴き始めた。
 二回も噛みつかれた僕は、手が出ない。本棚の空きスペースに出入りしたり、洋服タンスをよじ登るのをただながめていた。
 結局明け方にお父さんが軍手をしてポッケをつかまえ、ケージに戻した。
「まぁ、飼いはじめはこんなもんだ」
 お父さんは笑いながらそう言ったが、僕はひどい寝不足で、部屋中に散らばったポッケのふんやしっこのそうじにも困り果てた。

「フクロモモンガは夜行性だから、夜元気になるのよ」
 目の下にクマをつくって、また家に来た僕に、涼子ちゃんは笑いながら言った。
「それに、ギッギッとかワンワンとかは、不安な時の鳴き声よ。安心して喜んでいる時は、こういう風にクックッて鳴くの」
 涼子ちゃんの手の上でモモがクックッと言いながらササミを食べている。
「どうやったらそんなになついてくれるの?僕、もうくじけそうだよ」
 僕は半べそだ。
「弱音を吐かない。気長に、少しずつって言ったでしょ」
 涼子ちゃんは、同い年なのにお姉ちゃんみたいだ。
「前も言ったと思うけど、フクロモモンガはさみしがりなの。今は知らない場所で怖がって震えてる。洋介君が優しく包みこんであげたら、きっと心をひらいてくれるわ」
 涼子ちゃんは、僕に軽くデコピンをして
「ファイト!」
と言った。
家に帰り、またポッケのごはんを用意する。昨日の分は、半分くらいに減っていた。
 今日は、ふかしたペレットにゆでたササミを少し割いて加え、輪切りにしたキュウリとブドウをお皿に乗せる。
「ほら、ポッケ。ごはんだよ。怖がらなくて大丈夫」
 涼子ちゃんに言われたように、優しく包みこんであげようとふくろに手を伸ばした。
「ギッギッギッ!」
 また怒られて手を引っ込める。
 今日も無理か。
 ため息をついた。
 ポンは、こんなことなかった。飼い始めた日から、おそるおそるだけど僕の手の平に乗ってきてくれた。手の平の上でヒマワリの種をおいしそうに食べていた。
 そんなことを考えると、また悲しくなってきた。お皿にごはんだけ乗せてふくろのそばに置いた。

 次の日も、またその次の日も、そんな調子だった。あきらめかけた頃、佐野君が僕の家に遊びに来てくれた。
「ダメだ。ポッケ、全然なついてくれない」
 僕は、弱音を吐く。
「弱音を吐かない」
 佐野君は、涼子ちゃんの口調を真似て笑った。
「ふくろをさわったら、安心して寝ている家をどうにかされると思うんじゃないかな。最初の日にしたように、ごはんを少し手渡しであげてみたら?」
 僕は、初日に噛みつかれたことを思い出して少しおじけづいたが、勇気を出してササミを一切れふくろの口に近づけた。すると、ゆっくりとポッケが手を伸ばしササミを持った。
 僕が手を引っ込めるとポッケはハグハグとササミを食べ始めた。
「やった!」
 僕たちは、顔を見合わせた。
「涼子ちゃんに、報告だ!」
その日は、ペットショップは定休日らしくシャッターが閉まっていた。二階のチャイムを鳴らす。
「はい、はーい」
 初めて聞く声だ。涼子ちゃんに似た大きな目をした女性が出てきた。
「あれ? あなたたち、涼子のお友達?」
 涼子ちゃんのお母さんのようだ。
「はい。涼子ちゃんに、お話ししたいことがあって」
「まぁ、男の子のお友達がいるなんて知らなかったわ。涼子はお部屋にいるから、上がってらっしゃい」
 お母さんは、にこにこして言った。すごく感じの良さそうな人で、お父さんと仲が悪いなんて思えなかった。
 家に上がると、リビングで涼子ちゃんのお父さんらしき人が新聞を読んでいた。お母さんはその人とはしゃべらずに、すどおりし、涼子ちゃんの部屋まで僕たちを案内した。僕たちはおじぎだけして部屋に入った。

「あっ、洋介君とみつる君」
 夏休みの宿題をしていたらしい涼子ちゃんは、笑顔になった。
「ボーイフレンドが二人もいるなんて、知らなかったわよ」
「もう!お母さん、そんなんじゃないって」
 どこにでもありそうな、女の子とお母さんのおしゃべりだ。
「ゆっくりして行ってね」
 お母さんは、にこにこして出て行った。
「リビングにいた人、お父さん?」
 僕たちがたずねると、涼子ちゃんはうなずいた。
「そっか」
 僕たちが口をつぐむと、涼子ちゃんは言った。
「あの人たち、一言も交わさないでしょ。たまの休みの日でも、いつもそう。もう、慣れちゃった」
 僕は、そんな日常に慣れちゃうのも、お父さんとお母さんをあの人たちと言うのも、どこか悲しいと思った。
「そんなことより、何かお話しがあるんじゃない?」
 僕は、そうだと思った。
「ポッケが、僕の手からごはんを受け取って食べたんだ」
「すごいじゃない。怒られてばかりだった頃と比べると大進歩よ」
 涼子ちゃんは、目をかがやかせた。
「あとは、もう一押し。洋介君の手の平がポッケにとって一番安心できる場所になればいいの」
「それが難しいよ」
 僕はふてくされる。
「涼子ちゃんは、どうやったの?」
「私は赤ちゃんの時から手の上でミルクをあげてたから、気がついたらなれてたわ」
「え、ずるい」
「そんなことないわ。ミルクをあげる方が、ずっと大変だったんだから」
 涼子ちゃんは、一日三回あげる他にも、夜中でも欲しがって鳴き出したらミルクをあげてたこと、そのミルクもなかなか飲まなくて困ったこと、それにモモンガの赤ちゃんは温度にびんかんで室温の調節が大変だったことを話した。
 なるほど、モモンガを赤ちゃんから育てる方がずっと難しい。僕はふてくされながらも、涼子ちゃんの言い分はもっともだと思った。
 話しているうちに日も暮れかけてきて、家に帰ることにした。
 僕たちが玄関を出ると、昼間見たお父さんとばったり会った。
「おじゃましました」
 僕たちがおそるおそる言うと、お父さんはにっこり笑った。
「君たち、涼子の友達?」
「はい。涼子さんにモモンガの子供をもらって、育て方を教えてもらっているんです」
 僕がそう言うと、お父さんは目を丸くして少し考えた。
「どうかしましたか?」
 僕たちがふしぎそうな顔をすると、お父さんはまたにこっと笑った。
「いや、ちょっと昔のことを思い出してね」.
 そして、続けた。
「涼子に、夏休みにも会いに来てくれる友達ができて良かった。あいつ、いつもモモンガのことばかりだから。またいつでもおいで」
「はい、喜んで!」
 僕たちは、すっかり緊張もなくなり笑顔で言った。
 なんだ、いいお父さんだ。涼子ちゃんとお母さんよりもお店をとるような人には全然見えなかった。
 心のもやが取れたような気分で、ポッケの待つ家へと帰った。
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