6 / 8
六.夢
しおりを挟む
その日の夜は、煮干しを手渡しであげた。
次の日は、佐野君と田んぼで捕まえたイナゴをあげようとして、イナゴがポッケの手をすり抜け僕の部屋を飛びはね、ワタワタした。
その次の日も、そのまた次の日も、ポッケに手渡しでごはんをあげることが日課になっていた。
そんなある日の晩のこと。
いつものように佐野君とポッケにごはんをあげて、自分のごはんをたべて、お風呂に入る。そんな日課を終えて、ケージを見た。
ケージの中では、ポッケのふくろは動かずにじっとしていて、すやすやと眠っている様子だった。
「ポッケ、おやすみなさい」
笑顔で言った後、寝ることにした。
ポッケが眠っているケージの横のベッドの上で、僕もタオルケットにくるまった。
✻✻✻
目を開けると、真っ暗だった。
「あれ、ここは……?」
辺りを見わたす。
僕のほほに、フサフサと毛布みたいなのが当たった。目をこすると、暗がりにだんだんと目がなれてきて……僕の顔の前に、辺りをさぐるように動くヒゲが見えた。
「え、これって……」
ヒゲに近づいた。すると……
「わぁ!」
驚いた。僕の薄っすらと見える目の前には、何と……大きなフクロモモンガの顔があったのだ。その目は、僕の声に反応してひらいた。
「何よ、うるさいわねぇ」
僕は、さらにびっくりした。フクロモモンガがしゃべったのだ。これって、どういう……。
目を覚ましたらしいフクロモモンガは、小さくあくびをした。
「ふぁーあ、ひとねむりしたら、お腹すいちゃった。ねぇ、ごはん食べに行こう」
「ごはん?」
「そう。ほら、ここに入って」
フクロモモンガはお腹を向けた。お腹の毛の中には、ふくろのようにあいている部分がある。
「え、いや、でも……」
「何、もたもたしてるの。あなたはポッケ。私のこどもでしょ。早く、入りなさい」
「うん……」
そっか、そうだった。僕、いつも、お母さんのお腹のふくろに入っていたんだった。
そのふくろに入った。ふかふかの毛皮に包まれたそれは温かくて……『守られてる』ってことが分かって、すごく安心できた。
「じゃあ、これから外に出るわよ」
そういうと、ゴソゴソと動き出した。
ふくろから少し顔を覗かして外を見ていると、僕をふくろに入れたお母さんが穴から出た。何と、そこは……木のうろだったのだ。
お母さんは、そのうろからはなれ、両手を広げた。僕たちは風に乗り、ふわっと飛んだんだ。
「ひゃあー!」
思わず声が出た。ふくろに入った僕も、風をきって飛んでいる。
僕のほほを通り抜ける風が気持ちいい。見る見るうちに、枝が近づいてきて、お母さんが飛び移った。
お母さんは、その枝から木をするすると登った。気がつくと、目の前に大きなくだものがあった。
真っ暗だけど分かる、黄色いくだもの。とろけるような甘いにおい。
「これは……」
「マンゴーよ。いつも食べてるでしょ」
そう言って、お母さんはマンゴーにかぶりついた。僕も、ふくろから出てかぶりつく。
甘い汁が口いっぱいに広がる。
「すごい、美味しい!」
夢中になって食べた。
美味しい、美味しい。
僕はしばらく、食べることに必死になっていた。
どれほどたっただろう。ふと顔を上げると、お母さんはいなくなっていた。
「あれ、お母さん?」
僕はあたりを見渡す。でも、お母さんは見当たらない。
僕は「お母さん、お母さん!」と叫ぼうとした。
でも……
「ワンワン ワン!」
その声しか口から出ない。
どうして?
何で、お母さん、どっか行っちゃうの?
僕を捨てないで!
僕のその言葉は、声にならない。
ただ、『ワンワンワン!』って声しか耳に入らない。
嫌だ、嫌だ。
僕はまだ、一人では生きていけないんだ。
お父さん、お母さん、僕を置いていかないで!
戻ってきて!
真っ暗闇の中、僕は声も出せずに泣き叫んだ。
その時……向こうの木の枝から、目を青白く光らせたフクロウが僕をめがけて飛んできたんだ。
食べられる、嫌だ……。
「お父さん、お母さん、助けてぇ!」
✻✻✻
「ワンワンワン!」
はっと目が覚めた。汗をぐっしょりとかいていた。
「ワンワンワン!」
ポッケが、ふくろの中からけたたましく鳴いていた。僕は、ポッケのふくろを取り出した。
ポッケには、お父さんもお母さんも……守ってくれる人はいない。
一人なんだ。
不安なんだ。
怖いんだ。
ふくろを胸に抱え、手でさすった。
「ポッケは、一人じゃない。僕がいる。お願い、怖がらないで」
僕はふくろに優しく話しかけた。胸に、ポッケのほのかな温かさが伝わってきた。
その夜、ポッケが鳴きやむまで僕はふくろをさすり続けたんだ。
次の日、僕は昼過ぎに目が覚めた。おやつの時間に佐野君が家に来て、一緒に夏休みの宿題をした。
夕方、一緒にポッケのごはんを用意した。ササミとブドウとヨーグルト。ポッケの好物だ。
「ほら、ポッケの好きなササミだよ」
ケージに手を入れると、いつもと違いポッケが巾着の口からピョンと飛び出した。
僕はびっくりしたが、ふと思い立ってササミを手の平の上に置いた。
すると、どうだろう。
ポッケが手の平に乗り、ササミを両手で持って食べたのだ。
「やったじゃん、洋介。やった、やった!」
佐野君は、大はしゃぎだ。
僕も、言葉にできないほどうれしかった。
その日から、ポッケは僕の手に乗ってくれるようになった。手の上でクックッと言いながら、おいしそうにごはんを食べる。それに、ふくろをケージから出しても、前のように大脱走しなかった。僕の服につかまり、肩、腕へ移り手の平に乗ってきてくれる。
僕はポッケのふくろに長いひもを取り付けて首からぶら下げ、いつも一緒にいるようになった。
ポッケは、初めは無愛想な奴だと思っていたけど、僕と一緒なんだ。本当は怖がりで寂しがり屋で甘えん坊なんだ。
ポンのいなくなってぽっかりあいた心の穴には、今はふくろから顔をのぞかせたポッケがいる。
地蔵盆も終わったある日、ポッケのふくろをぶら下げた僕は、佐野君と一緒に涼子ちゃんの家に行くことにした。
ポッケのことは何より早く報告したかったが、それ以上に、思うことがあった。
僕たちは、ポッケと同じだ。まだ子供で、だから……お父さんとお母さんに守ってほしいんだ。それは、僕たちよりずっと大人に見える涼子ちゃんにとっても同じはずなんだ。
夏休みは、もう残り一週間になっていた。でも、涼子ちゃんたちが行ってしまう前に、どうしても伝えておきたいことがあったんだ。
次の日は、佐野君と田んぼで捕まえたイナゴをあげようとして、イナゴがポッケの手をすり抜け僕の部屋を飛びはね、ワタワタした。
その次の日も、そのまた次の日も、ポッケに手渡しでごはんをあげることが日課になっていた。
そんなある日の晩のこと。
いつものように佐野君とポッケにごはんをあげて、自分のごはんをたべて、お風呂に入る。そんな日課を終えて、ケージを見た。
ケージの中では、ポッケのふくろは動かずにじっとしていて、すやすやと眠っている様子だった。
「ポッケ、おやすみなさい」
笑顔で言った後、寝ることにした。
ポッケが眠っているケージの横のベッドの上で、僕もタオルケットにくるまった。
✻✻✻
目を開けると、真っ暗だった。
「あれ、ここは……?」
辺りを見わたす。
僕のほほに、フサフサと毛布みたいなのが当たった。目をこすると、暗がりにだんだんと目がなれてきて……僕の顔の前に、辺りをさぐるように動くヒゲが見えた。
「え、これって……」
ヒゲに近づいた。すると……
「わぁ!」
驚いた。僕の薄っすらと見える目の前には、何と……大きなフクロモモンガの顔があったのだ。その目は、僕の声に反応してひらいた。
「何よ、うるさいわねぇ」
僕は、さらにびっくりした。フクロモモンガがしゃべったのだ。これって、どういう……。
目を覚ましたらしいフクロモモンガは、小さくあくびをした。
「ふぁーあ、ひとねむりしたら、お腹すいちゃった。ねぇ、ごはん食べに行こう」
「ごはん?」
「そう。ほら、ここに入って」
フクロモモンガはお腹を向けた。お腹の毛の中には、ふくろのようにあいている部分がある。
「え、いや、でも……」
「何、もたもたしてるの。あなたはポッケ。私のこどもでしょ。早く、入りなさい」
「うん……」
そっか、そうだった。僕、いつも、お母さんのお腹のふくろに入っていたんだった。
そのふくろに入った。ふかふかの毛皮に包まれたそれは温かくて……『守られてる』ってことが分かって、すごく安心できた。
「じゃあ、これから外に出るわよ」
そういうと、ゴソゴソと動き出した。
ふくろから少し顔を覗かして外を見ていると、僕をふくろに入れたお母さんが穴から出た。何と、そこは……木のうろだったのだ。
お母さんは、そのうろからはなれ、両手を広げた。僕たちは風に乗り、ふわっと飛んだんだ。
「ひゃあー!」
思わず声が出た。ふくろに入った僕も、風をきって飛んでいる。
僕のほほを通り抜ける風が気持ちいい。見る見るうちに、枝が近づいてきて、お母さんが飛び移った。
お母さんは、その枝から木をするすると登った。気がつくと、目の前に大きなくだものがあった。
真っ暗だけど分かる、黄色いくだもの。とろけるような甘いにおい。
「これは……」
「マンゴーよ。いつも食べてるでしょ」
そう言って、お母さんはマンゴーにかぶりついた。僕も、ふくろから出てかぶりつく。
甘い汁が口いっぱいに広がる。
「すごい、美味しい!」
夢中になって食べた。
美味しい、美味しい。
僕はしばらく、食べることに必死になっていた。
どれほどたっただろう。ふと顔を上げると、お母さんはいなくなっていた。
「あれ、お母さん?」
僕はあたりを見渡す。でも、お母さんは見当たらない。
僕は「お母さん、お母さん!」と叫ぼうとした。
でも……
「ワンワン ワン!」
その声しか口から出ない。
どうして?
何で、お母さん、どっか行っちゃうの?
僕を捨てないで!
僕のその言葉は、声にならない。
ただ、『ワンワンワン!』って声しか耳に入らない。
嫌だ、嫌だ。
僕はまだ、一人では生きていけないんだ。
お父さん、お母さん、僕を置いていかないで!
戻ってきて!
真っ暗闇の中、僕は声も出せずに泣き叫んだ。
その時……向こうの木の枝から、目を青白く光らせたフクロウが僕をめがけて飛んできたんだ。
食べられる、嫌だ……。
「お父さん、お母さん、助けてぇ!」
✻✻✻
「ワンワンワン!」
はっと目が覚めた。汗をぐっしょりとかいていた。
「ワンワンワン!」
ポッケが、ふくろの中からけたたましく鳴いていた。僕は、ポッケのふくろを取り出した。
ポッケには、お父さんもお母さんも……守ってくれる人はいない。
一人なんだ。
不安なんだ。
怖いんだ。
ふくろを胸に抱え、手でさすった。
「ポッケは、一人じゃない。僕がいる。お願い、怖がらないで」
僕はふくろに優しく話しかけた。胸に、ポッケのほのかな温かさが伝わってきた。
その夜、ポッケが鳴きやむまで僕はふくろをさすり続けたんだ。
次の日、僕は昼過ぎに目が覚めた。おやつの時間に佐野君が家に来て、一緒に夏休みの宿題をした。
夕方、一緒にポッケのごはんを用意した。ササミとブドウとヨーグルト。ポッケの好物だ。
「ほら、ポッケの好きなササミだよ」
ケージに手を入れると、いつもと違いポッケが巾着の口からピョンと飛び出した。
僕はびっくりしたが、ふと思い立ってササミを手の平の上に置いた。
すると、どうだろう。
ポッケが手の平に乗り、ササミを両手で持って食べたのだ。
「やったじゃん、洋介。やった、やった!」
佐野君は、大はしゃぎだ。
僕も、言葉にできないほどうれしかった。
その日から、ポッケは僕の手に乗ってくれるようになった。手の上でクックッと言いながら、おいしそうにごはんを食べる。それに、ふくろをケージから出しても、前のように大脱走しなかった。僕の服につかまり、肩、腕へ移り手の平に乗ってきてくれる。
僕はポッケのふくろに長いひもを取り付けて首からぶら下げ、いつも一緒にいるようになった。
ポッケは、初めは無愛想な奴だと思っていたけど、僕と一緒なんだ。本当は怖がりで寂しがり屋で甘えん坊なんだ。
ポンのいなくなってぽっかりあいた心の穴には、今はふくろから顔をのぞかせたポッケがいる。
地蔵盆も終わったある日、ポッケのふくろをぶら下げた僕は、佐野君と一緒に涼子ちゃんの家に行くことにした。
ポッケのことは何より早く報告したかったが、それ以上に、思うことがあった。
僕たちは、ポッケと同じだ。まだ子供で、だから……お父さんとお母さんに守ってほしいんだ。それは、僕たちよりずっと大人に見える涼子ちゃんにとっても同じはずなんだ。
夏休みは、もう残り一週間になっていた。でも、涼子ちゃんたちが行ってしまう前に、どうしても伝えておきたいことがあったんだ。
0
あなたにおすすめの小説
独占欲強めの最強な不良さん、溺愛は盲目なほど。
猫菜こん
児童書・童話
小さな頃から、巻き込まれで絡まれ体質の私。
中学生になって、もう巻き込まれないようにひっそり暮らそう!
そう意気込んでいたのに……。
「可愛すぎる。もっと抱きしめさせてくれ。」
私、最強の不良さんに見初められちゃったみたいです。
巻き込まれ体質の不憫な中学生
ふわふわしているけど、しっかりした芯の持ち主
咲城和凜(さきしろかりん)
×
圧倒的な力とセンスを持つ、負け知らずの最強不良
和凜以外に容赦がない
天狼絆那(てんろうきずな)
些細な事だったのに、どうしてか私にくっつくイケメンさん。
彼曰く、私に一目惚れしたらしく……?
「おい、俺の和凜に何しやがる。」
「お前が無事なら、もうそれでいい……っ。」
「この世に存在している言葉だけじゃ表せないくらい、愛している。」
王道で溺愛、甘すぎる恋物語。
最強不良さんの溺愛は、独占的で盲目的。
生贄姫の末路 【完結】
松林ナオ
児童書・童話
水の豊かな国の王様と魔物は、はるか昔にある契約を交わしました。
それは、姫を生贄に捧げる代わりに国へ繁栄をもたらすというものです。
水の豊かな国には双子のお姫様がいます。
ひとりは金色の髪をもつ、活発で愛らしい金のお姫様。
もうひとりは銀色の髪をもつ、表情が乏しく物静かな銀のお姫様。
王様が生贄に選んだのは、銀のお姫様でした。
青色のマグカップ
紅夢
児童書・童話
毎月の第一日曜日に開かれる蚤の市――“カーブーツセール”を練り歩くのが趣味の『私』は毎月必ずマグカップだけを見て歩く老人と知り合う。
彼はある思い出のマグカップを探していると話すが……
薄れていく“思い出”という宝物のお話。
ノースキャンプの見張り台
こいちろう
児童書・童話
時代劇で見かけるような、古めかしい木づくりの橋。それを渡ると、向こう岸にノースキャンプがある。アーミーグリーンの北門と、その傍の監視塔。まるで映画村のセットだ。
進駐軍のキャンプ跡。周りを鉄さびた有刺鉄線に囲まれた、まるで要塞みたいな町だった。進駐軍が去ってからは住宅地になって、たくさんの子どもが暮らしていた。
赤茶色にさび付いた監視塔。その下に広がる広っぱは、子どもたちの最高の遊び場だ。見張っているのか、見守っているのか、鉄塔の、あのてっぺんから、いつも誰かに見られているんじゃないか?ユーイチはいつもそんな風に感じていた。
「いっすん坊」てなんなんだ
こいちろう
児童書・童話
ヨシキは中学一年生。毎年お盆は瀬戸内海の小さな島に帰省する。去年は帰れなかったから二年ぶりだ。石段を上った崖の上にお寺があって、書院の裏は狭い瀬戸を見下ろす絶壁だ。その崖にあった小さなセミ穴にいとこのユキちゃんと一緒に吸い込まれた。長い長い穴の底。そこにいたのがいっすん坊だ。ずっとこの島の歴史と、生きてきた全ての人の過去を記録しているという。ユキちゃんは神様だと信じているが、どうもうさんくさいやつだ。するといっすん坊が、「それなら、おまえの振り返りたい過去を三つだけ、再現してみせてやろう」という。
自分の過去の振り返りから、両親への愛を再認識するヨシキ・・・
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる