やわらかな手

いっき

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五.山のリス

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空はオレンジ色がかっていて、とても明るかったけれど、山の中はうす暗かった。暖かい日だったのに、冷んやりとした風が吹きぬけた。山の中って、町とはちがって、色んなにおいがした。動物のにおいとか、草や木のにおいとか。だから、ぼくはどこから入ってきたのか、分からなくなってしまった。
ぼくは不安で心細くって。かおりちゃんのことばかり考えた。

かおりちゃん……今、どうしているんだろう? ぼくを探しているかな?
ぼく、もう、かおりちゃんに会えないのかな?
かおりちゃん……会いたいよぉ。
そんなことを考えて、ぼくはしくしく、しくしく泣き始めた。ここはどこだろう……かおりちゃんの温かくてやさしいあの手に乗ることはもう、できないのかなぁ?
うす暗い山の中、木の枝で、ぼくは行き場のないさびしさと心細さで、どうしたらいいのか分からなかったんだ。
すると……
『どうしたの?』
ぼくにリスの言葉が聞こえてきた。
リスの言葉……それを聞くのは、ぼくが生まれてからしばらくの間。ぼくのお母さんにかけられていた時以来で、とってもなつかしい。
だれだろう……だれが、そこにいるんだろう?
声の聞こえた方を見ると、そこにはリスの女の子……だけれども、ぼくたちみたいに体にしまもようのないリスがいたんだ。
『だれ?』
ぼくもリスの言葉でたずねると、その子はクリッとした大きな目をぼくに合わせた。
『私はこの山のリスよ』
『この山の?』
『ええ。あなたは?』
『ぼくはポコ』
『ポコ?』
ぼくが自分の名前を言うと、その子は首をかしげた。
『うん。かおりちゃんにつけてもらった名前なんだ』
『かおりちゃんって……』
そこまで話した時、ぼくのおなかから「グー」って虫の音がなった。
そうだ……いっつもなら、もう、かおりちゃんがごはんをくれる時間なんだ。

すると、その子はぼくのおなかの音が聞こえたのか、
『ついて来て』
と言って、するするとその枝の先まで行き、別の木の枝に飛び移った。
その子はこの山の木から木へと移っていくのになれていて……木登りがとくいだと思っていたぼくも、ついて行くのにせいいっぱいだった。

必死でついて行って、ぼくの足もすっかりつかれた時だった。その子は、ある大きな木の穴に入って行って、ぼくもその穴に入った。
『ここは……』
『私のおうちよ』
『おうち?』
『そう』
その子はうなずいた。
『私、ここに住んでいるの。ほら、これ……ごはんもたくさんあるわよ』
『わぁ……』
その子のおうちには、食べたこともないような、おいしそうなどんぐりがたくさんあって。ぼくのおなかはまた、グーって鳴った。
それを聞いて、その子は少し、目を細めた。
『どうぞ、めしあがれ』
『やった、ありがとう!』
ぼくは、どんぐりにかじりついた。外のかたいからを割ると、中から黄色い実が出てきた。それはいつも食べていたひまわりの種よりもあまくて、とってもおいしかった。

夢中になってどんぐりを食べるぼくに、その子はしずかにたずねた。
『あなたは……かおりちゃんって?』
ぼくはその言葉で、かおりちゃんのかわいいお顔を思い出した。
『かおりちゃんは、ぼくのご主人さまなんだ』
『ご主人さま?』
『そう。いっつもぼくにごはんをくれて、手に乗っけてくれて。ぼく、だぁい好きなんだ。今日も、ひもをつけてぼくを外に出してくれて』
すると、その子はびっくりしたように目を丸くした。
『え、それって……もしかして、人間?』
『うん』
ぼくがうなずくと、その子はとたんにいやそうな顔をした。
『私、人間ってきらい』
『えっ……どうして?』
『だって、この山の木をどんどん切って、私たちの住むところをうばっていくんだ』
『えっ、そうなの?』
おどろいたぼくの声に、その子はうなずいた。
『人間のせいで……人間が私たちの住みかをうばったせいで、私の家族は新しい住みかをさがして。その途中で、私のお母さんも、お兄さんたちも、イタチとかフクロウとかにやられて。私、一人っきりになったんだもの』
『うそ……』
ぼくは信じられなかった。かおりちゃんたち人間が、山のリスたちにそんなひどいことをしていただなんて。そして……そんな悲しいことがあって一人っきりになってしまったその子のことが、かわいそうでしかたないと思った。
『ねぇ、ポコ。あなた……ここでいっしょに、住まない?』
その子は悲しそうな顔を、そっとゆるめた。
『この山には食べ物もいっぱいあるし、イタチとかフクロウとか、てきにさえ気をつけたらとっても楽しいわよ。  それに……私も。同じリスの仲間のポコにいっしょに住んでほしい』

その子から言われて、ぼくは考えた。
言われたことは、本当にその通りだ。ここにはどんぐりも、その他にぼくの知らなかった木の実もたくさんある。それに、ここにいたら山の中を自由にかけ回ることができるし、毎日がとっても楽しいかも知れない。
何より、同じリスの仲間……っていうのに、とってもワクワクした。
ぼくにはかすかに、はるか遠い昔、お母さんに育ててもらった思い出がある。だけれども、いつの日かはなればなれになって……今では、ぼくにリスの仲間はいない。
でも、この子にはぼくのように体のしまもようはないけれど、たしかにリスの仲間で。ぼくは本当は、リスの仲間とくらしていく方がいいのかな、とも思う。

だけれども……ぼくの頭の中に、かおりちゃんの顔がうかんだ。
やさしいやさしい、かおりちゃんのふわりとした笑顔。そして、かおりちゃんのやわらかな手。それはいつも、ぼくを温かく包んでくれた。とってもいいにおいで、心地よくって……。
今、かおりちゃん、どうしているかな? ぼくがいなくなって、悲しい顔をしていないかな?
そんなことを考えたら、ぼくはいてもたってもいらなくなった。
『ごめん。ぼく……かおりちゃんの所へ帰らないと』
『えっ、どうして? 人間なんて、私たちの住みかをうばう、悪いやつらじゃない』
『かおりちゃんはちがうよ』
ぼくはきっぱりとそう言った。
『かおりちゃんはとってもやさしくって、温かくって、いっつもぼくのことを見ていてくれている。今も、きっと……ぼくがいなくなって、とっても悲しんでいる。だから、ぼくはかおりちゃんの元へ帰らないといけないんだ』
すると、その子はとってもおどろいた顔をした。だけれども……少し、さびしそうに言った。
『そっか。ポコにとっては、人間のかおりちゃんが家族なんだ。でも、私たちにとっては、人間はてき。だから……きっと、いっしょに住むことはできないんだよね』
『うん……ごめん』
ぼくはことわって悪いことをしてしまったと思ってあやまったけれど、その子はおだやかな目をした。
『いいえ。私、ひさしぶりにリスの仲間と会うことができて、楽しかった』
その目はかおりちゃんと同じくらいきれいですきとおっていて。ぼくはその子のそんな目を見て、あることを思いついた。
『そうだ。今日、どんぐりをたくさんくれたおれいに。名前、つけてあげる』
『名前?』
『うん。どんぐりがたくさんの所に住んでるから……グリ』
『グリ?』
『うん。いや……かな?』
ぼくはちょっと不安になったけれど、グリは目を細めて首をふった。
『いいえ。名前、つけてもらったの、初めてで。ありがとう、すごくうれしい』
よかった……ぼくは、ほっとした。
『それじゃあ、山の入口まで送るね。イタチとかフクロウとか出るし、気をつけないといけないから』
『うん』
ぼくはイタチもフクロウも知らない。でも、山に住んでいたら、こわいてきがたくさんいるんだろうなって分かった。そう……ぼくは、グリたちのてきの人間に守られて生きてきた。だから、きっとこの山でグリといっしょに生きていくことはできない。
人間の住みかの中で生まれたぼくは、人間に守られて……人間といっしょにでないと生きていくことができないんだ。
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