オリオン座の恋人

いっき

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第一章 オリオンとの出会い

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「あの、ぼ……僕、初めて見た時から星奈さんのことしか考えられなくて。星奈さんの笑顔のためなら、僕、何でもできます。だから、僕と……付き合って下さい」

放課後の校舎裏。
私は目の前でしどろもどろになる坊ちゃんを前に、溜息が出そうになるのを我慢した。

私は長い睫毛の目を細め、眉を下げて……心から申し訳なさそうに見える表情をする。

「ごめんなさい。白瀬くんの気持ちは凄く嬉しいし、全然、白瀬くんのことが嫌とかそういうんじゃないんだけど……私、今は男子と付き合うとか、そういうことは考えられないの」

「で、でも……お試しに、お友達からなら……」

「そういうのも作る気はないの。本当に、ごめんなさい」

表情とは裏腹のキッパリとした言葉を放った私は踵を返す。
そして、まだ未練たらたら言っている彼には振り向きもせずに立ち去った。

校舎裏から出る私の口をついて、勝手に溜息が漏れる。

こういうの、今年に入ってから何回目だろう?
もうゆうに三十回は超えている気がする。

校舎の表に出た時……

「ヒュー、モテる女は辛いねぇ」

女友達の果代
かよ
が私を茶化す声が聞こえた。

「モテてるんじゃないし。男どもがバカなだけよ」

「だから。そういうのをモテてるって言うのよ」

また例の如く絡んできた。
人が告白される現場を覗き見して茶化してくる、この悪趣味女も相変わらずだ。

「別に、好きでこうなワケじゃないし。私はいつも自然体。自然体でいたら勝手に降りかかってくる火の粉を払っているだけよ」

すっと目を閉じて言う私に、果代は「うわっ、嫌味~」と言って眉をひそめた。

だって、本当に昔からそうなんだ。
特別なことをしているわけでもないし、好かれるようなことをしているわけでもない。
ただ、少し見た目に気をつかってるだけ。

それだけで男子達は清楚だ、星奈さんほどの美人は見たことがない、だのと言って私を自分のものにしようとするのだ。

「でも。星奈はいくら清楚で美人だからって、告ってくる男を片っ端から振ったりしたら、男に恨まれるよ。怖いよ~、男は。あんた、襲われるかも」

「大丈夫よ、そんなの。テレビドラマか何かだけの世界よ。それより、果代。お茶しない? パフェの美味しいカフェ、見つけたんだ」

「あ、いいねぇ。行こ! 勿論、魔性の女、星奈のおごりで!」

私達はその日も、そんないつも通りのことを話しながら、いつも通りに放課後、寄り道した。
そう。
あんな『非日常』が私を襲うだなんて、その時は予想だにしていなかったのだ。



「じゃあね、星奈。夜道、気をつけて。可愛いあんたは特にね」

「はいはい。また明日ね!」

(あーぁ、すっかり遅くなっちゃった)

カフェで果代とすっかり話し込んでしまったその日。
店を出た時にはあたりは真っ暗で、北の空ではオリオン座が眩いくらいに輝いていた。

(早く帰らないと……)

私の家は北の方角。
オリオン座の輝く方に向かい、足早に歩いた。
そんな私の歩く歩道の横に、一台のワゴン車が停まった。

「おい、姉ちゃん。乗ってけよ。送ってくぜ!」

ワゴン車の窓を開けて、一人の男……金髪で髑髏のネックレスをつけた、いかにもラリった危なさそうなチャラ男が声を掛けてきた。
車の中には、さらに三人の男がワイワイガヤガヤとひしめき合っている。

「いえ、結構です」

そんなの、誰が!
乗る訳ない。

私はそいつを無視して、さらに足を早めて道を急いだ。

しかし……私のそんな態度がそいつらを刺激してしまったらしい。
その車はずっと私の隣につき、早足で歩く私を追って来たのだ。

「おい、姉ちゃーん。俺らと楽しいことしようぜぇ」

車の中からドッと笑いが聞こえてきた。

(ウザい、ウザい。どっか行け!)

私は眉を顰めて走り出した。

「おいこら、ちょっと待てよ」

ワゴン車は私を少し追い越して停まりドアが開いて男が二人降りてきた。

(うそっ!)

私は咄嗟に方向を変え、走ろうとした。
しかしそいつらは、それより前に私の腕を鷲掴みにして車の中へ引き摺り込んだのだ。

「ちょっと、やめてよ! やだ!」

私は叫び、手足をバタバタさせて暴れるが……男四人に押さえつけられ、無理矢理に車へ押し込まれてドアが閉められた。

「うっひょー! めっちゃ可愛い! 俺ら、ツイてるぜ」

「おい、お前、ガッつきすぎだぜ。俺にも触らせろよ」

金髪のチャラ男が運転する車内。
三人の男達が乱雑に私の身体を嬲った。

「やだ、やだー! キモいって。やめてよー!」

「うるせぇよ!」

男が怒鳴った途端に私の頭に鈍痛が走った。
クラクラして目が回る。
どうやら、私の頬がグーで思い切り殴られたみたいだ。

そのことを認識する間もなく、ビリビリという布の裂ける音と共に、ブラに隠された私の胸が露わになった。

「うっひょー! いただき!」

男達は乱雑にブラを剥ぎ取り、我先にと私の胸に吸い付く。

(嫌だ、嫌……どうして、こんな……)

どれだけ力を入れて暴れようとしても、三人の男達によって押さえつけられた私の体は動かない。
そして、成すすべもなく汚されてゆく。
薄ら笑いを浮かべる、この醜い悪魔達によって……。

「おいこら。俺にもヤラせろよ」

車は停止して運転席の金髪男がニヤニヤ笑いながら降り、後部座席のドアが開いた。
その瞬間、私は体中の力を振り絞って暴れた。

「あ、おい。こら!」

男達を振り払い、思い切り駆け出した。

どうやら、ここは山奥。
深い所まで連れて来られたのか、足の裏に草木や小石なんかが食い込む。
しかし、そんなことに構っている場合ではない。
命からがら、必死で走った。

しかし……

「おらおら、待てよ!」

金髪の男に追いつかれ、羽交い締めにされた。
命からがら走ったところで、私は裸足。
追ってくる男から逃げ延びられるわけがなかった。

「こいつ、手をかけさせやがって」

「でも、いいぜぇ、このシチュ。俺、山奥で女をヤッてみたかったんだよ」

「嫌よ、いやぁ!」

私は最後の力を振り絞って全力で暴れた。
しかし、男達の力に敵うはずもなく、押し倒される。
ニヤァと笑った金髪の男が私の敏感な部分に手を伸ばす……。

「いてぇ!」

男は両手で顔を押さえた。
私がこいつの顔を蹴り上げたのだ。

「このアマァ!」

でこを押さえたそいつは鬼の形相で睨んできた。

私も睨む。
目に精一杯の力を込めて……。

(絶対に屈さない。たとえ、命を奪われても……)

しかし、そいつは……両手で私の首を掴み、思い切り力を入れたのだ。

ギリ、ギリ……。

首が締まる音が脳内に響く。

(苦しい……)

そんなことを思う間もなく、私の意識は遠のいてゆく。

(私、死ぬのね……)

不思議と悲しみはなかった。
ただ、私の頭の中にある言葉……もうすっかり忘れていたある言葉が蘇った。

「星奈は絶対にお星様になろうなんて思ったらいけないよ」

その瞬間。
北の空でオリオン座の七つの星が煌々と光り輝いたのだった。




「え、ここは……?」

目の前には、見慣れない風景が広がっていた。
茶色い葉をつけた木々が立ち並ぶ荒涼とした森……そして、足元を見るとさらに驚いた。

「これって……」

私の前には血まみれの狼が横たわっていたのだ。

(どういうこと? 私、あいつらに襲われて、首を絞められて、そして……)

気が遠くなった後のことが、どうしても思い出せない。
そんな時だった。

「おい、お前! 伏せろぉ!」

「えっ……」

突如かけられた大声に驚き、屈んだ。
そして、目を見張った。

「グルルル……!」

横たわっているのと同じくらいの狼が青い瞳を爛々と光らせ、今にもこちらに飛びかかろうとしていたのだ。
さらにその後ろでは、同じく二匹の狼がジリジリとこちらに近付いてきていた。

私は驚きのあまり、声も出ない。
ただ、腰を抜かしたきり動けなくなった。
その時だった。

「おらぁ!」

私の頭上を棍棒がかすめた。
それは大きく、さらに凄まじいほどの加速度を持った弧を描き、爛々と瞳を光らせていた狼の顔に命中した。

(え……何?)

私は棍棒の主に目をやる。
そして、さらに目を見張った。

そいつが纏っているのは、毛皮の布一枚のみ。
そして、髭も伸び放題に伸びている。
粗雑な身なりの彼はしかし、筋肉の付き方は凄まじく、見れば見るほどに恐ろしいほどの逞しさを醸していた。

棍棒の彼は、その狼を薙ぎ倒してからも容赦しなかった。
腰を抜かして動けない私を他所に、三匹の狼の全てをめった打ちにし始めた。

その惨状は、私には見ていられないほどで。

「やめて……」

気付いたら、私の口からその言葉が漏れていた。

「やめて、もうやめてよ! やり過ぎだって……」

自分の命を狙っていたはずの狼に対する彼の仕打ちが恐ろし過ぎて、私は涙を流しながら懇願した。

「何故、止める?」

腕を掴んで必死に懇願する私を彼はギロリと睨んだ。
その刺すような眼光は凄まじいほどの憤りと、そして……底知れぬ悲しみを含んでいるかに思えて、私の全身はブルッと震えた。

「こいつらは、お前を襲って殺そうとしたんだぞ。殺さなければ殺される……そうじゃないか?」

「でも、やりすぎよ。こいつらは確かに私を殺そうとしたけど……ほら、もうこんなに血だらけ。こんなに痛がって苦しんでる」

すると彼は、口元にフッと不敵な笑みを浮かべて右手の棍棒を下に下ろした。

「甘いな。そんなことじゃ、誰も守れない。そう……自分自身も」

「と……兎に角、ここを離れましょう」

私はゴワゴワとした毛むくじゃらで無骨な彼の左手を引き、血だらけの狼達の横たわるその場所を離れた。



木の蔓は行く手を阻むかのように四方八方から手を結び、掻き分けるのに苦労する。
暗くて色が分からないからだろうか……時折吹く風を受けて笑うように揺れる木の葉は黒く、深く、私をその奥にさらってゆきそう。

その森はまるで生きているかのように私達を取り込もうとして。
でも、私は必死でそれに抗い、どうにか深い森を抜けて見渡す限りの砂丘に辿り着いた。

(砂丘……?)

私はその風景に、著しく違和感を覚えた。
しかし、無言で自分の隣にいる男……そう。
狼達をなぎ倒した彼の違和感の方が、遥かに勝っていた。

「あなた……一体、何者なの?」

無精髭を生やして、全身毛むくじゃら。
毛皮の布一枚のみを纏って手にはあの禍々しい棍棒を持つ、異様な彼に恐る恐る尋ねた。

「お前こそ、何者だ? 一体、どこの国の者なんだ?」

低いトーンの荘厳な声が投げかけられた。

「ちょっと、私が先に聞いたんだから……」

キッと隣を向いて彼と目を合わせた途端……金縛りに遭ったかのように動けなくなった。

私の瞳を刺したのは、さっきの眼光。
凄まじいほどの憤り……そして、その奥に底知れぬ悲しみを秘めている。

(どうして……どうしてこいつ、こんな目をしているの?)

まるで自分の意志を受信できなくなったかのように、私の全身は意図もせず小刻みにガクガクと震え出した。

「何故、震えている?」

「…………」

「そんなに、俺が怖いのか?」

「…………」

私は彼の威圧的な声に何も答えることができない。
ただ、全身がまるで痙攣しているかのように言うことを聞かず、ブルブルと震えていた。

彼はそんな私からフッと目を逸らした。
同時に私も彼の眼光の魔力……彼の心の中の底知れず深い森の中へ私を引き摺り込み、羽交い締めにせんとする魔力からすっと解放されたような気がした。



「俺の名は、オリオン」

正気を取り戻しつつある私の耳に、やはり威圧的な彼の声が低く響いた。

「オ……オリオン?」

私は、聞き覚えのある……しかし、俄かには信じ難い彼の言葉を繰り返した。

「そう。我こそは、海の神ポセイドーンの子、オリオンなのだ」

信じられない言葉を真顔で言うそいつの眼光は、やはり恐ろしすぎて私には直視できない。
ただ、私を一瞬にして動けなくするその瞳の魔力は、自分を神の子だという言葉に妙な説得力を持たせるのだ。

これが、私とそいつ……オリオンとの出会いだった。
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