3 / 3
七年後
しおりを挟む
七年後の春の日。
僕は明日香と、六歳になる息子の衛(まもる)を連れて実家を訪れた。
「お父さん、見て、見て。ちょうちょ!」
「そうだなぁ、衛。今日は暖かいし、ちょうちょも喜んでるなぁ」
明日香と母は、いつものように居間で談笑している。
僕は遊び盛りの衛が、日だまりの中、庭で小さい蝶々を追いかけるのを見守っていた。
自分の故郷で息子が自由奔放に遊び回っているのは、微笑ましいものだ。
そんなことを思いながら、僕は縁側でのんびりと寝そべっていた。
どのくらいの時間が経っただろう。
顔に射し込むオレンジ色の夕陽が眩しくて目が覚めた。僕はいつの間にか、うたた寝をしていたみたいだ。
(あれ、衛は……)
そう思って辺りを見回すと、隣の部屋から衛が何やら独り言を話しているのが聞こえた。
「へぇえ、ツクシって、そんなに強いんだね」
(あれ、おかしいな。隣の部屋には、誰もいないはず……)
不思議に思い、衛のいる部屋へ行った。
「誰と、話していたの?」
僕が少し首を傾げて聞くと、衛ははじけんばかりの笑顔で言った。
「さっちゃん!」
僕は、はっとした。
「ほら、そこに……あれ?」
衛は、指した先を見る。
「さっきまで、いたのに。お母さんによく似た、女の子」
不思議な顔をして首を傾げた。
衛の指の先には……あの時、座敷童子の沙知から貰ったツクシが、もうしおれて干からびてしまっているのだが、それでも大事に置かれていた。
僕は、笑顔で衛に言った。
「そっか、衛にも見えるんだ。さっちゃんと、何を話してたの?」
「うん。ツクシはね、何回踏まれても、負けずに真っ直ぐに生えるんだって」
衛は目を輝かして話し始めた。
「ツクシは小さいけれど、どんなに辛いことがあっても、どんなに悲しいことがあっても、お日さまに向かって真っ直ぐに生えるんだって。さっちゃんは、前に、この世界で一番大好きで、一番大切な人にそれを教えてもらったんだ。だから……どんなに苦しくて辛くても、さっちゃんは、ずっと笑っていることができたんだって」
衛を通して僕に語られた、沙知の想い……僕はその言葉を聞いて、瞳の奥がツーンと熱くなるのを感じた。
衛の前で感涙を堪えるのに……息子の前で涙を流さないのに必死だった。
「でも、さっちゃん、どこに行ったんだろう?」
キョロキョロと部屋を見回す小さい頭をそっと撫で、僕はしゃがんで真っ直ぐに衛と目を合わせた。必死に堪えているが、やはり瞳には涙が滲むのを禁じえず、鼻声になってしまう。
それでも僕は、衛に自分の想いをしっかりと伝えた。
「衛。さっちゃんはね、ずっと僕達の幸せを見ててくれる、座敷童子なんだ。ずっと見ててくれて、ずっとそばにいる。だからね、衛もずっとさっちゃんのこと、そして……さっちゃんの教えてくれたことを忘れないでいてね」
衛は、不思議な顔をしながらも頷いた。
衛がもう少し大きくなって、僕達の悲しみを全て受け止められるようになったら、さっちゃんが誰なのか、話そうと思う。
僕達が決して忘れてはいけない人、幸せを見守ってくれる人、そして、ずっとそばにいてくれる人。
その時まで、きっと衛は今日のことを覚えていてくれている。
『沙知の部屋』だったその部屋に、穏やかな春の夕陽が柔らかく降り注いだ。
僕は明日香と、六歳になる息子の衛(まもる)を連れて実家を訪れた。
「お父さん、見て、見て。ちょうちょ!」
「そうだなぁ、衛。今日は暖かいし、ちょうちょも喜んでるなぁ」
明日香と母は、いつものように居間で談笑している。
僕は遊び盛りの衛が、日だまりの中、庭で小さい蝶々を追いかけるのを見守っていた。
自分の故郷で息子が自由奔放に遊び回っているのは、微笑ましいものだ。
そんなことを思いながら、僕は縁側でのんびりと寝そべっていた。
どのくらいの時間が経っただろう。
顔に射し込むオレンジ色の夕陽が眩しくて目が覚めた。僕はいつの間にか、うたた寝をしていたみたいだ。
(あれ、衛は……)
そう思って辺りを見回すと、隣の部屋から衛が何やら独り言を話しているのが聞こえた。
「へぇえ、ツクシって、そんなに強いんだね」
(あれ、おかしいな。隣の部屋には、誰もいないはず……)
不思議に思い、衛のいる部屋へ行った。
「誰と、話していたの?」
僕が少し首を傾げて聞くと、衛ははじけんばかりの笑顔で言った。
「さっちゃん!」
僕は、はっとした。
「ほら、そこに……あれ?」
衛は、指した先を見る。
「さっきまで、いたのに。お母さんによく似た、女の子」
不思議な顔をして首を傾げた。
衛の指の先には……あの時、座敷童子の沙知から貰ったツクシが、もうしおれて干からびてしまっているのだが、それでも大事に置かれていた。
僕は、笑顔で衛に言った。
「そっか、衛にも見えるんだ。さっちゃんと、何を話してたの?」
「うん。ツクシはね、何回踏まれても、負けずに真っ直ぐに生えるんだって」
衛は目を輝かして話し始めた。
「ツクシは小さいけれど、どんなに辛いことがあっても、どんなに悲しいことがあっても、お日さまに向かって真っ直ぐに生えるんだって。さっちゃんは、前に、この世界で一番大好きで、一番大切な人にそれを教えてもらったんだ。だから……どんなに苦しくて辛くても、さっちゃんは、ずっと笑っていることができたんだって」
衛を通して僕に語られた、沙知の想い……僕はその言葉を聞いて、瞳の奥がツーンと熱くなるのを感じた。
衛の前で感涙を堪えるのに……息子の前で涙を流さないのに必死だった。
「でも、さっちゃん、どこに行ったんだろう?」
キョロキョロと部屋を見回す小さい頭をそっと撫で、僕はしゃがんで真っ直ぐに衛と目を合わせた。必死に堪えているが、やはり瞳には涙が滲むのを禁じえず、鼻声になってしまう。
それでも僕は、衛に自分の想いをしっかりと伝えた。
「衛。さっちゃんはね、ずっと僕達の幸せを見ててくれる、座敷童子なんだ。ずっと見ててくれて、ずっとそばにいる。だからね、衛もずっとさっちゃんのこと、そして……さっちゃんの教えてくれたことを忘れないでいてね」
衛は、不思議な顔をしながらも頷いた。
衛がもう少し大きくなって、僕達の悲しみを全て受け止められるようになったら、さっちゃんが誰なのか、話そうと思う。
僕達が決して忘れてはいけない人、幸せを見守ってくれる人、そして、ずっとそばにいてくれる人。
その時まで、きっと衛は今日のことを覚えていてくれている。
『沙知の部屋』だったその部屋に、穏やかな春の夕陽が柔らかく降り注いだ。
0
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
義弟の婚約者が私の婚約者の番でした
五珠 izumi
ファンタジー
「ー…姉さん…ごめん…」
金の髪に碧瞳の美しい私の義弟が、一筋の涙を流しながら言った。
自分も辛いだろうに、この優しい義弟は、こんな時にも私を気遣ってくれているのだ。
視界の先には
私の婚約者と義弟の婚約者が見つめ合っている姿があった。
愛していました。待っていました。でもさようなら。
彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。
やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。
『お前を愛する事はない』なんて言ってないでしょうね?
あんど もあ
ファンタジー
政略結婚で妻を娶った息子に、母親は穏やかに、だが厳しく訊ねる。
「『お前を愛する事は無い』なんて言ってないでしょうね?」
予言姫は最後に微笑む
あんど もあ
ファンタジー
ラズロ伯爵家の娘リリアは、幼い頃に伯爵家の危機を次々と予言し『ラズロの予言姫』と呼ばれているが、実は一度殺されて死に戻りをしていた。
二度目の人生では無事に家の危機を避けて、リリアも16歳。今宵はデビュタントなのだが、そこには……。
✿ 私は夫のことが好きなのに、彼は私なんかよりずっと若くてきれいでスタイルの良い女が好きらしい
設楽理沙
ライト文芸
累計ポイント110万ポイント超えました。皆さま、ありがとうございます。❀
結婚後、2か月足らずで夫の心変わりを知ることに。
結婚前から他の女性と付き合っていたんだって。
それならそうと、ちゃんと話してくれていれば、結婚なんて
しなかった。
呆れた私はすぐに家を出て自立の道を探すことにした。
それなのに、私と別れたくないなんて信じられない
世迷言を言ってくる夫。
だめだめ、信用できないからね~。
さようなら。
*******.✿..✿.*******
◇|日比野滉星《ひびのこうせい》32才 会社員
◇ 日比野ひまり 32才
◇ 石田唯 29才 滉星の同僚
◇新堂冬也 25才 ひまりの転職先の先輩(鉄道会社)
2025.4.11 完結 25649字
三十年後に届いた白い手紙
RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。
彼は最後まで、何も語らなかった。
その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。
戴冠舞踏会の夜。
公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。
それは復讐でも、告発でもない。
三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、
「渡されなかった約束」のための手紙だった。
沈黙のまま命を捨てた男と、
三十年、ただ待ち続けた女。
そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。
これは、
遅れて届いた手紙が、
人生と運命を静かに書き換えていく物語。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる