虚ろな光と揺るがぬ輝き

新宮シロ

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0 ~闇夜に光る刃~

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 奴と対峙した時、直感した。殺されるのはオレの方だ…。
 巨大な河に囲まれ外界から隔たれたクルール樹林。オレはこの森で生まれ育った。これまでに敵対したあらゆる存在を己の爪と牙で粉砕し自らの贄としてきた。そうして森中の動物たちから絶対なる王と呼ばれ、恐れられ崇められてきた。だから突如として現れた自身より遥かに小さな外来生物もこれまでと同様に一瞬で葬り、胃に収めることになるだろう。そう確信し剥いた牙が月の光に晒されて怪しく光る。そしてその背に向かって挨拶がわりに咆哮した。衝撃は周囲の空気を震わせ、圧で木々が大きく曲がる。そこに立つ生き物の髪が、身に纏う衣服が強くなびく。これで大抵の生物は戦う意思を失いひれ伏す。あとはその血肉を喰らうだけ。その筈だった。
 振動が止むと数メートル先に立つ男がゆっくりとこちらを向いた、その目を見た瞬間、森の王グラウザは自身の死期を悟った。今までに見たどの生物よりも眼前の生物は強い。だが十数年に重ねられた実績と自信がそれを認めなかった。オレには強靭な牙と爪がある。体格もオレの方が十倍以上ある。それにあいつは丸腰。武器の一つも持ってはいない。負ける道理などある筈もない。行けっ!
 鼓舞すると地面を掻いた。巨大な土の塊が宙に舞う。一歩踏みしめる毎に大地が揺れる中、ついに奴を射程に捉えた。幹のごとし巨大な右腕を振りかぶり、最後の一歩を一層強く踏み込む。そして自慢の爪で獲物に切りかかった。
 手応えが、なかった。グラウザはそのまま地面に叩きつけられ土の上を転がった。ドンッ!巨木の幹が彼を止めた。
 衝撃の中目を凝らす。奴はどこへ…?そしてハッとした。奴は先程と同じ場所で立っていた。その目はこちらを向いたまま。唯一違うところは、左腕が水平に伸びている。その手は何かを掴もうと開かれている。
「……」
 奴が何かを言った。そして、次の瞬間その手から黒い光が炸裂し、奴の背丈程はあろう大鎌を握っていた。
 その姿はまさに若き死神。少なくともグラウザの目にはそう映った。
「まだやるか…?」死神が呟いた。
 もしかしたらそれが、彼のかけた情けなのだろう。逃げれば恐らく生き延びることができる。だがもし再び牙を向けたなら…。
 そう考えた瞬間、胸の中が大きくざわついた。それは死への恐怖ではない。己のプライドを捨て生きていくことへの侘しさ。その感情が全身を巡った時グラウザは飛んだ。両腕を掲げ死神へ起死回生の一撃を放つべく力を込め、吠えた。
「グルルォォーーーーー!!!」
 快心の攻撃が切り裂いたのは、またもや空だった。驚愕の中どこか諦めがついた。ここまでの差が…。地面に顔を打ちつけ、死を受け入れた。そして最後に敵を見た、が。
 なんだあれは…?目にしたのは自分の胴から下だった。その胴体が更に二つに分かれた。そして視界が広がっていく。まるで顔面が、二つに…。
 最後に左眼で捉えた死神の表情は最初と変わらず、この闇夜のようにどこまでも掴めない、深淵のようだった。
 目を閉じて最後の瞬間を噛み締める。森の動物たちの声が聞こえる。王の死を喜ぶ声、悲しむ声。それらを聞くと自分の生まれた意味を少し考える。
 次に聞こえたのは森のざわめきだった。お前らも同じ気持ちなのか?共に過ごした唯一の仲間。お前に背を預け眠った夜もあった。空腹の苛立ちを向けたこともあった。そんなお前らとも今日でお別れだ。お前らはまだまだ生きていくのだろう。これからもこの森の動物たちをよろしく頼む。
 最後に感じた、夜風。鼻から吸い込み口から吐く。なんだかいつもより冷えるな。
 その全てに見送られ、クルール樹林の王グラウザは眠りについた。
 亡骸に向かって死神が呟いた。
「お前も何か大切なものの為に戦ったのか?」
 彼の目はこの夜の空と同じように暗く沈んでいる。ただ、その瞳の奥に燃えるものがある。失った大切な何かを取り戻そうとする決意の炎。その僅かな光が彼の道を照らしている。
「戻れ」
 告げると大鎌が消えていく。軽くなった腕をポケットにしまい歩き出す。数歩進んだところで振り返る。どこか気持ちよさそうに眠る巨大な熊。前世だと間違いなく殺されていたのは俺の方だった。この世界に来て強大な力を手に入れてたが未だ真に求めているものは手にできていない。
「…」
 彼女との日々を失ったあの日から、この世界に来たあの時から、欲しいものはただ一つ。
「揺るがぬ輝き…か」
 この世界のどこかに存在する、願えばどんな願いでも叶うという魔法石。しかしそれは誰も見たことがない幻のような物。だが今の彼にはそれが全て。
「行くか」一つ息を吐き、歩き出す。
 再び夜の静寂を取り戻した森の中を静かに進んでいく。敵となる生物の気配は感じない。このまま行けば明朝にはどこかの町に着いているだろう。そこで休息を取り、情報収集だ。
「待っていてくれ…」
 夜空を見上げ、告げる。だが彼が見ている世界は遥か上空に広がる星の海ではなく、更に向こう。ここではないどこかの、かつて生きていた世界。そこでは誰もが無力で小さな存在。危険に身を置けばすぐに消滅してしまう脆く儚い生物。だがそこにしかないものがそこにはある、とても大切な、愛おしい…。
「……」
 その名をそっと口にする。声には出さず口の動きだけで彼女への想いを込める。音にしてしまえば感情がコントロールできなるなるからだ。
 大きく深呼吸をして前を見る。先の見えない緑の門がどこまでも続いている。月明かりを頼りに木々の間を進んでいく。
 この先にあるであろう、輝きを求めて。


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