虚ろな光と揺るがぬ輝き

新宮シロ

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11 ~灯火~

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 待ち合わせは正午。集合場所は駅前の幾何学的のようなやっつけ作業のようなどちらともつかない彫刻の前。快晴も相まってか土曜日のこの時間は似たように待ち合わせの人々でごった返している。
 卓人は少し背が高いが来夢も含め他の五人の身長は高いとは言えない。特に梨亜と萠華は平均より低い。合流まで時間ごかかるかと思っていたが思いの外すぐに四人集まった。あとは主役のご登場を待つだけ。しかし二人が現れる前に正午のアナウンスが流れた。逃げた?と思い二人にメッセージを飛ばす。するとすぐに返信が。どうやら二人とも三十分前には到着しているとのこと。そしてどうやら近くにいるらしい。まさかと思い彫刻を一周する。するとすぐに衛兵の如く直立で正面を見つめる男女を見つけた。声をかけるとすぐに四人の方を向く兵士達。心なしかホッとしたようにも見受けられる。
「ごめん、俺達勘違いしてたみたい」
「あー、確かにこっちも正面っぽいね」卓人がいつもののんびり口調で納得する。
「まあいいわ。で、二人で来たの?」
 萠華が言うと二人同時にコクリと頷く。そしてどうやら三十分もの間無言で虚空を見続けたそうだ。嘆息も吐き尽くしたのかすぐに本筋へ戻る。まずはランチだ。駅からすぐ近くに大型のショッピングモールがある。そこへ一行は足を進めた。
「天崎です」受付で名前を告げ席へ通される。前日に予約の電話をしていたのですんなりと座れた。流石にこの時間は混雑して店員がキビキビと動き回っている。その一人がテーブルに来て水を配った。次いでランチメニューとオススメの紹介。こちらも忙しいにも関わらず丁寧に教えてくれた。今日のイチオシはビーフストロガノフらしい。他にもハンバーグやらナポリタンやらクリームコロッケやらザ洋食店のラインナップだ。黙々とメニューを見ていると萠華から「会話しなさい」と睨まれた。正面に座る彼女に目をやり口を開く。
「な、なににする…?」
「なにがいいかな…?来夢くんは決めた?」
「そうだね、ビーフストロガノフかな…」
「そうなんだ。どんな料理なの?」
「し、知らない…。見たことない、から食べてみようかなって」
「そっか、じゃあ私も同じのにしようかな」
「そう…」
「うん…」
 そして互いに下を向く。すると。
「二人ってさ、確か初日は普通に喋ってなかったっけ?」
 梨亜の発言に他の三人も同調した。特に萠華は梨亜と共に屋上でのやり取りも見聞きしている。このじれったさに最も疑問を抱いている人物の一人でもある。だからこそ二人にちゃんとしたカップルとして過ごしてもらいたい。そうしなければもどかしさで気が狂いそうだったからだ。
「何か、落ち着いて気持ちを整理しようとしたら更にドキドキしてきて…どう接したらいいのか分からなくなった感じかな」チラリとまりあを見る。
「私もやっと気持ちが届いたって思って。改めて来夢くんのことを考え出したら胸が苦しくなって…」
チラリと来夢を見ると目があった。そして二人とも顔が赤くなり、テーブルを眺め出した。
「じゃ今日中にその初々しいの無くしてね。何かイガイガする」
 萠華が胸の辺りを掻きむしるジェスチャーをしながら告げた。
「じゃあ一旦話も纏まったし、注文しようか」
 一樹が言うと待ってましたも言わんばかりのスピードで卓人が呼び出しボタン叩いた。
 数分後、広めのテーブルは料理で埋め尽くされた。来夢とまりあが頼んだビーフストロガノフは野菜と牛の旨味が口内を埋め尽くし、鼻から抜ける甘い香りは上品なバターにハーブも入っているようだ。付け合わせはパンとご飯にして二人でシェアする(ように萠華が言った)。その萠華はデミオムライス。米と卵の方は軽く味付けをし、濃厚なデミグラスソースを立たせている。卵は流行りのふわトロで下味だけしかついていないので卵本来の甘さも味わえる。梨亜はチーズハンバーグにした。この店のハンバーグは平べったく成形し鉄板で焼き色をつけた後チーズをかけて蓋をし蒸し焼き状態にする。その鉄板で提供されるので蓋を取れば肉とチーズの香りが顔面に直撃する。ツナギ無しの牛肉オンリーで作られているため噛むと肉の存在感が口いっぱいに広がる。チーズも王道のチェダーに少しカマンベールを混ぜておりコクが深くガツンとした肉に負けない旨さになっている。一樹はナポリタンをチョイスした。洋食屋と言ったらナポリタンだと彼は力強く発した。このナポリタンはイタリア産のトマトに国産の甘いトマトをブレンドしており他の物よりまろやかになっている。これを上手く纏めているのが刻んだパセリだ。トマトソースに混ぜることでくどくならずに食べ進めることができる。そして卓人の目の前にはその四品全てが揃っている。その上クリームコロッケも加えフードファイター状態だ。学園内でも名のある大食漢なのだが彼の体型は少しぽっちゃりから少しも膨らまない。
「ご馳走様でしたーー」
 全員が食べ終わり手を合わせる中、一際卓人の表情は幸せそうだった。店員の「こいつまだ食うのか」という声色の変化を感じる事もなくデザートのコーヒーゼリーも見事完食した。
 まりあ以外からお金を貰い来夢が精算をする。店を出ると次は買い物だ。
「ここでの任務は天崎くんがまりあんぬに何かプレゼントを買ってあげること。いいわね?」
「ま、まりあんぬ?」
 キョトン顔のまりあを無視して梨亜が続ける。
「あたし達は後ろの方で見てるから二人で頑張りなさいよ」
 このショッピングモールの一階は今のようなレストランやスーパーがある。二階に上がれば服や本、ジュエリー等々揃っている。とりあえず上の階に行き店を眺めつつ萠華の指令もあり会話をする。
「美味しかったねビーフストロガノフ」
「そうだね私も初めて食べたけどまた食べたいな」
「それは良かった。また行こうね、こ、今度は二人で」
「う、うん」
「なにか欲しいものってある…」
「う~ん、欲しいものか」
 まりあの右手が口元に置かれ暫し考える。来夢はその姿を真っ直ぐ見るように努めた。逸らしてはいけない。彼自身も彼女と普通に話したいと思っている。だからこそ勇気を出して彼女の姿をちゃんと見つめている。その視線に気付いたのか、まりあが右側に目をやる。すると目が合い、立ち止まった。彼女の方も来夢と同じ気持ち。生まれ変わった自分は本来弟として過ごす筈だった彼と家族とは違う愛で繋がりたい。そして今それが現実となっている。そのことをもっと噛み締めたい。彼の心に入りたい。来夢からの視線で彼の気持ちを理解し、その気持ちに答えたい。彼と幸せの日々を歩みたい。その為の勇気を私も…!
 体感にして数分。しかし実際には十秒と言ったところで均衡は破られた。他の客達の通行を妨げていたからだ。慌てて端に寄り、恥ずかしさを微笑みで表す。そして再び歩き出した時、無意識のうちに彼女の手をとっていた。彼女もまた無意識に握り返しそのままモールを進んでいった。
 繋がれた手に途中で気づいたが、お互いに離すことはなかった。むしろその手を決して離すまいと何度も握りなおし数分後には互いの肩もピッタリもくっついていた。数時間前まで駅前の衛兵だった二人が見事なラブラブカップルになっていた。そのまま服屋に行き好きなファッションを話した。来夢の方は服に頓着がなかったがまりあの好みを聞くのが楽しかった。次に寄った本屋でも雑貨屋でも彼女が楽しそうに話していることを聞いているだけで来夢自身も幸せだった。彼女の笑顔が眩しくてその光の中にいると自分もあたたかい気持ちになれる。孤独だった俺にとって彼女は灯火のようなもの。
「この火を守り続けることが俺の成すべきことなんだな」
「えっ?」
 思わず漏れた声。慌てて口を塞ぐ。「引かれたらどうしよう」そんなことを考えているとまりあの口から「私のこと?」と。
 小さく頷き説明する。するとフッと彼女が笑った。
「私も同じようなこと思ってた」
 まりあが回復したのも、今ここにいられるのも全て来夢の存在あってのこと。まりあにとっての灯火は来夢なのだ。
「でも来夢くんがそう言ってくれるなら、私が灯火になりましょう。だから…」
「だから?」
「ちゃんと私を守ってくださいね」
「もちろん!」繋いでいない方の手も握り答える。それから微笑みを交わし歩を進める。
「綺麗…」足を緩めた先にあったのはジュエリーショップ。
「見てみる?」
コクリと頷き店内へ入る。ショーケースをの中は学生の二人にとってまだ手が出せない商品が沢山並べられていた。店員も見守るだけで声はかけてこない。そのまま店内を一周し店を後にした。
時計を見ると十七時を過ぎていた。この頃は陽が落ちるのが早いのでガラス窓から見える景色は夜の黒に染まっていた。立案者の萠華と連絡を取ると彼女らは一階のカフェにいるとのこと。後ろから見守る役目はなんとやらと思いつつ、おかげでまりあと楽しく過ごせたと思いつつエスカレーターを降りた。
店に着くと既に紅茶とケーキを楽しんでいた。そしてまたも卓人の前にはケーキが乗ってたであろう皿が三皿あった。
「その様子じゃもう大丈夫そうね」
「うん。ありがとう大倉さん」
 うむ、と言いながらショートケーキの最後の一口を頬張り紅茶を飲む。
「じゃあもう出よっか」梨亜が立ち上がる。
「もしまだガチガチだったら最後のチャンスとしてここを用意してたんだよね」
「みんな今日はありがとう」
 それぞれに返事をし、一樹がお金を集めレジへ向かう。会計が終わりモールを出ると装飾が鮮やかな世界を作っていた。来夢とまりあが改めて礼をすると、萠華が「もう一個あるわよ」と言い遠くを指差した。その先にあるものは。
「観覧車」
 美しくライトアップされカップルが乗るのに相応しいロマンチックさを醸し出している。観覧車に目をやる二人に梨亜が紙を二枚渡してきた。
「今の時期、完全予約制だから」
 見てみると今日の日付で乗車時刻は午後六時となっている。
「いいの?」
「あんたら以外乗らないって」
「ありがとう」
「じゃお二人さん。また明後日学校で~」
 学友達と別れを告げ。再び二人きりになった。観覧車の時間はもうすぐまで来ている。急ぎ足で光の輪へと向かった。その道中、二人の手はずっと繋がれていた。

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