運命には抗えない〜第一幕〜

みこと

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イアン・ビンセント先生!!


……って誰?有名な人?

 カナン様はビンセント先生を呼びに行ってしまった。僕はビンセント先生を知らないので恥ずかしかったが思い切ってレオナルド様に聞いてみた。レオナルド様も知らないって。良かった。ちなみに物知りなロイも知らないので有名人ではないらしい。
 ほっとしているとレオナルドがキスしてきた。そうだ、僕たちはキスしないとダメなんだ。
 ちゅっ、ちゅっ。
 レオナルド様は正気を保つために積極的にキスをしてくる。僕は恥ずかしかったがレオナルド様のためだから大人しくされるがままになっていた。でも、唇をハムハムしなくても良いんじゃないかと思う。

「仲が良くて羨ましいね。」

 カナン様が戻ってきた。その後ろから世捨人その2、みたいな人が入ってきた。

「イアン・ビンセント先生だ!」

 カナン様が紹介してくれた。
 僕たちは立ち上がってさっきみたいに自己紹介をしてまた座った。



「『魅了』について調べているんだって?」

 ボソボソと話すビンセント先生の声はとても聞きずらかった。

「『魅了』は太古の昔に滅んだ魔法だか実際にあったのは確かだよ。『魅了』をかけた人、かけられた人がそれぞれ記録を残している。今は精神を操る魔法は禁止されているし、そもそも出来る人はいない。」

「ビンセント先生は『魅了』の解き方を知っていますか?」

「なぜそんな事を聞くんだい?」

「私が『魅了』にかかっているんです。」

「え?誰が?何に?」 

「私が、『魅了』にです。」 

 暫く沈黙が続いた。ビンセント先生目を見開いてレオナルド様を見ている。
 僕はもう一度レオナルド様に起こっている事を話した。ビンセント先生は何度も信じられない!と言いながら話を聞いていた。
 全て聞き終わると右手で頭をガシガシと掻きむしっている。

「では、その…、まだあなた以外に『魅了』にかかっている人がいると?」

「はい。友人に調べてもらっている途中ですが、あと4.5人くらいはいるはずです。」

 ちょっと失礼、と言ってビンセント先生が出て行った。



 僕たちは収穫がなくてがっかりしていた。ハンナは他の先生に聞いてみてはどうか、と言っている。

 ビンセント先生が何冊か本を持って戻ってきた。
 緑色の表紙の古い大きな本を見ながらこれは実際に『魅了』にかかった人が書いた自叙伝で『魅了』以外にもいろいろな魔法にかかった体験が書いてある本だと教えてくれた。
 この大陸の東側、海を渡ったその先には小さな島国が存在し、この本はその国の言語で書かれているらしい。
 ビンセント先生が言うにはこの本は上巻で下巻が存在する。『魅了』についての記載は上巻の最後の方から始まっていて下巻に続いている。下巻が手に入れば『魅了』ついてわかるかもしれない。ただ、この本はかなり昔にこの大陸の最東端の村のフリーマーケットで手に入れたものなので、もはや本自体が存在しないかもしれないとビンセント先生に言われた。

 僕はその本を眺めながらさっきの本と似てるなぁ、とぼんやり思っていた。
……似てる。ていうか同じ文字だ。本屋の店主も読めなかった文字の本!

「こ、こ、この本、僕たち持ってます!赤い表紙だけど確かに同じ文字です!」

「えーーっ⁉︎」

「ほら、さっき本屋で買ったやつと一緒ですよ!」

 僕は興奮してレオナルド様に腕を掴んだ。

「ロイ、さっき買った本はどうした?」

 レオナルド様がロイに尋ねたがロイは言いにくそうに荷物が多かったのでフォーゼットの屋敷に送ってしまったと言った。
 ビンセント先生は是非その本が見たいと意気込んで、フォーゼットまで来てくれる事になった。元々、流浪の民のような人なのでフォーゼットくらいは近場らしい。

 少し『魅了』に近づいたかもしれない、と喜んでいるとロイが手を挙げてビンセント先生に質問した。本当に学校みたいだ。

「私は平民ですから魔法は使えません。しかし、昔から興味がありいろいろな本を読みました。精神を操る魔法に関して、三年間も操り続けることは可能なんでしょうか?三年前、ロジェ様は頻繁に当主人の屋敷に足を運んでおりましたが去年はニ回ほど、今年に至っては一度も来ていません。それなのにこんなに強く縛り付ける事が出来るのですか?」

 ビンセント先生はその質問を聞いて頷いた。
 魔法というのは未来永劫ではなくかけ続けないと効果が切れたり薄れたりするものだ。 
 ビンセント先生も僕の話を聞きながらそれを疑問に思っていたらしい。

「僕も話を聞いてそう思いました。その辺は調べてみないと何とも言えませんね。ロジェとは何者なんだろうか…。」

 来週から学校がテスト休みに入るのでビンセント先生がフォーゼットに来る事になった。何故かカナン様も一緒に来るみたいだ。
 僕たちは二人にお礼を言って学校を後にした。

 その足で王立学校の隣にある王立病院を訪れた。レオナルド様の知り合いのお医者様はここで働いている。病院は大きくてまだ新しい。受付まで行くのにかなり時間がかかった。
 お医者様の名前はリザルト・リード様と言うらしい。受付の女性に呼び出しをお願いした。10分ほどでリード先生が来てくれた。長身に眼鏡をかけた優しそうな人でほっとした。
 レオナルド様が僕を婚約者だと紹介してくれた。…嬉しい。まだ発情期が来ないので調べて欲しいとお願いしていた。

 細かい問診と検査を終えてリード先生から話を聞く。僕は初めての事で怯えてしまい、検査の間は震えていた。レオナルド様がずっと手を握ってくれていたので何とか耐えられた。今も隣座って手を握ってくれている。
 僕は緊張して検査結果の話を聞いた。

「うーん、これといって悪いところが無いんだよ。強いて言うならホルモンの値が低いが、必ず治療が必要な訳でもない。」

「何か大きな病気があるとかではないんだな?」

「ああ。それにこのくらいのホルモン値なら様子を見ても構わない。治療したいのであればホルモン療法くらいか。」

 大きな病気がないと聞いてレオナルド様はほっとしている。

「私はこのまま気長に様子を見るでも良いと思うがルーファスはどう?」

 僕は先生にホルモン療法について尋ねてみた。
 週に一度注射でホルモンを補充する。副作用は必ずあって吐き気や倦怠感、髪の毛が抜けるといったものが多い。副作用の出方は人によって違う、と説明してくれた。
 毎週通うのも大変だし副作用に耐えらるか心配だ。

「ルーファスが苦しむ姿を見る方が辛い。発情期は来なくても構わないよ。」

 レオナルド様がぎゅっと抱きしめてくれた。僕も治療はしないと決めた。
 半年後の検診の予約をして病院を出た。
レオナルド様はリード先生と少し話しをしてお礼を言って一緒に馬車に乗った。




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