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第一章 起点
34歳の独身女が愛妾なのに宰相になる
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ある日の夜、皇城では盛大な夜会が開かれていた。
クリスタルガラスの豪華なシャンデリアがきらめく。
主会場のボールルームには招待客の貴族や豪商、そして貴婦人が溢れ、帝国のオーケストラによる華麗な演奏と贅沢三昧の宮廷料理も手伝って異様な熱気を帯びていた。
季節の良い時期であり、ボールルームから庭園に続くテラスも格好の酒宴の場となっていてそちらにも人が溢れている。
ボールルームの端の方に2人の女性が立っていた。
1人はシャンデリアの光に輝くプラチナブロンドの髪を華やかに結い、肩と背中が大きく開いた淡い水色のドレスを身に着けている。
スレンダーなのに大き目な胸が印象的だが、その胸元を飾る宝飾品はつけていなかった。
ドレスと肘まである白い手袋、シルクのオペラグローブだけで他には宝飾をつけておらず、こういった夜会の服装としてはいささか華やかさに欠けるかもしれない。
しかし、端正な顔立ち、髪色によく映えるエメラルドグリーンの瞳、若さ溢れる艶やかな唇、極め付けが左目の大きい涙袋のほくろがチャーミングであり、誰もが美しさに振り返る。
この少女がこの物語の主役のナオである。
オルネア帝国の皇帝陛下に見初められて1週間ほど前に愛妾となった。
そして今夜は人生で初めての夜会に来ていた。
「これが夜会か・・・フランスの古城に観光に行ったときに憧れたなあ・・・こんな風に参加することになるなんて・・・」
周りの華やかな雰囲気に驚きを隠せず、溜息混じりに呟く。
「ナオ様。白ワインをお持ちしました。よろしければ少しお飲みになられては?」
傍にいるもう一人が声をかける。
30代後半の長身の女性で、侍女のロレンツェである。
ナオはエスコートがいないからと、ロレンツェに無理やり女性騎士の礼装を着せて同席させていた。
「ありがとう。ちょっと昔を思い出していただけ。遠い昔のこと・・・。
それより白ワイン?18歳の私は飲んで良いの?」
「??。オルネア帝国は18歳から飲酒が認められております。ナオ様はお酒自体はお飲みになったことはないのですか?」
「あらら、そうだったの?知らなかったわ。
うれしい。私は実はワイン好きなの・・・」
ナオは少しもじもじしながら答えた。実はかなりの大酒のみであった。
もちろんそのせいでたくさんの失敗談はあるが・・・。
「?そうなんですか・・。それでは今後、夜のお食事の際に少しワインをお持ちしますね。」
「うん。ありがとう!もちろん安いワインでいいからね!」
ロレンツェとの雑談の間、上機嫌になったナオの笑顔が弾ける。そしてその笑顔を多数の男性が目撃していた。
「えーっと・・・ナオ様・・・・。もしよろしければあちらの殿方の方に目線を配ってはいただけませんか?
ナオ様のことをたくさんの方が気にしているようで視線が痛いのです。」
えっ?とばかりにナオは周りの男性を見回す。
男性らは話しかけるタイミングを見計らっていたようだ。
苦笑いをしてナオは会釈をする。
「私はオルネア帝国の―――領を治めている―――家の―――と申します―――」
「私は―――」
「―――」
あっという間に2人は囲まれ、わいのわいのと話しかけられる。
ナオはこんなに男性に興味を持たれるのもやぶさかではなく、社交辞令は得意でうわべだけの話を難なくこなしていく。
一緒にいたロレンツェも礼装がとても似合っていて侍女とはまるで思われず、こちらにも男性の積極的なアプローチが続いた。
「さすがですね、ナオ様。
私には会話について行くことが出来ません・・・。」
ロレンツェがこっそりと話しかけてくる。
「まあね。こういうのは経験よ、経験。」
「えっ?夜会は初めてなのでは?」
「あっ、ええ、もちろん初めてよ。でも相手の方の気分を害さないように会話を進めていくことはたくさん経験があるわ。」
「ははは。なるほどです。しかし、たまにナオ様は18歳とは思えないような言動をされますね。」
『ギクッ。』
ナオは一瞬青くなり、唾を飲み込む。
「あはは、ロレンツェなにを言っているのよ。どう見ても18歳でしょう?」
ナオは作り笑いをして、おどけて見せる。
そんなこんなでいると周りの1部がざわめく。
その中心には20代前半であろう明るい栗色の髪の美男子がいた。
ナオとロレンツェがその方向に目線をやると、周りの男性が教えてくれる。
「ご存じないようですね。あの方はオルネア帝国の北に位置するスタインベルグ王国の第一王子のブラハ・スタインベルグ王子です。
ご覧のとおり、色男ですし、温和な性格をされている。更にはまだ婚姻されておられない。
貴婦人たちが放っておかないのですよ。」
男性はため息交じりに言った。
「私は皇帝陛下の愛妾なので邪なことは考えませんが、あの王子様より見目もそうですが商人として非常に優秀なあなたの方が魅力的だとおもいますわ、オルランド・シュニエ様?」
気落ちする男性にナオは返す。
オルランドという男性は自分の名前を憶えられていたことと褒め言葉で、ナオにときめいたことは間違いない。
「殿方。お化粧室に参りたいのでこれで失礼いたします。」
ナオはお辞儀をして男性の囲みから脱出する。ロレンツェもすぐについてくる。
トイレに向かう途中王子ブラハの一団の横を通ったが、ナオは1度も目を向けなかった。
背筋を伸ばして颯爽とあるくナオ。白金の髪がクリスタルガラスのシャンデリアの暖かく眩い光の効果によってか後光のようにきらきらと輝く。
凛とした表情はとても18歳とは思えない威厳を纏い、神々しさを感じさせる。
誰もがナオに振り返る。
もちろんブラハもナオの方に気づいて、目線だけ追っていた。
『漏れる、漏れる』
実は、ナオはもよおしていて余裕がなかっただけなのだが・・・。
「今の水色のドレスの若い女性は?」
ブラハは傍にいる付き人に耳打ちして尋ねる。
「どうやら皇帝陛下の新しい愛妾のようですね。あの好き物の陛下ですので・・・」
「こらっ、誰が聞いてるかわからないのだぞ。気をつけなさい」
内心ブラハも思っていて、しかりつつ口元が笑っている。
『しかし、愛妾という割にはたいして着飾ってなかったな・・・。』
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
「たくさんの殿方に囲まれてちょっと困ったけど、この国のこと、色々とお話を聞けてよかったわ。やはり帝国臣民の暮らしはとても大変なのね。
折角、皇城に入っているんですもの。何とか手助けすることはできないかしら・・・」
「あら?ロレンツェ、大丈夫?」
化粧室帰りの回廊でナオが話しかける。ロレンツェはまだ顔が火照っているようだった。
「はい。申し訳ありません。女性や軍人なら大丈夫なのですが、あのような高貴な方々との会話は私には向いていないようです・・・」
ロレンツェは侍女としていつもナオの傍で支えてくれる。その仕事ぶりは冷静沈着でテキパキしていて、いたいけな女性の面が出ている今のロレンツェとはおおよそ似ても似つかない。
「うふふ。ロレンツェってかわいいのね。」
「もうナオ様!からかわないでください!しかもレディは飛び跳ねません!」
悪い子供の様に足取り軽く飛び跳ねるナオに、さらに赤面したロレンツェは声を荒立てた。
「あらっ?テラスの方で何か騒ぎかしら?」
テラスの先の庭園で大きな人だかりができていて、ナオは気づいて立ち止まった。
「ロレンツェ、行ってみましょう?」
2人は庭園に駆け付けた。
その人混みの中心に2人の子供が座り込んでいた。
所々に穴の開いたボロボロの服、何日も洗ってないと思われる荒れた髪。皇都のはずれの貧困街の子供だった。
その子供に衛兵が剣を向けて動きを封じている。
「夜会の料理を盗みに侵入してきたらしいわよ」
「まあ汚い、それにひどいにおい」
「子供が侵入できるなんて警備は大丈夫なの?」
「帝国の王都の子供はみんなこんななのかしら?」
「早くどこかの連れて行ってほしいわ」
あちらこちらで心無い声が聞こえる。
ナオはその声に苛立ちを覚える。
「お前たちだって!そのうち俺たちみたいになるんだ!」
子供の、兄と見られる方が周りに向かって怒りを露わにした。
「うちだってそれなりの商人の家だったんだ!でも税金が苦しくて払えなくなって父ちゃんが捕まって殺された!」
「全部帝国と皇帝が悪いんだ!!」
子供は精いっぱいの抵抗のつもりで大声を出した。
「何事だ?」
騒ぎを聞きつけて1人の男性が人だかりを分け入ってくる。
非常に仕立ての良い白色の豪華な正装で、ところどころに宝飾がちりばめられている。
そして左胸には盾と不死鳥ミュジニーが目印のオルネア皇家の紋章が施されている。
年齢は30歳中頃。燃えるような真っ赤な髪に濃い茶色の瞳。整えられた赤いあごひげも印象的。女性と見間違うかも知れないほどの整った顔立ちに細身だがしっかりした体格。
ナオはこの人を知っていた。
オルネア帝国皇帝のジョルジュ・ヴォギュエ皇帝その人である。
「はっ。ご報告いたします、陛下。
庭園に夜会の食事狙いのこそ泥が侵入いたしまして、捕縛したところであります。」
すぐさま衛兵が敬礼して皇帝に事情を説明する。その顔には畏怖が浮かんでいる。
賊を捕らえたことよりも侵入を許してしまったことへの罰の方が怖かったのであろう。
恐怖政治として帝国中に噂される執政の一瞬が垣間見れる。
「ふん。余の楽しい夜会に水を差しおって・・・」
皇帝はぼそりと呟き、その後、閃いたとばかりに声を張った。
「南に浮かぶサヴァティン島では祝杯を上げるのに奴隷の首を刎ねて血しぶきを楽しむという習慣があると聞く。
この賊のおかげで興が覚めてしまったのだ。その首をもって場を盛り上げようではないか!!」
その場の雰囲気が騒然となる。
あるものはそこまではやり過ぎではないか、そしてあるものはどうせ死罪だ、役に立てと囃し立てる。しかし、誰も面と向かって賛同する者も反対する者もいるわけもがなかった。
「血しぶきが服については汚いからな。皆周りを開けよ。少し広がれ。」
皇帝は群衆を10歩ほど下がらせる。次第に本当に処刑の雰囲気が高まる。
本当に自分がこんな子供の首を刎ねるのかと、衛兵が1番狼狽していた。
ナオはしばらく傍観していたが、次第に怒りが沸き立ってくる。
しかし、ここで止めようものなら一緒に処罰されかねない。
「遅いのは怠惰、わかっててやらないのは悪よ!覚悟を決・め・ろ!」
自分を奮い立たせるようにナオは呟いた。
ナオのいつも口癖のように言っている言葉である。
元々正義感が強いナオ。次の瞬間、給仕が持つトレイにあったワインを取り、一気に飲み干す。
そして、皇帝の前に踊りでた。
「陛下。」
「ん、なんだ?お前は確か・・・・・・・先日皇城に来させた余の妾だったな。」
「はい。ナオです。」
「どうした?近くで見たいのか?血しぶきを浴びたいのか?
まあ、そういった性癖は嫌いではないがな。」
皇帝は目の裏で妄想してククク、と小さく笑う。
「陛下。このようなことで子供の首を刎ねるなど人道に反します。」
途端に周りがどよめき立つ。
それはそうだ。大人が誰も言えなかったことを、たかだか18歳の小娘が陛下に反対意見を申し上げたのだ。
「なぜ、この子たちが危険を冒してまで夜会に侵入したか、お考えになりましたか?」
皇帝に間髪入れず話し始める。
「今、帝国は非常に疲弊しております。庶民の生活などは困窮を極めております。
働いても働いても重たい税金で苦しみ、生活がままならない方々が急激に増えていってしまってるんです。」
「この子たちは親が処刑されて今を食べられなくて盗みを働きました。
しかし、この子たちは帝国の未来を支える帝国の財産です。」
ナオは1度深呼吸する。そして、覚悟を決めたかのように続けた。
「未来の帝国の財産であるこの子たちの首を刎ねるということは、陛下自身の首を刎ねることと同義です!
陛下自身が死ぬ覚悟がおありですか!!」
後先考えずにナオは皇帝陛下を睨み付け、恫喝するかのように叫んだ。完全に頭に血が上っている。
皇帝を含め、周囲の人々は一瞬の静寂に包まれていた。誰もが驚きを隠せない。
「ナオよ。死んだな貴様。皇務執行妨害罪、そして不敬罪だ。」
驚きから戻った皇帝は口の端で笑い、冷酷にナオに告げた。
「だが、その前に・・・宰相のラリュー・デュモンはいるか!」
「はは、陛下。私はここにおりまする」
皇帝は周りの人だかりに声をかけるとその中から宰相ラリューが出てきた。
「やはりすぐ側にいたな。ラリューめが。」
皇帝はこずるいやつめと、鼻で笑う。そして続けた。
「ラリューよ。この盗人とこの妾の女が申すことは本当か?
本当に余の臣民はそれほどまでに苦しんでいるのか?正直に申せ。」
「はっ陛下。
確かに10数年前の侵略戦争の影響で国内は少し荒れてはおりますが、それほど大きな問題ではありません。貧困にあえぐ子供など、いつの世にもあることにございます。」
宰相ラリューは皇帝に説明した後に怪訝な表情で子供を一瞥した。
その言葉を聞いた周囲の貴族や豪商がどよめく。端々に宰相への不満の声が聞こえる。
ただ、宰相からの報復を恐れて宰相に不利になるような言葉を明言するような人間はいなかった。
「なるほど、よくわかった。
貧民はいつの時代もいるのであって、この子供を特別気にする事ではない、国内の統治はうまくいっていると申すのだな?」
「はい、陛下。おっしゃる通りでございます。」
皇帝に理解してもらえて安堵したのか、宰相ラリューはほっと胸を撫で下ろす。
「宰相ラリュー。
お前の宰相の任を解任する。早々に王都を出て自分の領地に帰るがよい。」
「はっ!!?」
突然の解任の言葉に宰相は唖然とするが、間髪を入れずに皇帝が続ける。
「理由は虚偽による余への背任と宰相としての役務放棄だ。長く務めた故、罪には問わぬ。」
「陛下!意味がよく理解できません!私が何をしたと!?」
「わからんのか?そこの盗人の言葉、それだけでは信じるに値しないが、周りを見よ。この夜会には貴族だけでなく商人や市井のものも多数おる。その盗人と妾の言葉が真実であることはその者の顔が全てを物語っておる・・・。
それにも気づかず、余に虚偽の報告をした。そしてそれ以前にこんな嘆願が余の耳に入るにまで国力を疲弊させたのは貴様の不徳の致すところであろう!」
「ーーーーーーーーー!」
宰相ラリューは言葉もなく膝から崩れ落ち、手のひらまで地に落ちた。
その後衛兵に抱えられ、その場を去る。
「然るにナオよ。」
あまりの突然の解任劇に呆然としていたナオに皇帝が話しかける。
「貴様・・・面白い。」
皇帝はポツリと呟いた後、閃いたとばかりに顔を明るくした。
「よい!ナオ!貴様がやれ!」
「貴様を宰相に任命する!!」
「えええええええーーーーー!!!!」
庭園にナオの悲鳴にも似た驚きの声が響き渡った。
予想通りのリアクションとばかりに皇帝の口元は悪く笑っている。
「先ほどの皇務執行妨害罪、不敬罪はしばらくは執行猶予を与える。
先ずは2年間宰相として励むがよい。
その間に余が認める成果を上げることが出来たら罪を免除してやろう。」
「もし、認めてもらえなかったら・・・?」
「そうだな・・・。貴様は見目は麗しい。そのような娘が羞恥を晒すのはまた一興!
裸で庭園に繋いで一生ペットとしようか!わはははははは!!」
「ーーーーーーーー!」
ナオは絶句した。
現在の地球とは全く違う異世界、グラン・シエクルという世界があった。
電気はまだなく、広大な自然があり、剣と諸王が支配する世界。
あたかも中世のヨーロッパを思わせる世界感で、そこには大きな大陸と様々な島が点在する。
その大陸の大部分を国土とするオルネア帝国に1人の女性が迷い込んだ。
現代の地球の日本の女性であって、34歳の寂しい独身女だった。
しかし迷い込んだ時には34歳の中身以外すべて変わっていて、年齢は34歳から18歳に若返り、顔立ちは典型的な日本人から高スペックの金髪美女になった。
あっという間にオルネア帝国の皇帝の愛妾にされて、人生で初めての夜会で、さらには宰相になった。
多くの苦難と喜びが待ち受ける第2の人生の始まりである・・・・。
クリスタルガラスの豪華なシャンデリアがきらめく。
主会場のボールルームには招待客の貴族や豪商、そして貴婦人が溢れ、帝国のオーケストラによる華麗な演奏と贅沢三昧の宮廷料理も手伝って異様な熱気を帯びていた。
季節の良い時期であり、ボールルームから庭園に続くテラスも格好の酒宴の場となっていてそちらにも人が溢れている。
ボールルームの端の方に2人の女性が立っていた。
1人はシャンデリアの光に輝くプラチナブロンドの髪を華やかに結い、肩と背中が大きく開いた淡い水色のドレスを身に着けている。
スレンダーなのに大き目な胸が印象的だが、その胸元を飾る宝飾品はつけていなかった。
ドレスと肘まである白い手袋、シルクのオペラグローブだけで他には宝飾をつけておらず、こういった夜会の服装としてはいささか華やかさに欠けるかもしれない。
しかし、端正な顔立ち、髪色によく映えるエメラルドグリーンの瞳、若さ溢れる艶やかな唇、極め付けが左目の大きい涙袋のほくろがチャーミングであり、誰もが美しさに振り返る。
この少女がこの物語の主役のナオである。
オルネア帝国の皇帝陛下に見初められて1週間ほど前に愛妾となった。
そして今夜は人生で初めての夜会に来ていた。
「これが夜会か・・・フランスの古城に観光に行ったときに憧れたなあ・・・こんな風に参加することになるなんて・・・」
周りの華やかな雰囲気に驚きを隠せず、溜息混じりに呟く。
「ナオ様。白ワインをお持ちしました。よろしければ少しお飲みになられては?」
傍にいるもう一人が声をかける。
30代後半の長身の女性で、侍女のロレンツェである。
ナオはエスコートがいないからと、ロレンツェに無理やり女性騎士の礼装を着せて同席させていた。
「ありがとう。ちょっと昔を思い出していただけ。遠い昔のこと・・・。
それより白ワイン?18歳の私は飲んで良いの?」
「??。オルネア帝国は18歳から飲酒が認められております。ナオ様はお酒自体はお飲みになったことはないのですか?」
「あらら、そうだったの?知らなかったわ。
うれしい。私は実はワイン好きなの・・・」
ナオは少しもじもじしながら答えた。実はかなりの大酒のみであった。
もちろんそのせいでたくさんの失敗談はあるが・・・。
「?そうなんですか・・。それでは今後、夜のお食事の際に少しワインをお持ちしますね。」
「うん。ありがとう!もちろん安いワインでいいからね!」
ロレンツェとの雑談の間、上機嫌になったナオの笑顔が弾ける。そしてその笑顔を多数の男性が目撃していた。
「えーっと・・・ナオ様・・・・。もしよろしければあちらの殿方の方に目線を配ってはいただけませんか?
ナオ様のことをたくさんの方が気にしているようで視線が痛いのです。」
えっ?とばかりにナオは周りの男性を見回す。
男性らは話しかけるタイミングを見計らっていたようだ。
苦笑いをしてナオは会釈をする。
「私はオルネア帝国の―――領を治めている―――家の―――と申します―――」
「私は―――」
「―――」
あっという間に2人は囲まれ、わいのわいのと話しかけられる。
ナオはこんなに男性に興味を持たれるのもやぶさかではなく、社交辞令は得意でうわべだけの話を難なくこなしていく。
一緒にいたロレンツェも礼装がとても似合っていて侍女とはまるで思われず、こちらにも男性の積極的なアプローチが続いた。
「さすがですね、ナオ様。
私には会話について行くことが出来ません・・・。」
ロレンツェがこっそりと話しかけてくる。
「まあね。こういうのは経験よ、経験。」
「えっ?夜会は初めてなのでは?」
「あっ、ええ、もちろん初めてよ。でも相手の方の気分を害さないように会話を進めていくことはたくさん経験があるわ。」
「ははは。なるほどです。しかし、たまにナオ様は18歳とは思えないような言動をされますね。」
『ギクッ。』
ナオは一瞬青くなり、唾を飲み込む。
「あはは、ロレンツェなにを言っているのよ。どう見ても18歳でしょう?」
ナオは作り笑いをして、おどけて見せる。
そんなこんなでいると周りの1部がざわめく。
その中心には20代前半であろう明るい栗色の髪の美男子がいた。
ナオとロレンツェがその方向に目線をやると、周りの男性が教えてくれる。
「ご存じないようですね。あの方はオルネア帝国の北に位置するスタインベルグ王国の第一王子のブラハ・スタインベルグ王子です。
ご覧のとおり、色男ですし、温和な性格をされている。更にはまだ婚姻されておられない。
貴婦人たちが放っておかないのですよ。」
男性はため息交じりに言った。
「私は皇帝陛下の愛妾なので邪なことは考えませんが、あの王子様より見目もそうですが商人として非常に優秀なあなたの方が魅力的だとおもいますわ、オルランド・シュニエ様?」
気落ちする男性にナオは返す。
オルランドという男性は自分の名前を憶えられていたことと褒め言葉で、ナオにときめいたことは間違いない。
「殿方。お化粧室に参りたいのでこれで失礼いたします。」
ナオはお辞儀をして男性の囲みから脱出する。ロレンツェもすぐについてくる。
トイレに向かう途中王子ブラハの一団の横を通ったが、ナオは1度も目を向けなかった。
背筋を伸ばして颯爽とあるくナオ。白金の髪がクリスタルガラスのシャンデリアの暖かく眩い光の効果によってか後光のようにきらきらと輝く。
凛とした表情はとても18歳とは思えない威厳を纏い、神々しさを感じさせる。
誰もがナオに振り返る。
もちろんブラハもナオの方に気づいて、目線だけ追っていた。
『漏れる、漏れる』
実は、ナオはもよおしていて余裕がなかっただけなのだが・・・。
「今の水色のドレスの若い女性は?」
ブラハは傍にいる付き人に耳打ちして尋ねる。
「どうやら皇帝陛下の新しい愛妾のようですね。あの好き物の陛下ですので・・・」
「こらっ、誰が聞いてるかわからないのだぞ。気をつけなさい」
内心ブラハも思っていて、しかりつつ口元が笑っている。
『しかし、愛妾という割にはたいして着飾ってなかったな・・・。』
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
「たくさんの殿方に囲まれてちょっと困ったけど、この国のこと、色々とお話を聞けてよかったわ。やはり帝国臣民の暮らしはとても大変なのね。
折角、皇城に入っているんですもの。何とか手助けすることはできないかしら・・・」
「あら?ロレンツェ、大丈夫?」
化粧室帰りの回廊でナオが話しかける。ロレンツェはまだ顔が火照っているようだった。
「はい。申し訳ありません。女性や軍人なら大丈夫なのですが、あのような高貴な方々との会話は私には向いていないようです・・・」
ロレンツェは侍女としていつもナオの傍で支えてくれる。その仕事ぶりは冷静沈着でテキパキしていて、いたいけな女性の面が出ている今のロレンツェとはおおよそ似ても似つかない。
「うふふ。ロレンツェってかわいいのね。」
「もうナオ様!からかわないでください!しかもレディは飛び跳ねません!」
悪い子供の様に足取り軽く飛び跳ねるナオに、さらに赤面したロレンツェは声を荒立てた。
「あらっ?テラスの方で何か騒ぎかしら?」
テラスの先の庭園で大きな人だかりができていて、ナオは気づいて立ち止まった。
「ロレンツェ、行ってみましょう?」
2人は庭園に駆け付けた。
その人混みの中心に2人の子供が座り込んでいた。
所々に穴の開いたボロボロの服、何日も洗ってないと思われる荒れた髪。皇都のはずれの貧困街の子供だった。
その子供に衛兵が剣を向けて動きを封じている。
「夜会の料理を盗みに侵入してきたらしいわよ」
「まあ汚い、それにひどいにおい」
「子供が侵入できるなんて警備は大丈夫なの?」
「帝国の王都の子供はみんなこんななのかしら?」
「早くどこかの連れて行ってほしいわ」
あちらこちらで心無い声が聞こえる。
ナオはその声に苛立ちを覚える。
「お前たちだって!そのうち俺たちみたいになるんだ!」
子供の、兄と見られる方が周りに向かって怒りを露わにした。
「うちだってそれなりの商人の家だったんだ!でも税金が苦しくて払えなくなって父ちゃんが捕まって殺された!」
「全部帝国と皇帝が悪いんだ!!」
子供は精いっぱいの抵抗のつもりで大声を出した。
「何事だ?」
騒ぎを聞きつけて1人の男性が人だかりを分け入ってくる。
非常に仕立ての良い白色の豪華な正装で、ところどころに宝飾がちりばめられている。
そして左胸には盾と不死鳥ミュジニーが目印のオルネア皇家の紋章が施されている。
年齢は30歳中頃。燃えるような真っ赤な髪に濃い茶色の瞳。整えられた赤いあごひげも印象的。女性と見間違うかも知れないほどの整った顔立ちに細身だがしっかりした体格。
ナオはこの人を知っていた。
オルネア帝国皇帝のジョルジュ・ヴォギュエ皇帝その人である。
「はっ。ご報告いたします、陛下。
庭園に夜会の食事狙いのこそ泥が侵入いたしまして、捕縛したところであります。」
すぐさま衛兵が敬礼して皇帝に事情を説明する。その顔には畏怖が浮かんでいる。
賊を捕らえたことよりも侵入を許してしまったことへの罰の方が怖かったのであろう。
恐怖政治として帝国中に噂される執政の一瞬が垣間見れる。
「ふん。余の楽しい夜会に水を差しおって・・・」
皇帝はぼそりと呟き、その後、閃いたとばかりに声を張った。
「南に浮かぶサヴァティン島では祝杯を上げるのに奴隷の首を刎ねて血しぶきを楽しむという習慣があると聞く。
この賊のおかげで興が覚めてしまったのだ。その首をもって場を盛り上げようではないか!!」
その場の雰囲気が騒然となる。
あるものはそこまではやり過ぎではないか、そしてあるものはどうせ死罪だ、役に立てと囃し立てる。しかし、誰も面と向かって賛同する者も反対する者もいるわけもがなかった。
「血しぶきが服については汚いからな。皆周りを開けよ。少し広がれ。」
皇帝は群衆を10歩ほど下がらせる。次第に本当に処刑の雰囲気が高まる。
本当に自分がこんな子供の首を刎ねるのかと、衛兵が1番狼狽していた。
ナオはしばらく傍観していたが、次第に怒りが沸き立ってくる。
しかし、ここで止めようものなら一緒に処罰されかねない。
「遅いのは怠惰、わかっててやらないのは悪よ!覚悟を決・め・ろ!」
自分を奮い立たせるようにナオは呟いた。
ナオのいつも口癖のように言っている言葉である。
元々正義感が強いナオ。次の瞬間、給仕が持つトレイにあったワインを取り、一気に飲み干す。
そして、皇帝の前に踊りでた。
「陛下。」
「ん、なんだ?お前は確か・・・・・・・先日皇城に来させた余の妾だったな。」
「はい。ナオです。」
「どうした?近くで見たいのか?血しぶきを浴びたいのか?
まあ、そういった性癖は嫌いではないがな。」
皇帝は目の裏で妄想してククク、と小さく笑う。
「陛下。このようなことで子供の首を刎ねるなど人道に反します。」
途端に周りがどよめき立つ。
それはそうだ。大人が誰も言えなかったことを、たかだか18歳の小娘が陛下に反対意見を申し上げたのだ。
「なぜ、この子たちが危険を冒してまで夜会に侵入したか、お考えになりましたか?」
皇帝に間髪入れず話し始める。
「今、帝国は非常に疲弊しております。庶民の生活などは困窮を極めております。
働いても働いても重たい税金で苦しみ、生活がままならない方々が急激に増えていってしまってるんです。」
「この子たちは親が処刑されて今を食べられなくて盗みを働きました。
しかし、この子たちは帝国の未来を支える帝国の財産です。」
ナオは1度深呼吸する。そして、覚悟を決めたかのように続けた。
「未来の帝国の財産であるこの子たちの首を刎ねるということは、陛下自身の首を刎ねることと同義です!
陛下自身が死ぬ覚悟がおありですか!!」
後先考えずにナオは皇帝陛下を睨み付け、恫喝するかのように叫んだ。完全に頭に血が上っている。
皇帝を含め、周囲の人々は一瞬の静寂に包まれていた。誰もが驚きを隠せない。
「ナオよ。死んだな貴様。皇務執行妨害罪、そして不敬罪だ。」
驚きから戻った皇帝は口の端で笑い、冷酷にナオに告げた。
「だが、その前に・・・宰相のラリュー・デュモンはいるか!」
「はは、陛下。私はここにおりまする」
皇帝は周りの人だかりに声をかけるとその中から宰相ラリューが出てきた。
「やはりすぐ側にいたな。ラリューめが。」
皇帝はこずるいやつめと、鼻で笑う。そして続けた。
「ラリューよ。この盗人とこの妾の女が申すことは本当か?
本当に余の臣民はそれほどまでに苦しんでいるのか?正直に申せ。」
「はっ陛下。
確かに10数年前の侵略戦争の影響で国内は少し荒れてはおりますが、それほど大きな問題ではありません。貧困にあえぐ子供など、いつの世にもあることにございます。」
宰相ラリューは皇帝に説明した後に怪訝な表情で子供を一瞥した。
その言葉を聞いた周囲の貴族や豪商がどよめく。端々に宰相への不満の声が聞こえる。
ただ、宰相からの報復を恐れて宰相に不利になるような言葉を明言するような人間はいなかった。
「なるほど、よくわかった。
貧民はいつの時代もいるのであって、この子供を特別気にする事ではない、国内の統治はうまくいっていると申すのだな?」
「はい、陛下。おっしゃる通りでございます。」
皇帝に理解してもらえて安堵したのか、宰相ラリューはほっと胸を撫で下ろす。
「宰相ラリュー。
お前の宰相の任を解任する。早々に王都を出て自分の領地に帰るがよい。」
「はっ!!?」
突然の解任の言葉に宰相は唖然とするが、間髪を入れずに皇帝が続ける。
「理由は虚偽による余への背任と宰相としての役務放棄だ。長く務めた故、罪には問わぬ。」
「陛下!意味がよく理解できません!私が何をしたと!?」
「わからんのか?そこの盗人の言葉、それだけでは信じるに値しないが、周りを見よ。この夜会には貴族だけでなく商人や市井のものも多数おる。その盗人と妾の言葉が真実であることはその者の顔が全てを物語っておる・・・。
それにも気づかず、余に虚偽の報告をした。そしてそれ以前にこんな嘆願が余の耳に入るにまで国力を疲弊させたのは貴様の不徳の致すところであろう!」
「ーーーーーーーーー!」
宰相ラリューは言葉もなく膝から崩れ落ち、手のひらまで地に落ちた。
その後衛兵に抱えられ、その場を去る。
「然るにナオよ。」
あまりの突然の解任劇に呆然としていたナオに皇帝が話しかける。
「貴様・・・面白い。」
皇帝はポツリと呟いた後、閃いたとばかりに顔を明るくした。
「よい!ナオ!貴様がやれ!」
「貴様を宰相に任命する!!」
「えええええええーーーーー!!!!」
庭園にナオの悲鳴にも似た驚きの声が響き渡った。
予想通りのリアクションとばかりに皇帝の口元は悪く笑っている。
「先ほどの皇務執行妨害罪、不敬罪はしばらくは執行猶予を与える。
先ずは2年間宰相として励むがよい。
その間に余が認める成果を上げることが出来たら罪を免除してやろう。」
「もし、認めてもらえなかったら・・・?」
「そうだな・・・。貴様は見目は麗しい。そのような娘が羞恥を晒すのはまた一興!
裸で庭園に繋いで一生ペットとしようか!わはははははは!!」
「ーーーーーーーー!」
ナオは絶句した。
現在の地球とは全く違う異世界、グラン・シエクルという世界があった。
電気はまだなく、広大な自然があり、剣と諸王が支配する世界。
あたかも中世のヨーロッパを思わせる世界感で、そこには大きな大陸と様々な島が点在する。
その大陸の大部分を国土とするオルネア帝国に1人の女性が迷い込んだ。
現代の地球の日本の女性であって、34歳の寂しい独身女だった。
しかし迷い込んだ時には34歳の中身以外すべて変わっていて、年齢は34歳から18歳に若返り、顔立ちは典型的な日本人から高スペックの金髪美女になった。
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