34歳独身女が異界で愛妾で宰相で

アマクサ

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第四章 天使

34歳の裸の天使と二人を照らす月

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「まさかこんな事態になるなんてねっ」

 馬の上から上機嫌なナオが馬の手綱を歩いて引くブラハに微笑みかける。
 しかし、ブラハは裸のままで馬にまたがっている女性の方には顔を向けず、まっすぐ前を向いたままだ。

「はい。公爵邸前からずっと街の戸が全て閉まっていて、誰もナオ殿を見ようとしませんね」

「私の裸なんて見たくないのかしら・・・かなしいわ」

 ナオはわざとらしくしおらしく言ってみる。
 それに対してブラハがすぐに反応する。

「そっ・・・そんなわけないじゃないですか!!・・・あっ・・・」

 ブラハはナオの言葉に気持ちが昂り、とっさにナオの方を向いてしまう。

「ブラハ殿・・・見た・・・」

 ブラハもナオも少しうつむいて赤面する。

「すみません・・・」

「いきなり誓約を破ってしまいました・・・でも、冗談を言えるようなので少し安心しました。」

 恥ずかしがりながらも謝罪と心配を伝えるブラハの優しさがナオの心を包み、赤面しているナオの口元がほんのり緩んだ。


☆☆☆☆☆☆☆☆☆


 街中を一回りしたナオとブラハはシャルル公爵邸の前に戻ってきた。なぜか三歳くらいの裸の子供達数人も一緒に歩いている。
 もういいでしょう、とブラハは馬の背に掛かっているマントを背中からナオに羽織らせた。

 すると、しばらくすると市民が集まり始めた。
 あっと言う間に道を埋め尽くすほどの人で街の人の半数はいるのではないであろうかという人数になる。

 一人の商人風の男性が前に出てきた。

「宰相さんよう。
あんたなかなかやるなぁ。こんな事は生娘なら誰も出来ないだろうな。さすが裸の天使様だ!アッハッハッハ!」

 商人風の男性は笑い声と共に大きな拍手を始めた。
 それは次第に大きな拍手の合奏になっていく。

「パパとママが裸の天使様が来てるから、一緒に裸になって街を歩くと幸せをもらえるって言ってたんだよ」

 そばにいた裸の子供達の1人がナオに説明してくれる。

「そっかあ。じゃあ裸の天使のお姉ちゃんと裸の天使の子供達の行進だね~」

 ナオと子供達がキャッキャとじゃれあっていると公爵邸の門か開き、シャルル公爵が出てきた。

「オルネア帝国宰相ナオ・クレルモン=フェラン殿」

 シャルル公爵は敬意を持ってナオを名前で呼んだ。そして、続ける。

「あなたの決意と覚悟、そして度量に心服いたしました。
 あなたは先程の出発前の言葉で本当に市民の心の掴んでしまった。」

 事の顛末のわからないナオとブラハにシャルル公爵が説明する。

「私は都市民にこう、伝えました。
 我々に不遇に合わせ続けてきた帝国を許せなければ宰相を辱めてやれ。
 しかし、もし宰相が人として誠意を持って我々と向き合おうとすることを認めてやれるのであれば、戸を閉めて覗く事なく彼女を辱めるなと。」

 出発前に集まった人だかりはどうやら見極めのために来た人々だったらしい。
 しかしナオの言葉の後、服を脱いでいる間に全員どこかに行ってしまったのだ。

「都市民はあなたに敬意を払って、戸を閉める事であなたに辱めを与えなかった。
 そしてさらにはこうして拍手喝采で迎えられた。それはもうこの都市の市民同然ということでしょう。
 都市民の総意であれば、私もあなたを認めたく存じます。
徴税の件も全て白紙に戻すことをお約束致します。」

「そして都市民を救うために自らの犠牲をいとわなかった天使、それに寄り添う子供の天使たち。

 この天上の楽園を思わせる情景はこの街に長く語り継がれるでしょう!」

 その場にさらに大きな拍手が巻き起こる。
 感極まってしまったナオの目から涙が溢れる。

「ナオ殿。是非子供達の手をとり、一緒に手を振って市民に答えてください」

 シャルル公爵に言われるがままにナオは子供達と手を振る。
 拍手はさらに大きくなり、公爵邸の前は感動のるつぼと化した。


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


 その夜、シャルル公爵邸でナオの歓迎のための夜会が盛大に行われた。
 スタインベルグ王国王子ブラハの事も紹介され、二人とも賓客としてもてはやされた。

 夜も更けてきた頃、ナオは味の良い外国のワインに酔ったのか、風に当たりにテラスに出た。

『それにしてもまさか私がゴディバ夫人と同じような目に会うとは思わなかったな・・・。
 中世っぽい世界の男性の考える事はどこでも一緒なのね・・・』

 ナオはこの数日を振り返っていた。
もとの世界のチョコレートで有名なGODIVA。その名前の元になった逸話があり、夫を諌めるためのゴディバ夫人の裸の行進はあまりにも有名。
 結局、ナオもそれと全く同じ事をしてしまったのだ。
 
『ゴディバ夫人ありがとう。あなたが既に道すじをつけていてくれたから、私もがんばれた・・・』

 逸話の相手だが、ナオは心の中で素直に感謝した。
 同時に、高校生の時にGODIVAのチョコレートを買って、好きな人に告白して玉砕した甘酸っぱい記憶も思い出す。


 ホールにナオがいないのに気付き、ブラハも後を追ってテラスに駆けつけてきた。

「ナオ殿。大丈夫ですか?」

 テラスで座り込むナオにブラハが声をかける。
 すると、ナオは少しふらつきながら立ち上がる。

「ええ、もちろん大丈夫です。スタインベルグ王国第1皇子ブラハ・スタインベルグ殿」

 皇子としての正装に身を包んだブラハを見て、酔ったナオは少し茶化すように恭しく言った。

「ナオ殿・・・
 結構酔ってらっしゃるのでは?」

「ばれてしまいましたか、ハハハハ。
 では酔った勢いで伺いますが、ブラハ殿の甘酸っぱい思い出を聞かせてください。」

 ナオは今度は小悪魔のような表情で試すように言った。

「しかたないですね・・・。」

 酔ったナオ相手にブラハはいつもうまく躱すことができない。観念して話し始める。

「私は今年で21歳になりますが、今までは一度しか恋心を抱いたことがありません。」

「その相手は先日少しお話しいたしましたが、私のはとこに当たる女性にです。
 その・・・ナオ殿によく似た方です。
 彼女は私にとって姉のような存在で子供のころよく一緒におりました。
 優しくて、笑顔が素敵で・・・、それでいて凛としていた。怒られたときは怖くて一度漏らしたこともあるほどです。
 でもその後、漏らしたことを侍女たちに知られないように一緒に川に飛び込んでくれた。
 そんな彼女が大好きで、歳は八つほど離れていましたがいつか妃にしてやると息巻いていたものです。
 ・・・うん、行動も性格もやはりナオ殿にそっくりですね。」

 他の女性を褒めるブラハに、聞いておきながら少し不機嫌になったナオだが、最後の言葉でまた機嫌を直す。

「話して下さってありがとう。
 あなたの思い出の女性に二割増しで勝てるよう、努力するわね。」

「ハハハハ。ナオ殿が姉の二割増しになったら、世の女性がかわいそうですよ。」

 たわいのない会話が弾む。

 「しかし、今日は気分がいい。昨日とは大違い。」

 んーっと手を広げて伸びをしたあと、そのまま夜空を見上げるナオ。
 当然夜会なのでナオはドレス姿だ。
 肩と背中を大きく出した、丁寧なレースを施した淡いグリーンのドレス。
 首元にはやはり何もつけていないが、豪華に結い上げられた白金の髪がよくドレスに映える。
 さらに月明かりに反射して、細くて透き通るように白いうなじがぼんやりと柔らかく輝く。

「綺麗だ・・・」

 ブラハも酔っていたのか、感情がそのまま口から漏れてしまった。

 ナオの耳にも聞こえたのか、すぐさまブラハの方に振り返る。
 しまった、という表情をしているブラハを見てナオの心が踊る。

「ブラハ殿ー?

 不意打ちー?卑怯ものー。」

 ナオはしてやったりの表情で、置いてあるテーブルにもたれかかる。目線はブラハに注がれている。

「ナオ殿。失礼しました。」

 ブラハは目をつぶり、胸をなでおろす仕草をした。
そして、目を開く。

「今日のナオ殿は本当に綺麗だ。
 月の女神と見間違うほどの神々しい美しさだ。」

 あの純情で緊張しやすいブラハからのまさかの歯の浮くようなセリフ。

 たまらず、ナオは声をあげて笑ってしまう。
 途端にブラハの顔が恥ずかしさで真っ赤になる。

「ブラハ殿、ごめんなさい。
 まさかあなたからそのような素敵なお言葉をいただけるだなんて思わなくて」

 ナオは笑いを次第に押さえつつ、弁明する。

「でも・・・・・

 とても嬉しいです・・・」

 最後はナオも恥ずかしくなり、もじもじとした。

「こっこっ今夜のナオ殿といるとドキドキしてしまって心臓が持ちません!
 申し訳ありませんがお先に失礼いたします」

 そう言うとブラハは慌ててテラスから出て行った。
そのあとすぐにロレンツェが入ってくる。

 ロレンツェも今夜はナオに無理強いされてドレス姿に身を包んでいる。
 凛としたその姿に魅了されて、若い招待客に囲まれて振り切るのが大変だったようだ。

 どうやらナオとブラハの一部始終聞いていたらしい。

「ブラハ様に逃げられちゃいましたね」

 少し唖然としていたナオにロレンツェが話かける。

「まったくよ。もう少し話していたかったのに。

 どこかくすぐったくって、心が心地よくって、とても良い時間だったのに・・・」

 ナオはまた夜空を見上げる。

「ナオ様もブラハ様をあまりからかわないでくださいね。
陛下の愛妾のナオ様とスタインベルグ王国皇子ブラハ様に何かあった場合は国際問題になってしまうのですから」

「ええ、もちろんわかっているわ・・・・。
 でも・・・あと少しだけ・・・この良い時間が続いてほしいと願ってやまないわ・・・」


 夜空を見上げるナオの瞳に少しだけ、悲しい光が浮かんでいた。

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