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終章 選択
34歳が選ぶ未来、それはあなたが心で
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皇都の西門の前には広大な平野が広がっていて、その中をネルトに続く大きな街道が一本走っている。
街道の北側の小高い丘から動いたスタインベルグ王国はその見渡しの良い平野でオルネア帝国軍とぶつかる。
壮絶な戦いが繰り広げられ始めて、既に六時間が経過していた。
兵数で圧倒的に勝るスタインベルグ王国の軍が優勢だったが、最前戦部隊を入れ替えるオルネア帝国の三段構えの陣形に次第に勢いを無くし、膠着した乱戦が続いていた。
緑に覆われていた平野には両軍の無数の兵士の骸が転がり、血生臭い匂いが充満している。
誰しもが目を覆いたくなるような光景が広がっていた。
「なんだ?あれは・・・?」
乱戦のさなか、オルネア帝国の兵士を打ち取ったスタインベルグ王国の兵士が顔を上げる。不思議な光景を見て呟いた。
皇都の外壁に沿うように北から人の群れがやってくる。
旗印は・・・なかった。白旗が掲げられている。
しかも、先頭で率いているのは馬を駆る女性。他にも女性が数人。
そして、後に続く人々は何人かはお鍋の蓋は持っているが、武装などしていない。どう見ても一般住民だ。
その人の群れがまっすぐに乱戦している戦場に突っ込んでくる。
「両軍とも引いてください!!」
先頭を走っていた女性が、何度も何度も叫びながら走り寄ってくる。
そのまま、馬で戦場を突っ切り始めた。
その女性に騎兵が切りかかろうとするが、周りの護衛に簡単に弾かれる。
『作戦はこうです。
まず、敵だと思われないように住民のみなさんは武器を持たないでください。服装も住民だとわかるそのままの格好でお願いします。
我々は白旗を掲げて北側から戦場に突っ込みます。
私が先頭を駆りますので、住民の皆さんは私に続いてください。
そしてそのまま南に抜け、戦場を分断します。
分断する最中、かなり危険だと思います。そこはタリス隊とサヴァディン隊の出番です。住民の皆さんに扮して彼らを守ってください。ただむやみに戦闘はしないで、相手を無力化することに努めてください。』
突然の謎の集団の登場に両軍の兵士は混乱し、それぞれの陣の方に一時的に退避していく。
ナオの思惑通り事が運び、白旗の集団はオルネア帝国軍とスタインベルグ王国を分断してしまった。
オルネア帝国軍とスタインベルグ王国軍の間を塞ぐ形で白旗の集団が縦長に列を広げた。
『その後は、旗を大きく掲げて両軍を威圧してください。混乱もさらに広がるでしょう。』
ナオの指示通り謎の集団の白旗が下げられ、代わりに三種類の旗が掲げられる。
タリス島の軍隊旗。サヴァディン群島の島旗。そして国境都市ネルトの旗。
「「「「どういうことだ!?」」」」
両軍ともそれぞれ違う混乱が起こる。
スタインベルグ王国は突如オルネア帝国以外の敵が現れた不安によって。
オルネア帝国は本来味方であるはずのネルトの不可解な行動に。
両軍の戦闘を中断させるには充分だった。
ナオは馬のまま、集団から前に出る。
「オルネア帝国とスタインベルグ王国の騎士たち!
私はオルネア帝国宰相のナオ・クレルモン=フェラン!
この戦争は私が預かります!両軍とも引いてください!」
血生臭い平野に、ナオの声が高らかに響いた。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆
スタインベルグ王国軍の本体のいる小高い丘の上にブラハはいた。
ナオの叫ぶ声はここまでは聞こえないが、言っていることは想像がつく。
「この戦闘を止めるために、危険の真っただ中に飛び込んできたのか・・・。」
ブラハは驚きを通り越して呆れた。
だが、同時に仕掛けた策に感心もする。
ナオは両軍の間の盾として一般住民を使ったのだ。
正しい矜持を持つ騎士ならば、一度戦いが停止した後で白旗を掲げた非武装の一般市民を攻撃することはできないだろう。そんなことすれば、のちに非難されるに違いない。
今、戦いが停止しているこの状態では非常に効果がある。
だが、先ほどまでの乱戦中にはそんなことは無謀だ。切り殺されても文句は言えない。
それでもナオはうまくやった。ブラハから見える限り、住民の負傷者はいないように見える。
それどころか、動けなくなってその場に取り残されている両軍の負傷者を住民が手当している。
「ナオ殿!」
ブラハはおもむろに立ち上がり、戦闘していた兵の本陣まで撤退を指示する。
そしてそのまま、馬にまたがり小高い丘を駆け下りていく。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆
「陛下!大変です!」
西門の外壁の上から戦況を観察していた皇帝の元に伝令が飛んでくる。伝令は片膝をついて報告する。外壁内の長い階段を駆け上がってきたのだ。息が荒い。
「ご覧のとおり、白旗を掲げた集団が戦場を二分してしまいました。現在戦闘はほぼ中断されており、集団はそのまま留まっております!」
「うむ。して何者か分かったのか?」
「それがナ・・・。」
伝令が声を発した瞬間に、皇帝の目線の先の白旗の集団から三種類の旗が掲げられる。
すぐさま、皇帝は察した。
「ナオか・・・・。」
ぼそりと皇帝は呟く。伝令はびくりと身体を震えさせた。
「はっ、はい。宰相のナオ様があの集団を率いています・・・。」
皇帝はその伝令を見た。そして伝える。
「平野で戦っている第二軍に本陣まで退避させろ。一時停戦だ!」
そう言うが早いか、皇帝も下に降りる階段へ足を向けていた。
「まったく。じっとしてられんのか、ナオめ。」
☆☆☆☆☆☆☆☆☆
戦場となっていた平野からオルネア、スタインベルグ両軍は各陣営に撤退していく。
中心のナオたちの集団だけ、その場に残っている。
ナオは一般住人たちに、動けない両軍の手当をお願いしていた。戦場のど真ん中で野戦病院のような様になっている。
その周りをタリス隊、サヴァディン隊、そしてネルト公爵軍が固める。
ナオは集団の近くの両陣営から目立つ所で、一人、馬に騎乗したままで待っていた。必ず来るであろう二人を。
カポッカポッ。
馬の蹄の音が止まる。銀色の甲冑が太陽に輝き、スタインベルグ王国の紋章が入った外套が風にたなびく。明るい栗色の髪をした若い男がナオの前に姿を現した。
そして時を同じくしてもう一人、その場に現れる。こちらは従者を二人従えていた。
こちらは甲冑姿ではなく、詰襟の白い軍服だった。左胸にオルネア皇家の紋章が入っている。
ナオを挟んで二人が対峙する。
「ブラハ殿・・・・。皇帝陛下・・・。」
「ナオよ。己の危険を顧みず、こんなやり方でこの戦いを停戦に持ち込むとはな。恐れ入ったぞ。」
現れるなり、皇帝はナオを労った。ただ、そのわかりにくい表情はどちらかというと安堵の表情をしているように見える。心底はナオが無事だったのがうれしいのかもしれない。
同じく、長い間ナオの身を案じていたブラハも同様の気持ちに違いなかった。
皇帝の心情を察してナオは皇帝に微笑みかける。そして直後、ナオはブラハの方に馬を走らせる。そして馬をブラハの馬の脇に寄せた。
「ナオ殿・・・。」
自分の元に来てくれたと思ったブラハは笑顔でナオを迎える。その瞬間、
バシィィィン!
ナオはブラハの頬に平手打ちをした。
余りの突然な出来事にブラハはよろめき、落馬しそうになる。
ナオはそれを見向きもしないで二人の中心に帰って行った。
「ナオ殿?この仕打ちは一体?」
頬を抑えながら、ブラハは言った。本気で叩かれた頬は見る見るうちに赤くなっていく。
「決まってます。こんな戦争を起こしたあなたに怒っているんです。
なぜこんなことをしたのですか!?」
「ナオ殿・・・・・。もしあなたが処刑されたら、その後のオルネア帝国のことを考えたことがありますか?
あなたのおかげで帝国に希望が灯った。だが、それが無くなったとき、それは何もない最初よりも遥かに深い絶望となるのは想像に容易いでしょう!?
それはオルネア帝国は破滅に向かって進むということです!
だが、そんなことはさせない。私が大義のために戦う!この国の人々の暮らしは私が守る!」
ナオは感情を露わにしてブラハを問い詰める。
それに対し、ブラハはムキになって反論し始めた。顔が赤くなる。
「ふん。この期に及んで大義をかざすか。とんだ痴れ者だ。」
「何を―――!?」
皇帝が口を挟み、ブラハを一笑に付す。さらに続ける。
「ブラハ王子よ。大義のためにこの場に来たのか?貴殿は惚れた女を救いに来たのではないのか?
余はナオをずっと傍に置く。余の大事な女だ。
大義のためと言い訳をする貴殿に!過去ならいざ知らず、今度ばかりは余はナオを渡すことなどはせん!!」
この時にブラハは、皇帝にとってナオは大事な存在になっていることに初めて気付いた。
そんな大切な存在を処刑などするはずもない。ブラハの中で行動の意味が薄れていく。
しかし、ブラハは負けなかった。しっかりと皇帝を見据える。
「皇帝陛下!私のことはどうとでも言うがいい!
私はナオ殿みたいに思いをそのまま行動にすることはできません!
だから私は行動するために!人を動かすためにそれに相応しい理由を用意したまで!
結局それは私がナオ殿を好きで、助け出したいという思いを達成するための手段にすぎない!」
「ぐっ貴様――!」
初めて見るブラハの迫力に、皇帝は気圧された。さらにブラハは続ける。
「この戦いを止めた手腕。それ以前に、危険を承知でナオ殿に協力したここにいる住民やタリス、サヴァディンの人々。さらには本来皇帝陛下の部下である国境都市ネルトの人々。
これだけの人々に支持され、迎え入れられるナオ殿はあなたにはもったいない!
ナオ殿の下に集まる人々も、ナオ殿も全て私が守る!
それら全てを私があなたから奪う!そのために清濁併せて呑み干してやる!!」
士別れて三日なれば刮目して相待すべし。
人は急激に成長する。今までナオが見ていたブラハは頭がいいながらも、すぐに動揺し、どこか徹しきれない弱さを持っていた。ひとえにそれは心優しく、純粋であるが故なのかもしれない。
それが少し見ぬ間に、その純粋さをしっかり保ちつつ、目的のために全てを賭ける気概を持てる男になっていた。
やはりそれは、何事にも全力で立ち向かって行く、ナオの影響の他ならない。
「そうか・・・。貴殿をそこまで成長させたのはやはり・・・。」
ぼそりと皇帝は呟き、ナオの方を見た。
ナオはブラハの方を見ていて、その変貌ぶりを驚いているようにも見えたが、目線が優しく、親愛の表情を浮かべているようにも見える。
『余にだけではなかったか・・・。』
皇帝は胸がチクリと痛むのを感じる。
その痛みが、ナオを失ってはいけないと心が皇帝に命じる。
だが、目の前の敵の、潔く、すがすがしいまでの様に感銘を受けずにもいられなかった。
「もはや打算もなく、是非にも及ばん。」
皇帝は目を閉じて大きく深呼吸した。
そして、全てを込めた三文字を言葉にした。
「選べ。」
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
ここまでお読みいただいた方、本当にありがとうございます。
『34歳独身女が異界で愛妾で宰相で』
ナオの物語はいかがでしょうか。楽しんでいただけますでしょうか。
さて、物語は佳境に入ってきています。
この最後の章、『選択』とあるのですが、実はこれはナオが選ぶ選択ではありません。
この選択は、
読んでいただいているあなたに、していただく選択です。
これから、
スタインベルグ王子ブラハ
オルネア帝国皇帝ジョルジュ・ヴォギュエ
ナオがどちらの人物と在りたいかを選択してほしいのです。
この後、物語は分岐していきます。
ふざけんな!と思う方もいらっしゃるかもしれません。
ですが、読んでいる方が物語の先を選ぶことができると言うのも、ウェブ小説ならではのことだと思うのでご容赦いただければと思います。
これからはブラハ・ルート、皇帝・ルートを同時に掲載していきます。
読後感の為に、選んだ方以外のルートを読まないでいただきたくお願い申し上げます。
それとよろしければですが、どちらのルートを選んだか、一言でもいいので感想のコメント欄にでも
いただけると励みになります。
それでは残り少ない話となりますが、最後までお付き合いいただければ幸いです。
街道の北側の小高い丘から動いたスタインベルグ王国はその見渡しの良い平野でオルネア帝国軍とぶつかる。
壮絶な戦いが繰り広げられ始めて、既に六時間が経過していた。
兵数で圧倒的に勝るスタインベルグ王国の軍が優勢だったが、最前戦部隊を入れ替えるオルネア帝国の三段構えの陣形に次第に勢いを無くし、膠着した乱戦が続いていた。
緑に覆われていた平野には両軍の無数の兵士の骸が転がり、血生臭い匂いが充満している。
誰しもが目を覆いたくなるような光景が広がっていた。
「なんだ?あれは・・・?」
乱戦のさなか、オルネア帝国の兵士を打ち取ったスタインベルグ王国の兵士が顔を上げる。不思議な光景を見て呟いた。
皇都の外壁に沿うように北から人の群れがやってくる。
旗印は・・・なかった。白旗が掲げられている。
しかも、先頭で率いているのは馬を駆る女性。他にも女性が数人。
そして、後に続く人々は何人かはお鍋の蓋は持っているが、武装などしていない。どう見ても一般住民だ。
その人の群れがまっすぐに乱戦している戦場に突っ込んでくる。
「両軍とも引いてください!!」
先頭を走っていた女性が、何度も何度も叫びながら走り寄ってくる。
そのまま、馬で戦場を突っ切り始めた。
その女性に騎兵が切りかかろうとするが、周りの護衛に簡単に弾かれる。
『作戦はこうです。
まず、敵だと思われないように住民のみなさんは武器を持たないでください。服装も住民だとわかるそのままの格好でお願いします。
我々は白旗を掲げて北側から戦場に突っ込みます。
私が先頭を駆りますので、住民の皆さんは私に続いてください。
そしてそのまま南に抜け、戦場を分断します。
分断する最中、かなり危険だと思います。そこはタリス隊とサヴァディン隊の出番です。住民の皆さんに扮して彼らを守ってください。ただむやみに戦闘はしないで、相手を無力化することに努めてください。』
突然の謎の集団の登場に両軍の兵士は混乱し、それぞれの陣の方に一時的に退避していく。
ナオの思惑通り事が運び、白旗の集団はオルネア帝国軍とスタインベルグ王国を分断してしまった。
オルネア帝国軍とスタインベルグ王国軍の間を塞ぐ形で白旗の集団が縦長に列を広げた。
『その後は、旗を大きく掲げて両軍を威圧してください。混乱もさらに広がるでしょう。』
ナオの指示通り謎の集団の白旗が下げられ、代わりに三種類の旗が掲げられる。
タリス島の軍隊旗。サヴァディン群島の島旗。そして国境都市ネルトの旗。
「「「「どういうことだ!?」」」」
両軍ともそれぞれ違う混乱が起こる。
スタインベルグ王国は突如オルネア帝国以外の敵が現れた不安によって。
オルネア帝国は本来味方であるはずのネルトの不可解な行動に。
両軍の戦闘を中断させるには充分だった。
ナオは馬のまま、集団から前に出る。
「オルネア帝国とスタインベルグ王国の騎士たち!
私はオルネア帝国宰相のナオ・クレルモン=フェラン!
この戦争は私が預かります!両軍とも引いてください!」
血生臭い平野に、ナオの声が高らかに響いた。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆
スタインベルグ王国軍の本体のいる小高い丘の上にブラハはいた。
ナオの叫ぶ声はここまでは聞こえないが、言っていることは想像がつく。
「この戦闘を止めるために、危険の真っただ中に飛び込んできたのか・・・。」
ブラハは驚きを通り越して呆れた。
だが、同時に仕掛けた策に感心もする。
ナオは両軍の間の盾として一般住民を使ったのだ。
正しい矜持を持つ騎士ならば、一度戦いが停止した後で白旗を掲げた非武装の一般市民を攻撃することはできないだろう。そんなことすれば、のちに非難されるに違いない。
今、戦いが停止しているこの状態では非常に効果がある。
だが、先ほどまでの乱戦中にはそんなことは無謀だ。切り殺されても文句は言えない。
それでもナオはうまくやった。ブラハから見える限り、住民の負傷者はいないように見える。
それどころか、動けなくなってその場に取り残されている両軍の負傷者を住民が手当している。
「ナオ殿!」
ブラハはおもむろに立ち上がり、戦闘していた兵の本陣まで撤退を指示する。
そしてそのまま、馬にまたがり小高い丘を駆け下りていく。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆
「陛下!大変です!」
西門の外壁の上から戦況を観察していた皇帝の元に伝令が飛んでくる。伝令は片膝をついて報告する。外壁内の長い階段を駆け上がってきたのだ。息が荒い。
「ご覧のとおり、白旗を掲げた集団が戦場を二分してしまいました。現在戦闘はほぼ中断されており、集団はそのまま留まっております!」
「うむ。して何者か分かったのか?」
「それがナ・・・。」
伝令が声を発した瞬間に、皇帝の目線の先の白旗の集団から三種類の旗が掲げられる。
すぐさま、皇帝は察した。
「ナオか・・・・。」
ぼそりと皇帝は呟く。伝令はびくりと身体を震えさせた。
「はっ、はい。宰相のナオ様があの集団を率いています・・・。」
皇帝はその伝令を見た。そして伝える。
「平野で戦っている第二軍に本陣まで退避させろ。一時停戦だ!」
そう言うが早いか、皇帝も下に降りる階段へ足を向けていた。
「まったく。じっとしてられんのか、ナオめ。」
☆☆☆☆☆☆☆☆☆
戦場となっていた平野からオルネア、スタインベルグ両軍は各陣営に撤退していく。
中心のナオたちの集団だけ、その場に残っている。
ナオは一般住人たちに、動けない両軍の手当をお願いしていた。戦場のど真ん中で野戦病院のような様になっている。
その周りをタリス隊、サヴァディン隊、そしてネルト公爵軍が固める。
ナオは集団の近くの両陣営から目立つ所で、一人、馬に騎乗したままで待っていた。必ず来るであろう二人を。
カポッカポッ。
馬の蹄の音が止まる。銀色の甲冑が太陽に輝き、スタインベルグ王国の紋章が入った外套が風にたなびく。明るい栗色の髪をした若い男がナオの前に姿を現した。
そして時を同じくしてもう一人、その場に現れる。こちらは従者を二人従えていた。
こちらは甲冑姿ではなく、詰襟の白い軍服だった。左胸にオルネア皇家の紋章が入っている。
ナオを挟んで二人が対峙する。
「ブラハ殿・・・・。皇帝陛下・・・。」
「ナオよ。己の危険を顧みず、こんなやり方でこの戦いを停戦に持ち込むとはな。恐れ入ったぞ。」
現れるなり、皇帝はナオを労った。ただ、そのわかりにくい表情はどちらかというと安堵の表情をしているように見える。心底はナオが無事だったのがうれしいのかもしれない。
同じく、長い間ナオの身を案じていたブラハも同様の気持ちに違いなかった。
皇帝の心情を察してナオは皇帝に微笑みかける。そして直後、ナオはブラハの方に馬を走らせる。そして馬をブラハの馬の脇に寄せた。
「ナオ殿・・・。」
自分の元に来てくれたと思ったブラハは笑顔でナオを迎える。その瞬間、
バシィィィン!
ナオはブラハの頬に平手打ちをした。
余りの突然な出来事にブラハはよろめき、落馬しそうになる。
ナオはそれを見向きもしないで二人の中心に帰って行った。
「ナオ殿?この仕打ちは一体?」
頬を抑えながら、ブラハは言った。本気で叩かれた頬は見る見るうちに赤くなっていく。
「決まってます。こんな戦争を起こしたあなたに怒っているんです。
なぜこんなことをしたのですか!?」
「ナオ殿・・・・・。もしあなたが処刑されたら、その後のオルネア帝国のことを考えたことがありますか?
あなたのおかげで帝国に希望が灯った。だが、それが無くなったとき、それは何もない最初よりも遥かに深い絶望となるのは想像に容易いでしょう!?
それはオルネア帝国は破滅に向かって進むということです!
だが、そんなことはさせない。私が大義のために戦う!この国の人々の暮らしは私が守る!」
ナオは感情を露わにしてブラハを問い詰める。
それに対し、ブラハはムキになって反論し始めた。顔が赤くなる。
「ふん。この期に及んで大義をかざすか。とんだ痴れ者だ。」
「何を―――!?」
皇帝が口を挟み、ブラハを一笑に付す。さらに続ける。
「ブラハ王子よ。大義のためにこの場に来たのか?貴殿は惚れた女を救いに来たのではないのか?
余はナオをずっと傍に置く。余の大事な女だ。
大義のためと言い訳をする貴殿に!過去ならいざ知らず、今度ばかりは余はナオを渡すことなどはせん!!」
この時にブラハは、皇帝にとってナオは大事な存在になっていることに初めて気付いた。
そんな大切な存在を処刑などするはずもない。ブラハの中で行動の意味が薄れていく。
しかし、ブラハは負けなかった。しっかりと皇帝を見据える。
「皇帝陛下!私のことはどうとでも言うがいい!
私はナオ殿みたいに思いをそのまま行動にすることはできません!
だから私は行動するために!人を動かすためにそれに相応しい理由を用意したまで!
結局それは私がナオ殿を好きで、助け出したいという思いを達成するための手段にすぎない!」
「ぐっ貴様――!」
初めて見るブラハの迫力に、皇帝は気圧された。さらにブラハは続ける。
「この戦いを止めた手腕。それ以前に、危険を承知でナオ殿に協力したここにいる住民やタリス、サヴァディンの人々。さらには本来皇帝陛下の部下である国境都市ネルトの人々。
これだけの人々に支持され、迎え入れられるナオ殿はあなたにはもったいない!
ナオ殿の下に集まる人々も、ナオ殿も全て私が守る!
それら全てを私があなたから奪う!そのために清濁併せて呑み干してやる!!」
士別れて三日なれば刮目して相待すべし。
人は急激に成長する。今までナオが見ていたブラハは頭がいいながらも、すぐに動揺し、どこか徹しきれない弱さを持っていた。ひとえにそれは心優しく、純粋であるが故なのかもしれない。
それが少し見ぬ間に、その純粋さをしっかり保ちつつ、目的のために全てを賭ける気概を持てる男になっていた。
やはりそれは、何事にも全力で立ち向かって行く、ナオの影響の他ならない。
「そうか・・・。貴殿をそこまで成長させたのはやはり・・・。」
ぼそりと皇帝は呟き、ナオの方を見た。
ナオはブラハの方を見ていて、その変貌ぶりを驚いているようにも見えたが、目線が優しく、親愛の表情を浮かべているようにも見える。
『余にだけではなかったか・・・。』
皇帝は胸がチクリと痛むのを感じる。
その痛みが、ナオを失ってはいけないと心が皇帝に命じる。
だが、目の前の敵の、潔く、すがすがしいまでの様に感銘を受けずにもいられなかった。
「もはや打算もなく、是非にも及ばん。」
皇帝は目を閉じて大きく深呼吸した。
そして、全てを込めた三文字を言葉にした。
「選べ。」
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
ここまでお読みいただいた方、本当にありがとうございます。
『34歳独身女が異界で愛妾で宰相で』
ナオの物語はいかがでしょうか。楽しんでいただけますでしょうか。
さて、物語は佳境に入ってきています。
この最後の章、『選択』とあるのですが、実はこれはナオが選ぶ選択ではありません。
この選択は、
読んでいただいているあなたに、していただく選択です。
これから、
スタインベルグ王子ブラハ
オルネア帝国皇帝ジョルジュ・ヴォギュエ
ナオがどちらの人物と在りたいかを選択してほしいのです。
この後、物語は分岐していきます。
ふざけんな!と思う方もいらっしゃるかもしれません。
ですが、読んでいる方が物語の先を選ぶことができると言うのも、ウェブ小説ならではのことだと思うのでご容赦いただければと思います。
これからはブラハ・ルート、皇帝・ルートを同時に掲載していきます。
読後感の為に、選んだ方以外のルートを読まないでいただきたくお願い申し上げます。
それとよろしければですが、どちらのルートを選んだか、一言でもいいので感想のコメント欄にでも
いただけると励みになります。
それでは残り少ない話となりますが、最後までお付き合いいただければ幸いです。
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