飛んでった横隔膜

仁科佐和子

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飛んでった横隔膜

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「大変じゃ! 大変じゃ! 大臣を呼べ!」
 部屋の中から王様の大きな声が聞こえてきます。

 大臣は急いで駆けつけました。
「どうされました?」

「一大事じゃ! わしの横隔膜が飛んでいったのじゃ!」

「横隔膜が飛んでいったですと?」

「うん」

「それはまたどのようにして?」

「さっきまでしゃっくりが出ておったのじゃ」

「それは大変でございましたな」

「うん。それで、こよりを作って鼻コショコショをしたのじゃ」

「確かに以前そうして医者がしゃっくりを止めておりましたな」

「うん」

「そうしたら大きなくしゃみが出てな」

「しゃっくりは止まりましたか?」

「うん」

「それはようございました」

「良くはないのじゃ! くしゃみと一緒に何かが窓から飛び出していったのじゃ! しゃっくりが止まったということは、横隔膜に違いない!」

「なんと! それは大変だ!」


 大臣は慌ててお城の兵士をみんな集めて命じました。
「王様の横隔膜がなくなった。みんな急いで探しておくれ」

 一人の兵士が言いました。
「われわれは王様の横隔膜を見たことがありません。どんなものを探せばよろしいんでしょうか?」

 大臣は困ってしまいました。
「うーん、実はわしも見たことがないのだよ。よし、それではみんなで『見たこともないもの』を探してきておくれ!」


 一人の兵士は城の見張り台を登っていきました。

「見たことないもの、見たこともないもの……」
高い見張り台からは、城の中から城下の様子まで何でも見わたせます。

「王様の横隔膜かぁ。まさに見たこともない! 一体どんなものなんだろうな!」
 兵士はワクワクしながら双眼鏡であたりをキョロキョロ見回していました。


 一人の兵士は小川の縁を歩いていきました。

「見たこともないもの、見たこともないもの……」 
 しばらく行くと、村娘が水をくんでいました。

「ややっ! 見たこともないほど美しい娘だ!」
兵士は娘を城に連れて帰りました。


 一人の兵士は洞窟の中に入って行きました。

「見たこともないもの、見たこともないもの……」
 しばらく行くと、見たこともないようなキラキラした石が落ちていました。

「ややっ! 光る石など見たこともない!」 
 兵士は石を拾って城へと持ち帰りました。


 一人の兵士は森の中に入っていきました。

「見たこともないもの、見たこともないもの……」
 しばらく行くと、見たこともないようなオレンジ色のキノコを見つけました。

「ややっ! 見たこともない色のキノコだ!」
 兵士はキノコを城へと持ち帰りました。


 一人の兵士は王様の部屋の窓の下を探していました。

「見たこともないもの、見たこともないもの……」
 やがて兵士は白くて小さくて硬いものを見つけました。

「なんだろう? 見たことあるような、ないような……」
 兵士は首を傾げながらもそれを持って、城に戻りました。



 娘をひと目見た王様は、お顔がトマトのように赤くなって耳がアツアツになってフラフラと倒れそうになりました。

「これはいけない! おかしいぞ!
熱が上がってきたようだ。大臣、急いで医者を呼べ!」

 主治医が城にやってきて王様の体を調べました。

「ふむふむ、これは恋の病。
たとえ医者でも草津の湯でも惚れた病は治りゃせぬと申します」

「それじゃあどうすればいいのじゃ?」

「まずはお友達からはじめてはいかがです?」

「うん。でもどうやって友達になればいいのじゃろう?」

「王様、これを渡してみてはいかがですか?」
 一人の兵士がキラキラ光る石を取り出しました。

 キラキラ光る石を見た娘は目を輝かせました。
「まぁきれい! でも、石をもらっても困るわ。水汲み中に川へ落としてしまうかも知れないもの」

 残念そうにそういう娘を見て王様は言いました。
「大臣! 職人を呼べ!」

 職人が城にやってきて、石を詳しく調べました。
「ふむふむ。これはアメジストの原石ですな。お嬢さんの瞳の色と同じ、すみれ色の宝石が採れますよ」

「その宝石でアクセサリーを作るのじゃ!」

 職人は石を削って可愛らしいすみれの花のペンダントを作りました。
「さぁ、これなら川に落とすこともないでしょう」

「まぁ素敵!」

 娘の喜ぶ顔を見て、王様も嬉しくなりました。

「だけど横隔膜は出てこないなぁ」

「王様、こちらはいかがです?」
一人の兵士がオレンジ色のキノコを取り出しました。

 キノコをひと目見た王様は目を丸くしました。

「なんとも毒々しい色合いじゃな。 
大丈夫かな? 大臣、博士を呼べ!」

 博士が城にやってきて、キノコをあれこれ調べました。

「ふむふむ、これはシャクリ茸。世界で一番美味しいキノコですが……」

「世界で一番美味しいキノコじゃと? それは食べてみなければ!」

「あっ、王様!」
 王様は博士の手からキノコを奪ってパクリ。

「うま~い!」
 とろけた表情の王様の口から、突然しゃっくりが飛び出しました。

「もう、食いしん坊ですねぇ。話を最後まで聞かないと。シャクリ茸は美味しいキノコですが、食べると必ずしゃっくりが出ちゃうんですよ」
 博士は困った顔でそう言いました。


「ああ良かった!
しゃっくりが出るということは、横隔膜がもとに戻ったということじゃ!」

 良かったと言いながらも王様はまだ浮かない顔です。

「どうされました?」

「なんだか口の中が変なのじゃ。大臣、歯医者を呼べ!」

 歯医者が城にやってきて王様の口の中を調べます。
「ふむふむ、これは差し歯が外れておりますな!」

「それはもしやこれではありませんか?」
 兵士が白くて小さくて硬いものを差し出します。

「うん、それだ!」
 王様は笑顔で受け取りましたが、歯医者は困った顔をしています。

「王様、しゃっくりを止めていただかないと、歯の治療はできません」

「それではくしゃみをしていただきましょうか?」

 医者に言われた王様は首を横に振りました。
「そんなことをしたら横隔膜がまた飛んでっちゃう!」

「他になにか方法はないのか?」
王様の質問にみんなは首を傾げます。


 そこへ、見張り台で『見たことないもの』を探していた兵士が飛び込んできました。

「王様! 山の向こうのそのまた向こうから敵の兵士が攻めてきます!」

「なんだって? 大臣! 大至急、将軍を呼べ!」

 将軍は素早く兵士を集めると、国境に向かって進軍していきました。

「ふむふむ、我軍の勝利ですな!」
双眼鏡を覗いて大臣が王様に報告します。

「待ち伏せしていた大軍に驚いた敵軍は、慌てて引き返していきましたよ」

「ああ良かった、助かった。戦争は嫌だよ」
 王様はニッコリとわらいます。

「そういえば大臣、しゃっくりが止まったぞ!」

「敵軍に突然攻め込まれて、びっくりしたんですね」

「なんだか色々めでたいな。
大臣! 料理人と酒屋とパティシエと宮廷楽団と踊り子を呼べ!」

「その前に王様、歯の治療をいたしましょうね」

「うん」

 お城ではその夜、帰ってきた将軍と兵士を囲んで宴が開かれました。

 差し歯の治った王様も、ごちそうをたくさん食べたんですって。




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2023.07.09 ユーザー名の登録がありません

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