黒い羊

仁科佐和子

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黒い羊

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 スコットランドに冬がやってきました。
夏の間は船で島に渡り放牧されていた羊たちも、冬には集められて牧場に戻ってきます。

 白いモコモコの羊たちは、仲良く群れで暮らします。
けれどその中に一頭だけ、別行動をしている黒い羊がいました。


 黒い羊のオリバーは、いつも群れから離れて一頭でいました。

Black sheepくろいひつじは変わり者!」
群れの大人たちが突き放すようにそう言うのを、この春生まれたばかりのヘンリーは不思議そうに聞いていました。

 小さな子羊ヘンリーは、とっても知りたがりでした。
小さな子どもというものは、遠慮などしないものなのです。

 ヘンリーはトコトコとオリバーに近づいて尋ねました。
「ねぇおじさん。どうしてこんな隅っこに離れているの? みんなといた方が暖かいよ?」

 オリバーは驚きました。
他の羊に話しかけられるだなんて、思っても見なかったのです。

 オリバーは少し戸惑いながら、小さなヘンリーに言いました。
「Black sheepって言葉が、何を指すのか知ってるかい? のけ者、厄介者って意味なのさ」


「小さなヘンリー! 戻っておいで!」
母さん羊が呼びました。

 ヘンリーは母さんに向かって走り出します。
けれど突然足を止め、オリバーを振り返って言いました。
「おじさんの毛の色、僕は好きだな。母さんの優しい目と同じ色だもの!」

 オリバーはそれを聞くと、なんだかくすぐったいような気持ちになりました。


 もうすぐクリスマス。
牧場主のベンジャミンさんは家の庭にとても大きなクリスマスツリーを立てました。
 ツリーにはたくさんのオーナメントが飾られていました。
枝には薄っすらと雪がつもり、日中は太陽の光を反射してキラキラと光っていました。

「なんてきれいなんだろう!」
ヘンリーは嬉しくなってクリスマスツリーのまわりを飛びはねました。

 夜になると、電飾が灯されます。
イルミネーションの明かりはピカピカと点滅して赤・青・緑・黄色と次々に色を変えます。
まるで夢の国のような光景に、小さなヘンリーは釘付けになっていました。


 スコットランドの冬は日が短く、あっという間に、夜がやってきます。

 いつもは小屋に入る時間でしたが、クリスマスイルミネーションの明かりに見入っていた羊たちは日没に気づきませんでした。


 クリスマスイブの夜、森の奥から一匹のオオカミが姿を現しました。
牧場の柵の中にまるまると太った羊たちを見つけると、オオカミは闇夜に紛れてこっそりと柵に近づきました。

「今日の晩飯は柔らかいラム肉か。たまらねぇな!」
オオカミはよだれを垂らして呟きます。

 羊たちの白い毛はイルミネーションに照らされて赤・青・緑・黄色に光り輝き、狼の目にはまるでクリスマスのご馳走のように見えていました。

 オオカミはヘンリーに目をつけました。
「子羊は動きも鈍いし蹴りも強くない。肉は柔らかいし最高だ!」

 ゆっくりと狙いを定め柵をよじ登ると、オオカミはまっすぐヘンリーに向かって走り出しました。

「オオカミだ!!」
気づいた羊たちは波が引くように逃げ出します。
しかしクリスマスツリーに見入っていたヘンリーはオオカミに気づくのが遅れました。

「ヘンリー!」
お母さん羊が悲痛な叫び声を上げたその時、黒い塊がものすごい勢いでお母さんの脇をすり抜けました。



 ヘンリーに飛びかかったオオカミは突然、横っ飛びに吹き飛ばされました。
「ぐはっ!!」
 オオカミは木の柵にしこたま背中を打ち付けました。

「ベエエ ベエエ ベエエエエ!!」
羊たちは一斉に鳴いて騒ぎ立てます。

 ベンジャミンさんは羊たちの声を聞くと、慌てて銃を手にドアから飛び出してきました。

「な、なんてこった!」
 柵にぶつかって伸びているオオカミを見つけたベンジャミンさんは、驚いて目を白黒させました。



 群れから離れたところに一匹でいたオリバーは、いち早くオオカミに気づきました。

 一方闇に溶け込んだ真っ黒なオリバーの存在に、オオカミは気づかなかったのです。

 オオカミの爛々と輝く金の目とギラギラ光る銀の牙が、ヘンリーを狙っています。
オリバーは雪を蹴って走り出しました。

 牧場を突っ切りヘンリーの母親の脇をすり抜け、そのままトップスピードで突っ込んでいくオリバー!
そして勇敢なオリバーはオオカミの横腹に体当たりを食らわせ、ヘンリーを護ったのです!!


Black sheepくろいひつじは英雄だ!闇に紛れてオオカミ倒す。勇敢な我らの英雄だ!」
白い羊たちは揃って、オリバーの勇気を称えました。

「助けてくれてありがとう!」
 ヘンリーはその白い身体をオリバーの真っ黒な毛に擦り寄せました。

「君が無事で良かった」
 オリバーは照れて、それだけ言うのがやっとのことでした。

 羊たちの頭上には真っ黒な夜空にチカチカと白い星たちが瞬いて、羊たちを祝福していました。
 


 クリスマスの朝、牧場では大きな羊の群れが仲良くわらをんでいました。

 ちょうど群れの真ん中辺りに、ぽつんと黒い点がみえます。
オリバーは群れの中に紛れても、すぐに見つけられました。

 そしてベンジャミンさんは小さなヘンリーもすぐに見つけることができました。
だって真っ黒なオリバーのそばには、いつでも小さなヘンリーがいたのですから!
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みんなの感想(2件)

burazu
2022.12.05 burazu

黒い羊の勇気がみんなの心を動かすという良い作品で最後はみんなからたたえられるのがとても良かったです。

仁科佐和子
2022.12.12 仁科佐和子

 おはようございます返信ができる機能を先ほど発見致しました!!
お返事が遅くなってしまい大変申し訳ありません(⁠◡⁠ ⁠ω⁠ ⁠◡⁠)
 「黒い羊」お読みいただきありがとうございます(⁠✿⁠^⁠‿⁠^⁠)スコットランドを舞台にしたクリスマス物語です。
丁度この時期にお読みいただけてよかったです(⁠*⁠´⁠ω⁠`⁠*⁠)

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2022.12.03 ユーザー名の登録がありません

退会済ユーザのコメントです

仁科佐和子
2022.12.12 仁科佐和子

 黒い羊と言うと欅坂48の曲が連想されるかと思います。
「誰もが自分らしく生きることができる」子どもたちが育ったときに、そんな社会であってほしいと思います(⁠*⁠´⁠ω⁠`⁠*⁠)

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