4 / 37
第1部
3 イオとの出会い
この世界で、イオと出会ったのは――俺が六歳のときだった。
町外れのスラム街。
名前も知らない路地で、俺は孤児として生きていた。
誰からも必要とされず、
誰にも呼ばれず、
ただ生き延びるために、盗みをしてはわずかな残飯を口に運ぶ日々。
腹は常に空いていた。
体は冷えきっていて、夜になると震えが止まらなかった。
それ以上に、きつかったのは――さびしさだった。
「……もう、いいか」
ある日、路地の奥で膝を抱えながら、そう思った。
苦しい。
つらい。
何より、何も感じたくない。
誰にも見つけられず、
誰にも覚えられず、
このまま全部終われば楽なのに。
そう考えた瞬間、胸の奥がすっと冷えた。
感情を、閉じた。
――キィン。
耳鳴りのような音がして、世界が遠ざかる。
人の声も、風の音も、すべて消えた。
気づけば、俺は一人きりだった。
本当に、世界に俺だけが残されたみたいな感覚。
「……?」
怖くはなかった。
むしろ、不思議と落ち着いていた。
やっと、誰からも忘れられた。
やっと、楽になれた。
……そう思ったのに。
手足の感覚は残っている。
頭も、妙に冴えている。
「なんだ……これ……」
戸惑っているうちに、音が少しずつ戻ってきた。
世界が、また動き出す。
その日からだった。
同じ感覚が、何度も訪れるようになったのは。
その状態になると、
人のそばを通っても気づかれない。
物に触れても、誰も反応しない。
盗みは、簡単だった。
成功するたび、胸が高鳴った。
生きられる。
まだ、生きられる。
――けれど、それも長くは続かなかった。
「最近、物が消える」
「誰も見ていないのに」
噂が広まり、警戒が強まる。
ある日、いつものように感覚を遮断し、盗みを終えた瞬間――
それを解除した途端、背後から荒い声が響いた。
「いたぞ!」
逃げた。
でも、子どもの足は遅い。
すぐに捕まえられ、連れて行かれた先で出会ったのが――
イオの父、侯爵だった。
鋭くも、静かな目。
「……お前の能力は、この国の要になる」
そう言って、俺を見下ろした。
「一緒に来るか」
断る理由は、なかった。
一人じゃ、どうせ何もできない。
ここで拒んだら、きっと良くないことになる。
だから、ただ頷いた。
連れて行かれた屋敷は、
それまで見たどんな建物よりも大きく、眩しかった。
そこで、出会った。
さらさらの黒髪。
大きな、黒い丸い瞳。
精巧な人形みたいな少年――イオ。
「この子がお前の弟だ。
そして、お前は今日からこの家の養子だ」
そう告げられ、俺はイオの前に立たされた。
ぼろぼろの服。
汚れた手。
目も合わせてもらえないだろうと思った。
けれど、イオはじっと俺を見つめ、目を丸くしたあと、こう聞いた。
「……君は、なんていう名前なんだ?」
そのとき、初めて気づいた。
――俺には、名前がない。
「……ない」
そう答えると、イオはさらに驚いた顔をして、少し考え込む。
そして、ぱっと顔を上げた。
「じゃあ、君はカイルだ」
「……?」
「海みたいに、透き通った目をしてるから」
その言葉が、胸に落ちた。
誰かが、
初めて俺に、名前をくれた。
――それが、
俺が“カイル”になった日だった。
町外れのスラム街。
名前も知らない路地で、俺は孤児として生きていた。
誰からも必要とされず、
誰にも呼ばれず、
ただ生き延びるために、盗みをしてはわずかな残飯を口に運ぶ日々。
腹は常に空いていた。
体は冷えきっていて、夜になると震えが止まらなかった。
それ以上に、きつかったのは――さびしさだった。
「……もう、いいか」
ある日、路地の奥で膝を抱えながら、そう思った。
苦しい。
つらい。
何より、何も感じたくない。
誰にも見つけられず、
誰にも覚えられず、
このまま全部終われば楽なのに。
そう考えた瞬間、胸の奥がすっと冷えた。
感情を、閉じた。
――キィン。
耳鳴りのような音がして、世界が遠ざかる。
人の声も、風の音も、すべて消えた。
気づけば、俺は一人きりだった。
本当に、世界に俺だけが残されたみたいな感覚。
「……?」
怖くはなかった。
むしろ、不思議と落ち着いていた。
やっと、誰からも忘れられた。
やっと、楽になれた。
……そう思ったのに。
手足の感覚は残っている。
頭も、妙に冴えている。
「なんだ……これ……」
戸惑っているうちに、音が少しずつ戻ってきた。
世界が、また動き出す。
その日からだった。
同じ感覚が、何度も訪れるようになったのは。
その状態になると、
人のそばを通っても気づかれない。
物に触れても、誰も反応しない。
盗みは、簡単だった。
成功するたび、胸が高鳴った。
生きられる。
まだ、生きられる。
――けれど、それも長くは続かなかった。
「最近、物が消える」
「誰も見ていないのに」
噂が広まり、警戒が強まる。
ある日、いつものように感覚を遮断し、盗みを終えた瞬間――
それを解除した途端、背後から荒い声が響いた。
「いたぞ!」
逃げた。
でも、子どもの足は遅い。
すぐに捕まえられ、連れて行かれた先で出会ったのが――
イオの父、侯爵だった。
鋭くも、静かな目。
「……お前の能力は、この国の要になる」
そう言って、俺を見下ろした。
「一緒に来るか」
断る理由は、なかった。
一人じゃ、どうせ何もできない。
ここで拒んだら、きっと良くないことになる。
だから、ただ頷いた。
連れて行かれた屋敷は、
それまで見たどんな建物よりも大きく、眩しかった。
そこで、出会った。
さらさらの黒髪。
大きな、黒い丸い瞳。
精巧な人形みたいな少年――イオ。
「この子がお前の弟だ。
そして、お前は今日からこの家の養子だ」
そう告げられ、俺はイオの前に立たされた。
ぼろぼろの服。
汚れた手。
目も合わせてもらえないだろうと思った。
けれど、イオはじっと俺を見つめ、目を丸くしたあと、こう聞いた。
「……君は、なんていう名前なんだ?」
そのとき、初めて気づいた。
――俺には、名前がない。
「……ない」
そう答えると、イオはさらに驚いた顔をして、少し考え込む。
そして、ぱっと顔を上げた。
「じゃあ、君はカイルだ」
「……?」
「海みたいに、透き通った目をしてるから」
その言葉が、胸に落ちた。
誰かが、
初めて俺に、名前をくれた。
――それが、
俺が“カイル”になった日だった。
あなたにおすすめの小説
死ぬだけの悪役令息に転生したら、待っていたのは攻略対象達からの溺愛でした。
きうい
BL
病でで死んでしまった優は、気が付いたら読んでいた小説の悪役令息として転生していた。
それもどのルートでも十五歳という歳になると、死ぬ運命にある悪役———フィオレン・オーレリウス。
前世で家族に恵まれず、家族愛とは程遠い世界で生きてきた優は、愛されたいという願望を捨て、ひとりで生きることを決意する。
しかし、家族に対して表情と感情を隠し、言葉も発さず、一人で生きて行く術を身につけようと家族から距離をとるフィオレンとは裏腹に、家族や攻略対象達は異常なほどの愛を注ぐ。
フィオレンの知らない所で、小説のシナリオとは正反対の道を辿ることになるも、愛に無頓着で無自覚なフィオレンは溺愛されていき………?
悪役令息の兄って需要ありますか?
焦げたせんべい
BL
今をときめく悪役による逆転劇、ザマァやらエトセトラ。
その悪役に歳の離れた兄がいても、気が強くなければ豆電球すら光らない。
これは物語の終盤にチラッと出てくる、折衷案を出す兄の話である。
人気アイドルの俺、なぜかメンバー全員に好かれてます
七瀬
BL
デビュー4年目の人気アイドルグループ「ECLIPSE(エクリプス)」に所属する芹沢 美澄(せりざわみすみ)は、昔からどこか抜けていてマイペースな性格。
歌もダンスも決して一番ではないはずなのに、なぜかファンからもメンバーからも目を離されない存在だった。
世話焼きな幼なじみ、明るく距離の近い同い年、しっかり者で面倒見のいい年上、掴みどころのない自由人、そして無言で隣にいるリーダー——。
気づけば、美澄の周りにはいつも誰かがいて、当たり前のように甘やかされていく。
生まれ変わりは嫌われ者
青ムギ
BL
無数の矢が俺の体に突き刺さる。
「ケイラ…っ!!」
王子(グレン)の悲痛な声に胸が痛む。口から大量の血が噴きその場に倒れ込む。意識が朦朧とする中、王子に最後の別れを告げる。
「グレン……。愛してる。」
「あぁ。俺も愛してるケイラ。」
壊れ物を大切に包み込むような動作のキス。
━━━━━━━━━━━━━━━
あの時のグレン王子はとても優しく、名前を持たなかった俺にかっこいい名前をつけてくれた。いっぱい話しをしてくれた。一緒に寝たりもした。
なのにー、
運命というのは時に残酷なものだ。
俺は王子を……グレンを愛しているのに、貴方は俺を嫌い他の人を見ている。
一途に慕い続けてきたこの気持ちは諦めきれない。
★表紙のイラストは、Picrew様の[見上げる男子]ぐんま様からお借りしました。ありがとうございます!
BLゲームの悪役に転生したら攻略対象者が全員ヒロインに洗脳されてた
さ
BL
主人公のレオンは、幼少期に前世の記憶を思い出し、この世界がBLゲームで、自身は断罪される悪役だと気づく。
断罪を回避するため、極力攻略対象者たちと関わらないように生きてきた。
ーーそれなのに。
婚約者に婚約は破棄され、
気づけば断罪寸前の立場に。
しかも理由もわからないまま、
何もしていないはずの攻略対象者達に嫌悪を向けられてーー。
※最終的にハッピーエンド
※愛され悪役令息
なぜ処刑予定の悪役子息の俺が溺愛されている?
詩河とんぼ
BL
前世では過労死し、バース性があるBLゲームに転生した俺は、なる方が珍しいバットエンド以外は全て処刑されるというの世界の悪役子息・カイラントになっていた。処刑されるのはもちろん嫌だし、知識を付けてそれなりのところで働くか婿入りできたらいいな……と思っていたのだが、攻略対象者で王太子のアルスタから猛アプローチを受ける。……どうしてこうなった?
実は俺、悪役なんだけど周りの人達から溺愛されている件について…
彩ノ華
BL
あのぅ、、おれ一応悪役なんですけど〜??
ひょんな事からこの世界に転生したオレは、自分が悪役だと思い出した。そんな俺は…!!ヒロイン(男)と攻略対象者達の恋愛を全力で応援します!断罪されない程度に悪役としての責務を全うします_。
みんなから嫌われるはずの悪役。
そ・れ・な・の・に…
どうしてみんなから構われるの?!溺愛されるの?!
もしもーし・・・ヒロインあっちだよ?!どうぞヒロインとイチャついちゃってくださいよぉ…(泣)
そんなオレの物語が今始まる___。
ちょっとアレなやつには✾←このマークを付けておきます。読む際にお気を付けください☺️