7 / 37
第1部
6 真夜中の任務
しーんと静まり返った夜の空気に身をゆだねる。
仕事の時間だ。
カイルは自分の感情も魔力も存在感もすべて遮断し、寮の自室から静かに飛び出した。
音を立てず、影のように廊下を駆け抜け、闇に溶け込むように外へと出る。
街灯の光も届かない裏路地を通り、目的地である貴族の館まで進む間、頭の中は常に冷静だ。感覚を遮断しているため、心臓の鼓動も呼吸も、通常よりゆっくりと感じる。
イヤホンからウィランの声が届いた。
「準備できたら、突入していいよ」
——落ち着いた声に微かな緊張が混じっているのを、カイルは感じ取った。
カイルは頷き、館の門を潜った。
最近、貴族社会で目立つようになった悪事。
その背後に潜むのは、能力者の集団である、悪の組織「クロセトラ」である。
世間一般には知られていないが、クロセトラは暗殺、盗み、違法魔道具の取引などを取り仕切る組織で、かつてゲームの中ではカイル自身がそのボスだった。
しかし今は処刑されないため、悪事を働く側ではなく、取り締まる側として戦っている。
館に入ると、足音一つ立てずに書類や魔道具のある部屋へ向かい、目当ての証拠を迅速に回収する。
光の反射や、僅かな温度の変化さえも感じ取り、障害物や警備を避けながら進む。
任務は完璧でなければならない。
館を出るとすぐに寮まで戻り、能力を解除する。
血が一気に戻るような感覚。皮膚の内側から、音と温度と重さが押し寄せてくる。
脱力と共に全身の感覚が戻り、初めて息を大きく吸い込む。
心臓の鼓動が、遅れて自己主張を始めた。
「……っ」
小さく息が漏れる。
イヤホンが再び、微かにノイズを発した。
「カイル。……戻った?」
ウィランの声は、仕事中よりも少しだけ低い。
状況確認じゃない、体調を測る声だと分かる。
「戻った。証拠は全部回収した。書類と魔道具、帳簿も」
普段は誰にも言わないが、この能力を使うと感情の戻りが遅くなる。
喜怒哀楽が鈍くなり、身体は正常でも、心は少しずつしか反応しないのだ。
「……今、体調はどんな感じ?」
ウィランの問いに、カイルは正直に答える。
「身体は正常。」
心は正常ではないが、すぐに戻るはずだ。
「……無理するなって言っても、無理するよね」
「仕事だから」
即答だった。
無線越しに、小さく苦笑する音。
「せめて今日は、もう寝なさい。ゆっくり休むんだよ」
「……了解」
返事は淡々としているのに、
その“休め”という言葉だけが、ゆっくりと胸の奥に沈んでいく。
通信が切れる。
静かな部屋で、カイルは目を閉じた。
まだ感情は曖昧で眠気もない。
それでも——布団の温かさだけは、確かに心地よかった。
世界が完全に戻る前に、そのまま、意識はゆっくりと闇に沈んでいった。
---
翌朝、学園の廊下は活気にあふれていた。
生徒たちの声が響き渡り、「カイル様ー!」という歓声が飛び交う。
その中で、カイルはいつもの軽薄な笑顔を浮かべ、ピンク色の髪を揺らしながら歩く。
「カワイ子ちゃんたち~、今日も元気だね~!」と語尾を伸ばす調子で声をかけ、周囲の男子生の視線を集める。
夜の任務で見せた冷徹な顔とは裏腹に、この場では仮面をかぶり、軽薄でチャラいキャラクターを演じている。
義理の弟であるイオは、その様子を冷たく見つめた。
カイルはわざと大げさに手を振り、笑顔で応えるが、心の中では昨夜の任務の疲れと、感情を押し殺したままの自分を思い出していた。
学園では誰もその素顔を知らない。
表の軽薄な振る舞いが、今のカイルの生き残る術だった。
仕事の時間だ。
カイルは自分の感情も魔力も存在感もすべて遮断し、寮の自室から静かに飛び出した。
音を立てず、影のように廊下を駆け抜け、闇に溶け込むように外へと出る。
街灯の光も届かない裏路地を通り、目的地である貴族の館まで進む間、頭の中は常に冷静だ。感覚を遮断しているため、心臓の鼓動も呼吸も、通常よりゆっくりと感じる。
イヤホンからウィランの声が届いた。
「準備できたら、突入していいよ」
——落ち着いた声に微かな緊張が混じっているのを、カイルは感じ取った。
カイルは頷き、館の門を潜った。
最近、貴族社会で目立つようになった悪事。
その背後に潜むのは、能力者の集団である、悪の組織「クロセトラ」である。
世間一般には知られていないが、クロセトラは暗殺、盗み、違法魔道具の取引などを取り仕切る組織で、かつてゲームの中ではカイル自身がそのボスだった。
しかし今は処刑されないため、悪事を働く側ではなく、取り締まる側として戦っている。
館に入ると、足音一つ立てずに書類や魔道具のある部屋へ向かい、目当ての証拠を迅速に回収する。
光の反射や、僅かな温度の変化さえも感じ取り、障害物や警備を避けながら進む。
任務は完璧でなければならない。
館を出るとすぐに寮まで戻り、能力を解除する。
血が一気に戻るような感覚。皮膚の内側から、音と温度と重さが押し寄せてくる。
脱力と共に全身の感覚が戻り、初めて息を大きく吸い込む。
心臓の鼓動が、遅れて自己主張を始めた。
「……っ」
小さく息が漏れる。
イヤホンが再び、微かにノイズを発した。
「カイル。……戻った?」
ウィランの声は、仕事中よりも少しだけ低い。
状況確認じゃない、体調を測る声だと分かる。
「戻った。証拠は全部回収した。書類と魔道具、帳簿も」
普段は誰にも言わないが、この能力を使うと感情の戻りが遅くなる。
喜怒哀楽が鈍くなり、身体は正常でも、心は少しずつしか反応しないのだ。
「……今、体調はどんな感じ?」
ウィランの問いに、カイルは正直に答える。
「身体は正常。」
心は正常ではないが、すぐに戻るはずだ。
「……無理するなって言っても、無理するよね」
「仕事だから」
即答だった。
無線越しに、小さく苦笑する音。
「せめて今日は、もう寝なさい。ゆっくり休むんだよ」
「……了解」
返事は淡々としているのに、
その“休め”という言葉だけが、ゆっくりと胸の奥に沈んでいく。
通信が切れる。
静かな部屋で、カイルは目を閉じた。
まだ感情は曖昧で眠気もない。
それでも——布団の温かさだけは、確かに心地よかった。
世界が完全に戻る前に、そのまま、意識はゆっくりと闇に沈んでいった。
---
翌朝、学園の廊下は活気にあふれていた。
生徒たちの声が響き渡り、「カイル様ー!」という歓声が飛び交う。
その中で、カイルはいつもの軽薄な笑顔を浮かべ、ピンク色の髪を揺らしながら歩く。
「カワイ子ちゃんたち~、今日も元気だね~!」と語尾を伸ばす調子で声をかけ、周囲の男子生の視線を集める。
夜の任務で見せた冷徹な顔とは裏腹に、この場では仮面をかぶり、軽薄でチャラいキャラクターを演じている。
義理の弟であるイオは、その様子を冷たく見つめた。
カイルはわざと大げさに手を振り、笑顔で応えるが、心の中では昨夜の任務の疲れと、感情を押し殺したままの自分を思い出していた。
学園では誰もその素顔を知らない。
表の軽薄な振る舞いが、今のカイルの生き残る術だった。
あなたにおすすめの小説
生まれ変わりは嫌われ者
青ムギ
BL
無数の矢が俺の体に突き刺さる。
「ケイラ…っ!!」
王子(グレン)の悲痛な声に胸が痛む。口から大量の血が噴きその場に倒れ込む。意識が朦朧とする中、王子に最後の別れを告げる。
「グレン……。愛してる。」
「あぁ。俺も愛してるケイラ。」
壊れ物を大切に包み込むような動作のキス。
━━━━━━━━━━━━━━━
あの時のグレン王子はとても優しく、名前を持たなかった俺にかっこいい名前をつけてくれた。いっぱい話しをしてくれた。一緒に寝たりもした。
なのにー、
運命というのは時に残酷なものだ。
俺は王子を……グレンを愛しているのに、貴方は俺を嫌い他の人を見ている。
一途に慕い続けてきたこの気持ちは諦めきれない。
★表紙のイラストは、Picrew様の[見上げる男子]ぐんま様からお借りしました。ありがとうございます!
悪役令息の兄って需要ありますか?
焦げたせんべい
BL
今をときめく悪役による逆転劇、ザマァやらエトセトラ。
その悪役に歳の離れた兄がいても、気が強くなければ豆電球すら光らない。
これは物語の終盤にチラッと出てくる、折衷案を出す兄の話である。
処刑される悪役令息に転生したらなぜか推しの騎士団長がグイグイ近づいてくる
猫に小判
BL
交通事故で死んだはずの会社員・田中悠人は、気がつくとBL小説『恋と陰謀~はじまりは夜に~』の世界に転生していた。
しかも転生先は、原作で処刑される悪役令息エリオット。
当然そんな未来は回避したい。
原作知識を頼りに慎重に立ち回るつもりだったのに、気づけば王宮を揺るがす事件に巻き込まれていき――。
さらに困ったことに、原作で一番の推しだった騎士団長ガイウスがやたらと距離を詰めてきて……?
平穏に生きたい元悪役令息と、過保護な騎士団長がじれじれ距離を縮める話。
ガイウス(騎士団長)×エリオット(元悪役令息)
チートなしの無能令息ですが、5人の攻略対象に逃してもらえません!
村瀬四季
BL
異世界に転移したと思ったら、俺だけまさかのチートなし!?
前途多難ですが自由気ままに生きていこうと思います!
って思ったのに周りの人達が俺を離してくれない!?
※たまに更新が遅れると思います。
※変更する可能性もあります
※blです ざまぁもあると思う…!
※文章力は大目に見てください
【8話完結】強制力に負けて死に戻ったら、幼馴染の様子がおかしいのですが、バグですか?
キノア9g
BL
目が覚めたら、大好きだったRPGの世界に転生していた。
知識チートでなんとか死亡フラグを回避した……はずだったのに、あっさり死んで、気づけば一年前に逆戻り。
今度こそ生き残ってみせる。そう思っていたんだけど——
「お前、ちょっと俺に執着しすぎじゃない……?」
幼馴染が、なんかおかしい。妙に優しいし、距離が近いし、俺の行動にやたら詳しい。
しかも、その笑顔の奥に見える“何か”が、最近ちょっと怖い。
これは、運命を変えようと足掻く俺と、俺だけを見つめ続ける幼馴染の、ちょっと(だいぶ?)危険な異世界BL。
全8話。
死ぬだけの悪役令息に転生したら、待っていたのは攻略対象達からの溺愛でした。
きうい
BL
病でで死んでしまった優は、気が付いたら読んでいた小説の悪役令息として転生していた。
それもどのルートでも十五歳という歳になると、死ぬ運命にある悪役———フィオレン・オーレリウス。
前世で家族に恵まれず、家族愛とは程遠い世界で生きてきた優は、愛されたいという願望を捨て、ひとりで生きることを決意する。
しかし、家族に対して表情と感情を隠し、言葉も発さず、一人で生きて行く術を身につけようと家族から距離をとるフィオレンとは裏腹に、家族や攻略対象達は異常なほどの愛を注ぐ。
フィオレンの知らない所で、小説のシナリオとは正反対の道を辿ることになるも、愛に無頓着で無自覚なフィオレンは溺愛されていき………?
攻略キャラを虐げる悪役モブに転生したようですが…
キサラビ
BL
気づけばスイランと言う神官超絶美人になっていた!?どうやらBLゲームの世界に転生していて攻略キャラにきつくあたっていた…
でも、このゲーム知らない
勇者×ヒーラー
人気アイドルの俺、なぜかメンバー全員に好かれてます
七瀬
BL
デビュー4年目の人気アイドルグループ「ECLIPSE(エクリプス)」に所属する芹沢 美澄(せりざわみすみ)は、昔からどこか抜けていてマイペースな性格。
歌もダンスも決して一番ではないはずなのに、なぜかファンからもメンバーからも目を離されない存在だった。
世話焼きな幼なじみ、明るく距離の近い同い年、しっかり者で面倒見のいい年上、掴みどころのない自由人、そして無言で隣にいるリーダー——。
気づけば、美澄の周りにはいつも誰かがいて、当たり前のように甘やかされていく。