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しーんと静まり返った夜の空気に身をゆだねる。
仕事の時間だ。
カイルは自分の感情も魔力も存在感もすべて遮断し、寮の自室から静かに飛び出した。
音を立てず、影のように廊下を駆け抜け、闇に溶け込むように外へと出る。
街灯の光も届かない裏路地を通り、目的地である貴族の館まで進む間、頭の中は常に冷静だ。感覚を遮断しているため、心臓の鼓動も呼吸も、通常よりゆっくりと感じる。
イヤホンからウィランの声が届いた。
「準備できたら、突入していいよ」
——落ち着いた声に微かな緊張が混じっているのを、カイルは感じ取った。
カイルは頷き、館の門を潜った。
最近、貴族社会で目立つようになった悪事。
その背後に潜むのは、能力者の集団クロセトラである。
世間一般には知られていないが、クロセトラは暗殺、盗み、違法魔道具の取引などを取り仕切る組織で、かつてゲームの中ではカイル自身がそのボスだった。
しかし今は処刑されないため、悪事を働く側ではなく、取り締まる側として戦っている。
館に入ると、足音一つ立てずに書類や魔道具のある部屋へ向かい、目当ての証拠を迅速に回収する。
光の反射や、僅かな温度の変化さえも感じ取り、障害物や警備を避けながら進む。
任務は完璧でなければならない。
館を出るとすぐに寮まで戻り、能力を解除する。
血が一気に戻るような感覚。皮膚の内側から、音と温度と重さが押し寄せてくる。
脱力と共に全身の感覚が戻り、初めて息を大きく吸い込む。
心臓の鼓動が、遅れて自己主張を始めた。
「……っ」
小さく息が漏れる。
イヤホンが再び、微かにノイズを発した。
「カイル。……戻った?」
ウィランの声は、仕事中よりも少しだけ低い。
状況確認じゃない、体調を測る声だと分かる。
「戻った。証拠は全部回収した。書類と魔道具、帳簿も」
普段は誰にも言わないが、この能力を使うと感情の戻りが遅くなる。
喜怒哀楽が鈍くなり、身体は正常でも、心は少しずつしか反応しないのだ。
「……今、体調はどんな感じ?」
ウィランの問いに、カイルは正直に答える。
「身体は正常。」
心は正常ではないが、すぐに戻るはずだ。
「……無理するなって言っても、無理するよね」
「仕事だから」
即答だった。
無線越しに、小さく苦笑する音。
「せめて今日は、もう寝なさい。ゆっくり休むんだよ」
「……了解」
返事は淡々としているのに、
その“休め”という言葉だけが、ゆっくりと胸の奥に沈んでいく。
通信が切れる。
静かな部屋で、カイルは目を閉じた。
まだ感情は曖昧で眠気もない。
それでも——布団の温かさだけは、確かに心地よかった。
世界が完全に戻る前に、そのまま、意識はゆっくりと闇に沈んでいった。
翌朝、学園の廊下は活気にあふれていた。
生徒たちの声が響き渡り、「カイル様ー!」という歓声が飛び交う。
その中で、カイルはいつもの軽薄な笑顔を浮かべ、ピンク色の髪を揺らしながら歩く。
「カワイ子ちゃんたち~、今日も元気だね~!」と語尾を伸ばす調子で声をかけ、周囲の男子生の視線を集める。
夜の任務で見せた冷徹な顔とは裏腹に、この場では仮面をかぶり、軽薄でチャラいキャラクターを演じている。
義理の弟であるイオは、その様子を冷たく見つめた。
カイルはわざと大げさに手を振り、笑顔で応えるが、心の中では昨夜の任務の疲れと、感情を押し殺したままの自分を思い出していた。
学園では誰もその素顔を知らない。
表の軽薄な振る舞いが、今のカイルの生き残る術だった。
仕事の時間だ。
カイルは自分の感情も魔力も存在感もすべて遮断し、寮の自室から静かに飛び出した。
音を立てず、影のように廊下を駆け抜け、闇に溶け込むように外へと出る。
街灯の光も届かない裏路地を通り、目的地である貴族の館まで進む間、頭の中は常に冷静だ。感覚を遮断しているため、心臓の鼓動も呼吸も、通常よりゆっくりと感じる。
イヤホンからウィランの声が届いた。
「準備できたら、突入していいよ」
——落ち着いた声に微かな緊張が混じっているのを、カイルは感じ取った。
カイルは頷き、館の門を潜った。
最近、貴族社会で目立つようになった悪事。
その背後に潜むのは、能力者の集団クロセトラである。
世間一般には知られていないが、クロセトラは暗殺、盗み、違法魔道具の取引などを取り仕切る組織で、かつてゲームの中ではカイル自身がそのボスだった。
しかし今は処刑されないため、悪事を働く側ではなく、取り締まる側として戦っている。
館に入ると、足音一つ立てずに書類や魔道具のある部屋へ向かい、目当ての証拠を迅速に回収する。
光の反射や、僅かな温度の変化さえも感じ取り、障害物や警備を避けながら進む。
任務は完璧でなければならない。
館を出るとすぐに寮まで戻り、能力を解除する。
血が一気に戻るような感覚。皮膚の内側から、音と温度と重さが押し寄せてくる。
脱力と共に全身の感覚が戻り、初めて息を大きく吸い込む。
心臓の鼓動が、遅れて自己主張を始めた。
「……っ」
小さく息が漏れる。
イヤホンが再び、微かにノイズを発した。
「カイル。……戻った?」
ウィランの声は、仕事中よりも少しだけ低い。
状況確認じゃない、体調を測る声だと分かる。
「戻った。証拠は全部回収した。書類と魔道具、帳簿も」
普段は誰にも言わないが、この能力を使うと感情の戻りが遅くなる。
喜怒哀楽が鈍くなり、身体は正常でも、心は少しずつしか反応しないのだ。
「……今、体調はどんな感じ?」
ウィランの問いに、カイルは正直に答える。
「身体は正常。」
心は正常ではないが、すぐに戻るはずだ。
「……無理するなって言っても、無理するよね」
「仕事だから」
即答だった。
無線越しに、小さく苦笑する音。
「せめて今日は、もう寝なさい。ゆっくり休むんだよ」
「……了解」
返事は淡々としているのに、
その“休め”という言葉だけが、ゆっくりと胸の奥に沈んでいく。
通信が切れる。
静かな部屋で、カイルは目を閉じた。
まだ感情は曖昧で眠気もない。
それでも——布団の温かさだけは、確かに心地よかった。
世界が完全に戻る前に、そのまま、意識はゆっくりと闇に沈んでいった。
翌朝、学園の廊下は活気にあふれていた。
生徒たちの声が響き渡り、「カイル様ー!」という歓声が飛び交う。
その中で、カイルはいつもの軽薄な笑顔を浮かべ、ピンク色の髪を揺らしながら歩く。
「カワイ子ちゃんたち~、今日も元気だね~!」と語尾を伸ばす調子で声をかけ、周囲の男子生の視線を集める。
夜の任務で見せた冷徹な顔とは裏腹に、この場では仮面をかぶり、軽薄でチャラいキャラクターを演じている。
義理の弟であるイオは、その様子を冷たく見つめた。
カイルはわざと大げさに手を振り、笑顔で応えるが、心の中では昨夜の任務の疲れと、感情を押し殺したままの自分を思い出していた。
学園では誰もその素顔を知らない。
表の軽薄な振る舞いが、今のカイルの生き残る術だった。
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