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第1部
20 安穏
その日から、俺は朝から会長に管理をしてもらっている、という実感だけで胸の奥がふわふわと浮ついていた。
理由もなく口角が上がってしまうし、足取りまで軽い。学園の石畳を踏みしめる音さえ、いつもより明るく響いて聞こえる気がする。
何故だか、ずっと幸せな心地だ。
会長が管理してくれている。
俺のことを、きちんと見てくれている。
それだけで、世界が少しだけ優しくなったみたいだった。
朝の廊下でたまたまローレンスとすれ違ったとき、ちらりと俺の顔を覗き込んできた。
「……なんだか機嫌がいいですね。何か嬉しいことでもありましたか?」
いつもなら気づかれないような些細な変化なのに、こういうところはやけに鋭い。
「ふふーん、なんもないよ」
そう答えて、わざとらしく幸せそうに笑ってみせる。
するとローレンスは少しだけ目を細めてから、肩をすくめた。
「そうですか。まあ、元気なのは何よりです。君、最近はずっと心ここに在らず、という様子でしたから」
え、そうだろうか。
元気がなかった日は、ないはずだ。
だって俺はずっと“チャラ男の仮面”を被っている。
軽薄な笑みを浮かべて、冗談を言って、どんなにつらいことがあっても表に出さない。
テンションだって、いつも通りのはずだ。
……まあ、分からないけど。
今は、とにかく幸せだった。
---
久しぶりに自分のクラスの扉を開ける。
教室に流れ込む朝の光と、ざわざわとした声。
あまり親しくない顔ぶれに、少しだけ緊張しつつも、俺はいつもの調子で声を張り上げた。
「みんな~、おはよぉー!」
にこにこと笑って手を振ると、すぐに反応が返ってくる。
「カイル様~!今日はクラスに登校されたのですね!」
「珍しいですね!」
「何かあったんですか?」
口々に話しかけられ、軽く相槌を打ちながら会話を回す。
――と、その瞬間だった。
ざわっ、と空気が揺れて、次の瞬間、嘘みたいに静まり返る。
え、俺なにかした?
不安になって周りを見回すと、全員の視線が俺ではなく、俺の後ろに集まっていることに気づいた。
恐る恐る振り返る。
そこに立っていたのは、会長だった。
比喩でもなんでもなく、正真正銘きらきらとした王子様の容姿に、背筋の伸びた立ち姿。
俺以上にこのクラスではレアキャラで、滅多に人前に姿を現さない存在。
だからこそ、教室中が凍りついたみたいに静かになっていた。
その中で、空気を読まない俺だけが、ぱっと表情を明るくして声をかける。
「あれ? かいちょーもいるんだ! おはよぉー!
でも、なんでいるの~?」
すると会長は、少しだけ眉を寄せて、低い声で言った。
「おい。さっき、何話してたんだ」
質問に質問で返されて、思わずむっとする。
「ただみんなに朝の挨拶してただけだよ~」
そう言うと、会長は短く「ふーん」とだけ返し、そのまま俺の真後ろの席に腰を下ろした。
椅子が引かれる音が、やけに近い。だけど、今はその距離が、気にかけてくれているという事実を実感させ、心がじんわりと温かくなった。
---
朝のホームルームが終わり、続いて一時間目は魔法の授業。
教師が教卓に立ち、黒板に向かって告げる。
「今日は、魔物討伐演習について説明する」
教室が一気にざわついた。
魔物討伐大会。
ペアになって二泊三日、森に入り、魔物と戦う実習だ。討伐した魔物の強さや数に応じてポイントが与えられる。
ペアは同学年からランダムで選ばれ、その二人で討伐も野営も行う。
貴族として一人前になるため、あらゆる経験を積ませようとする学園側の意図が込められた行事だ。
討伐自体は授業や嗜みで経験がある者も多いが、野営となると話は別で、教科書でしか知らない生徒にとっては、生きた学びの場になる。
今日はそのペア決めと説明のための授業。
なるほど、だから会長も来ていたのか、と納得する。
「今からペアを発表する。ま、ペア同士仲良くやれよー」
軽い口調でそう言って、黒板に紙が貼り出された。
俺は前に出て、名前を追いながらぼんやり考える。
学年の大半とは、そこまで深い付き合いがない。できれば親交のある生徒会メンバーがいいなぁと考えていた。
「あ、会長はイオと一緒だー」
知り合いの名前を見つけて、少し安心した、その次の瞬間。
――なら、俺は?
不安が胸を締め付ける。
会長と義弟のイオが一緒なら、俺のペアは生徒会メンバーではないということだ。
そして、紙を上から辿っていくと、目に飛び込んできた名前。
カイル ― リアム
冷や汗が、一気に噴き出した。
なんで、よりによって、リアムなんだ。
この間出会ったとき、俺はあいつを無視して突き飛ばし、冷たい言葉を残して部屋を去ってしまった。
それ以来、顔を合わせていない。
絶対に恨まれている。俺は悪いことをしたとは微塵も思っていないが、生意気なあいつはどう受け取るか分からない。
遠征中、周りに誰もいない森の中で、2人っきりのときに、復讐とか、いじめとか……考えれば考えるほど、胃がきりきりする。
そんな俺の不安をよそに、隣に立っていた会長が舌打ちする。
「……ちっ。なんであいつなんだよ」
その声がやけに低くて、怖い。
会長のペアはイオだが、イオは誰に対しても物腰が柔らかく、人から好かれるため、その反応に疑問を持つ。
「えっ? イオが嫌なの? 俺の義弟はめっちゃいい子なのに」
慌ててそう言うと、会長は目を逸らしながら答えた。
「別にあいつが嫌なわけじゃない。想定してたやつと違うから、イラついてるだけだ」
よく分からないけど、なりたかった相手がいたんだろうな、と思う。だが、1学年の中で、なりたい相手とペアになるのは至難の業だろう。
「そっかぁ。一緒になれなくて残念だったね~」
軽くそう言った途端、会長がじっと、恨みがましい目でこちらを見つめてきた。
……なに、その目。俺がおかしいのか?
「で。お前は誰となんだ?」
「リアムって子だよ。いい子だといいんだけど」
そう答えると、会長は一瞬だけ黙り込み、それから短く言った。
「そうか。覚えておく」
その言葉で、今さらながら思い出す。
――俺、管理されてるんだった。
やりたい放題の振る舞いをするリアムと、他人に触れられるのを嫌がる会長が鉢合わせたら、絶対まずい。それに、管理している俺が、リアムと勝手な事をしていたら。
雷が落ちる予感しかしない。
胸の奥がひやりとして、俺は心の中で固く誓った。
当日は、できるだけ会長と距離を取ろう。
……平和に、生き延びるために。
理由もなく口角が上がってしまうし、足取りまで軽い。学園の石畳を踏みしめる音さえ、いつもより明るく響いて聞こえる気がする。
何故だか、ずっと幸せな心地だ。
会長が管理してくれている。
俺のことを、きちんと見てくれている。
それだけで、世界が少しだけ優しくなったみたいだった。
朝の廊下でたまたまローレンスとすれ違ったとき、ちらりと俺の顔を覗き込んできた。
「……なんだか機嫌がいいですね。何か嬉しいことでもありましたか?」
いつもなら気づかれないような些細な変化なのに、こういうところはやけに鋭い。
「ふふーん、なんもないよ」
そう答えて、わざとらしく幸せそうに笑ってみせる。
するとローレンスは少しだけ目を細めてから、肩をすくめた。
「そうですか。まあ、元気なのは何よりです。君、最近はずっと心ここに在らず、という様子でしたから」
え、そうだろうか。
元気がなかった日は、ないはずだ。
だって俺はずっと“チャラ男の仮面”を被っている。
軽薄な笑みを浮かべて、冗談を言って、どんなにつらいことがあっても表に出さない。
テンションだって、いつも通りのはずだ。
……まあ、分からないけど。
今は、とにかく幸せだった。
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久しぶりに自分のクラスの扉を開ける。
教室に流れ込む朝の光と、ざわざわとした声。
あまり親しくない顔ぶれに、少しだけ緊張しつつも、俺はいつもの調子で声を張り上げた。
「みんな~、おはよぉー!」
にこにこと笑って手を振ると、すぐに反応が返ってくる。
「カイル様~!今日はクラスに登校されたのですね!」
「珍しいですね!」
「何かあったんですか?」
口々に話しかけられ、軽く相槌を打ちながら会話を回す。
――と、その瞬間だった。
ざわっ、と空気が揺れて、次の瞬間、嘘みたいに静まり返る。
え、俺なにかした?
不安になって周りを見回すと、全員の視線が俺ではなく、俺の後ろに集まっていることに気づいた。
恐る恐る振り返る。
そこに立っていたのは、会長だった。
比喩でもなんでもなく、正真正銘きらきらとした王子様の容姿に、背筋の伸びた立ち姿。
俺以上にこのクラスではレアキャラで、滅多に人前に姿を現さない存在。
だからこそ、教室中が凍りついたみたいに静かになっていた。
その中で、空気を読まない俺だけが、ぱっと表情を明るくして声をかける。
「あれ? かいちょーもいるんだ! おはよぉー!
でも、なんでいるの~?」
すると会長は、少しだけ眉を寄せて、低い声で言った。
「おい。さっき、何話してたんだ」
質問に質問で返されて、思わずむっとする。
「ただみんなに朝の挨拶してただけだよ~」
そう言うと、会長は短く「ふーん」とだけ返し、そのまま俺の真後ろの席に腰を下ろした。
椅子が引かれる音が、やけに近い。だけど、今はその距離が、気にかけてくれているという事実を実感させ、心がじんわりと温かくなった。
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朝のホームルームが終わり、続いて一時間目は魔法の授業。
教師が教卓に立ち、黒板に向かって告げる。
「今日は、魔物討伐演習について説明する」
教室が一気にざわついた。
魔物討伐大会。
ペアになって二泊三日、森に入り、魔物と戦う実習だ。討伐した魔物の強さや数に応じてポイントが与えられる。
ペアは同学年からランダムで選ばれ、その二人で討伐も野営も行う。
貴族として一人前になるため、あらゆる経験を積ませようとする学園側の意図が込められた行事だ。
討伐自体は授業や嗜みで経験がある者も多いが、野営となると話は別で、教科書でしか知らない生徒にとっては、生きた学びの場になる。
今日はそのペア決めと説明のための授業。
なるほど、だから会長も来ていたのか、と納得する。
「今からペアを発表する。ま、ペア同士仲良くやれよー」
軽い口調でそう言って、黒板に紙が貼り出された。
俺は前に出て、名前を追いながらぼんやり考える。
学年の大半とは、そこまで深い付き合いがない。できれば親交のある生徒会メンバーがいいなぁと考えていた。
「あ、会長はイオと一緒だー」
知り合いの名前を見つけて、少し安心した、その次の瞬間。
――なら、俺は?
不安が胸を締め付ける。
会長と義弟のイオが一緒なら、俺のペアは生徒会メンバーではないということだ。
そして、紙を上から辿っていくと、目に飛び込んできた名前。
カイル ― リアム
冷や汗が、一気に噴き出した。
なんで、よりによって、リアムなんだ。
この間出会ったとき、俺はあいつを無視して突き飛ばし、冷たい言葉を残して部屋を去ってしまった。
それ以来、顔を合わせていない。
絶対に恨まれている。俺は悪いことをしたとは微塵も思っていないが、生意気なあいつはどう受け取るか分からない。
遠征中、周りに誰もいない森の中で、2人っきりのときに、復讐とか、いじめとか……考えれば考えるほど、胃がきりきりする。
そんな俺の不安をよそに、隣に立っていた会長が舌打ちする。
「……ちっ。なんであいつなんだよ」
その声がやけに低くて、怖い。
会長のペアはイオだが、イオは誰に対しても物腰が柔らかく、人から好かれるため、その反応に疑問を持つ。
「えっ? イオが嫌なの? 俺の義弟はめっちゃいい子なのに」
慌ててそう言うと、会長は目を逸らしながら答えた。
「別にあいつが嫌なわけじゃない。想定してたやつと違うから、イラついてるだけだ」
よく分からないけど、なりたかった相手がいたんだろうな、と思う。だが、1学年の中で、なりたい相手とペアになるのは至難の業だろう。
「そっかぁ。一緒になれなくて残念だったね~」
軽くそう言った途端、会長がじっと、恨みがましい目でこちらを見つめてきた。
……なに、その目。俺がおかしいのか?
「で。お前は誰となんだ?」
「リアムって子だよ。いい子だといいんだけど」
そう答えると、会長は一瞬だけ黙り込み、それから短く言った。
「そうか。覚えておく」
その言葉で、今さらながら思い出す。
――俺、管理されてるんだった。
やりたい放題の振る舞いをするリアムと、他人に触れられるのを嫌がる会長が鉢合わせたら、絶対まずい。それに、管理している俺が、リアムと勝手な事をしていたら。
雷が落ちる予感しかしない。
胸の奥がひやりとして、俺は心の中で固く誓った。
当日は、できるだけ会長と距離を取ろう。
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