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第1部
21 魔物討伐演習
ついに来てしまった。魔物討伐演習の日が。
朝から胸の奥がざわついて落ち着かない。空はやけに澄んでいて、雲ひとつないのに、俺の気分だけが重たく沈んでいた。
本当は、どうしても行きたくなかった。
けれど、この演習は卒業要件に含まれていて、欠席は許されない。逃げ場はなく、俺はただ流されるように参加している。
だからせめて、始まる直前まで――
会長と、イオと、一緒にいた。
「いいなぁ……二人はペアで」
そう言って、隣に立つイオの袖を、きゅっと引く。子どもみたいな仕草だと自分でも思うけど、今はそれくらい許してほしかった。
するとイオは少し驚いたように俺を見てから、何も言わずに手を伸ばし、ぎゅっと俺の手を握ってくれる。
「どうしたんですか?兄上がそんなに弱気だなんて、珍しいですね」
柔らかい声。心配を隠しきれていない瞳。
この間、泣かせてしまってからだ。
イオは前よりもずっと過保護になった。少し目を離すだけで不安そうな顔をするし、触れる距離も近くなった。
(少し距離を置くって決めたけど……今だけは、甘えさせてほしい)
だって俺は、これからリアムと――
二泊三日、ペアで過ごさなければならないのだから。
「うあー……」
情けない声を出しながら、イオの腕に身体を寄せる。額を肩に押しつけると、彼の体温がじんわり伝わってきて、少しだけ呼吸が楽になった。
――その瞬間。
「おい」
後ろから、べりっと引き剥がされる。
「えっ」
気づいたときには、しっかりとした腕に抱え込まれていた。胸板が広くて、力が強い。馴染んだ匂い。
レイン会長だ。
俺を守るように、囲い込むみたいに抱きしめたまま、顔を寄せてくる。そして、耳元で低く囁いた。
「何かあったら、すぐ俺に連絡しろ」
その声色は冷たいのに、なぜか優しく感じて。
胸の奥が、きゅっと熱くなる。
「……うん」
素直に頷くと、会長は満足そうに腕の力を少し緩めた。
その背後で、
「会長。兄上に必要以上に近づかないでください」
イオの冷えた声が聞こえる。
小さく火花が散るのを感じながら、俺はただ、今だけは――この腕の中のぬくもりを、手放したくなかった。
---
やがて教師の合図で、全員が整列する。
「本日の魔物討伐演習について説明する」
淡々とした声が森に響く。
指定された範囲から出ないこと。支給されたバッグの中身は必要な時に適宜使うこと。討伐した魔物の一部――角や魔核など――は成果品としてバッグに入れ、持ち帰ること。
聞き慣れた説明なのに、やけに長く感じた。
「それでは、ペアごとにスタート地点へ」
その言葉と同時に、胸が嫌な音を立てて沈む。
――リアム。
久しぶりに向き合った彼は、相変わらず目元を覆う仮面をつけていた。仮面の下から覗く瞳は、異様なほどきらきらしている。
けれど、どこか――その輝きの下に、疲れ切った影が滲んでいる。頬は少しこけ、唇の色も薄い。
(……あまり寝てないのか?)
正直に言えば、俺はリアムとの出来事を、あまり覚えていない。記憶から抜け落ちたように曖昧で、何があったのかはっきりしなかった。
ただ一つ覚えているのは――
ゲームの中のリアムより生意気で、俺に対しても遠慮がなくて、俺を弄んで楽しんでいた、ということだけ。
そう考えていた瞬間だった。
「……っ」
いきなり、ぎゅっと抱きつかれる。
「リアム!?」
驚いて声を上げると、彼は俺の服を掴んだまま離れない。額を肩に押しつけ、小さく震えている。
そして、ほとんど聞き取れないくらいの小声で、
「ごめん……ずっと、謝りたかった」
掠れた声。
「嫌な思いさせたこと。もう二度と、嫌なことしないから……」
息を吸う音が、やけに苦しそうだ。
「許して。ずっと……もう会えないんじゃないかって思って……つらくて……」
その声色は、嘘には聞こえなかった。
胸の奥を、じわじわ締めつけてくる。
「……わかった」
俺に何か悪いことして、能力を使って逃げ出したのは覚えている。ただ、今は生意気な性格は鳴りを潜め、かわいそうな程震えて、反省しているように見えた。
だから、俺は小さく、でもはっきり言った。
「許す。だから、離れて」
一瞬の沈黙。
それから、リアムは顔を上げた。
仮面の下で、にこっと笑う。
「そっか」
まるで、子どもみたいな笑顔。
「じゃあさ、一緒に手、繋いで行こう」
拒否する間もなく、手を取られる。指と指が絡められ、逃げ場がない。
(……本当に反省してるのか?)
疑念が頭をよぎる。
けれど、さっき見た憔悴しきった表情が、どうしても脳裏から離れなくて。
「……少しだけね」
そう言うのが精一杯だった。
---
森の中は、湿った土の匂いと、葉擦れの音に満ちている。
道中、リアムは軽やかに剣を振るった。
スパッ、スパッ、と乾いた音。
現れるのは、うさぎに似た小型魔物ばかりだ。討伐難易度は低いが、それでも一撃で仕留める様子から、彼の剣と魔力の強さがはっきりわかる。
「すごいな……」
「当たり前でしょ。カイルを守るために準備してきたんだから」
さらっと言うが、冗談ではなく、本気で言っているように聞こえてくる。
俺も負けじと一緒に戦い、次第に息が上がってきた。
「……少し、休もう」
そう提案すると、リアムは即座に頷いた。
「うん。無理しないで」
開けた場所に並んで座る。
木漏れ日が肩に落ち、風が汗を冷やした。
額から、汗が一筋垂れる。
拭おうと手を上げた、その瞬間――
「っ!?」
隣から、首元をぺろ、と舐められる。
「なっ……何すんだよ!」
思わず怒鳴ると、リアムは平然とした顔で俺を見る。
「だって」
舌を引っ込めて、微笑む。
「カイルから出た水分でしょ?もったいないから、僕がもらわなきゃ」
ぞくり、と背筋が冷えた。
その視線は、冗談のようでいて――
まるで、獲物を見る目だった。
「……冗談だよね?」
そう聞いても、リアムは首を傾げるだけ。
「冗談?どうして?」
逃げ場のない森の中。
指と指を絡められた手は、いつの間にか力を増していて、振りほどこうとすればするほど絡め取られていく。
冗談だと笑い飛ばしていいはずなのに、胸の奥がひりついて、うまく息ができない。
風に揺れる木々のざわめきが、やけに大きく聞こえた。
朝から胸の奥がざわついて落ち着かない。空はやけに澄んでいて、雲ひとつないのに、俺の気分だけが重たく沈んでいた。
本当は、どうしても行きたくなかった。
けれど、この演習は卒業要件に含まれていて、欠席は許されない。逃げ場はなく、俺はただ流されるように参加している。
だからせめて、始まる直前まで――
会長と、イオと、一緒にいた。
「いいなぁ……二人はペアで」
そう言って、隣に立つイオの袖を、きゅっと引く。子どもみたいな仕草だと自分でも思うけど、今はそれくらい許してほしかった。
するとイオは少し驚いたように俺を見てから、何も言わずに手を伸ばし、ぎゅっと俺の手を握ってくれる。
「どうしたんですか?兄上がそんなに弱気だなんて、珍しいですね」
柔らかい声。心配を隠しきれていない瞳。
この間、泣かせてしまってからだ。
イオは前よりもずっと過保護になった。少し目を離すだけで不安そうな顔をするし、触れる距離も近くなった。
(少し距離を置くって決めたけど……今だけは、甘えさせてほしい)
だって俺は、これからリアムと――
二泊三日、ペアで過ごさなければならないのだから。
「うあー……」
情けない声を出しながら、イオの腕に身体を寄せる。額を肩に押しつけると、彼の体温がじんわり伝わってきて、少しだけ呼吸が楽になった。
――その瞬間。
「おい」
後ろから、べりっと引き剥がされる。
「えっ」
気づいたときには、しっかりとした腕に抱え込まれていた。胸板が広くて、力が強い。馴染んだ匂い。
レイン会長だ。
俺を守るように、囲い込むみたいに抱きしめたまま、顔を寄せてくる。そして、耳元で低く囁いた。
「何かあったら、すぐ俺に連絡しろ」
その声色は冷たいのに、なぜか優しく感じて。
胸の奥が、きゅっと熱くなる。
「……うん」
素直に頷くと、会長は満足そうに腕の力を少し緩めた。
その背後で、
「会長。兄上に必要以上に近づかないでください」
イオの冷えた声が聞こえる。
小さく火花が散るのを感じながら、俺はただ、今だけは――この腕の中のぬくもりを、手放したくなかった。
---
やがて教師の合図で、全員が整列する。
「本日の魔物討伐演習について説明する」
淡々とした声が森に響く。
指定された範囲から出ないこと。支給されたバッグの中身は必要な時に適宜使うこと。討伐した魔物の一部――角や魔核など――は成果品としてバッグに入れ、持ち帰ること。
聞き慣れた説明なのに、やけに長く感じた。
「それでは、ペアごとにスタート地点へ」
その言葉と同時に、胸が嫌な音を立てて沈む。
――リアム。
久しぶりに向き合った彼は、相変わらず目元を覆う仮面をつけていた。仮面の下から覗く瞳は、異様なほどきらきらしている。
けれど、どこか――その輝きの下に、疲れ切った影が滲んでいる。頬は少しこけ、唇の色も薄い。
(……あまり寝てないのか?)
正直に言えば、俺はリアムとの出来事を、あまり覚えていない。記憶から抜け落ちたように曖昧で、何があったのかはっきりしなかった。
ただ一つ覚えているのは――
ゲームの中のリアムより生意気で、俺に対しても遠慮がなくて、俺を弄んで楽しんでいた、ということだけ。
そう考えていた瞬間だった。
「……っ」
いきなり、ぎゅっと抱きつかれる。
「リアム!?」
驚いて声を上げると、彼は俺の服を掴んだまま離れない。額を肩に押しつけ、小さく震えている。
そして、ほとんど聞き取れないくらいの小声で、
「ごめん……ずっと、謝りたかった」
掠れた声。
「嫌な思いさせたこと。もう二度と、嫌なことしないから……」
息を吸う音が、やけに苦しそうだ。
「許して。ずっと……もう会えないんじゃないかって思って……つらくて……」
その声色は、嘘には聞こえなかった。
胸の奥を、じわじわ締めつけてくる。
「……わかった」
俺に何か悪いことして、能力を使って逃げ出したのは覚えている。ただ、今は生意気な性格は鳴りを潜め、かわいそうな程震えて、反省しているように見えた。
だから、俺は小さく、でもはっきり言った。
「許す。だから、離れて」
一瞬の沈黙。
それから、リアムは顔を上げた。
仮面の下で、にこっと笑う。
「そっか」
まるで、子どもみたいな笑顔。
「じゃあさ、一緒に手、繋いで行こう」
拒否する間もなく、手を取られる。指と指が絡められ、逃げ場がない。
(……本当に反省してるのか?)
疑念が頭をよぎる。
けれど、さっき見た憔悴しきった表情が、どうしても脳裏から離れなくて。
「……少しだけね」
そう言うのが精一杯だった。
---
森の中は、湿った土の匂いと、葉擦れの音に満ちている。
道中、リアムは軽やかに剣を振るった。
スパッ、スパッ、と乾いた音。
現れるのは、うさぎに似た小型魔物ばかりだ。討伐難易度は低いが、それでも一撃で仕留める様子から、彼の剣と魔力の強さがはっきりわかる。
「すごいな……」
「当たり前でしょ。カイルを守るために準備してきたんだから」
さらっと言うが、冗談ではなく、本気で言っているように聞こえてくる。
俺も負けじと一緒に戦い、次第に息が上がってきた。
「……少し、休もう」
そう提案すると、リアムは即座に頷いた。
「うん。無理しないで」
開けた場所に並んで座る。
木漏れ日が肩に落ち、風が汗を冷やした。
額から、汗が一筋垂れる。
拭おうと手を上げた、その瞬間――
「っ!?」
隣から、首元をぺろ、と舐められる。
「なっ……何すんだよ!」
思わず怒鳴ると、リアムは平然とした顔で俺を見る。
「だって」
舌を引っ込めて、微笑む。
「カイルから出た水分でしょ?もったいないから、僕がもらわなきゃ」
ぞくり、と背筋が冷えた。
その視線は、冗談のようでいて――
まるで、獲物を見る目だった。
「……冗談だよね?」
そう聞いても、リアムは首を傾げるだけ。
「冗談?どうして?」
逃げ場のない森の中。
指と指を絡められた手は、いつの間にか力を増していて、振りほどこうとすればするほど絡め取られていく。
冗談だと笑い飛ばしていいはずなのに、胸の奥がひりついて、うまく息ができない。
風に揺れる木々のざわめきが、やけに大きく聞こえた。
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