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第1部
25 修羅場
薄闇が森を満たしていた。
さっきまでの喧騒が嘘のように静まり返り、焦げた土の匂いと、魔物の残滓が霧のように漂っている。風が木々を揺らし、そのざわめきが胸の奥まで入り込んでくる。
そのままウィランの腕の中で、ゆらゆらと揺られていた。
広い胸板。規則正しい鼓動。服越しでも分かる体温。
「……カイル」
低く落ち着いた声が、頭上から降る。
顔を上げると、至近距離で整った顔があった。赤色の髪が夕暮れの光を受けて揺れている。思わず息を呑む。
「ところで、この人たちのことはいいの?」
はっとして、周囲を見る。
リアム、レイン会長、会長とペアのイオ。全員が微妙な表情でこちらを見ていた。
(……あ。)
魔龍から落っこちて、そのままウィランに抱っこされたままだった。
一気に顔に血が上る。
「ち、違うから! これは、その……」
慌ててウィランの腕から降りると、足元が少しふらついた。すぐに危ないよ、とウィランの手が腰を支える。
「だ、大丈夫だよ~」
ウィランの手を掴んで取り外すと、なぜか空気がぴりっと張り詰めた。
リアムが無言で一歩近づく。
「カイル。怪我はなかった?」
「ないよ。みんな、助けてくれてありがと~」
誤魔化すように笑う。
今回の演習は想定外だった。通常では考えられない、明らかに危険な魔物。あれが一体だけとは限らない。
レイン会長が冷静に告げる。
「今日はここで待機だ。学校に連絡を入れる。無闇に動くな」
誰も異論はなかった。
安全な開けた場所に結界を張り、テントを設営する。焚き火の橙色の光が夜の森を押し返していた。
その間、会長がウィランを問い詰めているのが聞こえた。
「なぜ二年のお前が一年の演習地にいる」
「何処かの誰かさんのせいで、カイルが危ない目にあったから、かな」
詳しいことはぼかし、それ以上は語らず、口元だけ微笑んでいる。
そんな態度に、珍しくレイン会長が悔しそうに唇を噛んでいた。
(……やっぱり怒られるかな、能力勝手に使ったし)
ウィランとレイン会長に怒られる前に、この場から撤退しなければいけない。時間が経てば忘れるだろうし。
そう思って、視線をイオに向けた。
自分の保身のために、身内を犠牲にすることにした。
「ねぇ、イオ。怖いから、今日は一緒に寝よ?」
軽い口調でお願いした途端、空気が凍った。
リアムが目を見開き、会長の視線が鋭くなる。ウィランは額を押さえた。その反応を疑問に思う。
「なに?なんか変なこと言った~?」
「兄上、その言葉、他の人には絶対に言わないでくださいね」
イオが真顔で肩をつかみながら、諭すように静かな口調で言ってきた。
「え、なんで?」
本当に意味が分からず首を傾げていると、リアムがすぐに割って入ってきた。
「僕ももちろん、一緒だよね?」
「リアムはだめ。昨日、寝る時くっついてきたから」
そう言った瞬間、二方向から殺気が飛んできた。
「……詳しく聞かせてもらおうか」
会長とウィランの声が重なる。
(なんか、やばい気がする)
ここに居たら巻き込まれる。
すかさずイオの手を掴み、テントへ滑り込んだ。
布越しに焚き火の光が揺れている。外の気配が遠くなる。
二人きり。
イオが無言でこちらを見る。その瞳は夜の色をしていた。
「……いつも迷惑かけてばかりで、ごめんね」
ぽつりと呟く。
前から義弟という存在に甘えてばかりで、心配させてしまっていた。
だから、今日で改心することを告げると決めた。
「心配しなくていいよ。もう今日で、弟離れするから」
沈黙。空気が冷えた。
イオの目が、すっと細まる。
「どうしてそんなこと言うんですか」
声音が低い。
「もしかして、僕のこと、嫌いになったんですか?」
「違うよ。でもさ、甘えてばかりじゃダメだと思って。俺より何でもできる義弟には、兄なんかいなくても大丈夫だよね?」
そう言った瞬間、空気が変わった。
「……どうして」
唇が震える。
「どうして僕のこと、全然わかってくれないんだ」
一歩、距離を詰められる。
狭いテントの中では、逃げ場がない。
「イオ?」
「兄上は、僕を何だと思ってるんですか」
指が顎に触れる。
ひやりと冷たいのに、力は強い。
「守られる側? それともかわいい弟ですか?」
黒い瞳が、ゆっくりと底なしの闇へ沈んでいった。
光を失い、ただ深く、覗き込めば引きずり込まれそうな色に変わる。
「僕はあなたがいないと、生きてる意味がない」
低く、執着が滲む声に息が止まる。
「兄上が他の人に抱き上げられてるの、見てました」
ぞくりと背筋が震える。
「笑ってるのも、名前を呼ばれてるのも、全部」
指が首筋をなぞる。
「僕以外に触れられるの、嫌なんです」
吐息がかかるほど近い。
「だから、弟離れなんて許しません」
肩を押され、寝具の上に倒れ込む。
上から覆い被さる影。
黒い瞳が、こらえきれない感情で滲み、じわりと赤く染まっていく。
「そうだ、兄上には、僕しか見えないようにすればいい」
くすりと笑う。
その笑みは甘くて、狂気じみていて。
「……イオ、近いよ」
「もっと近くてもいいでしょう?」
唇が頬に触れる。
一瞬の、柔らかな感触。
「怖いって言ってましたよね。一緒に寝るんでしょう?」
囁きが耳を撫でる。
「ちゃんと、くっついて」
腕が背中に回る。逃がさないように、力強く。
鼓動が重なる。
「兄上が離れようとするなら、僕は何だってしますよ」
首元に顔を埋め、かすかに歯が触れた。
「だって、僕だけの、兄上なんだから」
テントの外では、風がざわめく。
中では、身動きが取れず、絡まった体温がゆっくりと溶け合っていった。
さっきまでの喧騒が嘘のように静まり返り、焦げた土の匂いと、魔物の残滓が霧のように漂っている。風が木々を揺らし、そのざわめきが胸の奥まで入り込んでくる。
そのままウィランの腕の中で、ゆらゆらと揺られていた。
広い胸板。規則正しい鼓動。服越しでも分かる体温。
「……カイル」
低く落ち着いた声が、頭上から降る。
顔を上げると、至近距離で整った顔があった。赤色の髪が夕暮れの光を受けて揺れている。思わず息を呑む。
「ところで、この人たちのことはいいの?」
はっとして、周囲を見る。
リアム、レイン会長、会長とペアのイオ。全員が微妙な表情でこちらを見ていた。
(……あ。)
魔龍から落っこちて、そのままウィランに抱っこされたままだった。
一気に顔に血が上る。
「ち、違うから! これは、その……」
慌ててウィランの腕から降りると、足元が少しふらついた。すぐに危ないよ、とウィランの手が腰を支える。
「だ、大丈夫だよ~」
ウィランの手を掴んで取り外すと、なぜか空気がぴりっと張り詰めた。
リアムが無言で一歩近づく。
「カイル。怪我はなかった?」
「ないよ。みんな、助けてくれてありがと~」
誤魔化すように笑う。
今回の演習は想定外だった。通常では考えられない、明らかに危険な魔物。あれが一体だけとは限らない。
レイン会長が冷静に告げる。
「今日はここで待機だ。学校に連絡を入れる。無闇に動くな」
誰も異論はなかった。
安全な開けた場所に結界を張り、テントを設営する。焚き火の橙色の光が夜の森を押し返していた。
その間、会長がウィランを問い詰めているのが聞こえた。
「なぜ二年のお前が一年の演習地にいる」
「何処かの誰かさんのせいで、カイルが危ない目にあったから、かな」
詳しいことはぼかし、それ以上は語らず、口元だけ微笑んでいる。
そんな態度に、珍しくレイン会長が悔しそうに唇を噛んでいた。
(……やっぱり怒られるかな、能力勝手に使ったし)
ウィランとレイン会長に怒られる前に、この場から撤退しなければいけない。時間が経てば忘れるだろうし。
そう思って、視線をイオに向けた。
自分の保身のために、身内を犠牲にすることにした。
「ねぇ、イオ。怖いから、今日は一緒に寝よ?」
軽い口調でお願いした途端、空気が凍った。
リアムが目を見開き、会長の視線が鋭くなる。ウィランは額を押さえた。その反応を疑問に思う。
「なに?なんか変なこと言った~?」
「兄上、その言葉、他の人には絶対に言わないでくださいね」
イオが真顔で肩をつかみながら、諭すように静かな口調で言ってきた。
「え、なんで?」
本当に意味が分からず首を傾げていると、リアムがすぐに割って入ってきた。
「僕ももちろん、一緒だよね?」
「リアムはだめ。昨日、寝る時くっついてきたから」
そう言った瞬間、二方向から殺気が飛んできた。
「……詳しく聞かせてもらおうか」
会長とウィランの声が重なる。
(なんか、やばい気がする)
ここに居たら巻き込まれる。
すかさずイオの手を掴み、テントへ滑り込んだ。
布越しに焚き火の光が揺れている。外の気配が遠くなる。
二人きり。
イオが無言でこちらを見る。その瞳は夜の色をしていた。
「……いつも迷惑かけてばかりで、ごめんね」
ぽつりと呟く。
前から義弟という存在に甘えてばかりで、心配させてしまっていた。
だから、今日で改心することを告げると決めた。
「心配しなくていいよ。もう今日で、弟離れするから」
沈黙。空気が冷えた。
イオの目が、すっと細まる。
「どうしてそんなこと言うんですか」
声音が低い。
「もしかして、僕のこと、嫌いになったんですか?」
「違うよ。でもさ、甘えてばかりじゃダメだと思って。俺より何でもできる義弟には、兄なんかいなくても大丈夫だよね?」
そう言った瞬間、空気が変わった。
「……どうして」
唇が震える。
「どうして僕のこと、全然わかってくれないんだ」
一歩、距離を詰められる。
狭いテントの中では、逃げ場がない。
「イオ?」
「兄上は、僕を何だと思ってるんですか」
指が顎に触れる。
ひやりと冷たいのに、力は強い。
「守られる側? それともかわいい弟ですか?」
黒い瞳が、ゆっくりと底なしの闇へ沈んでいった。
光を失い、ただ深く、覗き込めば引きずり込まれそうな色に変わる。
「僕はあなたがいないと、生きてる意味がない」
低く、執着が滲む声に息が止まる。
「兄上が他の人に抱き上げられてるの、見てました」
ぞくりと背筋が震える。
「笑ってるのも、名前を呼ばれてるのも、全部」
指が首筋をなぞる。
「僕以外に触れられるの、嫌なんです」
吐息がかかるほど近い。
「だから、弟離れなんて許しません」
肩を押され、寝具の上に倒れ込む。
上から覆い被さる影。
黒い瞳が、こらえきれない感情で滲み、じわりと赤く染まっていく。
「そうだ、兄上には、僕しか見えないようにすればいい」
くすりと笑う。
その笑みは甘くて、狂気じみていて。
「……イオ、近いよ」
「もっと近くてもいいでしょう?」
唇が頬に触れる。
一瞬の、柔らかな感触。
「怖いって言ってましたよね。一緒に寝るんでしょう?」
囁きが耳を撫でる。
「ちゃんと、くっついて」
腕が背中に回る。逃がさないように、力強く。
鼓動が重なる。
「兄上が離れようとするなら、僕は何だってしますよ」
首元に顔を埋め、かすかに歯が触れた。
「だって、僕だけの、兄上なんだから」
テントの外では、風がざわめく。
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