28 / 37
第1部
27 放課後
窓の外は夕焼けで、校舎の影が長く伸びてる。教室のざわめきもだんだん遠くなっていく。
放課後の鐘が鳴り終わる頃、俺はとある場所へと向かっていた。
そう、今日は珍しく、レイン会長に呼び出されている。
――放課後、商業区入口。遅れるな。
それだけの短いメッセージ。
レイン会長は生徒会長で、王子様。誰よりも人の上に立つのが似合っていて、誰よりも孤高。
だが、他人を信用してないのか、近づけさせないのか……寄ってくる連中は山ほどいるけど、会長が自分から誰かを誘うなんて、まずない。
だから、何か粗相をしてしまったのではないかと、ずっと落ち着かない気持ちだった。
待ち合わせ場所に行くと、もうそこに立っていた。夕陽を背負って立ってる姿は、絵みたいに綺麗だった。
「遅い」
低く澄んだ声。
「え~?ちゃんと時間通りに来たよ!もしかして、ずっと待っててくれてたの~?」
「……いいから着いてこい」
「はいは~い!」
さっさと歩き出す背中を、慌てて追いかける。
学園の敷地内にある商業区は、放課後の生徒たちで賑わっていた。甘い香りの漂うカフェ、制服姿のまま笑い合う学生たち。
けれど会長はそこに一切目もくれず、商業区の中でも一際格式高そうなレストランへ入っていく。
案内されたのは個室だった。
厚いカーテンで外界と切り離された、落ち着いた空間。
ドアが閉まると同時に、緊張がじわりと胸に広がる。
「で?今日はなんの用事で呼んだの~?」
いつもの軽い調子で言った瞬間、会長の目が細くなる。
「……わざわざ個室にしたんだ。その口調はやめろ」
静かだが、有無を言わせぬ圧。
「……分かった。それで、用件は?」
俺の声は、思っていたより低かった。
すると、会長は小さく息を吐き、タブレットを操作して、こちらに画面を向けた。
「お前が報告した貴族連中についてだ」
心臓が一瞬止まる。
並んでるのは、俺が怪しいと報告した貴族の名前。
数週間前、能力がバレて会長の管理下に置かれたとき。
――俺が全部、片付けてやる。
この言葉で、会長を頼ることに決めた。
ただ、ゲームのことも、悪の組織「クロセトラ」のことも、なんで知っているのかと説明することになるから、言えない。
そのため、実家である侯爵家の指示で、悪事を働いていそうな怪しい貴族を能力で調査してる、ということにして伝えた。
会長は俺が能力を使わないで問題を解決できるよう、手を回してくれたらしいが。
「王族直属の影の部隊を動かした」
「……は?」
画面には、俺が名を挙げた貴族たちの調査結果が並んでいた。
違法取引。人身売買。裏の資金洗浄。
「お前が言っていた貴族は全て黒だった。爵位剥奪に財産没収。既に処理は済んでいる」
淡々と告げられる言葉。
一瞬、言葉の意味が理解できなかった。
「……全部?」
「ああ」
画面には処分完了の文字。
自分一人で抱えなきゃいけないと思っていた。
能力を使って、裏から削るしかないと。
それが、こんなにもあっさりと、短期間でやってのけた。
胸に溜まっていた重石が、すっと消える。
と同時に――
(巻き込んだ……?)
俺の情報がなければ、会長は動かなかった。
ゲームとは関係ない世界で、危険に踏み込ませたかもしれない。
「ただし、貴族だけが全てとは思えない」
会長の指が画面をスクロールする。
「背後に協力者がいる可能性が高い。そこはまだ調査中だ」
「……そっか」
ほっとしたのか、罪悪感なのか分からない感情が混ざる。
「一人で背負うな」
不意に、低い声が落ちた。
「お前は俺の管理下だ」
管理。
その言葉に、背筋がひやりとする。
「……次だ」
会長の目が鋭くなる。
「演習中、極めて危険な魔物と遭遇した件。なぜ連絡しなかった?」
喉が詰まる。
「それと、無断で能力を使ったな」
図星すぎて、何も言葉が出ない。
追及されることの予想はついていたが、まさかこの場で問われるとは思わなかった。
「……言い訳は?」
視線が逃げ場を塞ぐ。
分かってる。
俺が悪い。
拳を握りしめる。
「……ないよ。俺が悪い」
視線を落とす。指先が冷たい。
「自覚はあるんだな」
怒られる。そう思った瞬間。
机越しに、椅子がきしむ音がする。
「会長?」
その音に顔を上げたら、会長が机に身を乗り出していて――
「っ……!」
唇に、柔らかい感触。
(……え)
時間が止まった。
いつもの、唇の端を噛んで正気を戻す、管理じゃない。
目を合わせたまま、そっと触れるだけの――優しい、熱。
息ができない。
鼓動がうるさい。
柔らかく、長く触れて、最後にぺろりと舌先が唇をなぞって離れた。
頭が真っ白になる。
「……これが、罰?」
声がかすれる。頭が追いつかない。
「ああ。足りなかったか?」
意地悪く口角を上げる。
顔が一気に熱を持つ。
「ち、違っ……足りるとか足りないとかじゃなくて……」
今のは。
今のは――
甘くて、優しくて。
まるで好きな人同士がするキスみたいで。
頭がおかしくなりそうだった。
「顔が赤いな」
「うるさい……見るな!」
思わず乱暴な口調になる。
その様子を見て、会長は愉快そうに目を細めた。
「その顔は俺の前だけにしろ」
胸が跳ねる。
「お前は俺のことだけ見てればいい」
支配的な言葉なのに、不思議と嫌じゃなかった。
唇が離れたあとも、そこだけ熱が残っていた。
指で触れれば確かめられそうなのに、そんなことをしたらより確かなものになる気がして、動けない。
(……なんだったんだ、今の)
頭がぐらぐらする。
心臓が、やけに真面目に仕事している。
罰のはずなのに、ひどくされるどころか、慰められたみたいで。
じわ、と胸の奥があたたかくなる。
冬の朝に差し込む日差しみたいな、頼りなくて、でも確かなぬくもり。
(……俺、嬉しいのか?)
そんな自分にさらに戸惑う。
危険に巻き込んだかもしれない罪悪感も、無断で能力を使った後ろめたさも、全部ちゃんとあるのに。
それでも。
「一人で背負うな」と言われたこと。
その言葉が、胸の奥に柔らかく沈んでいる。
乱暴で、強引だけど。
ちゃんと、俺を見ている目だった。
(……くそ、どうしたんだ、俺)
唇の熱が消えるのが、少し惜しい。
戸惑いと一緒に、じんわりと広がるあたたかさを抱えたまま、俺は赤くなった顔を隠すように俯いた。
放課後の鐘が鳴り終わる頃、俺はとある場所へと向かっていた。
そう、今日は珍しく、レイン会長に呼び出されている。
――放課後、商業区入口。遅れるな。
それだけの短いメッセージ。
レイン会長は生徒会長で、王子様。誰よりも人の上に立つのが似合っていて、誰よりも孤高。
だが、他人を信用してないのか、近づけさせないのか……寄ってくる連中は山ほどいるけど、会長が自分から誰かを誘うなんて、まずない。
だから、何か粗相をしてしまったのではないかと、ずっと落ち着かない気持ちだった。
待ち合わせ場所に行くと、もうそこに立っていた。夕陽を背負って立ってる姿は、絵みたいに綺麗だった。
「遅い」
低く澄んだ声。
「え~?ちゃんと時間通りに来たよ!もしかして、ずっと待っててくれてたの~?」
「……いいから着いてこい」
「はいは~い!」
さっさと歩き出す背中を、慌てて追いかける。
学園の敷地内にある商業区は、放課後の生徒たちで賑わっていた。甘い香りの漂うカフェ、制服姿のまま笑い合う学生たち。
けれど会長はそこに一切目もくれず、商業区の中でも一際格式高そうなレストランへ入っていく。
案内されたのは個室だった。
厚いカーテンで外界と切り離された、落ち着いた空間。
ドアが閉まると同時に、緊張がじわりと胸に広がる。
「で?今日はなんの用事で呼んだの~?」
いつもの軽い調子で言った瞬間、会長の目が細くなる。
「……わざわざ個室にしたんだ。その口調はやめろ」
静かだが、有無を言わせぬ圧。
「……分かった。それで、用件は?」
俺の声は、思っていたより低かった。
すると、会長は小さく息を吐き、タブレットを操作して、こちらに画面を向けた。
「お前が報告した貴族連中についてだ」
心臓が一瞬止まる。
並んでるのは、俺が怪しいと報告した貴族の名前。
数週間前、能力がバレて会長の管理下に置かれたとき。
――俺が全部、片付けてやる。
この言葉で、会長を頼ることに決めた。
ただ、ゲームのことも、悪の組織「クロセトラ」のことも、なんで知っているのかと説明することになるから、言えない。
そのため、実家である侯爵家の指示で、悪事を働いていそうな怪しい貴族を能力で調査してる、ということにして伝えた。
会長は俺が能力を使わないで問題を解決できるよう、手を回してくれたらしいが。
「王族直属の影の部隊を動かした」
「……は?」
画面には、俺が名を挙げた貴族たちの調査結果が並んでいた。
違法取引。人身売買。裏の資金洗浄。
「お前が言っていた貴族は全て黒だった。爵位剥奪に財産没収。既に処理は済んでいる」
淡々と告げられる言葉。
一瞬、言葉の意味が理解できなかった。
「……全部?」
「ああ」
画面には処分完了の文字。
自分一人で抱えなきゃいけないと思っていた。
能力を使って、裏から削るしかないと。
それが、こんなにもあっさりと、短期間でやってのけた。
胸に溜まっていた重石が、すっと消える。
と同時に――
(巻き込んだ……?)
俺の情報がなければ、会長は動かなかった。
ゲームとは関係ない世界で、危険に踏み込ませたかもしれない。
「ただし、貴族だけが全てとは思えない」
会長の指が画面をスクロールする。
「背後に協力者がいる可能性が高い。そこはまだ調査中だ」
「……そっか」
ほっとしたのか、罪悪感なのか分からない感情が混ざる。
「一人で背負うな」
不意に、低い声が落ちた。
「お前は俺の管理下だ」
管理。
その言葉に、背筋がひやりとする。
「……次だ」
会長の目が鋭くなる。
「演習中、極めて危険な魔物と遭遇した件。なぜ連絡しなかった?」
喉が詰まる。
「それと、無断で能力を使ったな」
図星すぎて、何も言葉が出ない。
追及されることの予想はついていたが、まさかこの場で問われるとは思わなかった。
「……言い訳は?」
視線が逃げ場を塞ぐ。
分かってる。
俺が悪い。
拳を握りしめる。
「……ないよ。俺が悪い」
視線を落とす。指先が冷たい。
「自覚はあるんだな」
怒られる。そう思った瞬間。
机越しに、椅子がきしむ音がする。
「会長?」
その音に顔を上げたら、会長が机に身を乗り出していて――
「っ……!」
唇に、柔らかい感触。
(……え)
時間が止まった。
いつもの、唇の端を噛んで正気を戻す、管理じゃない。
目を合わせたまま、そっと触れるだけの――優しい、熱。
息ができない。
鼓動がうるさい。
柔らかく、長く触れて、最後にぺろりと舌先が唇をなぞって離れた。
頭が真っ白になる。
「……これが、罰?」
声がかすれる。頭が追いつかない。
「ああ。足りなかったか?」
意地悪く口角を上げる。
顔が一気に熱を持つ。
「ち、違っ……足りるとか足りないとかじゃなくて……」
今のは。
今のは――
甘くて、優しくて。
まるで好きな人同士がするキスみたいで。
頭がおかしくなりそうだった。
「顔が赤いな」
「うるさい……見るな!」
思わず乱暴な口調になる。
その様子を見て、会長は愉快そうに目を細めた。
「その顔は俺の前だけにしろ」
胸が跳ねる。
「お前は俺のことだけ見てればいい」
支配的な言葉なのに、不思議と嫌じゃなかった。
唇が離れたあとも、そこだけ熱が残っていた。
指で触れれば確かめられそうなのに、そんなことをしたらより確かなものになる気がして、動けない。
(……なんだったんだ、今の)
頭がぐらぐらする。
心臓が、やけに真面目に仕事している。
罰のはずなのに、ひどくされるどころか、慰められたみたいで。
じわ、と胸の奥があたたかくなる。
冬の朝に差し込む日差しみたいな、頼りなくて、でも確かなぬくもり。
(……俺、嬉しいのか?)
そんな自分にさらに戸惑う。
危険に巻き込んだかもしれない罪悪感も、無断で能力を使った後ろめたさも、全部ちゃんとあるのに。
それでも。
「一人で背負うな」と言われたこと。
その言葉が、胸の奥に柔らかく沈んでいる。
乱暴で、強引だけど。
ちゃんと、俺を見ている目だった。
(……くそ、どうしたんだ、俺)
唇の熱が消えるのが、少し惜しい。
戸惑いと一緒に、じんわりと広がるあたたかさを抱えたまま、俺は赤くなった顔を隠すように俯いた。
あなたにおすすめの小説
生まれ変わりは嫌われ者
青ムギ
BL
無数の矢が俺の体に突き刺さる。
「ケイラ…っ!!」
王子(グレン)の悲痛な声に胸が痛む。口から大量の血が噴きその場に倒れ込む。意識が朦朧とする中、王子に最後の別れを告げる。
「グレン……。愛してる。」
「あぁ。俺も愛してるケイラ。」
壊れ物を大切に包み込むような動作のキス。
━━━━━━━━━━━━━━━
あの時のグレン王子はとても優しく、名前を持たなかった俺にかっこいい名前をつけてくれた。いっぱい話しをしてくれた。一緒に寝たりもした。
なのにー、
運命というのは時に残酷なものだ。
俺は王子を……グレンを愛しているのに、貴方は俺を嫌い他の人を見ている。
一途に慕い続けてきたこの気持ちは諦めきれない。
★表紙のイラストは、Picrew様の[見上げる男子]ぐんま様からお借りしました。ありがとうございます!
悪役令息の兄って需要ありますか?
焦げたせんべい
BL
今をときめく悪役による逆転劇、ザマァやらエトセトラ。
その悪役に歳の離れた兄がいても、気が強くなければ豆電球すら光らない。
これは物語の終盤にチラッと出てくる、折衷案を出す兄の話である。
処刑される悪役令息に転生したらなぜか推しの騎士団長がグイグイ近づいてくる
猫に小判
BL
交通事故で死んだはずの会社員・田中悠人は、気がつくとBL小説『恋と陰謀~はじまりは夜に~』の世界に転生していた。
しかも転生先は、原作で処刑される悪役令息エリオット。
当然そんな未来は回避したい。
原作知識を頼りに慎重に立ち回るつもりだったのに、気づけば王宮を揺るがす事件に巻き込まれていき――。
さらに困ったことに、原作で一番の推しだった騎士団長ガイウスがやたらと距離を詰めてきて……?
平穏に生きたい元悪役令息と、過保護な騎士団長がじれじれ距離を縮める話。
ガイウス(騎士団長)×エリオット(元悪役令息)
チートなしの無能令息ですが、5人の攻略対象に逃してもらえません!
村瀬四季
BL
異世界に転移したと思ったら、俺だけまさかのチートなし!?
前途多難ですが自由気ままに生きていこうと思います!
って思ったのに周りの人達が俺を離してくれない!?
※たまに更新が遅れると思います。
※変更する可能性もあります
※blです ざまぁもあると思う…!
※文章力は大目に見てください
【8話完結】強制力に負けて死に戻ったら、幼馴染の様子がおかしいのですが、バグですか?
キノア9g
BL
目が覚めたら、大好きだったRPGの世界に転生していた。
知識チートでなんとか死亡フラグを回避した……はずだったのに、あっさり死んで、気づけば一年前に逆戻り。
今度こそ生き残ってみせる。そう思っていたんだけど——
「お前、ちょっと俺に執着しすぎじゃない……?」
幼馴染が、なんかおかしい。妙に優しいし、距離が近いし、俺の行動にやたら詳しい。
しかも、その笑顔の奥に見える“何か”が、最近ちょっと怖い。
これは、運命を変えようと足掻く俺と、俺だけを見つめ続ける幼馴染の、ちょっと(だいぶ?)危険な異世界BL。
全8話。
死ぬだけの悪役令息に転生したら、待っていたのは攻略対象達からの溺愛でした。
きうい
BL
病でで死んでしまった優は、気が付いたら読んでいた小説の悪役令息として転生していた。
それもどのルートでも十五歳という歳になると、死ぬ運命にある悪役———フィオレン・オーレリウス。
前世で家族に恵まれず、家族愛とは程遠い世界で生きてきた優は、愛されたいという願望を捨て、ひとりで生きることを決意する。
しかし、家族に対して表情と感情を隠し、言葉も発さず、一人で生きて行く術を身につけようと家族から距離をとるフィオレンとは裏腹に、家族や攻略対象達は異常なほどの愛を注ぐ。
フィオレンの知らない所で、小説のシナリオとは正反対の道を辿ることになるも、愛に無頓着で無自覚なフィオレンは溺愛されていき………?
攻略キャラを虐げる悪役モブに転生したようですが…
キサラビ
BL
気づけばスイランと言う神官超絶美人になっていた!?どうやらBLゲームの世界に転生していて攻略キャラにきつくあたっていた…
でも、このゲーム知らない
勇者×ヒーラー
人気アイドルの俺、なぜかメンバー全員に好かれてます
七瀬
BL
デビュー4年目の人気アイドルグループ「ECLIPSE(エクリプス)」に所属する芹沢 美澄(せりざわみすみ)は、昔からどこか抜けていてマイペースな性格。
歌もダンスも決して一番ではないはずなのに、なぜかファンからもメンバーからも目を離されない存在だった。
世話焼きな幼なじみ、明るく距離の近い同い年、しっかり者で面倒見のいい年上、掴みどころのない自由人、そして無言で隣にいるリーダー——。
気づけば、美澄の周りにはいつも誰かがいて、当たり前のように甘やかされていく。