悪役会計様に転生した俺は、生徒会長に媚び売って生き残る

桜城 寧

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第1部

28 追跡

ゲームの主人公が入学するまでに、どうしても確認しなければならないことがある。

それは、俺が“悪役”になるフラグ、悪の組織について。

ゲーム内では、俺――カイルが物語後半で悪の組織「クロセトラ」を率いるボスになる運命だった。

しかし、カイルが入るまでクロセトラの代表だったのはリアムであり、カイルを引き入れ、ボスに押し上げたのもリアム。

そして――カイルは破滅する。

「……今すぐ確認しなければ。」

俺は寮から十分ほど離れた、誰もいない林の中で足を止めた。

能力を使うなら、ここだ。

「……無色化」

息を潜めると、体の輪郭が溶けるように薄れていく。

今までの経験上、会長は近くにいれば能力の発動を察知できると考えられるから、ここまで離れれば気づかれないはずだ。

無断で使うのは心苦しいが、流石にゲームのことを説明する訳にもいかないから、この件は誰にも頼らず、自分一人で行かなければならない。

俺はそのまま、街外れにある古びた屋敷へと向かった。

――クロセトラのアジト。

ゲーム内で何度も見た外観。
黒い鉄柵、蔦の絡まる壁、閉ざされた窓。

「……本当にあった」

喉がひりつく。

まだ組織は存在していた。
組織とつながっていた貴族家が没落したとはいえ、クロセトラそのものは潰れていない。

俺は裏口から誰にもバレないように中へ入り、廊下を進む。
人の気配。低い話し声。薬品の匂い。

ゲーム通りだ。

そして一番奥の部屋――ボスの部屋。

ノックもせず、少し開いていたドアの隙間から中へ入って、無色化を解除する。

「……へえ」

机に頬杖をついていた少年が、ゆっくりと視線を上げた。

淡い金髪に、整った顔立ち。だが目の奥は冷たい。
予想通り、リアムがそこにいた。

「無色化の能力か。いつから覗き見してたの?」

「……さっき来たばかりだ」

「ふうん」

彼は椅子にもたれ、くすりと笑う。

「それで?親愛なる友達が、こんなところで僕に何の用?」

心臓が跳ねた。

なんて言えばいいんだ。
いや、どうせ何も言えないんだから、直球で聞くしかない。

「……俺は、怪しいことをしてるのを知ってる」

「怪しい、ね」

「能力者の研究に、能力者を使った犯罪をしてるだろ」

リアムの目が、わずかに細まる。

「……だったら何?」

「今すぐやめてほしい」

俺は、真正面から言った。

「この組織を解体して、悪いことから手を引け」

部屋の空気が、ぴたりと止まる。

リアムはしばらく俺を見つめ、やがて――

ふ、と笑った。

「いいよ」

「……え?」

「たった一人の友達のお願いだから、やめてあげる」

あまりにあっさりしていて、拍子抜けする。

「でも」

彼は椅子から立ち上がり、ゆっくりと俺の前まで歩いてきた。

距離が近い。顔が、すぐそこだ。

「僕だけが要求をのむのはあんまりだ。だから、取引しよう」

「取引?」

「だって、能力者の研究は、とても刺激的なんだ。
この世界の誰も知らない未知のことを探究し、不可能なことが可能になる。それって、すっごくゾクゾクするでしょ?」

耳元で囁くように言う。

「でもそれをやめたら、僕は退屈する」

瞳がじっと俺を覗き込む。

「だから代わりに――カイルが、僕を満足させて?」

「……俺が、代わりに?」

「そう。君がやめろって言ったんでしょ?なら責任取ってよ」

ぞくり、と背筋が震える。

「どんな手を使ってでも、やめさせたいんでしょ?」

「……」

俺は拳を握る。

ここで引けば、未来は変わらない。

「……わかった」

喉が渇く。

「俺が、満足させる。絶対に」

リアムの口角が、ゆっくりと上がった。

「契約成立だね」

もう、後には引けない。

リアムは形だけは柔らかな笑みだったが、その奥に潜む何かが見え隠れしていて、理由もなく怖さを覚えた。

 



---

――数日後。

放課後の学園は、部活動の掛け声や談笑で賑わっている。
だが、校舎の裏手を抜け、さらに奥へ進んだ先にある小さな中庭は、ほとんど人が来ない。

石畳の先に、背の高い木々に囲まれた空間。
中央には古いベンチと、手入れされていない芝生。
陽射しはやわらかく、枝葉の隙間から金色にこぼれている。

「……この学園に、こんな場所があったんだ」

リアムが周囲を見回す。

「誰も来ない。静かで、いい場所だね」

「だからここにした」

俺は短く答える。

学園の中で、けれど誰にも邪魔されない場所。
俺たち二人っきりで。

「それで?」

リアムがくるりとこちらを向く。

「今日はどうやって僕を満足させてくれるの?」

からかうような声。
だがその瞳は、わずかに期待を含んでいる。

「……調べたんだ」

「えっ?」

「人を喜ばせる方法。リアムが組織の代わりに快楽を得られるようなことがないか」

「へぇ、それでなんだったの?」

俺は芝生の上に腰を下ろし、軽く膝を叩いた。

「膝枕」

「……は?」

「日向ぼっこしながら、お昼寝するんだ」

余裕たっぷりに細められていた目が、大きく見開かれる。

「なに?僕を子ども扱いしてるわけ?」

リアムの眉が吊り上がる。

「バカにしてるの?」

「してないよ。俺は人を楽しませる経験がないから分からなかったけど、安心感があって、落ち着くって書いてあった」

「どこに」

「恋人向けの本」

「……っ」

リアムが一瞬言葉に詰まる。

「俺は常識が疎いから、ちゃんと調べた」

真面目に言うと、彼はしばらく俺を見つめ――やがて、俯いて顔を隠した。

「……ほんと、ずるい」

「何が?」

「その突拍子のなさ」

そう言いながらも、ゆっくりと芝生に膝をつき、体を横たえる。

そして――そっと、俺の膝に頭を乗せた。重みを感じる。

柔らかな金髪が、陽射しに透けていた。

普段は生意気なことばかり言って、こちらを翻弄してくるのに。
こうして黙って膝の上で寝転ぶ姿は、拍子抜けするほど静かだった。

光をまとったような横顔は、触れれば壊れてしまいそうな清廉さを帯びている。

本当にそこにいるのか不安になって、気づけば頬に指先をそっと置いていた。

「……」

「……」

リアムは目を細め、空を見上げる。

「最初は馬鹿らしいと思ったけど」

ぽつりと呟く。

「意外と悪くないね、こんなことも」

木漏れ日が、彼の頬をまだらに照らす。

「気持ちいいし、なにより独占してる感じがする」

「独占?」

「だって今、カイルは僕のためだけにここにいる」

ローブの裾を、きゅ、と掴まれる。

「しかも、僕を満足させるために調べたんでしょ?」

「……ああ」

嘘はない。

「ふふ」

喉の奥で笑う。

リアムがゆっくりと視線を上げる。
瞳が、まっすぐ俺を射抜く。

「これからも僕を喜ばせてね?」

不意に、彼の指先が俺の頬に触れた。

ひやりとした感触。

そっと囁くように。

「僕が退屈しないように」

そして、少しだけ声音を落とす。

「見張ってないと、また悪いことしちゃうかも」

その言葉は、冗談のようでいて――どこか本気だった。

俺は、そっと彼の髪に触れる。

「約束しただろ、ちゃんと守る」

「うん」

リアムは満足そうに目を閉じる。

木々が揺れ、葉擦れの音が二人を包む。

誰も来ない、学園の片隅。
静かな日向の中で。

俺はフラグを折るために、彼を見張っているはずなのに。

――どうしてだろう。

この2人きりの、ぬくもりを含んだ静寂が、少しだけ心地いいと思ってしまった。




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