悪役会計様に転生した俺は、生徒会長に媚び売って生き残る

桜城 寧

文字の大きさ
32 / 37
第2部

1 転校生

西陽が差し込む生徒会室は、いつもよりも静かに感じられた。

高い天井に吊るされた明かりはまだ灯っておらず、窓から入り込む橙色の光が長い影を床に落としている。重厚な机に広げられた書類の白さが、やけに眩しかった。

その知らせは、予測していたが、思ったよりも突然だった。

紙をめくる乾いた音に紛れるようにして、レイン会長が口を開く。

「明日、転校生が来る。カイル、案内はお前に任せる」

低く落ち着いた声。命令口調ではないのに、逆らえない響きを持つ声だった。

俺は顔を上げ、いつも通りの軽い調子を装う。

「へえ、この時期に転校してくるなんて珍しいね~?何か特殊な事情でもあるのかな~?」

わざとらしく肩をすくめる。胸の奥で小さく波立った不安を、誰にも悟られないように。

すると、隣で同じ書類に目を落としていたローレンスが、淡々とした声音で続けた。

「恐らく、魔力の発現が遅かったのでしょう。あるいは出自が特殊か。どちらにせよ、珍しいケースですね」

副会長らしい冷静な分析。予測に過ぎない発言だろうが、妙に現実味があった。

実際、この学園に通う者の多くは貴族だ。学力、武力、魔力――どれをとっても高水準が求められるこの場所で、幼少から教育を受けられる環境にある者が有利なのは当然だった。

平民である主人公は、入学後に高い魔力が判明し、「教育を受けるべきだ」として編入を許される。

……そう、ゲームの設定通りなら。

俺は胸の内で苦笑する。

それにしても、寄りにもよって案内役が俺とは。

「でも、案内なら俺じゃなくても良いよね?俺だと怖がらせちゃうかもしれないし、イオの方が適任じゃない?」

そう言って軽く尋ねると、レイン会長は視線も上げずに言った。

「お前、今日の分の仕事はすでに終わっているだろう。他はまだだ」

反論の余地もないことを指摘され、言葉が詰まる。

仕事を頼まれるのが面倒で、やっている“風”を装っていたのが、どうやら会長にはサボりが完全に見抜かれていたらしい。

観念して書類を受け取る。指先に伝わる紙の冷たさ。視線を落とし、顔写真を見た瞬間――心臓が、ひどく嫌な音を立てた。

やはり。

何度も夢で見た、あのBLゲームの主人公の顔だった。

雪のように白い髪。光を透かすような睫毛。小柄な体躯に、少女と見紛うほどの透明感あふれる愛らしい顔立ち。

守られるために生まれてきたみたいな容姿。

俺はどちらかといえば華奢だが、背は人並みに高い。顔つきも“綺麗”とは言われるが、可愛いとは無縁だ。庇護欲をそそる存在にはなれない。

この容姿こそが、彼が愛される理由の一つ。

そして俺が“悪役”である証のように思えた。

「……なんて可愛い顔してるんだろーな」

無意識に零れた呟きは、自分でも驚くほどしんみりとしていた。

「兄上」

耳元で声がして、びくりと肩が跳ねる。

振り返ると、イオがいつの間にかすぐ後ろに立っていた。至近距離から書類を覗き込み、紫の瞳を細めている。

「この方が、兄上のタイプなのですか?」

探るような声音。どこか拗ねた色が滲んでいる。

胸の奥に滲んだ感傷を誤魔化すように、俺は笑った。

「うーん、どうかな?それは秘密」

軽くはぐらかすと、イオの表情が目に見えて曇る。

「……僕は?僕じゃ、だめですか?」

縋るような問いに、一瞬だけ息が止まった。
彼の体温が、鼓動が、伝わりそうな距離。

「俺の義弟は一人だけだろ?代わりなんていないよ」

そう言って額を軽く小突くと、イオはほっとしたように目を細めた。

その様子に胸が温かくなる一方で、罪悪感のようなものも生まれる。

だって本当は、俺は知っている。
この物語の中心は、あの白髪の少年だ。

視線をそっと横に向ける。

レイン会長は、転校生の書類をじっと見つめていた。何かを思案するように、深く、静かに。

こちらを振り向くことはない。

いつもなら、俺とイオが近い距離で騒がしく話していれば、すぐに眉をひそめるはずなのに。

仕事をしろとか、そんな小言を、わざとらしく溜め息混じりに言ってくるのが常だった。
時にはわざと意地の悪い言い方で、俺をからかうこともある。俺が軽口を叩けば、必ず何かしら言い返してくる。

だが、今は紙をめくる音だけが、静かに響く。
その沈黙が、やけに重い。

レイン会長の横顔は、夕陽に照らされて陰影が濃く落ちていた。長い睫毛が影を作り、伏せられた瞳の奥までは見えない。けれど、普段の余裕や皮肉めいた光はなく、ただひたすらに思案に沈んでいるようだった。

……俺たちのことなんて、目にも入っていないみたいだ。

胸の奥が、ちくりと痛む。
別に、何か文句を言われたいわけじゃない。

でも。
反応がない、というのは。
存在を認識されていないみたいで。

イオが安心したように俺の袖を掴んでいる。その温もりは確かにここにあるのに、なぜか足元が不安定になる。

(そんなに気になるのか、転校生が)
自嘲するように、心の中で呟く。

ゲームの知識が脳裏をよぎる。白い髪の主人公で物語の中心。攻略対象たちが惹かれていく存在。

――レイン会長も、主人公の周りにいる攻略対象の一人だったはずだ。

もしかして、もう始まっているのだろうか。

まだ会ってもいないのに、書類一枚で、こんなにも真剣な顔をするなんて。

俺がどれだけ軽口を叩いても、どれだけ隣で馬鹿なことをしていても、こんな顔は向けられたことがあっただろうか。

夕陽が沈みきり、部屋の色が冷えていく。
「……兄上?どうかしました?」

不安そうなイオの声に、はっと我に返る。
俺は無理やり口角を上げた。

「大丈夫、なんてことないよ」
そう言いながら、視線はどうしても会長へと戻ってしまい、ちらっと窺うが、彼はやはり、こちらを見ない。

その事実が、思った以上に胸に刺さって――
俺は、気づかないふりをするしかなかった。

その横顔はいつもと変わらないはずなのに、なぜか遠く感じた。

やっぱり、誰もが主人公に惹かれていくんだろう。
そう考えた瞬間、胸の奥がきゅっと締め付けられ、自分でも理由がわからないまま、息が少しだけ苦しくなる。

西陽がさらに傾き、生徒会室はゆっくりと影に沈んでいく。

物語が、動き出そうとしていた。


感想 6

あなたにおすすめの小説

生まれ変わりは嫌われ者

青ムギ
BL
無数の矢が俺の体に突き刺さる。 「ケイラ…っ!!」 王子(グレン)の悲痛な声に胸が痛む。口から大量の血が噴きその場に倒れ込む。意識が朦朧とする中、王子に最後の別れを告げる。 「グレン……。愛してる。」 「あぁ。俺も愛してるケイラ。」 壊れ物を大切に包み込むような動作のキス。 ━━━━━━━━━━━━━━━ あの時のグレン王子はとても優しく、名前を持たなかった俺にかっこいい名前をつけてくれた。いっぱい話しをしてくれた。一緒に寝たりもした。 なのにー、 運命というのは時に残酷なものだ。 俺は王子を……グレンを愛しているのに、貴方は俺を嫌い他の人を見ている。 一途に慕い続けてきたこの気持ちは諦めきれない。 ★表紙のイラストは、Picrew様の[見上げる男子]ぐんま様からお借りしました。ありがとうございます!

悪役令息の兄って需要ありますか?

焦げたせんべい
BL
今をときめく悪役による逆転劇、ザマァやらエトセトラ。 その悪役に歳の離れた兄がいても、気が強くなければ豆電球すら光らない。 これは物語の終盤にチラッと出てくる、折衷案を出す兄の話である。

処刑される悪役令息に転生したらなぜか推しの騎士団長がグイグイ近づいてくる

猫に小判
BL
交通事故で死んだはずの会社員・田中悠人は、気がつくとBL小説『恋と陰謀~はじまりは夜に~』の世界に転生していた。 しかも転生先は、原作で処刑される悪役令息エリオット。 当然そんな未来は回避したい。 原作知識を頼りに慎重に立ち回るつもりだったのに、気づけば王宮を揺るがす事件に巻き込まれていき――。 さらに困ったことに、原作で一番の推しだった騎士団長ガイウスがやたらと距離を詰めてきて……? 平穏に生きたい元悪役令息と、過保護な騎士団長がじれじれ距離を縮める話。 ガイウス(騎士団長)×エリオット(元悪役令息)

チートなしの無能令息ですが、5人の攻略対象に逃してもらえません!

村瀬四季
BL
異世界に転移したと思ったら、俺だけまさかのチートなし!? 前途多難ですが自由気ままに生きていこうと思います! って思ったのに周りの人達が俺を離してくれない!? ※たまに更新が遅れると思います。 ※変更する可能性もあります ※blです ざまぁもあると思う…! ※文章力は大目に見てください

【8話完結】強制力に負けて死に戻ったら、幼馴染の様子がおかしいのですが、バグですか?

キノア9g
BL
目が覚めたら、大好きだったRPGの世界に転生していた。 知識チートでなんとか死亡フラグを回避した……はずだったのに、あっさり死んで、気づけば一年前に逆戻り。 今度こそ生き残ってみせる。そう思っていたんだけど—— 「お前、ちょっと俺に執着しすぎじゃない……?」 幼馴染が、なんかおかしい。妙に優しいし、距離が近いし、俺の行動にやたら詳しい。 しかも、その笑顔の奥に見える“何か”が、最近ちょっと怖い。 これは、運命を変えようと足掻く俺と、俺だけを見つめ続ける幼馴染の、ちょっと(だいぶ?)危険な異世界BL。 全8話。

死ぬだけの悪役令息に転生したら、待っていたのは攻略対象達からの溺愛でした。

きうい
BL
 病でで死んでしまった優は、気が付いたら読んでいた小説の悪役令息として転生していた。    それもどのルートでも十五歳という歳になると、死ぬ運命にある悪役———フィオレン・オーレリウス。  前世で家族に恵まれず、家族愛とは程遠い世界で生きてきた優は、愛されたいという願望を捨て、ひとりで生きることを決意する。  しかし、家族に対して表情と感情を隠し、言葉も発さず、一人で生きて行く術を身につけようと家族から距離をとるフィオレンとは裏腹に、家族や攻略対象達は異常なほどの愛を注ぐ。  フィオレンの知らない所で、小説のシナリオとは正反対の道を辿ることになるも、愛に無頓着で無自覚なフィオレンは溺愛されていき………?

攻略キャラを虐げる悪役モブに転生したようですが…

キサラビ
BL
気づけばスイランと言う神官超絶美人になっていた!?どうやらBLゲームの世界に転生していて攻略キャラにきつくあたっていた… でも、このゲーム知らない 勇者×ヒーラー

人気アイドルの俺、なぜかメンバー全員に好かれてます

七瀬
BL
デビュー4年目の人気アイドルグループ「ECLIPSE(エクリプス)」に所属する芹沢 美澄(せりざわみすみ)は、昔からどこか抜けていてマイペースな性格。 歌もダンスも決して一番ではないはずなのに、なぜかファンからもメンバーからも目を離されない存在だった。 世話焼きな幼なじみ、明るく距離の近い同い年、しっかり者で面倒見のいい年上、掴みどころのない自由人、そして無言で隣にいるリーダー——。 気づけば、美澄の周りにはいつも誰かがいて、当たり前のように甘やかされていく。