悪役会計様に転生した俺は、生徒会長に媚び売って生き残る

桜城 寧

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第2部

2 案内

梅雨が完全に明けきらない、重たい空気の朝だった。

校門前の石畳は夜半の雨をまだ含んでいて、踏むたびに湿り気を帯びた匂いが立ち上る。空は薄曇りで、陽は差しているのに、どこか白く滲んでいる。

——こんな中途半端な季節に転校してくるのも、ゲーム通り。

学園では珍しいことだった。入学は春と決まっている。
つまり“例外中の例外”であり、それだけで注目を浴びる。

やがて、門の向こうから一人の少年が歩いてきた。

白い髪が、湿った空気の中でやわらかく揺れる。曇天の光を反射して、ぼんやりと淡く光っているように見えた。

写真で見たより、ずっと目を引く。

……なんで、同じ平民出身のはずなのに、こうも違うんだろう。

俺は侯爵家の養子だけど、元は平民だ。
その事実は、いくら姓が変わっても、血の中から消えるわけじゃない。

俺は計算して、努力して、顔色を窺って、ようやくここに立っているのに。

彼は——
ただ、立っているだけで、光を集め、世界の中心に立っていた。


「俺は学園の案内係で生徒会会計のカイル。君はエスくんだったかな?ようこそ学園へ」

いつもの調子でニコッと微笑む。
柔らかく、軽く、敵を作らない声色。

するとエスは、まっすぐ俺を見て、少し首を傾げた。

「はじめまして!エスっていいます。カイル様か、じゃあカイって呼んでいい?」

「……え?」

思わず間の抜けた声が出た。

距離の詰め方がおかしい。

この学園で、しかも初対面で、貴族の養子に愛称?
普通は一歩引く。様子を見て、上下関係を測る。

怖くないのか。

それとも——怖いという概念がないのか。

「いいよ、好きに呼んで?」
肩をすくめていつもの調子で笑う。やわらかく、角の立たない笑顔で。

するとエスの顔が、ぱっと明るくなった。

「やった。じゃあ、カイって呼ぶね!」

その声は無邪気で子どもみたいに素直だった。

「よろしく」と差し出された手を、そっと握り返す。

ひやりと冷えた指先に、じんわりと伝わる体温。
そのぬくもりが胸の奥に沁みて、どういうわけか、胸がきゅっと締めつけられるような哀しみが込み上げた。



---

校舎を歩く。
湿気を含んだ風が長い廊下を抜け、カーテンを揺らす。

「ここが寮だよ。君は確かシャイン寮だったはず。」

説明をしながら、すれ違う生徒たちの視線を感じる。
もう注目されている。

白い髪に整った顔立ち。
季節外れの転校生。

噂はすぐに広がるだろう。

ゲームの中では、当初は平民の出であることが知れてしまい、周囲から距離を置かれてしまう。
けれど生来の努力家であり、壁にぶつかっても決して折れない強さを持ち、相手が誰であろうと態度を変えなかった。

そのひたむきな在り方に触れるうち、周囲の感情はただの興味から、やがて静かな好意へと移ろっていく。

エスは窓辺に立ち、外を眺めていた。

曇り空の下でも、なぜか輪郭がはっきりして見える。

「広いな。前の学校よりずっと」

素直な感想。飾らない声。

俺はここに来るまでに、“自然”を捨てた。

笑い方も、言葉遣いも、歩き方も。
全部、あとから身につけたものだ。

なのに彼は。
何も知らない顔で、堂々と立っている。



---

昼時の食堂は蒸し暑かった。

大きな窓は開け放たれているが、熱気がこもっている。
シェフの作る料理の匂いが混ざり、空気は濃い。

「ここは食堂だよ。誰でも無料で食べられる。せっかくだから、一緒に食べようか。案内の続きもあるし」

本当は普段あまり使わない。
視線が集まる場所は好きじゃない。

けれど使い方を教えるには必要だ。

席に向かい合って座ると、周囲のざわめきがわずかに変わった。

エスは料理を見て、素直に目を輝かせる。

「すごいね。こんなに美味しそうな料理が無料なんだ」

その表情に、打算はない。

「そうだね~、いつでも来るといいよ。なんとなく学園のことは理解できたかな?」

そう聞くと、エスは笑った。

「うん!カイが優しく教えてくれたからね!」

——その笑みは、曇天の下でも、まるで陽だまりみたいに明るい。

一瞬、胸がざわつく。

……焦りだ。

俺は失敗すればすぐに死の道が待っている崖っぷちにいる。
彼は、同じ平民出身なのに。どうして、こんなにも違う。

フォークを握る手に、無意識に力が入る。

(イベントは、俺が先に潰さなきゃ)

攻略対象とはできるだけ接触させない。
俺が間に入る。

そうして主人公と仲良くなり、万が一のときに俺が疑われないようにしなければ。

「カイ?」

顔を上げると、エスがこちらを覗き込んでいた。
心配そうな目。

「なんでもないよ。少し蒸し暑いだけ」

そう言って視線を逸らす。

白い髪が、湿った風に揺れる。

光が眩しい。
ただ、目に焼きつく。

「何か困ったことがあったら、いつでも俺を頼ってね?」

薄く霞んだ空の下、俺は胸の奥で静かに覚悟を固めた。



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