悪役会計様に転生した俺は、生徒会長に媚び売って生き残る

桜城 寧

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第2部

4 計算外

階段に足を踏み入れた、そのときだった。

もしエスが足を踏み外したら、後ろから服を引いて支える――そう考えていた矢先。

「っ……!」

背後から強い衝撃。
誰かにぶつかられ、視界がぐらりと傾く。

踏み外す感覚。空気が一瞬、冷たくなる。

――やばい、落ちる。

目を閉じた次の瞬間、硬いものにぶつかった。

衝撃とともに、下敷きになった誰かの体に覆いかぶさる。
温かい。しなやかで、それでいてしっかりとした感触。

そして。

柔らかい何かが、唇に触れていた。

……え?

反射的に身を起こす。

視界に飛び込んできたのは、真っ赤に染まった顔。

「イオ……?」

階段の下。
朝日が差し込む踊り場で、俺は義弟を押し倒す形になっていた。

その唇は、ほんの一瞬前まで、確かに触れていた。

「わ、ごめん!大丈夫?下敷きにしちゃって……痛かったよね?どこか打ってない?」

慌てて言いながら、胸板に両手をついたまま顔をのぞき込む。

吐息がかすかに触れる距離まで近づいて様子を確認する。
イオはすぐに視線を逸らし、耳まで赤く染めていた。

「……っ、だい……じょうぶ、ですから……とりあえず……どいてください……」

声が掠れている。

「でも顔すごい赤いよ?熱ある?もしかして頭打ったとか――」

心配になり、さらに顔を近づける。
額を合わせようとした瞬間。

「……大丈夫ですから、離れてください、早く……」

肩が震えている。
俺の腕を掴む手に、強く力がこもる。

けれど、指先はわずかに震えていた。

「……なんで、そんな、無防備に……」

俺には聞こえない低い声で、なにやら小さくつぶやく。
さっきまでとは違う雰囲気。

「兄上……自分が今どんな格好で、どこに触れてるか……本当にわかってないんですか?」

はっとして視線を落とす。

――イオの上に跨っている。

両手は胸元で、膝は彼の腰の両脇を押さえ込む形で。全体重をかけていて、イオが完全に身動きの取れない状態になっていた。

「うっ、ごめん、重かったよね、すぐ退けるよ。お詫びに何でもするから――」

さっさと避けようと、謝罪の言葉を言い終わる前に、腰を強く抱き寄せられた。

「…………もう、いいです」

その瞳が、すっと冷える。

「……責任、取ってくださいね」

逃げようとした腰が、がっちり固定される。

「わ、ちょ、イオ?力強いよ……?」

いつもの穏やかな義弟の顔は、どこにもない。
その変わりように、かすかに背筋がぞくりと震える。

――そのとき。

「カイ!大丈夫だった?」

階段の上から、明るい声。

振り向けば、エスが駆け下りてくるのが見える。

そして、俺を抱え込むイオの姿を見て、目を丸くした。

「……カイ?」

エスのその呼び方に、イオの表情が固まる。

「そう!一緒に話しながら歩いてたら、誰かが後ろからカイにぶつかってきて、階段から落ちちゃって。怪我してない?」

心配そうな表情で問いかけてくる。

すると、イオはゆっくりと立ち上がり、俺の手首を掴んだ。

「……そうですか。兄上は僕が受け止めたので、何ともありませんでしたよ」

冷えた声音。

「僕は兄上の弟です。以後、お見知り置きを」

それだけ言うと、強く手を引く。

「え、イオ?」

「兄上、行きますよ」

有無を言わせぬ力で手を引っ張り走り出す。

「えっ?ちょっと、待ってよー!」
後ろからエスの声が追いかけてくる。

俺もいきなり手を引いて走りだしたイオに、理解が追いつかない。

角を曲がり、人気のない更衣室へ。

乱暴に扉を開け、奥へと引きずられる。

そして――ロッカーの扉を開いた。

「え、なに……」

次の瞬間、狭い空間に押し込まれ、イオも一緒に入って扉を閉めた。

真っ暗闇の空間で、外から差し込むわずかな隙間からの光だけが、イオの輪郭を縁取る。

二人分の体温で、空気が一気に熱を帯びる。

背中は金属の冷たい板。
目の前には、ぴったりとくっついて、俺を正面から抱え込むようにしたイオ。

「カイ、どこー?」

外からエスの声が聞こえてくる。

と同時に、イオの手が俺の口を塞いだ。

大きな掌の感触が伝わってきて、思わず息を止める。
耳元に近づく吐息。

「……静かに」

低く囁かれ、心臓が跳ねる。

外で足音が止まる。

「ここにいるのー?」

更衣室の扉が開く音。

ロッカー越しに聞こえる足音が、やけに大きい。

こんな狭い場所で、息が触れそうなほど近くて――胸が触れている。
こんなおかしな状況を見られたら。

恥ずかしい、じゃ済まない。

イオの鼓動が、腕越しに伝わる。俺のも伝わっているのだろうか。

「あれ?どこ行っちゃったんだー?」

しばらくして足音が遠ざかり、扉が閉まる。

静寂の中、それでも、イオは口を塞いだまま離さない。

長い時間が経って、ようやくゆっくりと手が外れた。

「……イオ、ど、どうしたの~?なんで急に逃げたの?」

小声で問いかけると、イオの瞳が細められる。

「どうして、あの方に愛称呼びを許しているんですか」

距離が、さらに縮まる。

「え、そのこと?まあ、最初はびっくりはしたけど……別に呼び方はなんだっていいかな~っと思って」

そう言い終わった瞬間。

「……じゃあ」

吐息が、唇にかかる。

「僕が呼んでもいいんですか?」

暗闇の中で、彼の指が俺の顎に触れる。

指先の熱が伝わってくる。

心臓の音が、うるさい。

「……イオが呼びたいなら、いいよ?」

そう答えた瞬間、イオの喉が小さく鳴った。

「……カイ」

初めて呼ばれるその音が、甘く感じる。

イオに名前を貰ってから、カイルと呼ばれることはあっても、愛称で呼ばれることは一度もなかった。

そのことに今さら気がついて、普段とは違った響きに頬にじわりと熱が集まっていく。

逃げ場のない空間で、イオの腕がゆっくりと俺の腰に回る。

「他の誰にも、そんな顔しないでください」

耳元で囁かれ、背筋が震える。

これは――どういうことなんだ。

出会いのイベントを阻止することができたはず、だけど。

誰にでも優しいイオが、初対面のはずのエスにだけ妙に当たりが強い気がする。

それに、もし勘違いでなければ。
あの視線の鋭さは――俺とエスの関係に向けられたものだ。

まさか、イオが兄を取られるんじゃないかと、嫉妬しているのか……?

イオの考えていることなんて、何ひとつ分からないのに。
辿り着いてしまった結論だけが、妙に熱を帯びて頭から離れなかった。


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