スパダリ社長の狼くん

soirée

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第一章

五話

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翌朝。


そろそろと忍の部屋の扉を開けた瞬が忍び足で脱衣所に向かい、下着を洗濯機に放り込む。

(やっぱダメだあのベッド……)

夢精してしまったのは記憶にある限りは、六年前──思春期真っ最中以来。

情けなさで頭を抱えたくなる。忍と出会ったのはまだ2日前だ。しかも記憶があるのは昨日から。たった一日でここまで自分を手懐けた忍にも脱帽するが、そんなに簡単に忍に懐いた自分にも腹が立つ。二十歳にもなってこれでは、今までの相手にそんな目で見られていたのも自分のせいだったのではと思えてくる。


だが差し当たっての問題はそんなことではなく、替えの下着がどこにしまってあるのかわからないという致命的なことだ。とりあえずは短パンをそのまま履き、洗濯機のスイッチを押した。

全自動の洗濯機が要らない電子音を立て、それに気付いた忍が脱衣所のドア枠にもたれて意味ありげな視線を向けていた。

「随分早くから洗濯してるね?」

完全に油断していた瞬が飛び上がりそうになる。
背後に歩み寄った忍が短パンのウエストを引っ張ってその中を覗く。

「やっぱり僕のベッドは色々と不都合に過ぎるみたいだね。というか君も僕も男なんだから隠す必要ないだろうに、夢精の処理くらい」
「~~~~~~~っ!!!!」


恥ずかしさで居た堪れない顔をしている瞬の耳元で囁く。

「stay」


脱衣所の棚にまとめて置いてある忍の下着を一枚取り出して渡す。

「服も買いに行かないとね。僕の服じゃサイズが合わなさすぎる。今日は有給使うから買い物に行くよ」

 気を利かせてすぐに脱衣所から出ていった忍に感謝しながら下着を着けようとして気づく。
耳元でコマンドを囁かれたせいで今度は短パンを汚していた。




出かけることもできなくなってしまったため、通販サイトで服を選ぶ。

朝食は瞬がホテルも顔負けのものを作り、忍を唸らせた。

リストをきちんと書き出して必要最低限の買い物に抑えようとする瞬に、忍はそんなこと気にしなくていいのにと視線をやる。
着る物がいよいよなくなったために忍のバスローブを羽織らせているが、体格がいいので胸元がかなり空いている。目の毒だ。

「うーん、なぁ、これとかどうだ?」

いくつかお気に入りボタンを押して候補を絞ってきた彼の手からタブレットを受け取り、目を通す。

今まで飼い主の好みに合わせたものを着せられていたせいか、一貫性がまるでない。
忍がタブレットを返す。

「本当に君のほしいの選んでる? これを着ろって今まで言われたものに似たのを選んでない?」

図星を突かれた表情の瞬に言い聞かせる。

「僕は自分の好みで君を飾るつもりはない。君の好みで選んでごらん。似合わないとかおかしいとか言わないから」
 
 瞬が眉根を寄せてタブレットと睨めっこを始めるのに笑ってしまう。
「せっかく好きなものを買うんだ。もっと楽しんだらいいのに」
「そんなわけにいかねーだろ、お前の金で買ってもらうんだから好みばっかり優先すんのは気がひけるし」
「君は言うなれば最上級の毛並みを持った血統書付きの顔立ちだ。それ相応のものを着た方がいいよ。心配しなくてもハイブランドのものばかり選んだりしない分には出してあげるから」
「でも、何が似合うのかわかんねぇんだよ」
その声に忍は彼を眺める。年相応のものを……と考えて初めてまだ彼の年齢さえ聞いていなかったことを思い出した。
「そういえば君、何歳なんだい?」
「は? 俺? 今年で……ええと、ああ、そうだな……今年で二十歳だちょうど」
「忘れるほど気にもしてなかったわけか」
「十歳から学校通ってねえし、俺に年齢確認してくるやつなんて建前でしか見てねぇからな。AVに出せるかどうかとか」

平然と口にするということはそういう扱いも受けたということだろう。
忍は瞬の背後から同じようにタブレットを覗き込んだ。

「そういう意味ではなく、君の年齢ならスーツの1着も持っておいた方がいいだろうし私服はそうだね……あんまりラフなものばかりでもシチュエーションによっては困るだろうし、この辺はどう?」

 画面をタップする細い指先が示す服を見て瞬は俺にはこんなのも着れるのかと意外そうな顔をする。
その頬に忍の長い髪が触れる。
「似合うと思うよ。少し背伸びをした格好をしても悪くない年齢だ。君は体型もいい。耳と尻尾さえ消えたらこれを着て外に行って遊んでおいで。ちゃんと五時には帰ってきてほしいけどね、心配だから」
「──……かない」
ん? と忍が聞き返す。
「いかない。また変な奴に絡まれたらやだし」
 
 その言葉に苦笑する。
まぁ、彼はまだ若い。そのうち促さなくとも外に出たくなるだろう。今はまだ安心していたいのだろうから無理に行かせる必要はない。


 合計で20着ほど買ってやり、カードで一括で払う。
金額は敢えて彼には見せていない。忍からしたら大した額ではないのに気にしすぎるのが目に見えている。
 最近の通販サイトは優秀だ。明日には全て届くという旨のメールを一瞥し、その姿を思い描く。きちんとした身なりをさせれば彼はかなり見栄えのする見た目をしている──いくらその気はないとはいってもやはり同じ屋根の下にいる相手がハイレベルなのは目の保養だ。


 有給をとってしまったが、特にやることもない。昼からベッドが搬入されるのに合わせて彼は今部屋の片付けに追われているが、それもあと数十分で終わるだろう。元々自室とリビング以外のもう一部屋はほぼ使っていなかった。置いてあるものも知れている。
忍のコレクションしていたアンティークの類を少ししまっておいただけだ。

(まぁ、そんな大事なものはあの部屋には置いてないからいいけど)

と考えた忍の耳に瞬の声にならない悲鳴が入る。
続いて何かが壊れる音が鳴り響いた。


動物を飼うとインテリアがよく壊れるんだよ──そんな昔の同僚の言葉を思い返しながら部屋へと足を向けた。





「…………」
テンションが地に落ちている瞬を目の前に正座させ、壊れたクリスタル細工を置いた。
「やっちゃったね?」
そこそこ大切なものも置いていたのだったな……と内心ため息をつく。会社設立当初に贈られた記念の細工物で、この世に一点のそのクリスタル。
正座させられたまま瞬は真っ青になっている。

 素人目にも高いものなのは明らかだ。追い出されるかも知れない……とその目が呆然とクリスタルの破片を前にしている。

「気をつけて作業するように言っておいたじゃないか。言い訳はある?」

目の前で自分も正座しながら腕を組んだ忍の目から逃れるように、瞬は視線を床に据えている。
 犬の躾の仕方などそれほど詳しくない。反省しきっているこの青年にこれ以上叱責を加えるのも何か違う気がするが、これ以上他のものは壊されたくないのも本音だ。

「まぁ、過ぎたことはいいから。僕も手伝うから早く終わらせてしまおう。あとどこをやってないの?」

嘆息しながら声をかけたが、石化した青年は固まったままだ。

「瞬? そんなに気にしなくていいから」

手を伸ばすと、今までの環境で身についてしまったのだろう、反射的に瞬の牙が忍を噛んだ。
「ッ──……!」
やってしまったとますます竦み上がる視線に、手を噛まれたまま忍は静かに宥めるように穏やかな声をかけた。
「そんなに怖がらなくていいから。落ち着いて」
ゆっくりと牙が離れる。解放された手のひらで瞬の髪を撫でた。
平たく寝ている耳は怯えの証だ。尾も足の間に巻き込まれている。どんな罰を加えられるのかと覚悟しているその目に、忍は微笑んだ。

「大丈夫。僕は怒ってないよ。この反応だけで君が今までどんな酷い目にあってきたのか分かる気がするよ。片付けは後は僕がやるからちょっとリビングで寝ておいで」

それでも動けないでいる瞬に、忍はやれやれとその体を抱き上げる。武道をやっていてよかった──体格が上の相手も担ぐことはできる。呆然としている瞬をソファに下ろし、片づけに向かおうとするそのシャツを瞬が咄嗟に掴む。
振り向いた忍はしゃがんで視線を合わせて言い聞かせる。
「Stay、いいね」
リビングを後にするその背を見送った瞬が、本当に暴力を振るわれないという事実に困惑気味の安堵を見せた。




地に落ちたテンションでも彼の作る料理のクオリティは下がらない。昼から出てきたパエリアとサラダに舌鼓を打っている忍の前で瞬はひたすら頭を下げ続けていた。
「ほんっとーに………すまん……」
スプーンを口に運びながら忍は困って青年を眺める。
「あと何度気にしてないって言ったら謝るのやめてくれるのかな」
「でもあれ!! お前の会社の名前が入ってた……創立記念品だろ……?」

この顔でその上目遣いは良くない、と忍は罪な青年をつくづくと見る。今までの飼い主たちの気持ちはわからなくもない。Sub性が強すぎるというか、虐めたくなるのだ。もっとも忍のDom性は庇護欲が1番で、あまり加虐を好む性質ではない。それでもそう思うほどに。

「いいよ。それこそ僕の会社なんだ。僕が発注すれば同じものは作れる」
「もっと怒れよ……俺の立場がねーだろ……」
はぁ、とため息をつく青年に忍は平然と答える。
「もう正座もさせたし叱りもしたよ。これ以上は僕には期待しないでほしいな」
その目の前で冷めゆくパエリアを指差す。
「そんなことよりこれすごく美味しいからこれからも作ってほしい。というか君が食べないなら僕が食べるよ。僕、君にお預けの指示は出してないんだけど」
 

 本当に一ミリも気にしていない顔にやっと瞬はスプーンを握る。食べ盛りが午前いっぱい働いたのだ。空腹でないはずがない。サラダを取り分けてやって、食べ終わった忍は食欲を思い出したように勢いよく食べ始めたその姿を頬杖をついて見守る。

「犬科の習性なのかな、反省しすぎだよ。飼い主が気にしてないって言った時は君もスパッと忘れていいからね。
 午後から来るベッド、実は広い方がいいかと思ってダブルを買ってあげてるから組み立ては業者に任せようと思うんだけど君は僕の部屋にいてくれる? 見られるとまずいから」
 耳や尻尾もだけど、そのはだけた胸が一番。と胸中で付け加える。色気過剰も甚だしい。
 分かった、と頷いたその瞳はようやく本来の生意気な色を取り戻していた。

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