スパダリ社長の狼くん

soirée

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第一章

十五話※スパンキング要素あり

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 ガチガチに固まって正座をしている瞬の前で忍が赤ペンを走らせる。
瞬の願いを聞いて買ってきた問題集だ。
まずはどの程度の学力があるのか、忍が試しにやらせてみたテストの答え合わせである。
(意外と考え方の筋はいい──知識は足りないけれど、これは回転は悪くないな)
算数の式の組み立てを見ながら忍は考える。
瞬は確かに教育を受けられずにきたせいで基本的なところはかなり落としてはいるが、何をどうしたら解答を導き出せるのか考える頭は持っている。
あまり手厳しく採点して最初からやる気を折ってしまいたくない。彼が本気になればすぐにかなりの成長が見込めるからだ。
大甘でつけた点数は、62点。
やらせた問題は彼がまだ未履修の五年生のものだ。
「うん、すごいね瞬。君は考える力がかなりある。公式を知らないで挑んでこの点数は誇っていいよ。少し知識を入れたら君はすぐにかなりの点数を取れるようになるよ」
赤ペンを置いて向き直った忍の言葉にも瞬の表情は暗いままだ。仕方がない、小学生の問題集でこの点数であれば凹んでしまうのも無理はない。
「瞬? 誰だって教わってないことはできないんだよ。そんなにがっかりすることはない。むしろ君のこの計算式を見る限り君のIQはかなり高いんだ」
よしよし、と忍の手が瞬の髪を撫でる。たとえ耳と尻尾が消えても、根が正直な分その表情で何を思っているかは一目瞭然なのが愛らしい。
こわばった肩を軽く揉む。
「かなり緊張していたんだね、肩がガチガチだ。少し休憩しよう、いいね?」
だが、瞬は首を振る。
「いい。間違えたとこ教えてくれ」
忍が言い聞かせるようにその目を覗き込んだ。悔しさと焦燥感、恥ずかしさ……マイナスの感情とないまぜになった向上心は、評価に値はするが……。
「だめだよ。一度休憩しよう。焦る気持ちはわかるけれど、無理をして途中で挫折したら元も子もないから、いいね?」
「けど今やれば俺はすぐ覚えられるのに──」
「僕の言うことが聞けない?」
「そうじゃないけど……!!」
押し問答を5分ほど繰り返し、忍がため息をつく。指先で瞬を呼んだ。
「いけない子だな。分かったよ、教えてあげる」
懇切丁寧に間違えたところを解説してゆく。当然ながら、知らないことの多い瞬が一度に飲み込める内容ではなかった。途中から集中力を失っていく瞬に気付きながらも忍は解説をやめない。全て教え終わったところで確認した。
「分かった?」
「あ……ああ……」
気まずそうに瞬が返事をする。その目を見れば半分も理解できなかったことは明白だ。忍が隣に座っていた瞬を徐に膝の上にうつ伏せた。
腰と首の二箇所を肘と手首で押さえ込み、抵抗できないようにしたまま部屋着の短パンとボクサーパンツを引き摺り下ろした。瞬が狼狽える。
「僕の言うことをちゃんと聞けなかったんだし、結果は言った通りだったよね? 僕もちゃんと叱るからね」
手を振り上げる。尻に叩きつけられた手のひらに瞬がびくっと身を竦めた。
忍に体罰を加えられたことは初めてだ。だからこそだろう、いくらそれが子供向けのスパンキングという罰でも、ひどく痛く感じた。
明らかに力加減を考えていると思われる忍の平手は、右、左とゆっくりと打ち据えては頃合いを見て最大出力で落とされる。バシッと音が鳴るたびに瞬の体はぎゅっとこわばり、何度も打たれる尻が赤く染まってヒリヒリと痛んだ。
「……っ、…あぅ…っ!!……い、っ……!」
痛い。今までの飼い主にされたことに比べれば子供騙しのような罰なのに、耐えられないほど痛い。涙が流れてしまうのを堪えきれない。それでも逃げてはいけないと、じっと痛みに耐える健気な瞬をかわいそうに思いながらも、忍は心を鬼にして手の力を緩めない。
早く、早く終わってと瞬が本気で泣きながら腰を引くのを抱え込んで元の位置に戻す。
パンッ!と派手な音と共に落とされた忍の平手がくっきりと痕を残す。
「いやっ……も、痛いぃっ……」


 30回叩いたところで忍が瞬を抱き起こした。泣いてしまっている瞬の涙を指先で拭ってやりながら言い聞かせる。
「痛かった? どうしてこんなことをされたかわかる?」
「っ……、っ……、俺が……お前のいうこと……っ、……聞かなかったから……」
「違うよ。僕はそんなことで君をぶったりしない。君が無茶をしようとするからぶったんだ」
「……?」
瞬が涙に濡れたまつ毛を瞬かせて忍を見上げる。
「君はテストを解くのだけで集中力なんて使い果たしていたよね。その後でまだ知らない知識も含めて頭に入れるなんて、すぐには無理なんだよ。そんなことを繰り返しているうちに勉強が嫌になってしまったら、君は学ぶことをやめてしまうだろう? せっかくやる気になったのに、そんな終わり方をしたい?」
「ごめ……っ、ご……ごめん、なさ……いっ……」
忍が引き攣る息の合間を縫って謝る瞬の首を胸に抱き寄せてよしよしとあやしてやる。
ひどくしゃくりあげている。羞恥心を狙ってこの罰を選んだのだが、予想外に罪悪感に響いてしまったようだ。屈辱ではない、反省しきって忍に見放される不安に怯えている泣き顔に、なんども膝の上に抱き上げている長身をとんとんと揺すってあやす。
「いい子だね。次からはちゃんと休憩しようって言った時は聞くようにね。僕は君のコンディションも見ながら教えているから。君ができそうだと思った時は無理に休ませたりすることもないから、ね?」
「……っ、は、……はい……」 
いい子だね、と微笑んだ忍が瞬の服を整えて立ち上がる。膝から下ろされた瞬が蒼白な顔で震えているのに、優しく言い聞かせた。
「休憩も兼ねて少し落ち着こう。コーヒーを淹れてきてあげるから少しだけ待ってて」
出て行こうとするその手を咄嗟に瞬が掴む。怯えきった耳を撫でて、命令する。
「Stayだよ、いいね?」





 キッチンで飲み物を用意しながら忍もやや罪悪感を殺せずにいた。手のひらを見下ろす。ヒリヒリと焼け付くように残った痛みは、瞬のものと同じだろう。
 言って聞かせてもわかってくれなかった。仕方なかった。そうは思うものの、瞬の涙が瞼に焼き付いて離れない。忍には痛い目に遭わされることはないと、瞬は信じていただろうに。

 コーヒーを淹れ、少し考えて瞬にはたっぷりのチョコレートでホットチョコレートを作った。カップを二つ持って、褒められた行儀ではないが、足で扉を開ける。目を赤くした瞬が正座をして俯いていた。沈みきった表情に胸が痛む。切り替えるように明るい声をかけた。

「瞬。休憩しよう。おいで」

 素直に立ち上がった青年が、二人で問題集を広げていたローテーブルからダイニングテーブルに移動してくる。
「どうぞ。疲れた時は甘いものがいいんだ。糖分は脳の力になるからね。午後からたくさん頑張るためにも、ね?」
 熱いから気をつけて。そう注意してカップを手渡す。受け取った瞬が、何かを抱え込んでいるのを見て取った忍が促す。
「勉強、つらくなっちゃった?」
沈んだ表情のまま、彼は首を振る。
「違う…… でも、なんで俺何をしてもこううまくいかねーんだろ……お前のことも怒らせてばっかりで……なのにお前に見放されるのが怖くて……もっと俺がちゃんとできればっていつも思うのに、空回ってばっかりで……こんな俺が今更何を勉強したって……」
 テーブルの上で指を組み、顎を乗せて聞いていた忍が僅かに苦笑した。本当に生真面目な性格なのだ。すぐに思い詰めてしまうタイプなのだろう。素直でいい性格だが、彼に取っては辛いものだろうなと同情する。
「瞬。僕は君に腹を立てたりなんかしてないよ。少し困った子だなと思うことはあるけどね。さっき叩いたのも怒ったからじゃない。言葉では聞き入れてくれないようだったからだよ。僕は君に体罰はしないって言ってたんだから、嘘つきって君が怒ってもいいくらいの案件だ。それに今まで君のやってきたことがいろいろうまくいかなかったのは君のせいなんかじゃない。よく聞いてね。君のせいじゃないんだよ。僕が君を見放すなんてこともありえないし、心配しなくていい。広い世界を見るためにも沢山学んで武器にしてごらん。君はもっともっと羽ばたいていけるんだよ」
ちらりと上目遣いに瞬が忍の顔を伺う。頷いてやって、繰り返す。
「僕は絶対に君を見放したりなんかしない。今まで我慢しすぎていたくらいに我慢してきたんだ。少しくらいのわがままは僕は聞いてあげるから、心配しないで」
ほっとしたように瞬がカップに口をつける。立ち上る甘い湯気にうっとりと目を閉じた。
「美味しい?」
「美味い……」
ほうっと息をついた瞬が上目遣いに忍を睨んだ。
「……痛ぇんだよ」
呟く。忍が吹き出した。
「ごめんね、でも恨み言が言えるくらいには元気になったんだね。良かったよ」
瞬が膨れる。忍が腰を上げ、テーブル越しに身を乗り出してその額に口付ける。
「よく我慢したね。反省もできたし、いい子だ」
瞬がプイッと顔を背ける。だが、耳まで真っ赤に染まっていては何の誤魔化しにもなっていない。
「ほら、いい子だからこっちを向いてごらん。ご褒美が欲しいだろう?」
きょとんとして振り向いた瞬に、とろけるようなキスをする。瞬のチョコレートの甘さに忍のコーヒーの苦味が混じる。

 それはなによりも魅惑的な味だった。

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