スパダリ社長の狼くん

soirée

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第五章

四話

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 深夜も3時を回る頃に笹野がようやく自宅マンションのドアを開ける。玄関に自由気ままに転がったスニーカーを見て、部屋の奥に声をかける。
「ただいまー……あー、華絵かえ、早かったんだな今日は」
 リビングへ続く廊下に、ボーイッシュな少女が顔を見せる。少女に見えるが、見た目が若いだけですでに成人している。笹野の妹の華絵だ。オーバーサイズのスウェットは笹野のものを借りているからだ。昔から兄のものを横取りしたがる華絵のために、笹野はユニセックスなデザインのものを買うことが多い。
「うん、兄貴飲み会ってカレンダーに書いてあったから。どうせまた玉砕したんじゃないの?」
「…………」
華絵のわかっているといいたげな口調に思わず肩を落とす。笹野が藍原に対する感情を正直に話しているのはこの妹だけだ。いわゆるオタクな妹には男同士の恋愛に偏見がなく、それに加えて幼い頃から洞察力が鋭く、表面ばかりを取り繕って誤解を恐れない兄の真意を容易く見抜く賢さもある。隠すだけ無駄だと笹野が諦めるほどには。
「何連敗?」
「数えてねーよ、もう。俺本当健気だろ」
 弱りきった笹野の声に歩み寄ってきた華絵がジャケットを受け取りながらその頭を撫でた。ヤケクソ気味にネクタイも解いた兄に着替えを渡してやる。
「藍原くんに関しては兄貴すっごい慎重だよねぇ……まぁ、そういう兄貴の不器用なとこ嫌いじゃないけど」
 華絵の呆れたような声に、笹野は小さく呟くような声で答えた。
「藍原はさ……俺みたいなのに引っかかってよくねぇよ。あんな真面目なやつはアロマンティックってだけで幸せを逃すのはもったいねぇだろ。萌絵ちゃんならちゃんとあいつを愛してやれるから、しょーがねぇ。俺がでしゃばっても不幸にするだけだ」
「本当難儀な男だよね。あれだけセフレだらけのくせに本命には一途すぎるくらい一途でさ」
 玄関に座り込んで笹野が呟く。若干涙声の兄を気の毒そうに華絵が見下ろす。
「……俺がバカなのかなぁ……」
 額をこづきながら華絵は優しい声を出した。
「ううん。私は好きだよ? 冬兄のそういうとこ。本命を大事にしたいからわざわざセフレ作って本命なんかじゃないって思わせてあげるとこも、長男って期待を背負ってちゃんと妹の面倒見ながらいつかは身を固めなきゃって思う真面目さも、好きだからこそ最高の女の子紹介しちゃう不器用なとこも、一人でこうやって妹相手に泣き言言ってるとこも全部ね。好きだよ」
 うなじにキスを落とされて、笹野が笑う。
「お前も難儀な恋愛してるよなぁ……兄貴に惚れても将来ないぞ? 母ちゃんたちもまた俺たちの仲を疑って卒倒するぞ」
「いいよ別に。私は親のために生きてるわけじゃないしね。難儀な恋愛同盟組んで頑張ってこ」
 平然と言ってのける華絵の性格はサバサバとしていて気持ちがいい。笹野が藍原と似たようなことを漏らす。
「なぁ、華絵……兄ちゃん、お前がいなかったら生きてけないかもしれねぇ」
 華絵が面白そうに目をぐるりと回してみせる。兄の髪をぐしゃぐしゃと撫で回してほっぺたをつねった。
「おお、本格的に弱り出しちゃったじゃん……惚れろ惚れろ、妹に。いつでもウェルカムだから」
「けど俺藍原じゃなかったら誰とでも嫌なんだよ」
「藍原くん好きすぎるな」
「あんな可愛いやつ他にいないだろ。恋愛がわかんねぇあいつには俺はどうあっても友達にしかなれねぇって分かってるのに諦めがつかねえんだわ」
 華絵が参ったというように両手を上げる。白旗を振るようにパタパタと手のひらを振った。本気で兄に惚れている華絵にはこういう笹野の不器用さはどうにも愛しくてたまらないのだ。
「可愛いなぁ兄貴……そういうの無意識にやるな、妹は余計に惚れちゃうから。まぁもう今日はとことん飲もう、そんで全部吐き出してから寝たらいいじゃん」
 笹野が引く。
「え、まじで言ってんの……? 兄ちゃん今さっき飲んできたばっかよ……?」
「いいじゃん、私も兄貴もザルなんだからどうせ。ほらカンパーイ」
 後ろ手に用意していた缶チューハイを無理やり笹野に持たせて、立ち上がらせる。リビングには用意周到につまみの類が用意され、感心なことにウコンなども完備されている。確信犯の妹に感謝しつつ、持たされた酒を見て唸る。
「ストロングゼロ……お前の酒のチョイス本当漢だなぁ」
「ほろよいとかああいうの甘ったるくて無理」
「カッコいいな、惚れるわ兄ちゃん」
「うん、どんどん惚れろ。そしてキスしていいよ」
「だめ。それはダメ。兄ちゃんを犯罪者にするな」
結局のところこうして兄妹で飲んでいるのが一番気が楽な自分にも呆れる、と笹野が苦笑する。身を固めるのはまだまだ先になりそう、というかこのままでは笹野も華絵も一生独身だ。
 ちぇ、と残念そうに舌打ちする華絵の頭を撫でて、「早くいい人見つけろよ」と笑う。華絵が、
「そうやってまた本当はそばにいてほしい人間を幸せにしようとする兄貴を置いてけないな」
 とその頭をグラスで小突いた。
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