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5話 自分ではない誰かのもの

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 突如として現れた護衛らしき謎の男性。
 問題は、その男が口走った言葉だ。

 俺は確かにその名前を耳にした。

「リリア、王女殿下……?」

 おいおい……嘘だろ?
 その名前はさすがに俺でも覚えてる。嫌でも覚えている。なぜなら……。

 前世で友人からさんざん聞かされたゲームのヒロインの名前だからだ。

 リリア・トワイライト第三王女殿下。
 トワイライト王家の末娘。
 黄金のごとき髪色は母親ゆずりで、清楚な外見に似合わず個別ルートでガンガン主人公を束縛して狂気を見せるヤンデレ系ヒロイン。

 加えて友人が前世で言ってたように、彼女は好奇心旺盛で主人公を引っ張るタイプのヒロインなのだ。
 今日だって色んなものが見たいという理由で城下へ駆け出し、人混みに揉まれた際にペンダントを落としてしまう。

 本来はその落としたロケットペンダントをたまたま見つけた主人公と遭遇し、お互い名前を名乗りあって運命的な出会いを果たすのがゲームのイベントだ。

 要するに……その主人公のイベントを俺がナチュラルに横取りしてしまった————!

 いや気付かないだろフード被ってたら普通。
 俺は割と適当にゲームもプレイしてたし……どうしよう。

 これを機に本編の内容が変わって面倒事に巻き込まれたら嫌だな……。
 今のところ大丈夫だと思いたい。
 ……うん、大丈夫だろう。考えるのすら面倒になってきた。忘れることにする。

「申し訳ありません。恩人であるあなたに名乗るのが遅れてしまいました。私の名前はリリア・トワイライト。一応……第三王女殿下と呼ばれています」

 彼女は俺の前で美しいカーテシーを見せる。
 さすがに王族だけあってまとうオーラは今更ながらに王族のそれだった。

「…………す、すみませんでした!! こちらこそ第三王女殿下とも知らずに無礼な口を……」

 やばいなんてもんじゃない。君とかため口とかどう考えても不敬だ。
 彼女がその気なら、俺にイチャモンを吹っかけることもできる。

 一応は最高位貴族だ。罪に問われることはないだろうが……ひやりと不安が胸をよぎった。

「あ、頭を上げてください! 名乗らなかった私のせいですから、あなたに罪は問いません。むしろ母の形見であるペンダントまで見つけてもらい……本当にありがとうございました」

「ど、どういたしまして……」

 許されたので顔を上げる。

 駆けつけた彼女の護衛らしき男は状況があまり理解できず首を捻った。
 すると、そのタイミングで強風が吹く。

 リリア王女殿下の背後から吹いた風は、反対側にいた俺のフードを無理やり吹き飛ばした。
 フードが吹き飛ぶと当たり前だが俺の素顔が晒される。

 俺の顔を見て、護衛の騎士が驚愕の声を上げた。

「そ、そのお顔は……まさか、グレイロード公爵様のご子息では!?」

「あ、はい」

 どうやら彼は、前に俺と会ったことがあるらしい。
 震える声でバッと頭を下げて挨拶してくれた。

「グレイロード公爵の子息……ああ、そう言えばマリウス様という方がいると聞いたことがありますね。——もしかして?」

「俺が、そのマリウス・グレイロード、です……」

「まあまあ! 四大名家のグレイロード家の方でしたか。それはそれは……また運命的な出会いを感じますね」

「運命的な、出会い?」

 なにそれ。
 どこで確認できるのその運命。

 気のせいかリリア王女殿下の瞳にどす黒い感情が見えるような……いやきっと見間違いだ。
 見間違いってことにしておこう。

「ええ。偶然、私は城下でマリウス様と出会いました。マリウス様もたまたま外へ遊びに出かけたのでしょう? そんな二人が出会い、マリウス様は私が失くした宝物を見つけてくださいました。絶望的な状況だと思っていたところに、マリウス様が駆けつけてくれたんです! さらに私は王女であなたは公爵令息! これを運命と言わずしてなんと言うのですか!」

「え、えぇ……」

 超、熱く語られた件。
 やっぱ見えるわどす黒い何かが、彼女の瞳の中に。

「そうだ! お礼はどうしましょう。わざわざ落し物を探してくださったのですから、それ相応の物が必要になりますよね」

 チラチラとそう言いながら俺の顔を見る。
 このあとの展開がなんとなく読めるな……。

 よし、俺は考えるのを止めた。
 後ろに控える騎士やメイドの方へ振り返り、

「お礼が欲しくて助けたわけじゃありませんから結構です」

 と彼女へ告げた。
 しかし、彼女もまた簡単には引き下がらない。

「ですが、王族の一員として恩を返さないのは末代までの恥! 譲りませんよマリウス様!」

「平気ですよ。私と王女殿下は素性を隠して出会った。それなら私が助けたのは単なる少女に過ぎません。そんな人からお礼など貰えませんよ」

「む、むむ! それでも素性を知った以上は——」

「結構、です!」

 俺は一目散に走り出した。
 慌てて騎士やメイドが俺のあとを追いかける。

 これ以上は俺の日常が脅かされる予感がした。
 そのために久しぶりに全力ダッシュをしたが……明日は疲労でベッドの上から起き上がれないかもしれない。
 エネルギー不足という意味で。

 だが俺は無事、後ろで何かを叫んでるリリア王女殿下から逃げることに成功した。





 ……成功、したよな?
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