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31話 貞操の危機

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 どうしてこうなったのかと少しまえの自分の言いたい。
 何かこうなるキッカケがあったんじゃないか? 事前に止めることができたんじゃないか?
 あまりにも非現実的すぎる光景に、思わず俺はそう心の中で自分に問いかけた。

 しかし、記憶を高速で振り返ってもそれらしい場面は無い。
 ならば過去の自分がどれだけ頑張ったところでこの結果は変わらないのだろう。
 そもそも俺に頑張れっていうのが無理な話なのだ。

 けど、本当に何がどうしたら薄着のフローラに覆い被さられる状況が完成するのか。
 まるでこの状況は、全国の男子が妄想する年上の女性に夜這いを仕掛けられたあれじゃないか?

 実際にやられると意味がわからなくてひたすら困惑するが、一応、俺は彼女に問いかけてみようと思う。
 何の用なんだと。

 その答え次第で、俺と彼女の今後の関係が変わる。
 俺が想像する理由でないことを祈った。










「なに……してるんだ、フローラ?」

「あ、おはよう。起こしちゃってごめんね」

「それはいい。それよりこの状況を説明してくれ。さっぱりわからないんだが」

「見たまんまだよ。マリウスくんを夜這いに来ました」

「…………」

 あー、なるほどね。見たまんまだたしかに。
 そりゃ異性の部屋に薄着で行く理由なんてそれくらいのものだよな。
 わかるわかる。

「きゃあああ————!」

 俺は叫んだ。
 子供だから声変わりしてない分、わりと高い声で。

「ちょ、ちょっとマリウスくん!? こんな時間に騒いだら他の人に迷惑だよ! それと、女の子みたいな反応しないで! 私が困っちゃう」

「夜這いしといてどの口が言う!? 経由とか理由とかいろいろ気にはなるがまずはそこを退け! 服を脱ごうとするなああ————!」

 人の話を無視してプチプチと服を脱ぎ出したフローラ。
 俺は大きな声を出しながら彼女を逆に押し倒す。

「きゃっ。い、痛いよマリウスくん……もっと、優しくして?」

「うるさい。もう聞かれたことだけ答えてくれ……」

「酷い……最近ものすごく仲良くなれたと思ったのに」

「親しき仲にも礼儀あり。いくらなんでもこれはやりすぎだと思うが?」

「だって……マリウスくんに意識してもらいたかったんだもん」

「は? 俺に……は?」

 彼女が何を言ってるんだ?
 食事のあとで頭でも打ったか? 重症だな。

「あ、その顔は呆れてる顔だ。違うよ? 違うんだよ? 私は……マリウスくんに女性として見てもらいたかったの」

「女性として? フローラはどう見ても女だろ」

 その顔で男だったら違う意味でビビるわ。

「ううん。そういうことじゃない。異性として、女性として見られたかったの」

「……? つまり、どういうことなんだ?」

「つまり! 私はマリウスくんのことが好きなの!! でもマリウスくんにはリリア王女殿下がいるから、側室になりたくて……でもマリウスくんは私のこと女として見てくれないと思って……」

「夜這いを仕掛けた、と」

「はい」

 こわ。
 まじかよ。
 本気で鳥肌が立った。

 彼女が気持ち悪いとか気色悪いとかそういう意味ではなく、素直にホラー映画を見た時の心情になった。
 うすうすそうなのではないかと思ってはいたが、この子もリリアに近しい何かを持ってる。

 少なくとも好きな相手に振り向いてほしくて夜這いを仕掛けちゃいました! てへ! という女はまともじゃない。
 ある意味、ちゃんとしたステップを踏みにきたリリアよりヤバイ女だった。
 何が聖女だ。ぜんぜん聖女じゃないぞこの女。

「ハァ……取り合えず部屋に帰れ」

「え? やっぱり……マリウスくんは私のこと、好きじゃないの?」

「いや、そういう意味じゃない。そんなアホみたいな理由でフローラは抱けないよ。そういうことは、もっと愛し合ってからするものだ」

「じゃあ私と愛し合ってくれるの!?」

「強引だなおい。……残念ながら俺はフローラの想いには答えられない。俺にはリリアもいるし、まだ子供だからな」

「そっか」

 明らかに落ち込むフローラ。
 そんな彼女の顔を見ると俺の中で罪悪感がすごい。

「……ま、まあ……フローラは、俺から見ても十分に魅力的な女性だと思うよ」

「へ?」

「だから落ち込むな。いずれ、それを受け入れてくれる相手が見つかる」

 主人公とか主人公とか主人公とか。

「それまでもっと自分のペースでのんびりいけばいいさ。わかったらさっさと自分の部屋に戻れ。いつまでもそんな格好でいると、俺もさすがに恥ずかしい」

「目のやり場に……困る?」

「ああ」

「~~~~!」

 なぜか喜ぶフローラさん。
 あの……先ほどの私のお言葉は聞いてましたでしょうか?
 やんわりとあなたの告白を断ったつもりなんですが……あ、聞いちゃいねぇ。

 フローラは舞うように鼻歌を歌いながら部屋を出て行ってしまった。
 来るのも唐突なら出ていくのも唐突だな……。

「なんだったんだ……くだらね。ねよねよ」

 俺は考えるのすぐにやめた。
 どちらにせよ彼女の告白は拒否したんだ。これでおかしなフラグはへし折っただろう。
 安心して瞼を閉じた。

 しかし、このときの俺は忘れていた。
 リリア以上の狂気を秘めた彼女が、その程度で止まるはずがないことを。
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