人喰い遊園地

井藤 美樹

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第一章 闇からの誘い

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「そう……君たちは記憶を弄られたって思ってるようだけど、それは間違いだ。
 記憶を弄られたんじゃない。
 とね。
 だから、嗜好や味覚、性格が変化する。まるで、別人のように。
 ……だってそうだろ。見た目は同じでも、中身は全く違う奴なんだから違って当たり前だ。そもそも、人でさえないんだから、アレルギーなんて関係ないよね」

(えっ……?)

「「なっ!! 嘘だろ!?」」

 考えてもいなかった。想像さえもしていなかったことを告げられて、思わず二人して大きな声を上げてしまった。

 そんな勇也と巽を、柳井は何も言わず見詰めている。その目は、とても冗談を言っているようには到底見えなかった。

 巽は少し落ち着きを取り戻す。だが、実際会い会話した勇也には到底無理だった。

 だってそうだろ。自分をずっと監視していた奴らと直接話したってことだろ。人間の皮を被った化け物とーー。取り乱して当たり前だ。乱さない方がおかしい。

「…………まさか、そんなことが……」

 そん勇也の隣で、力が籠らない、か細い声で呆然と呟く巽。

 そんな弱々しい巽の姿を勇也は初めて見た。心底驚いた。ある意味これもショック療法なのか、おかげで勇也は、だいぶん落ち着くことが出来た。

 あまりにも現実から掛け離れているせいか、どうも実感が湧かない。ましてや、話の内容が内容だからか、どう巽に声を掛けていいのか勇也は分からなかった。

 そんな勇也を見て、柳井は気付かれないようにクスッと笑みを浮かべた。

「ところで、勇也君。君は暗闇が怖いんだってね。どうしてだと思う?」

 いきなり名前を呼ばれ告げられた言葉に、勇也は咄嗟とっさに反応出来ない。

(誰にも言ってないのに、何で知ってるんだ?)

 不審に思いながらも、勇也は首を傾げる。

「本当に気付いてないのかい?」

「…………」

 無言は肯定。

 暗闇から感じる視線。

 その視線の正体は、今なら容易に予想出来る。したくはないがーー。だから、口には出したくなかった。どうしても。

「分からないのなら教えてあげようか。あれはね、あやかしたちが暗闇から君のことを見ていたからだよ」

 教えてくれなくてもいいのに、わざわざ丁寧に教えてくれた。ほんと、いい性格している。でも、意味があってのことだと勇也は思った。

「…………もし、俺が不審に思って、暗闇に近付いていたら……?」

 何で、そんなことを訊いたんだろう。つい口からポロッと出た。

 極度の緊張のせいか、口の中が異様にカラカラだった。そのせいか、問い掛ける声は掠れとても小さなものだったが、柳井の耳にははっきりと聞こえていたようだ。

「拐われていたよ。間違いなく。【人喰い遊園地】で行方不明になった人たちみたいにね」

「「ーーーー!!!!」」 

 巽も、そして当事者になるかもしれなかった勇也の顔からも血の気が引き、真っ青になる。全身から血の気がサーと引いていくのを、二人ははっきりと感じていた。

「そういえば、勇也様がこちらに来られた時も、監視されていましたね。そのご様子では、幼少の頃からのようで。あやかしたちは、よほど勇也様にご執心のようですね」

 今までずっと黙って控えていた華が、勇也の顔を見詰め、淡々とした口調で巽を地獄に落とす発言をかましてくれた。

「…………勇也が……」

 自分の身近にいる者が危険に晒されていたことに、巽はショックを隠せない。

 そして知らなかったとはいえ、狙われる危険性が大いにある人間を、この案件の調査に携わらせてしまったことを知った。

 巽は顔を盛大に歪ませ、下唇を強く噛み締める。

 最低最悪な人選ミスだ。

 所長として、先輩として、巽は自分自身が腹立たしくて仕方がなかった。

「勇也君は、あやかしを感じることが出来る人間だからね。それに、彼らを受け入れる心の余裕がある」

「そうですね、主様。昨今は珍しいですから。あやかしの存在を感じて、尚且つ、壊れない心の持ち主は。ある意味貴重な存在ですね。あやかしたちは案外寂しがり屋なんですよ、巽様」

 呆然としている勇也をネタに、表面上穏やかな口調で話す、柳井と華。華は巽に見事に止めを刺した。

 穏やかな口調で話ながらも、華は巽に対し怒りを感じていたのだ。知らなかったとはいえ、身を守る術を知らない子供を、猛獣がうようよいる檻に放り込んだのだから。それもご丁寧に肉を巻き付けて。

 それが如何に危険なことかーー。

 この場に勇也がいるのも奇跡に近い。

 今こうして話している時点でも、彼の身は危険に晒されているのだ。

 分かっているのだろうか。幾ら暗闇が少なくなったとはいえ、暗闇はどこにでも存在しているのだということを。

 当事者である本人は呆然としていて、柳井と華の会話が耳に入ってこないだろうが……。今はその隙さえ許されない。それほど、危険な状態だった。

「…………勇也君……勇也君……」

 何度も名前を呼ばれハッとする勇也に、柳井は温かい笑みを浮かべる。そして、柳井は優しい声で尋ねた。

「勇也君は、あやかしは存在しないと思ってるのかな? 幽霊とかも?」

 少し考えてから勇也は答える。

「…………見たことがないので、何とも言えません」

 それが勇也の正直な気持ちだった。

「即座に否定しないんだね」

(出来るわけないだろ)

 この案件に携わる前なら、勇也は考えずに即答しただろう。「否」とね。

 微笑みながら、柳井は俯いた勇也の様子を観察する。

 だって、本当は知っていたんだから。得体のしれない何かが暗闇に潜んでいるとーー。

 何かが自分を見ている。

 答えれば、自分の身が危ない。

 本能的に勇也はそう感じとっていた。

 だから勇也は、徹底的に無視した。

 近付かないように。

 気付かない振りをして、出来る限り部屋に暗闇を作らないように工夫していた。

 結果として、それが正しかったんだと、勇也は知る。

 このマンションに来て、たいした時間も経っていないのに、あやかしや幽霊などのあやふやなものを信じ始めている自分自身に、勇也は驚く。同時に、混乱していた。

「勇也君。君の判断は正しいよ。対処の仕方を知らない者が関わることは、とても危険だからね」

 弾かれたように、勇也は顔を上げる。その目から、勇也の中で渦巻く混乱と恐怖がありありと見てとれた。

「巽が言っていた君の直感力は、危険を回避する本能が鍛え上げられた結果の産物だね」

「と、いうことは?」

 巽が口を挟む。

「勇也君は、僕たちに近いってことかな。……だから、君はあやかしたちに気に入られた」

 ーー気に入られた。

 その言葉が、勇也の中で何度も何度もリフレインされる。まるで、呪いの言葉のように。

「ーーしっ……ろ!! どうした!? 勇也!!!! 勇也!!!!」

 突然ガタガタと震え出す勇也に、隣に座っていた巽は驚きその肩を強く揺すった。

 勇也は震える手で、鞄のファスナーを開け一通の封筒を取り出した。そして、テーブルの上に置く。

 高級そうな和紙で出来た薄い水色の封筒の表には、はっきりと〈神崎勇也様〉と書かれていた。

 勇也は震える手で封筒を開け、中身を皆に見せたのだった。


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