人喰い遊園地

井藤 美樹

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第四章 ドールハウス

地下

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「いったい、中川の奴、どこに隠れやがった!!」

 金属が勢いよく固い床に叩き付けられ、派手な音が室内に響く。同時に、罵声も響いた。

 簡単に見付かると思っていた。それが意外にも見付からない。カースト最下位の根暗野郎に最上位の自分たちが振り回されてることに、黒髪のクズ男は苛々を募らす。憤りを隠そうともせず、周りに当たり散らした。

 ミラーハウスのスタッフが教えてくれた通り、【ドールハウス】に中川は隠れているようだ。

 ほんの一瞬だが、中川の服の裾がチラリと見えた。いつも背負ってる黒のリュックも見た。自分だけじゃない。全員が目撃している。

 そして、入口を少し入ったところで中川の財布が落ちていた。どこまでもドジな奴だ。中身は勿論、慰謝料として貰っといてやるから安心しろ。空になった財布をポイッと捨てる。

 クズ四人は改めて確信する。間違いなく、中川はここに隠れていると。

「こっち側にはいなかった。マジ、どこにいんだよ!! 中川の奴!!」

 黒髪のクズ男と同様、茶髪のクズ男も憤って怒鳴り散らす。

【ドールハウス】はそんなに広いアトラクションじゃない。作りも至って簡単で単純だった。

 一応、おばけ屋敷のようだ。屋敷内を歩く体験型アトラクション。といっても、一本道をただ進むだけの単純なものだ。隠れるところも少ない。人形が並んでいる棚の脇ぐらいか。なのに、何故か見付からない。

「会ったら、ただじゃおかねぇ!!」

 腹立たしげに、通路近くに設置していた椅子を派手に蹴飛ばす茶髪のクズ男。

「もしかしたら、従業員通路に逃げ込んだじゃないのか?」

 意外と黒髪のクズ男は冷静だった。

「チッ。めんどくせーー」

 館内を大声で騒ぎ、口々に文句を言うクズ四人。しかし、その口元は醜く歪んでいる。

 普通、これだけ騒いだらスタッフが慌てて飛んで来る筈だ。しかし彼らは、係員が飛んで来ないことを知っていた。立ち入り禁止の札が出入口に置いてあったからだ。どうやら、ここは今休止中のようだ。

 興奮しているクズたちは気付かない。

 普通なら、立ち入り禁止のアトラクションに、そもそも入ることなど出来ないってことにーー。もし、例え気付いたとしても、この場所に誘導されていただろうが。

「マジ、ここ気持ち悪いところよね。あっちこっちに人形置いてるし」

「まぁ、一応ドールハウスだからね。にしてもさぁ、田舎の遊園地だよね~~。造りが、田舎感まるだし~~。ミラーハウスなんて、初めて見たよ」

 完全に馬鹿にしながら、クスクスと笑うクズ女二人。

「一応、化け物が運営していることになってるんだから、田舎って言ったら駄目だよ」

 明らかに馬鹿にしながら、クズ女の一人が嘲笑する。

「化け物ね~~。そんなのいるわけないのにね~~。馬鹿みたい。設定に頼らなきゃいけないって、ほんと、だっさぁ~~」

 クズ女たちが遊園地をディスっている時だった。

 ガタン!!!! カン!!

 何か固い物が倒れる音がした。

 クズ四人は音がした方に走り出す。

 音がしたのは、やはり従業員通路の奥からのようだ。クズたちは当然躊躇ためらうことなく、立ち入り禁止の札を無視し跨ぐ。そして勝手に、奥へと進むクズ四人。

 音がしたのはここか。不自然に倒れた人形と、空き缶が転がっていた。明らかに、さっきまで人がいた痕跡。

 薄暗い通路の先には古い貨物用のエレベーターがあった。エレベーターは下に向かって降りてる途中だ。何かを乗せて。

「あいつ、下に逃げたな」

 やけに楽しそうな声で黒髪のクズ男が言った。

「だね~~。勿論、追い掛けるよね」

 クズ女の一人がそう言うと、当然他のクズたちも同意する。

「当たり前だろ」

 皆同意する中で、クズ女の一人が変なことを言い出した。

「ねぇ。確か、ドールハウスの地下に【拷問部屋】があるって噂があったよね」と。

 SNS上にそんな噂が上がっていたのを、クズ女の一人が思い出した。

「そんなの、宣伝に決まってるだろ」

「あったりして~~」

 ケタケタと笑うクズ四人。誰も信じていなかった。だから四人とも余裕だった。却って、地下に逃げてくれたことに感謝したいくらいだ。何時間もいたぶることが出来るんだから。

 一番エレベーターの近くに立っていた黒髪のクズ男がボタンを押した。鈍い金属音と共にエレベーターが上がってくる。

 中川は地下に隠れている。

 クズ四人の前で、扉がギッギッと軋む音をたてながら、ゆっくりと開いた。

 自動的に電気が付く。古いせいか薄暗い。配線が古いのか、ジッジッと音がする。貨物用のエレベーターらしく中は意外と広かった。壁面に貼られている注意書には落書きがあった。よく見たら、結構落書きが多い。ただ……貨物用のエレベーターには珍しく、大きな鏡が備え付けてあった。

 クズたちは特に鏡のことに気を留めることなく、笑みを浮かべながらエレベーターに乗り込んだ。誰も閉のボタンを押していないのに、扉はまた軋む音をたてながらゆっくりと閉まった。

 クズ四人は心底楽しそうに笑っている。そしてその目は、まるで獲物をいたぶる肉食獣の目をしていた。



 これから先、自分たちの身に何が起きるかも知らないでーー。



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