空っぽの私は嘘恋で満たされる

井藤 美樹

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俺が変な女と初めて会った日

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 最初に、俺が松岡三奈を見た感想は、変な女だった。まぁ今も、この俺と平気でつるんで軽口を叩いてくる変な女だけど、当初はかなりきわ立っていた。

 だって、普通考えもしねーだろ。今どき、切符の買い方知らねー奴がいるって。どんなお嬢様だよ。幼児でも知ってるぞ。

 周囲にいたやつらも、完全に不思議ちゃん認定してるし、皆関わりたくなくて避けている。中には、「痛い女」って笑っているやつもいた。でも観察してると、不思議ちゃんのようには見えなかった。演技なら、たいしたもんだぜ。

「もしかして、あんた、切符の買い方わかんねーの?」

 思わず、いてしまった。パッと振り向き、恥ずかしそうに小さく頷く女。

 マジか!?

 考えてみれば、最初から三奈は俺を怖がらなかったな。怖いこと知らないから、怖がるって感情を知らないのかもしれない。赤ちゃんと同じくらい無垢むくな奴だと思った。どう育てば、こんなに無垢になるんだ?

 そんなことを思いながらも、目が離せなくて、ついどこに行くか訊いたら、そいつは無謀むぼうにも水族館に行こうとしていた。

 最近リニューアルした、あの水族館か!? マジで無謀すぎるだろ!? 乗り換えが二回あるんだぞ、切符さえまともに買えねー女が無理だろ。

 そこまで赤裸々には言わなかったが、似たようなことを言ってしまった。傷付けたか、少し反省したが、その女は俺に切符の買い方を聞くと、礼を言い買おうとしていた。

 そこまでして、行きたいのか。

 そう思ったら、つい、身体が動いていた。気付いた時には二枚切符を買って、一枚を女に渡していた。カーと血が顔に上ってくる。

 マジ、俺、なにしてるんだ!?

 幸いにも、あんまり表情が表に出るタイプじゃなかったから、なんとか取りつくろうことがてきた。かなり、素っ気なかったと思うが。

 だとしても、名前も知らない強面の目付きが悪いデカい男に切符渡されたら、普通、怖くて固まるよな。さすがに、あの女も固まってたしな。人の視線が痛すぎる。

 あ~どうしろっていうんだよ!!

 出した手引っ込めるの、恥ずかしいし。このままでいるのも恥ずかしい。謝って逃げるしかねーなと思った時だった。

 変な女が、屈託くったくなく、すっげぇ良い顔で笑って切符を受け取ってくれたんだ。

 その瞬間、この女を離したらいけねーと思った。

 野生の勘? 本能?

 そんなのわかんねーけど、そう強く強く思ったんだ。だから、俺も一緒に行くことにした。そう思う前に二枚買ってたけどな。

 すると、すんなりあの女は承諾した。そして、覚束おぼつかない足取りで俺を追い掛けてくる。

 俺は親鳥か? でも、そこが可愛いんだが。

 女が俺のことをどう思っていようが、離すつもりなんてさらさらねーから。それにしても、危機感薄すぎねーか。まぁいいさ、隣で俺が目を光らせていたらいいだけの話だしな。

 絶対、逃がしはしねー覚悟しとけよ。

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