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14話 分水の街、揺れる命の律動
しおりを挟む分水の街を取り巻く峡谷は、異界の風景の中でも特異な地形だった。深く刻まれた谷底には霧が立ち込め、地表には大小さまざまな水流が絡み合っていた。それらは最終的に一つの川に収束し、街の中心を流れ抜けていた。この水の流れこそが分水の街の命であり、街のリズムそのものだった。
「こんな地形、普通じゃ見られない。」レイは吊り橋から川の合流地点を見下ろしていた。水の勢いは壮観だったが、どこか不安定な印象を与えていた。
「異界では自然の形が、人の意志に呼応することもあるわ。」イリスは橋の手すりに手をつけながら答えた。「特に扉が近くにある街では、それが顕著になる。ここもきっと、そうね。」
「人の意志か……なら、ここに住む人たちがこれを作り上げたのか?」
イリスは首を振った。「人々の意志が形を決めたわけじゃない。むしろ、扉がもたらす力が人々の暮らしを方向づけたのよ。この街は、水に支配されているわ。」
下層の街区では、小舟を漕ぐ子どもたちの笑い声が響いていた。その一方で、岸辺に座り込んで川底を見つめる老人たちの表情は陰りを帯びていた。水はこの街の象徴であり、命そのものでもあったが、同時に危険と不安をもたらす存在でもあった。
分水の街は三つの主要なコミュニティに分かれていた。それぞれが水を中心にした役割を担っていたが、その関係は必ずしも調和的ではなかった。
1. 下層街:水路管理者たち
川沿いに住む彼らは、水路の維持と清掃を担い、街全体のインフラを支えていた。しかし、その仕事は過酷で報われることが少ない。特に最近では川の増水や水路の崩壊が頻発し、住民たちの間には疲労と不満が広がっていた。
2. 中層街:商人連合
分水の街の中心地で取引を仕切る商人たちは、経済の中心として繁栄していた。彼らは水の力を利用して商品を運び、高価な交易品を取引していたが、その利益を下層街に還元することはほとんどなかった。
3. 上層街:門の守護者
峡谷の上部に位置する上層街は、再生の門を中心に形成された区域だった。ここに住む者たちは、門を神聖視し、その維持と保護を自らの使命とした。しかし、彼らは街全体にほとんど関与せず、その隔離された姿勢は下層街と中層街の住民たちの間で不信感を募らせていた。
「水を巡って生きる街なのに、全員が同じ方向を見ているわけじゃない。」レイは不満げに言った。
「それが人間よ。」イリスはため息混じりに答えた。「でも、扉が弱まれば街全体が崩れるかもしれない。その時、どうするのかしら。」
二人は街を巡る中で、不穏な噂を耳にした。最近、夜になると水路の奥深くから妙な音が聞こえるという。それを「水音の呪い」と呼ぶ者もいれば、何か異界の存在が関与していると恐れる者もいた。
「また奇妙な話だな。」レイは呆れたように呟いた。
「でも、無視できないわ。」イリスは目を輝かせた。「こういう話には必ず、街の状態を映す何かが隠れているものよ。」
話を聞いた水路管理者の一人が、彼らに案内役を申し出た。彼の名はライドという若い男性で、近頃の異常現象に頭を悩ませていると言った。
「もし本当に水音の正体を突き止めてくれるなら、下層街全体が助かります。私にできることがあれば協力します。」ライドは真剣な眼差しでそう言った。
夜、水路の奥深くへと進む。足元には苔むした石が滑りやすく、川の水が淡い月明かりを反射している。音もなく流れる水に、どこか異様な静けさが漂っていた。
「何かいる気がする。」レイが剣に手をかけた。
突然、深い水音が響いた。それはただの水流の音ではなく、何かが蠢いているかのような重い響きだった。
「注意して!」イリスは杖を構えた。
水面が激しく揺れ、黒い影が現れた。それは人の形をしているようで、実体がない。ただ、街全体の歪みを象徴するかのように、水流を乱しながら二人に襲いかかってきた。
「何だこいつ!」レイは剣を振るい、影を追い払おうとする。
イリスは杖から光を放ち、影を浄化しようと試みた。その戦いは長く続いたが、最終的に二人は影を退けることに成功した。
「これは……。」イリスは水面に浮かぶ奇妙な光を指差した。それは、再生の門の力が街全体に届いていない証拠だった。
事件を解決した後、二人はライドと共に下層街の住民たちと話し合いの場を持った。住民たちは影の正体に怯えていたが、二人の話を聞くうちに少しずつ表情が和らいでいった。
「街は一つだ。」レイは住民たちに向かって言った。「上層も中層も、全部つながっている。だからこそ、こんな異常が起きるんだ。」
「それを解決するために、私たちは扉の力を取り戻したい。」イリスが続けた。「協力してほしいの。」
住民たちは最初、二人の話に戸惑いを見せていたが、ライドが加勢することで徐々にその意図を理解し始めた。
その夜、二人は宿で地図を広げて次の行動を考えた。街全体の不調は、再生の門が弱まりつつあることに原因があると確信した。しかし、その門に近づくには上層街の協力が不可欠だった。
「どうやってあの閉じた門を開かせるか……。」レイは腕を組んで考え込んだ。
「まだ答えは出ないけど、分かることが一つある。」イリスは窓から差し込む月明かりを見上げた。「この街には、私たちが探しているテーマの断片が詰まっている。それを拾い集めれば、きっと次に進むべき道が見えてくるわ。」
二人の旅はまだ続く。分水の街で見つけた小さな断片は、彼らをさらに深い謎の中へと導いていく。
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