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第七話 第五節「誰がための剣」
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霧はまだ地を這い、空の色だけが夜明けを告げていた。
神社裏手の山道を抜けた先――白霞の村の北側、杉の斜面の奥に、剣之介は立っていた。
草は露を含み、土は湿り気を帯びている。
その湿度すらも、これから起こることを拒むように感じられた。
だが、剣之介は静かに呼吸を整え、両の足で大地を確かめるように立った。
今この瞬間に、彼の身体は戦士としてのすべてを受け入れていた。
森がざわめいた。
風が枝を擦り合わせ、下草を揺らし、何かが目覚める音が混じった。
その音は、風ではない。
生命の鼓動でも、獣の蹄でもなかった。
――規則的な機械音。
鉄が砂利を踏むような音。
ひとつ、またひとつと増え、やがて集団の足音となって押し寄せてくる。
「……来る」
剣之介は、霧の底に視線を据えた。
モロー統制機関が開発・投入していると囁かれていた、
“意思なき影”――かつて人間だった動きを模倣し、命を持たずに命を奪う、制圧型の自律兵器群。
その姿は霧の向こうにまだぼやけているが、確かに近づいていた。
体温も気配も、戦意も持たない敵。
だが、ただの鉄塊ではない。
それは命を模した、命のコピー。
剣之介は、静かに刀の鯉口を切った。
「これは……“命”ではない。ならば、ためらう理由もない」
己に言い聞かせるように、口にした言葉。
だがそれは、ただの決意ではなかった。
それは、ナギサとユウトとの出会いがもたらした、ある種の答えだった。
彼はまだ、自分の剣が“何のため”にあるのか、すべてを知ってはいない。
だが、それでも――守りたいと思えるものを見た。
霧が裂けた。
その向こうから、漆黒の影たちが姿を現す。
人間と同じ形をした鋼の影。
だがその動きは、まるで“死者”のように生気を欠き、正確すぎる。
最初の一体が剣之介の間合いに踏み込む。
――斬る。
刃が閃いた。
機械の骨が断ち切られ、ひとつの影が崩れ落ちる。
間を置かずに、二体、三体と迫る。
剣之介は舞うように地を蹴った。
斬撃は躊躇なく、だが決して無駄なく。
剣筋は鋭く、だが揺るぎなく。
彼はもう、以前の剣之介ではない。
殺すために斬ってはいない。
守るために、進むために、斬るのだ。
戦いの最中にも、彼は問い続ける。
この剣は、何のためにあるのか。
誰のために振るわれるのか。
斬っても斬っても、湧き出るように影は現れる。
霧の中から、まるで底なしの闇が送り込むように。
だが、剣之介の足は止まらなかった。
むしろ一太刀ごとに、彼の中の何かが研ぎ澄まされていく。
恐怖ではなく、迷いが削ぎ落とされていく。
それは感情の喪失ではない。
むしろ、生の熱を取り戻すように。
“命ではない者”を斬ることで、
“命を守る意味”が浮かび上がっていく。
それは、命を守るために振るわれる剣であり、
その意味を問い続けるための剣だった。
そして、剣之介の背後に続く霧の彼方には、
彼がまだ答えきれていない問いが、静かに待ち受けていた。
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神社裏手の山道を抜けた先――白霞の村の北側、杉の斜面の奥に、剣之介は立っていた。
草は露を含み、土は湿り気を帯びている。
その湿度すらも、これから起こることを拒むように感じられた。
だが、剣之介は静かに呼吸を整え、両の足で大地を確かめるように立った。
今この瞬間に、彼の身体は戦士としてのすべてを受け入れていた。
森がざわめいた。
風が枝を擦り合わせ、下草を揺らし、何かが目覚める音が混じった。
その音は、風ではない。
生命の鼓動でも、獣の蹄でもなかった。
――規則的な機械音。
鉄が砂利を踏むような音。
ひとつ、またひとつと増え、やがて集団の足音となって押し寄せてくる。
「……来る」
剣之介は、霧の底に視線を据えた。
モロー統制機関が開発・投入していると囁かれていた、
“意思なき影”――かつて人間だった動きを模倣し、命を持たずに命を奪う、制圧型の自律兵器群。
その姿は霧の向こうにまだぼやけているが、確かに近づいていた。
体温も気配も、戦意も持たない敵。
だが、ただの鉄塊ではない。
それは命を模した、命のコピー。
剣之介は、静かに刀の鯉口を切った。
「これは……“命”ではない。ならば、ためらう理由もない」
己に言い聞かせるように、口にした言葉。
だがそれは、ただの決意ではなかった。
それは、ナギサとユウトとの出会いがもたらした、ある種の答えだった。
彼はまだ、自分の剣が“何のため”にあるのか、すべてを知ってはいない。
だが、それでも――守りたいと思えるものを見た。
霧が裂けた。
その向こうから、漆黒の影たちが姿を現す。
人間と同じ形をした鋼の影。
だがその動きは、まるで“死者”のように生気を欠き、正確すぎる。
最初の一体が剣之介の間合いに踏み込む。
――斬る。
刃が閃いた。
機械の骨が断ち切られ、ひとつの影が崩れ落ちる。
間を置かずに、二体、三体と迫る。
剣之介は舞うように地を蹴った。
斬撃は躊躇なく、だが決して無駄なく。
剣筋は鋭く、だが揺るぎなく。
彼はもう、以前の剣之介ではない。
殺すために斬ってはいない。
守るために、進むために、斬るのだ。
戦いの最中にも、彼は問い続ける。
この剣は、何のためにあるのか。
誰のために振るわれるのか。
斬っても斬っても、湧き出るように影は現れる。
霧の中から、まるで底なしの闇が送り込むように。
だが、剣之介の足は止まらなかった。
むしろ一太刀ごとに、彼の中の何かが研ぎ澄まされていく。
恐怖ではなく、迷いが削ぎ落とされていく。
それは感情の喪失ではない。
むしろ、生の熱を取り戻すように。
“命ではない者”を斬ることで、
“命を守る意味”が浮かび上がっていく。
それは、命を守るために振るわれる剣であり、
その意味を問い続けるための剣だった。
そして、剣之介の背後に続く霧の彼方には、
彼がまだ答えきれていない問いが、静かに待ち受けていた。
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