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第2話 荒廃した現実、ダストリーム
しおりを挟む1. 旅の始まり
カナ・セルヴァは、自分が次に目覚める場所が、仮想現実の外側――「ダストリーム」だという事実をまだ完全には受け入れられずにいた。
「現実世界での調査任務が正式に決定された」と告げられたとき、上司ヴァンの顔には一抹の不安が浮かんでいた。仮想現実で生きることに最適化された人間にとって、現実の環境は極めて過酷だ。カナに課された任務は、未観測の領域の痕跡を探し、仮想現実を揺るがす異常の原因を突き止めることだった。
目を閉じて接続を解除すると、彼女の意識は次第に浮上し、再び現実世界の体に戻った。久しぶりに感じる重力の感覚、ひどく硬い寝台の感触がカナを現実に引き戻す。
目を開けると、そこは生存者のシェルター「サンクチュアリ・ドーム」の中だった。
2. サンクチュアリ・ドーム
カナが目覚めた部屋は、最低限の設備だけが整えられた灰色の空間だった。金属製の壁は長い年月の使用で擦り切れており、天井からはぼんやりとした電灯が吊るされている。彼女の横には酸素供給マスクや医療モニターが並んでいた。
「起きたか。」
低い声が聞こえ、カナは顔を上げた。ドアの前には一人の男が立っていた。黒いフードを深く被り、鋭い眼光をこちらに向けている。
「ゼイド・アマラン。反乱組織ノヴァのリーダーだ。」
彼は簡潔に名乗り、腕を組んだままカナを観察しているようだった。
「ノヴァ……聞いたことがある。」
カナが思わずつぶやくと、ゼイドは笑みも見せずに答えた。
「聞いただけか。それは幸運だな。俺たちは普通、統括AIアリアに目をつけられた時点で消される。」
3. ノヴァとの接触
カナはシェルターの外を案内されることになった。ゼイドは歩きながら話を続ける。
「ここが『サンクチュアリ・ドーム』だ。ダストリームでの唯一の安全な居住区と呼ばれている場所だが……見ての通り、楽園とは程遠い。」
彼の言葉通り、外の風景は荒涼としていた。金属製のドームを出ると、そこには砂塵が吹き荒れる大地が広がっていた。ところどころに建つ廃墟のような建物は、崩壊した都市の名残を思わせる。乾いた空気に乗って、遠くで微かに雷鳴が響いている。
「君が仮想現実で何を見たかは知らないが、これが現実だ。」
ゼイドの言葉に、カナは何も言い返せなかった。彼女にとって、現実世界の風景はあまりにも荒涼としており、恐ろしくさえ感じた。
「私に何をさせるつもり?」
「まずはここで生きる術を学べ。それができなければ、未観測の領域どころか、この世界で一日も生き延びられない。」
4. サイレント・フォレストへの旅立ち
数日間、カナはサンクチュアリ・ドームで現実世界の生活に慣れる訓練を受けた。酸素濃度が低く、気温が極端に上下する環境に適応するため、ゼイドの仲間たちが様々な技術を教えてくれた。
その中には、少女のマイラもいた。14歳の彼女は現実世界で生まれ育った「純粋な現実の子供」だった。
「カナお姉さん、これ、砂漠を歩くときに役立つよ。」
マイラは小さな浄水器をカナに手渡した。その微笑みは、この荒廃した世界に似つかわしくない無邪気さを感じさせた。
カナが旅立つ日はすぐに訪れた。彼女の目的地は「サイレント・フォレスト」。未観測の領域への手掛かりが、その深奥に眠っているという情報が入っていた。
ゼイドが準備を整えながら言った。
「サイレント・フォレストには伝説がある。『ノクス』と呼ばれる守護者が、森の均衡を守っているらしい。」
「ノクス……。」
カナはその言葉に引っかかりを覚えた。どこかで聞いたような気がする。
ゼイドは一瞬黙った後、言葉を続けた。
「この森は、俺たちにとって希望かもしれない。だが、同時に試練の場だ。気を抜くな。」
サイレント・フォレストへ向かう途中、カナたちは砂塵の荒野を進む。その道中を一人の少年が遠くから見つめていた。彼の名前はタイオ。
タイオは14歳の少年で、サイレント・フォレストの境界付近に住む部族「エヴェナ」の一員だった。
「この森は、ただの森じゃないよ。ノクスが見てるから。」
そう一人呟いたタイオの声には、危険に対する警告も含まれていた。
5.少年との遭遇
サイレント・フォレストを目指して進むカナたちは、荒野の中心に足を踏み入れていた。砂塵は激しく吹き荒れ、視界はわずか数メートル先までしか見えない。カナはゴーグル越しに周囲を見渡したが、ただ無機質な砂と岩の地形が広がるばかりだった。
「どこまで続くの、ここ……。」
カナは苦々しく呟いた。荒廃した現実の過酷さが、体力だけでなく精神まで削ってくるのを感じていた。
「あと少しだ。」
ゼイドが簡潔に答える。彼の手には地図が握られており、長年の経験で正確に進むべき道を把握しているようだった。
その時だった。遠く、砂の彼方に人影が揺れているのが見えた。
「誰かいる?」
カナが不安そうに問うと、ゼイドはすぐに手を上げて止まるよう指示した。
「動くな。あれはただの人間かもしれないが、警戒はしておけ。」
数分後、影は砂塵の中からゆっくりと姿を現した。それは一人の少年だった。
彼は擦り切れた布の服を身に纏い、素足に近い状態で砂地を歩いている。その動きは慣れたもので、荒れた環境の中でもバランスを崩すことはなかった。
少年はカナたちに目を向けたが、すぐに逃げるそぶりを見せることもなく、静かに立ち止まった。そして、冷静な声で言った。
「あなたたち、森に入るつもり?」
ゼイドが前に出ると、低い声で応じた。
「そうだ。サイレント・フォレストに用がある。」
少年はゼイドをじっと見つめたあと、カナに目を向けた。その眼差しには、大人びた警戒心と、どこか無邪気さが入り混じっていた。
「あなたたち、森のことを何も知らないんでしょ。」
「何か問題でもあるの?」カナが尋ねると、少年は軽く首を振った。
「この森は、ただの森じゃない。ノクスが見てるから。」
その言葉を聞いた瞬間、カナは背筋に冷たいものを感じた。ノクス――その名をどこかで聞いた気がする。
「ノクスって……?」
カナが聞き返そうとすると、少年は言葉を遮るように付け加えた。
「森に入るなら、覚悟してね。」
それだけを言い残し、少年はカナたちを一瞥して去っていった。
少年が消えていったあと、ゼイドが険しい表情で呟いた。
「ノクスか。やはり森には何かあるらしい。」
「彼の話、本当なの?」
カナは疑問を抱きつつも、不安が胸をよぎった。サイレント・フォレストという未知の場所。そこに何かが潜んでいるのは確かなようだった。
「確かめるしかない。」ゼイドが短く答えた。「だが、油断はするな。彼が言っていたことが正しいなら、この先は想像以上に危険だ。」
砂塵が再び吹き上げ、視界を遮る。彼らは森の境界を目指して、重い足取りを進めていった。その先に待ち受けるものを知る由もなく――。
カナの目の前には無限に続く荒野が広がっていた。
砂塵が巻き上がり、遠くの地平線は揺らめく熱で歪んでいる。乾いた風が肌を刺し、仮想現実では決して感じることのなかった「痛み」が彼女の身体に蘇ってきた。
「これが……現実?」
荒廃した大地には、かつての人類文明の名残が散らばっていた。崩壊したビルの残骸、朽ちた鉄骨のフレーム、風化して形を失いつつある道路――全てが「失われた時代」の記憶を物語っている。
「感傷に浸る暇はないぞ。」
ゼイドが彼女の後ろから声をかける。
「ダストリームじゃ、砂塵を呑み込まれる前に動け。ここでは止まれば死ぬだけだ。」
6. サバイバルの始まり
カナはゼイドと共に、荒野を進む。ノヴァのメンバーたちは、彼らの周囲を警戒しながら進行ルートを確認していた。ゼイドが持つ地図は、現実の地形と荒廃した環境に合わせた手描きのものだ。
「こっちだ。サイレント・フォレストまでは2日の道のりだが、その前に“ハンター”たちが出没する区域を越えなければならない。」
「ハンター?」
カナが尋ねると、ゼイドは険しい表情で答えた。
「人間の形をしているが、人間じゃない。機械の残骸に寄生している自律型のドローンだ。廃棄されたAIが自己進化しているらしい。」
「そんなものが……現実にはまだ残ってるの?」
「仮想現実に逃げ込む前に、人間が置き去りにした『過ち』だよ。」
カナは背筋に冷たいものを感じた。仮想現実が楽園だという幻想の裏で、現実世界は人間が生み出した破壊の痕跡を残したまま放置されていた。
7. 廃墟の集落
旅の途中、一行は朽ち果てた小さな集落にたどり着いた。
かつては人が暮らしていたらしいが、今は誰も住んでいない。窓ガラスのない建物、崩れかけた塀、屋根のない家屋。そこに吹き込む風が、低い笛のような音を奏でていた。
ゼイドの仲間の一人、若い男のダルクが先を調べに行く。
「周囲に敵はいないみたいだ。ここで休憩を取れる。」
カナは一つの建物の中に入り、かつてここで暮らしていた人々の痕跡を目にした。古びたテーブル、埃を被った写真立て、ひび割れたマグカップ――それらは誰かの生活の一部だった。
その時、彼女は写真立ての中の画像に目を留めた。家族が笑顔で並ぶその写真が、どこかで見たことのあるような風景に思えた。
「どうした?」
ゼイドが背後から尋ねると、カナは写真を指差した。
「この写真……仮想現実で見た記憶の断片と似ている気がする。」
「記憶の断片?」
ゼイドは写真を見つめ、眉をひそめた。
「ここにも、何かが隠されているかもしれないな。」
8. 夜の襲撃
夜、集落に静寂が訪れた。しかし、その静寂はすぐに崩れ去る。
遠くで金属が軋む音が聞こえた。カナは眠れぬまま耳を澄ませた。次の瞬間、その音は徐々に近づき、やがて重い足音のような振動が地面に響いた。
「ハンターだ!」
ゼイドが叫び、仲間たちが武器を構える。
集落の外から現れたのは、高さ3メートル近い巨大な機械の影だった。人間の形をしているが、その身体は廃棄されたパーツの寄せ集めで、目の部分に赤い光が点滅している。
「カナ、下がっていろ!」
ゼイドが叫ぶと同時に、機械の影が集落の中へ突進してきた。ノヴァのメンバーたちは銃火器を手に応戦するが、ハンターの装甲は想像以上に硬く、弾丸を弾き返してしまう。
カナは怯えながらも、必死に周囲を見回した。
「このままじゃ、全滅する……。」
その時、集落の中央にあった古びた電源装置が目に入った。カナは直感的にそれを使えると判断し、近くの工具を手に取った。
「カナ、何をしている!?」
ゼイドの声を背中に受けながら、カナは装置のパネルを開き、急いで内部の配線をいじり始めた。彼女の手は汗で滑り、心臓が爆発しそうなほど高鳴っていた。
数秒後――装置が大きな音を立て、周囲に高圧電流を放出した。ハンターがその電流を浴びた瞬間、動きが鈍り、やがて地面に崩れ落ちた。
9. 新たな絆
戦闘が終わり、集落には再び静寂が戻った。
ゼイドがカナの元に駆け寄り、低い声で言った。
「よくやった。だが無茶だ。」
「ありがとう、でも……みんなを守りたかっただけ。」
ゼイドはしばらく彼女を見つめていたが、やがて微かに笑みを浮かべた。
「お前、仮想現実にいた頃よりずっと人間らしくなってきたな。」
カナは彼の言葉に返事をする代わりに、微笑みを返した。彼女は、この過酷な現実の中で、初めて「自分が生きている」と感じた。
10. 次なる目的地
翌朝、カナたちはサイレント・フォレストを目指して再び歩き始めた。
その背後には、夜の戦いで傷ついた集落が静かに横たわっている。
ゼイドが前を歩きながら言った。
「フォレストの奥には、未観測の領域の手がかりがあるはずだ。だが、それを手に入れるには、あのノクスという守護者を越えなければならない。」
カナは足を止め、遠くに揺れる砂塵を見つめた。彼女の胸の中には、未知の恐れと、失われた真実への希望が交差していた。
「ノクス……待ってて。私は真実を見つける。」
次回: 第3話: サイレント・フォレストの伝説
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